多言語教育と「違い」を認め合う学びで
コミュニケーション力を磨く

グローバル・コミュニケーション学群

李 恩民 教授


「お互いの考え方、立場の違いを認め合う」をモットーに、多国籍の学生たちが学ぶグローバル・コミュニケーション学群を率いる李恩民教授。自身もかつて、日中間の歴史的認識の相違に衝撃を受けたことをきっかけに来日しました。トリリンガル教育をはじめ、外国出身者への教育プログラム拡充の展望、東アジアにおける歴史的和解にかける思いに迫ります(聞き手:桜美林大学 畑山浩昭学長)。

徹底した語学教育と
豊富なディスカッションによる学び

畑山:2024年春、グローバル・コミュニケーション(GC)学群長に就任された李先生。GC学群は、プレゼンテーションやディスカッションの機会が多いそうですね。

李:はい。桜美林大学7学群の中で明らかに多く、それが一番の特徴だと思います。学生も教員も、これを一つの文化として理解し、共通のコンセンサスになっています。授業は教室内で行うだけでなく、フィールドワークにも出かけます。学生は学習・調査の過程とその成果を外国語によるプレゼンテーションの形で披露する。それに基づいてグループディスカッションが行われ、バックグラウンドの異なる学生や教員からコメントを受け、理解をさらに深めていきます。

畑山:異文化を背景に持つ学生も多いですが、ディスカッション面での課題は。

李:例えば私の授業で米中関係について扱うとき、「南シナ海問題」をめぐるディスカッションを行うと、中国、日本、台湾、ベトナム、モンゴル出身の学生それぞれ、考え方に違いがあります。中国人の学生は基本的に中国政府から受けた情報に基づいて考えを述べますので、他国の学生から当然反発がくるんですよ。ただ、そこからディスカッションを通して認識を深めていく。「共通の結論を出しましょう」と求めるのでなく、「お互いの考え方、立場の違いを認め合う」というのが重要なポイント。これこそが、まさに「グローバル・コミュニケーション」学群らしい学びと思っています。

畑山:今のお話で思い出したのは、李先生が日本留学を決意された時のエピソードです。中国・天津の南開大学で専任講師として働きながら博士課程に進まれた時、ご自身が受け持つ授業に参加した日本人留学生たちから、「先生は日本に偏見を持っている。日本を理解するべきだ」と言われたそうで。

李:私にとっては本当に大きな衝撃でした。授業のテーマは「近代中国の外交史」。中国側の解釈では西洋諸国による中国への侵略史とされていて、私は自らが受けた教育を基に、日本に対しても批判的な視座を持っていました。ところが日本人留学生から「魯迅や南開大学出身の周恩来総理も日本で学んで成長した。日中戦争下でも民間の文化交流が行われていた。先生はそれについて意見を持っていない」と言われて。それをきっかけに、日本について理解しなければと考え、日本の国費留学生に応募し合格しました。中国・長春の東北師範大学で日本語の特訓を受けた後、1992年10月に来日しました。

留学先である一橋大学の兼松講堂前にて友人と(1992年11月)=写真左。外国人留学生懇親パーティーで、留学生代表としてスピーチ(1994年2月)=写真右

畑山:そんな李先生の授業の中で、日本、中国、台湾などの学生が議論するのはとても意義深いですね。それからGC学群では外国語能力を非常に重視していますよね。

李:GC学群の語学教育は、出願時に選んだ言語(英語・中国語・日本語)を1年次から徹底して学びます。「英語トラック」「中国語トラック」「日本語トラック」です。2年次以降、自分が学ぶ外国語(第1、第2外国語)で各専修の専門科目を学んでいきます。

もちろん、外国語で開講される専門科目を2年次以上なら誰でも履修できるわけではなく、教育成果を保証するための履修条件があります。TOEIC®、HSK、日本語能力試験などの外部試験のスコアを使った客観的な基準を設けています。例えば、英語で専門科目を履修するスタート・ラインはTOEIC®が約650点で、全学の平均点数より約150点高くなっています。これをクリアしないと次のステップとなる授業を取ることができません。なかには時間のかかる学生はいても、最後にはクリアして卒業していきます。

最近は海外の名門大学の修士課程に進学する卒業生も増えて、ハーバード大学への進学例もあります。

畑山:桜美林の学生は、学究精神に火がついて成長を遂げる人が多いと感じることがあります。ところで李先生は、日本語、中国語、英語が使えるトリリンガル。バイリンガルにとどまらず、先生のようにトリリンガルを目指す学生は多いのでしょうか。

李:先ほど挙げた1年次の「英語トラック」「中国語トラック」「日本語トラック」に加えて、2年次には二つ目の外国語を集中的に学ぶ「トリリンガルトラック」も選べます。例えば英語を勉強する学生は第2外国語として中国語のほか、認定対象外のコリア語、ベトナム語、スペイン語のいずれかも選ぶ傾向が見られます。もはや、外国語の習得で「1言語オンリー」というのは時代に追いついていない。学生たちは第2外国語を積極的に勉強していきます。

畑山:外国語のレベルが一定程度上がってきたら、英語や中国語で開講している授業を履修できるとのことですが、そこでは海外からの交換留学生と日本人の学生が一緒に学ぶのですか。

李:基本的なコンセプトは「みんな一緒に勉強する」。ただし、レベルによってクラスを二つに分けています。交換留学生と一緒に勉強していくことも、非常に大きな魅力です。最近、日中同時通訳・翻訳について勉強している中国人の大学院生が桜美林に来て、日本語ネイティブの学部生と一緒に授業を受けていますが、お互いにとって良い刺激になっていると思います。

コリア語や中国語のプログラム充実を
外国出身者へもさらに門戸を広げたい

畑山:李先生が学群長になって、やりたいことの一つが、トリリンガルトラックに「コリア語」コースを新設することだそうですね。

李:そうです。我々執行部の調査によると、GC学群の学生の半分以上が、第2外国語として「コリア語」を希望していることが分かりました。他大学の状況を調べても同様で、これは「韓流文化」の浸透と関連していると思います。そこでトリリンガルトラックに、新たに「コリア語」のコースを設け、専門科目もコリア語で開講します。これをもって現在の教育プログラムを一層充実させたいと思っています。

それから、現在日本にいる約80万人の華僑華人の子どもたちの進学先として、GC学群の整備を進めていきたいです。家庭内では中国語を使っているけれど、教育言語は日本語という子たちの中国語能力や中国文化の教養を高めていきたい。そのために我々の中国語のトラックをさらに充実させていければと思っています。

中国出身者以外でも、日本で生活している外国人の方はとても増えています。例えば両親がネパール出身で、日本で生まれ、生活している子は日本語ができます。これに加えて英語、あるいは中国語、コリア語などについても勉強できるよう、我々が教育機関として機会をつくり、提供できたら魅力的だと思っています。

畑山:桜美林らしい着眼点だと思います。学生だけでなく、例えば急な事情で海外からやってきたようなファミリーの子どもにも、GC学群の日本語プログラムを積極的に展開していけると良いですね。それは桜美林学園創立者である清水安三先生が心血を注いでいたことと通じます。1921年に清水先生が北京に開いた桜美林学園の前身となる崇貞学園では、中国、日本、朝鮮半島出身の多国籍の子どもたちがともに学んでいました。そういえば李先生は清水先生の著書『石ころの生涯』の中国語版の翻訳も担当してくださったのですよね。

「コリア語」に関しては、高校で学ぶ生徒たちが多いのに、その学びを深める進学先がなかなかないと聞きます。そんな高校生のためにも役立ちそうです。そしてGC学群では、1年次に学んだ語学力を活かして三つの専修に分かれ、グローバル社会に通じる専門的知識を身につけていくのですよね。

李:新カリキュラムでは「パブリック・リレーションズ専修」「言語探究専修」「文化共創専修」の3専修を設けています。パブリック・リレーションズという学問は日本ではあまり聞き慣れませんが、中国、台湾、米国などの地域では既に人気の分野です。対人コミュニケーション、組織や企業によるグローバルな環境における戦略的コミュニケーション、メディアを通じたコミュニケーションの軸となるメディア・リテラシーを学び、企業や自治体などの広報・渉外を担う人材を育てていきます。

「説得」ではなく「共有」を
国際会議も担い、アジアの未来を考える

畑山:学群のこれからの発展について、いろいろと期待するところが大きいです。それから先生ご自身では、最近どのような研究をされていますか。

李:「歴史和解」についてです。来年(2025年)は第2次世界大戦が終わって80周年を迎えますが、特に東アジアにおける三大国である日本・中国・韓国は、いわゆる負の歴史の問題を巡って摩擦対立が繰り返されています。どうやって、国と国、国民と国民の間で和解を実現していくのかが大きな課題です。心が通じ合うように、寛容の精神を持って臨まないといけませんから、お互いのコミュニケーション能力が試されます。

そこで、日中韓それぞれで国史を研究している専門家が年に1度集まって、お互いの研究について理解し合う円卓会議「日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」を渥美国際交流財団関口グローバル研究会等民間団体の支援のもとで開催しています。2016年から始まり、2024年で9回目です。「相手を説得する」のではなく、お互いの研究成果を「共有する」ことが理念です。これにより対話がスムーズになってきたかなと思っています。

畑山:民間交流のレベルだと、「お酒を酌み交わして仲良くなって」ということもよくありますが、歴史的な和解への道というのは困難なものです。そうしたトピックに正面から取り組んでおられる先生の姿勢に敬意を表しますし、努力はいつか実るのではないかという希望を抱きます。それから先生は国際会議にも尽力されているのですよね。

李:2年に1度、「アジア未来会議」を関口グローバル研究会が主催しています。この会議は、日本で学んだ人や日本に関心のある人が集い、アジアの未来について語るものです。ほかの学会と大きく異なるのは、取り扱うのが「どんな分野でもいいですよ」という点です。ただし、専門外の人に対してもわかるように説明することが重要とされ、まさにトリリンガル能力が試される場と思っています。毎回500人前後が参加して論文集も出版され、私も学術委員としてその選考に関わっています。

三カ国の研究者たちが集う円卓会議「日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」は2023年8月に第8回が実施され、「20世紀の戦争・植民地支配と和解はどのように語られてきたのか」をテーマに発表・討論が行われた=写真左。2018年8月に韓国・ソウルで開かれた第4回「アジア未来会議」で研究発表を行い、Best Presentation Prizeを受賞した李教授=写真右

畑山:ありがとうございます。お話をうかがうと、李先生の根底には学園のスピリットに寄り添ったものがあることが、ますます伝わってきます。桜美林の「礎(いしずえ)」を体現している李学群長に期待しています。

文:加賀直樹 写真:今村拓馬

※この取材は2024年6月に行われたものです。

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