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開発における先進国のあり方を批判的に考察する
先進国が生み出してきた不公平な社会構造に着目
「私は現在の開発に対して、先進国の足が途上国の足を踏んでいるイメージを抱いています」
そう語るのは、開発教育を専門とする林加奈子准教授だ。そもそも開発教育の起源は、1960 年代に遡る。始まりは、欧米諸国の市民が本国で行った途上国支援のための教育活動だった。当初は「途上国の問題を先進国が支援する」という単純な図式だったが、研究が進むなかで「途上国が抱える問題は、先進国が生み出してきた社会構造に原因がある」とする見方も強まってきた。
「かつての植民地支配に始まり今日に至るまでの歴史を紐解けば、先進国が途上国を支配・収奪してきた社会構造が見えてきます。つまり、不公平な構造そのものに目を向けて問題解決を目指す姿勢が重要なのです。開発教育の研究では、先進国が作ってきた社会構造をふまえた批判的な考察が不可欠だと考えています」
NGOでの実体験をもとに開発教育の道へ
中高生の頃から、ニュースで国際問題に関心を寄せることが多かったという林准教授。大学3次に参加したNGOインターンでは、インドの女性たちが抱える差別問題に直面した。
「当時の私たちが支援を行っていた村では、カースト制度の最底辺に置かれた女性たちがさまざまな制約と差別を受けていました。そんな現実を目の当たりにして、誰もが自分らしく生きていける社会づくりがしたいと思いました」
しかし現場での経験を重ねるうちに、途上国での支援活動に限界を感じたという。特に痛感したのは、大学院卒業後、フィリピンで環境保護と貧困層の生活向上を目指すプロジェクトに参画したときだった。
「フィリピンで現地の人が沿岸を指差して『あそこで違法漁業をしている船で獲れた魚は、日本に運ばれているんだよ』と教えてくれた日のことを、今も鮮明に覚えています。私自身が問題を引き起こしている側の人間だったのだと気づかされた出来事でした」
途上国の問題の根本には不公平な社会構造があり、その解決には先進国のあり方を変えていかなければならない。そう悟ったことが、開発教育の道に進むきっかけとなった。
身近なモノをきっかけに開発教育を考える
昨今は、サプライチェーンにおける人権保護や労働環境の改善の必要性が広く認知されつつある。2006年には、途上国での従来の生産背景を疑問視し「途上国から世界に通用するブランドをつくる」を理念とするアパレル企業・マザーハウス社が、バングラデシュの工場を起点にスタートした。一方で同じバングラデシュでは、2005年に有名ファッションブランドの縫製工場が入っていた8階建ての商業ビルが崩壊し、多くの労働者が犠牲になる事故が起きている。当時あった工場の多くは、低賃金かつ劣悪な労働条件で労働者を働かせていたと言われている。
社会変容を促すフィールドワークが研究の軸に
開発教育・サービスラーニングともに現場体験が欠かせない
開発教育では、学習プロセスの中で、「知る」「考える」「行動する」という行為を組み合わせて学習者の意識変容を促していく。しかし、日本の学校教育では当事者意識の醸成が難しいと林准教授は指摘する。
「小中学校では『総合的な学習の時間』で開発教育を扱っているものの、ワークショップ教材を活用した授業展開も多く、学びがパッケージ化されている印象です。ワークショップで途上国の問題や、途上国と先進国の関係性を学ぶことはできますが、写真などの小道具を用いて学習者参加型で展開されるため、「楽しかった」という印象で終わってしまうこともあります。また、リアリティに欠けることもあり、当事者意識が育ちにくいのです。だからこそ、フィールドワークを通してその問題を肌で感じることが、当事者意識を育むには有効だと考えています。ただ、みんながみんな途上国に行くことは難しいと思いますので、日本で起こっている身近な問題に目を向け、現場に足を運んでボランティアをしたり、問題を抱えている方に直接話を聴くことで、自分が暮らしている社会が生み出している問題と自分がつながっていることが見えてくるのではないかと考えています」
林准教授自身、国際協力で積極的にフィールドワークを行いその重要性を実感してきた経験から、桜美林大学では「サービスラーニング」の教育活動にも注力している。サービスラーニングの定義はさまざまだが、一般的には地域社会での社会貢献活動と座学での教育を組み合わせた学習方法を意味する。一方でサービスラーニングがもたらす価値は、学習者が得る学びにとどまらないという。
「サービスラーニングは、地域への介入によって社会変容を促すことができる取り組みです。授業では、学生とともに社会コミュニティにどんな影響を与えられるかを考え、社会貢献活動を実践しています」
夜間定時制高校における居場所作りの実例
桜美林大学の開講科目「地域サービスラーニング(子どもと教育)」の一環として力を入れてきたのが、夜間定時制高校での試みだ。同科目では毎週1回、始業前に大学生と高校生が交流する時間を設けるなどして、高校生の居場所づくりに取り組んでいる。夜間定時制高校には、複雑な家庭事情や不登校といった問題を抱える高校生が少なくない。そんな生徒たちと信頼関係を築き安心して過ごせる場所を提供することで、見落とされがちな悩みに寄り添う狙いだ。
「地道に活動を続けるうちに、少しずつ生徒が自身の悩みや本音をこぼしてくれるようになりました。学校全体の雰囲気もより良くなってきたように思います。このように現場に入り込んで問題解決に取り組む実践的な研究スタイルが、私の研究者としての軸になっています」
一元的な開発を避けて“多元的世界”の実現を目指す
インドのラダック地方で地域づくりのあり方を検証
林准教授がこれから精力的に取り組もうとしている研究がある。インド北部のラダック地方における多元的世界と地域づくりに関する研究だ。人類学者のアルトゥーロ・エスコバルは、近代の一元的な開発を批判し、多様な文化や価値観が共存する“多元的世界”の実現を訴えた。この多元的世界をもとに、地域づくりのあり方を検証するという。
「ラダックには、先祖から受け継いできたチベット仏教の信仰と生活が今なお息づいています。その地域独自の自然観や世界観にも着目し、地域のあり方と可能性を模索していきます」
一方、2019年にラダック地方がインド中央政府の直轄地となったことも見過ごせない。政府から大量の予算が投じられるようになり、ラダックでも一元的な開発が進められている。そんな状況下で人々が地域づくりをどう捉えているのか、調査を実施する予定だ。
精神世界も含む多様な価値観を守っていきたい
ラダック地方の研究では、現地の住民同士で自分たちの自然観や世界観について考えるワークショップも開催予定だ。このような手法も取り入れ、現地の人々とともに地域のあり方について考えていく。
今後の研究目標は、ラダックに見られるような多元的世界の実現だ。
「多元的世界で重要なのは、歴史観や政治観といった価値観だけではありません。先住民の知恵や地域に根ざした信仰も尊重される必要があります。宗教とは縁がないように思える日本でも、八百万の神様のような概念は今も継承されていますよね。そんな精神世界にも着目しながら、それぞれの価値観を守るための研究を積み重ねていきたいです」
教員紹介
Profile
林 加奈子准教授
Kanako Hayashi
1979年、茨城県生まれ、埼玉県育ち。東京都立大学法学部を卒業後、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科にて国際開発学を専攻。インドやフィリピンでのNGOインターンシップを経て、インド在コルカタ日本国総領事館にてODA業務に従事。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。桜美林大学では 基盤教育院助手、 サービスラーニングセンターの教員などを経て、グローバル・コミュニケーション学群やリベラルアーツ学群で教育・研究活動を展開。2023年より教育探究科学群の准教授を務め、現在に至る。
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