丁寧に、柔軟に、
イノベーションを
巻き起こす

大学院国際学術研究科

鈴木勝博 教授


物理学を修めた後、監査法人の関連会社などに勤めた経歴を持つ鈴木勝博教授が取り組むテーマは「イノベーション」。華やかなブレークスルーを連想させる分野ですが、顧客の感情を丁寧に分析し、小さな課題を解決することで実現すると語ります(聞き手:桜美林大学 畑山浩昭学長)。

会社員時代に果たせなかった
イノベーションをめざす

畑山:ユニークな経歴の教授陣が揃う桜美林大学の中でも、鈴木先生は唯一無二のプロフィール。京都大学と東京大学の二つの大学院で物理学を学んだ後、民間シンクタンクのプレイング・マネジャー、中小企業執行役員、他大学での研究教育活動などを経て、桜美林にいらっしゃいました。

鈴木:京都大学大学院では実験系だったのですが、理論物理学への学びを深めたいと思い、修士号を取ってから東京大学大学院の修士課程に入り直しました。流体や複雑系について学び、博士号を取得した後で、民間の大手監査法人の関連会社に移り、物理の手法を使った分析に取り組む機会に恵まれました。当時、「経済物理」というキーワードも流行しており、研究してきた手法を社会科学に応用する事にはとても興味がありました。ところが実際は日々の業務に追われ、独自性のある「イノベーティブ(革新的)」なサービスを開発する余裕はありませんでした。

畑山:物理学を学んだ経験が、現在取り組んでおられる「イノベーション教育」と、そのようにつながっていくのですね。そもそも「イノベーション」という言葉の概念とは。

鈴木:元々は「新結合」という意味ですが、新宿キャンパスの建物名にも使われている「創新」という中国発の言葉のほうがしっくりくるかもしれません。画期的な新製品の開発、新しい生産方式の導入、新たな販売方法へのチャレンジなどが、経済発展の基盤にもなります。言葉で表すのは容易でも、私が企業に勤めていた頃は、なかなか成果にはつながりませんでした。いっぽうで、独自性の高い自社製品を開発し、めざましい躍進を遂げる中小企業のニュースが目に飛び込んでくることも。「いったい、どうやって実現しているのだろう?」と。そこで「イノベーション・マネジメント」に興味を持ったんです。

その後、他大学で非常勤講師のかたわら、中小企業からの個別相談にのり、産学連携を通じた研究や教育を続ける日々を送りました。桜美林大学には2017年に着任しましたが、今は「イノベーション教育」について学生と取り組んでいます。

顧客のニーズをすくい上げ
とことん寄り添う

畑山:その「イノベーション教育」について、詳しく教えてください。

鈴木:画期的な新製品の開発や組織の抜本的な改革には、困難や痛みがつきものです。主体的にそのような活動に貢献できる人材、または、(創造する人・プロジェクトなどを)支援できる人材をどう育てるのか。そうしたマインドと行動力を身につけてもらう教育だと考えております。本学で取り組んできたのは「課題解決型のイノベーション」。我々の生活を抜本的に変えるような、急進的なテクノロジーにもとづくイノベーションではありません。シンプルですが、まずは顧客のことを徹底的に考え、観察し、お話しする。そして、顧客のおかれている状況・文脈を理解し、顧客の「思考」や「感情」を含めて総合的に考察しながら、イノベーションの実現にむけた仮説検証を行っていきます。

畑山:これは「デザインシンキング」、つまりユーザーをよく観察した上で課題を定義し、解決のためのアイデアを出していく考え方ですよね。「ニーズをすくい上げる」という意味で象徴的なのは、鈴木先生の教えていらっしゃったビジネスマネジメント学群の学生4人が、2019年度の「U35新宿ビジネスプランコンテスト」で優秀賞を受賞したことです。

鈴木:学生さんたちは、「介護服リメイクのアイデア共有サイト運営」についてプレゼンしました。体の不自由な方や、その保護者の方が抱える服に対する悩みを解消し、生活を豊かにするアイデアを提案しました。実際に、特別支援学校の関係者や生徒さん、そして保護者の方に何度もヒアリングを行い、要望をどんどん聞き出せるような信頼関係を構築しました。ビジネスの実現までにはまだ道のりがありますが、潜在ニーズが本当にあることを確認した点が高い評価を受けました。「見栄えの良いビジネスモデル」を作るよりも先に、まずは顧客と真摯に向き合い、地道に調査を重ねた結果です。

また、他の例では、ご自身のおばあさまが急に倒れ、誰にも気づかれずに3日間も放置されてしまった経験を持つ学生さんが、「一見健康に見える高齢者の一人暮らし」に関する見守りビジネスを構想し、2020年度の同コンテストのファイリストになったこともあります。その根底にあったのは、「このようなことを二度と起こしてはならない」という学生さんの強い思いでした。顧客の気持ちにとことん寄り添う姿勢に、私は「桜美林らしさ」を感じます。

2019年度の「U35新宿ビジネスプランコンテスト」で優秀賞を受賞した学生たちと。コンテストは、新宿区と東京商工会議所の共催で、35歳以下の新宿区内在住・在学者などを対象に、優れたビジネスプランの表彰と、事業化に向けた支援も行うもの

発想を転換し
逆境も克服する柔軟性を

畑山:鈴木先生はもう一つ、「エフェクチュエーション(effectuation)」についてもテーマに掲げています。これはどういう内容なのですか。

鈴木:インド出身の経営学者が、優秀な起業家を27人調べ、その思考回路や行動方針を分析したものです。実践的な五つの原則が提唱されていますが、そのうちの一つに、「レモネードの原則」というものがあります。例えば、レモンを仕入れて売ろうとした時、品質が悪いものしか手に入らなかったとします。「さて、どうするか」という時、「じゃあ、レモネードとして売ろう」と発想を転換させる。トラブルが起きた時に、逆にそこをうまく活用してビジネスにつなげようとするんですね。コロナ禍の中で、うまく業態を転換したり、製品を変えてヒットに結び付ける会社がありますよね。あれは、典型的な例だと思うんです。そして実は、桜美林の学生さんの得意なところじゃないかなと思っているんです。

畑山:たしかにそうかも知れない。桜美林の学生は、あまり凝り固まらないし、恐れない。ビジネススクールでは、ケーススタディを徹底的にやらせるじゃないですか。そこで思い知るのは、「100の例があったら、結果も100」ということ。それにどう対応していくかを、疑似経験するんですね。凝り固まった考えだと、状況に合わせられず失敗する。いつもゼロベースで、まずは状況を見て、柔軟に対応していくのが大切ですね。

鈴木:そうですね。その柔軟性を、行動力に優れた桜美林の学生さんたちと共に育んでいこうと思っているところです。

文:加賀直樹 写真:今村拓馬

※この取材は2021年10月に行われたものです。

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