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専門は「日本語教育」と「コミュニケーション学」
コミュニケーション学における「相互行為研究」
「日本語教師として専門性を培ってきた『日本語教育』と学術的な専門分野である『コミュニケーション学』。私にとって両者は分かちがたく、専門分野を尋ねられたときには必ず併記するようにしています」
こう語るのは、グローバル・コミュニケーション学群の池田智子教授だ。
専門分野の一つであるコミュニケーション学は古代ギリシャ、ローマの修辞学まで遡って語られることが多いが、学問分野としては20世紀初頭から社会学、心理学、言語学、人類学、政治学その他の影響を受けつつ発展してきた非常に学際的なもので、近年はメディア論なども展開している。領域が広いことから、研究対象やアプローチも人によって大きく異なる。
池田教授は「言語」だけでなく、視線やジェスチャーなどの「非言語」要素も研究対象とし、「相互行為(インターアクション)」に軸足を置いた研究を行ってきたところにも特徴がある。
「相互行為研究とは、人々が互いに影響を及ぼし合う『相互行為』を詳細に観察し、コミュニケーションの仕組みを解明する学問・手法です。従来の『非言語コミュニケーション』では、『〇〇のジェスチャーにはこんな意味がある』『アメリカ人は話すときに目線を相手に向ける傾向がある』といった一つの特徴を取り上げて一般化するアプローチが多く見られましたが、私は実際の人と人とのやりとりを観察する『質的』な相互行為分析に関心があったのです。人々の日常の行いと何ということもない諸活動に注目し、その『自明性』や秩序を解明するエスノメソドロジーに起源を持つもので、そこから発展して私はマイクロ・エスノグラフィの手法に惹かれました」
言語も非言語も包含する「マルチモダリティ」
池田教授が行ってきた研究を象徴する、もう一つのキーワードに「マルチモダリティ」がある。これは、複数の情報を統合して捉える概念のこと。音声言語や視線、ジェスチャー、身体の向き、表情といった非言語要素を個々に扱うのではなく、時間的に共起するこれらの要素が統合されて成立する総体としてコミュニケーションを捉える考え方や研究を指す。
「マルチモダリティの研究では、AさんとBさんの『会話』の音声情報以外の部分にも注目して分析を行います。私は日本語教師として『ことば』を教え始め、人と人との営みを見つめる中で、言語のやりとりを見ているだけではこぼれ落ちてしまうものが多いと感じていました。初期の研究は特に、そうした私自身の実感や経験からスタートしています」
“日本語と英語を行き来すること”に関心を寄せた学生時代
洋楽をきっかけに「字幕翻訳家」を志すように
実際の人と人とのやりとりに着目し、非言語を含めたコミュニケーションについて研究してきた池田教授。大学卒業後に日本語教育の世界に入り、“日本語と英語を行き来”することも多いキャリアを歩んできたが、そもそものきっかけは中学時代に触れた洋楽にあった。
1970年代は、洋楽が今以上に日本人の生活に溶け込んでいた時代。中学生や高校生の日常会話に上ることも珍しくなかったが、池田教授の“音楽好き”の度合いは群を抜いていたという。
「ラジオがとても好きだったので、人気番組『アメリカン・トップ40(American Top 40)』を毎週聞いて、カウントダウン形式で発表されるヒットチャートを手書きでメモしていました。音楽を聴くことはあっても、そうした向き合い方をするクラスメイトはほとんどいなかったと思います」
そのほか、英語の歌詞をより深く理解して感情も表現したいと翻訳コンテストに応募したり、映画の試写会に応募して字幕を見ながら暗闇でメモを取ったりと、日常生活の中で英語に慣れ親しんでいたという池田教授。もともと国語が好きだったこともあり、その関心は徐々に言語全般、そして、“日本語と英語を行き来”する「字幕翻訳家」という職業にも寄せられていった。
「これは自論ですが、単に『英語を上達させたい』とだけ思っているうちは、本当にできるようにはなりません。『〇〇に必要だから、〇〇をしたいから英語を上達させたい』という目的があってこそ上達すると思っています。当時の私の場合は、それが洋楽でした。たとえば、今の若い人が『好きなK-POPアイドルのことをもっと知りたい』というモチベーションのもとに韓国語を勉強していたら、それはまさに“言語学習の王道”です。その後、聴くものはワールドミュージックやルーツミュージックに広がりましたが、中高大の『洋楽熱』が自分の世界を広げてくれたと思っています」
大学4年次に学んだ吹替翻訳の“職人芸”に魅了
洋楽への情熱が高じて英語に触れるうち、字幕翻訳家に関心を持ち、東京外国語大学外国語学部英米語学科に入学した池田教授。3年生までに卒業のための単位をほとんど取得し、4年生になると自由に“自分の好きな勉強”をするために翻訳学校に通い始めた。
「字幕翻訳が学べる学校が見つからなかったため、洋画の吹替翻訳のクラスに通い始めたのですが、いざ勉強してみると吹替翻訳の奥深さにも魅了されました。たとえば、作中の俳優が英語で話している長さにピタッと収まる長さでセリフを考えなければいけません。また、俳優がセリフを言い終える唇の形が『あ』であったとしたら、日本語の吹き替えも『あ』で終わらなければいけないなど、かなり厳密なルールのもとに考えられた“職人芸”の世界なのです」
直訳に留まらない「字幕翻訳」の醍醐味
字幕翻訳家は、セリフを外国語から日本語に翻訳するのが主な仕事だが、“どのように”表現するかに翻訳家の手腕やセンスが問われる。『映画字幕は翻訳ではない』(早川書房)をはじめとした数々の著作も遺した字幕翻訳家の清水俊二氏は、文化や時代背景を考慮し、かつ日本の観客でも理解しやすい字幕を作成したことで知られる。たとえば、アメリカの有名女子大学の名前を翻訳する際、日本の観客にもニュアンスが伝わるよう「白百合女子大学」と表現したというエピソードは有名だ。このように限られた文字量の中で、なにをどのように表現するかを考えるところにも字幕翻訳の醍醐味があるのだ。
アメリカ・テキサス州の大学院で「コミュニケーション学」を研究
日本語教師と大学院生の“二足のわらじ”で
学生時代から興味を寄せていた字幕翻訳に加え、吹替翻訳の奥深さにも魅了された池田教授。英語と日本語を行き来する翻訳の世界に興味を引かれつつも、「一度は組織で働く経験も必要」と一般企業に就職した。しかし、それからまもなく最初の転機が訪れる。
「書店で女性誌を立ち読みしていたときに、日本語教育学会の日本語教師の研修生募集の情報を見つけました。私は“英語と日本語を行き来すること”や、人とコミュニケーションをとることが本当に好きでしたし、この仕事に就くと海外に行けるのではと考え、『これぞ私の天職』だと思ったのです」
その翌年、日本語学校に就職し、留学生のビザなどの受け入れ事務の仕事の傍ら研修を受け、のちに専任講師に。日本語教師の仕事にやりがいを感じていた一方で、以前から関心のあったアメリカ留学や大学院進学への想いが強まっていった。
そんなときに見つけたのが、北米大学教育交流委員会(当時)のプロジェクトの第一期生の公募だった。同プロジェクトは北米の大学で日本語を教えるうえで必要な文化的背景や日本語教育のノウハウ、大学のシステムなどを学んだ後、現地学生に日本語を教えながら大学院での研究も行うというもの。
かねてから抱いていたアメリカ留学や大学院進学という二つの夢を同時に叶えられるとあって同プロジェクトの公募にエントリーした池田教授は見事合格。ジョージア州で研修を受けた後、Southwest Texas State University(サウスウエストテキサス州立大学)に派遣され、大学院で「スピーチ・コミュニケーション」を専攻しながら、同大学の学生への指導にあたる日々が始まった。
スピーチ・コミュニケーション*は、もともと古代ギリシアやローマの修辞学(レトリック)にまで遡る歴史を持ち、人間がメッセージを効果的に伝える方法を研究し、異なる状況におけるコミュニケーションの複雑さを理解することを目指した分野のこと。
「当初は外国語教育専攻を希望していましたが、派遣先変更に伴い、専攻も変わりました。しかし、実際に学んでみると非常に興味深いものでした。レトリックはプラトン、アリストテレス、キケロなどから始め、修士論文のテーマは非言語コミュニケーションでした。また、積極的に発言する学生が多く、日本の大学との違いに圧倒されました」
実際の“人と人とのやりとり”に着目した博士課程
研修期間を含めて約3年間の留学から帰国し、東京外国語大学の留学生日本語教育センターで、国費留学生の進学前教育を担当した池田教授。アジア、ヨーロッパ、アフリカ、中南米、オセアニアなど世界各国から集まった学生たちに向け、8年間教鞭を執った。その後、客員研究員としてカリフォルニア大学サンタバーバラ校(UCSB)に在籍した際、のちに池田教授の研究を方向づける、「相互行為研究」につながる「会話分析(CA)」に出会うこととなる。
「UCSBは言語学の分野では実際の言語使用にフォーカスしたダイナミックなアプローチで知られ、社会学でも会話分析(CA)の研究が盛んでした。そうしたアプローチにはもともと関心があったものの、実際の研究を目の当たりにしたことで、自分の研究にも採り入れようと思うようになったのです」
その後、テキサス大学オースティン校の博士課程で「コミュニケーション学」を研究することに。博士論文では、日本語の母語話者と非母語話者が言語以外のリソースで、どのようにコミュニケーションをとるのかを研究。非母語の日本語話者がどのようにやりとりに参加していくかを多角的に分析するなど、この研究をもって自身のスタイルを築いていった。
*当時、米国の多くの大学でレトリック、パブリック・スピーキング、対人、小集団、組織、異文化間などの「コミュニケーション」は「スピーチ・コミュニケーション」と呼ばれており、学術団体の名称もそれを反映していたが、扱う分野の広がりと多様化に伴い、「コミュニケーション学」という呼称が一般的になった。
研究の方向性を定めた日本語教師としての経験
大学院の修士課程で研究を始めた当初から、非言語を含めたコミュニケーションに焦点を当てていた池田教授。その背景には、日本語教師としての経験がある。世界各国の学生が用いるジェスチャーや視線などの非言語コミュニケーションが言葉の代替手段として使われたり、他の人に発言を促したい意図で使われたりといった、多種多様な事例を目の当たりにし、教師の使う非言語の役割にも気づいた。「人と人とのコミュニケーションは言語だけでは成り立たない」という実感が、のちの研究の方向性を定めていったのだ。
国際共修プログラムは多文化共生社会実現に向けた“種まき”
日本語教師、研究者として、各領域の専門性を磨いてきた池田教授。帰国後の2007年秋には桜美林大学基盤教育院の准教授に着任し、第二言語・外国語としての日本語や異文化間コミュニケーションの科目を担当すると同時に、全学の日本語プログラムのコーディネーターとして運営に携わるようになった。
また、桜美林大学大学院でも言語教育専攻の学生を対象とした相互行為研究の科目を担当し、2016年からは新設された桜美林大学グローバル・コミュニケーション学群の教授として、数多くの学生の指導にあたっている。
そんな池田教授が近年関心を寄せているのは「国際共修」だ。国際共修とは、文化や言語背景の異なる学生同士がグループワークやプロジェクトなどでの協働学習体験を通して多様な考え方を理解し、自己も変容する学習プロセスのこと。
多くの大学が国際共修プログラムを導入しているが、プログラムを円滑に進めるために一定の言語レベルに達した学生を対象としていることが多い。しかし、池田教授が担当する「多言語交流演習」は各言語レベルに全く条件をつけていないところに大きな特徴がある。
「私が担当する『多言語交流演習』では受講にあたって言語スキルの条件を設けていません。言語的なリソースが限られているという条件下で、協働する方法を模索していく。そのプロセス自体が非常に重要だと考えています」
また、池田教授はこうした教育実践の先に、受講した学生自身の学びだけでなく、多様化した社会の一員としての真の共生への貢献も夢見ている。
「たとえば『日本にいる〇〇人は犯罪者だ』といったデマが流れたときに黙っているのではなく、『それは違います。事実にもとづいて冷静に判断しましょう』と言える、行動できる人になってほしいと考えています。この社会にそうした人が一人でも増えていくことが、多文化共生社会の実現につながるのではないでしょうか。大学教育でできることには限りがありますが、少しずつ種を蒔くつもりで学生と向き合っています」
教員紹介
Profile
池田 智子教授
Tomoko Ikeda
1960年生まれ、東京都出身。東京外国語大学外国語学部英米語学科を卒業後、日本語教師としてのキャリアをスタート。その後、北米大学教育交流委員会(当時)のプロジェクトの第一期生として渡米し、Southwest Texas State University(現・Texas State University)スピーチ・コミュニケーション専攻の修士課程を修了。帰国後は東京外国語大学留学生日本語教育センター専任講師・助教授などを経て、テキサス大学オースティン校のコミュニケーション学(言語と文化)で博士号取得。コミュニケーション学と日本語教育を専門とし、学習者オートノミー(自律)の実践研究、言語と非言語を統合的に捉える「マルチモダリティ」の観点から相互行為を詳細に分析する学際的なアプローチを用いた研究などを行ってきた。2007年9月より桜美林大学(基盤教育院)。2016年、学群開設と同時にグローバル・コミュニケーション学群へ。2021〜2023年度までグローバル・コミュニケーション学群の学群長。
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