問題意識を掘り下げ
ドキュメンタリーで提示
情報社会の知性を問う

ビジネスマネジメント学群

大墻 敦 教授


NHKで数々の番組を制作してきた大墻(おおがき)敦教授。退職後は、タブーとされてきたトピックに切り込むドキュメンタリー映画の製作や研究を通して、問題提起を行っています。多様化するメディアの中から情報を取捨選択し、学生たち自らのアイデアに昇華させてほしいとメッセージを送ります(聞き手:桜美林大学 畑山浩昭学長)。

ドキュメンタリーに惹かれNHKへ
インターネットが変えた視聴者の需要

畑山:先生は放送業界に長くおられましたが、メディアの世界を目指したきっかけは何でしょう。

大墻:父が商社マンで、家族でニューヨークやジャカルタで暮らしたことがあり、異文化に接する楽しさを経験しました。さらに、学生時代はドキュメンタリーが好きで、「他人と違うことができるかも」と、テレビ局を目指しました。

1986年、NHKに入局し、北海道の釧路放送局に配属されました。縁もゆかりもない街で、見るモノ聞くモノ、初めて。漁業の取材が多く、漁師と共に漁船に乗り込み、オホーツク海までスケソウダラ漁に同行したこともあります。まさに普通ではなしえない体験をすることができました。釧路で4年間勤務した後は、東京や大阪で、ディレクター、デスク、プロデューサーとして仕事に明け暮れました。

テレビ番組の一番の強みは、どんなに難しいこともかみ砕いて分かりやすく伝えられること。映像、音声、テロップ、それからゲストのトークも含めて視聴者に提示すると、「ああ、なるほど」って思ってもらえるのです。

畑山:マスメディアの中枢におられた大墻先生は、メディアをめぐり激変する環境をどうご覧になってきたのでしょうか。

大墻:80年代後半から衛星放送が始まり、ENG(Electronic News Gathering=電子媒体を使ったニュース取材)、衛星中継などの放送技術が進化しました。印象的だったのは、86年に開発独裁と言われたフィリピンのマルコス政権がピープルパワー革命によって打ち倒された際の中継映像。また、1989年には中国の天安門事件、ベルリンの壁崩壊と、世界を揺るがす出来事を同時に見ることができる時代がきました。その後、私はNHKスペシャル「新・電子立国」(1995年~96年)のディレクターとしてメディアをめぐる変遷を描きました。そして、2000年代に入ると、インターネットの普及、iPhoneの発売、通信環境の劇的な進化により、動画配信がテレビを超える自由度をもつことになりました。

ここ数年で特に感じるのは、メディアに対する需要の変化です。あまねく全国に正しい情報を届け、民主主義社会を守るための議題を設定し、世論に通知する——。そんな従来の需要よりも、個々の人間が、あらゆる情報を自由自在に選んで入手できることが求められるようになったのです。この変化に放送業界がどう立ち向かえば良いか、考えさせられてきました。

見えない圧力に屈せず
活発な議論を提示

畑山:ところで大墻先生は、いくつか面白いプロジェクトに取り組んでおられますね。2018年から「ル・ポン国際音楽祭 赤穂・姫路」で記録映像の製作アドバイザーをされたり、2019年度には「天皇即位礼正殿の儀」を放送局がどう伝えたかについて研究されたりしています。

大墻:日本の放送局が、メディアの機能とされる「国民の知る権利への奉仕(議題設定機能、世論認知機能)」を果たしていたかどうかを調査しようと思いました。より具体的には、象徴天皇制の課題や皇室の将来像について議題を設定し世論の認知を高めていたか、という点に問題意識をもっていました。そこで、「天皇即位礼正殿の儀」が執り行われた10月22日に、6つの地上放送局が放送したニュースや情報番組を24時間同時録画機で収録して分析したのです。しかし、放送内容はほぼ同じで、多様な視点が確保されていたとは言い難いという結論になりました。

畑山:それはなかなか興味深い。もう一つ、大墻先生が自主製作した文化記録映画「春画と日本人」が高い評価を得ています。AAS(Association for Asian Studies)の学会総会で英語版が上映されたほか、米国シカゴ大学日本学部では、講義にも使用されたとか。映画はどういった経緯で製作されたのですか。

大墻:2015年、日本初の春画展が永青文庫(東京都文京区)で開かれました。ところが、放送メディアがどこも取り上げない。「では、自分が撮影しましょう」と現場に行ったんです。調べてみるとなかなか深い世界で、すっかりのめり込み、87分の映画にしました。全国で30を超える劇場で上映され、幸いなことに高い評価を頂きました。 これはなかなか社会的に取り扱いにくいテーマ。いろいろな議題があるにも関わらず、それに触れないようにする、見えない圧力が働いている。我々が危惧すべき何かを解明すべく、もっと議論したほうが良いと思います。

情報を咀嚼し自らのアイデアに昇華
それこそ大学生の知性

畑山:今後、大学が果たす役割とは。そして、取り組みたいトピックはありますか。

大墻:大学は「知の集積」。それをどう社会に還元していくのか方法論を見つける必要があると思います。「桜美林大の先生がこんな論文を書いています、ぜひ読んで下さい」と、ターゲットを絞りアピールしていくのも効果的かも知れません。僕も何かお役に立てたらと思います。

また、学生たちには今の時代を生き抜く「知性」を持ってもらいたいと思います。我々の上の世代にとってはマルクス、私の世代ではポストモダンなどの現代思想、といった高尚な本を読むことが知性につながるとされてきました。翻って、スマホで世界中のあらゆる情報を瞬時に入手できる今、それらの情報が信用できるものかを見定めて取捨選択し、自分なりのアイデアにするノウハウを持つことが知性だと思うのです。

僕自身の「人生のテーマ」は、世の中の事象を、映像と音声で記録し、整理してまとめ、社会に提示すること。桜美林大では、キャンパス近くの山崎団地で実施中の防災イベントの映像記録をつくっています。大学の研究活動と、自分の持つ技能とを「合わせ技」にして、学生と社会に還元したいですね。

文:加賀直樹 写真:今村拓馬

※この取材は2020年9月に行われたものです。

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