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挫折と再起が育んだ研究者としての志
中野の商店街を1軒1軒回ったあの日が研究者としての原点
「アルバイト、探しています。仕事はありませんか?」
残暑の残る9月、東京都中野区の商店街を1人の中国人女性が歩いていた。1軒1軒、アポなしで店を訪れ、覚えたての日本語でそう聞いて回る。しかし、「日本語がわからない人はちょっと……」と断られ続け、心が折れそうになっていく。そんななか、商店街のクリーニング店主夫婦が事情をじっくり聞いた後、こう言ってくれた。
「うちの仕事は体力仕事で、接客はないから日本語がわからなくても平気。サボらずに来てくれたら助かるよ。でもね、時給は他のアルバイトよりもちょっと低いかもしれない。それでも大丈夫?」
大学院国際学術研究科の孫維維准教授は当時を振り返り、「その瞬間、本当に、本当にホッとしたのを覚えています」と笑顔を見せる。27歳で来日。生まれ育った天津の大学を卒業後、中国最大手の家電量販会社に就職。若手ながら複数回ライバル企業の買収と統合の案件に携わるなど、天津から栄転した北京の本社で活躍し、26歳で課長職に。同級生が羨む企業で働くビジネスパーソンだった。
「それが日本では必死にアルバイトを探すところからスタート。日本語が話せないから電話で問い合わせもできず、かといっていきなりお店に行っても話を聞いてもらえず、断られる。正直、生活環境の落差が大きくてすごくショックでした。でも、『東京は大都市だから英語が話せれば問題ない』と思って、日本語学校もよく調べずに来日してしまった自分の甘さが、その原因の1つ。私のなかには帰るという選択肢はなかったので、18歳、19歳の若い留学生たちと一緒にゼロから日本語を学び、とにかく頑張るしかない……、諦めずに研究の道に進む、諦めずに……という思いで踏ん張っていました」
クリーニング店でアルバイトをしながら日本語学校に通い、その後、専修大学大学院に進学。博士課程では、中国での会社員時代に抱いていた問題意識を学術的に深化させ、そこから研究分野を小売業全体に発展させていった。2018年に博士号を取得後、専修大学商学研究科の助教、東京福祉大学の専任講師を経て、2025年4月から桜美林大学准教授に就任。中野の商店街でアルバイト探しをしていた女性は、大学教員としての道を歩み始めた。
生産性向上のヒントを探し、会社員時代、自主的に研究を進めた
孫准教授が日本で学ぶことに関心を持ったきっかけは、天津財経大学時代に受けた生産管理の授業だった。トヨタ自動車が開発した「必要なものを、必要な時に、必要な量だけ」生産する方式、JIT(ジャスト・イン・タイム)。在庫を最小限に抑え、効率化とコスト削減を目指していくその手法を知り、日本の生産方式、管理手法の精密さに感銘を受けたのだという。
しかし当時は2000年代初頭、中国の経済成長が始まったばかりで、地方都市である天津から海外大学への留学は現実的な選択肢ではなかった。そこで孫准教授は天津財経大学で経済学と金融学の2つの学位を取得し、卒業後は家電量販会社に就職。全国各地を飛び回り業務に邁進する過程で、後の研究テーマにつながるきっかけを掴んだ。
「勤務していた家電量販会社は、ERP(Enterprise Resource Planning)システムを導入していて、経理、財務、購買、人事、在庫管理、生産管理、CRM、BI、販売管理などの情報がすべてコンピュータ上で一元管理されていました。そのシステムにはいつでもアクセス可能で、情報はリアルタイムで更新されていく。私は会社員時代、上司に命じられたわけでもなく、自主的に残業をして膨大な販売データ、在庫データなどを調べ、どこかに生産管理や在庫管理、販売管理などの面で生産性を向上することができるヒントがあるではないかと勝手に研究していました。会社で業務改革の仕事に携わっていたことも関係していましたが、それ以上に個人的な好奇心からの行動でした。ただ統計手法も独学でしたし、数学の知識も足りない。詳しい友人に相談してサポートしてもらっていましたが、当時の自分の知識レベルでは上司を納得させるだけの改善提案を出すことはできませんでした。そこで、しっかりと学びたい気持ちが強くなっていったのです」
成長企業で4年働き、貯金もできた。30歳前に外国に行かないと、おそらくそのまま中国で働き、生活する人生になるだろう。それなら今のうちに1回外の世界を見てみようと留学を決意。2010年、27歳の時に安定していたキャリアを手放して日本語ゼロの状態で来日した。冒頭のエピソードは直後の出来事だった。
実証データに基づく日中ビジネス比較研究
中国経済成長の目撃者の1人として
孫准教授の専門は、中国市場研究とマーケティング研究だ。特に小売業の発展と日中企業の海外進出パターンを、実証データに基づいて分析している。その研究の根底には、中国での実務経験と、急速に変化する中国市場をリアルタイムで目撃してきた貴重な体験がある。
中国のGDP規模は2002年の1.5兆ドルから2012年には米国の5割強に当たる8.2兆ドルに上昇。2010年に日本を抜いて、中国は米国に次ぐ世界第2位の経済大国となった。孫准教授が家電量販会社で働いた2000年代は、まさに中国が「世界の工場」から「巨大消費市場」へと変貌を遂げていく転換期だったと言える。
「あれはたしか1997年だと思います。私が中学校3年生か高校1年生の時にフランス資本のスーパーマーケット、カルフールが天津に出店。初めて買い物に行った時、衝撃を受けました。それまで私の地元にあったお店は八百屋、精肉店、鮮魚店、薬局など、個人商店が中心。カルフールのように広い売り場、美しい陳列、豊富な品揃えで何でも買える場所は見たことがなかったのです」
経済学では一般的に国民1人当たりGDPが3000ドルを超えると、人々が生活に最低限度必要な衣食住が足りるようになり、消費市場が急速に拡大するといわれている。中国の国民1人当たりのGDPが3000ドルを超えたのは、2008年。その変化のただ中にいた孫准教授は急成長していく小売業のなかでも特に発展していく業態に注目していた。
「特に注目したのがドラッグストア業態でした。薬だけではなく、化粧品や生活雑貨、さらには食品まで取り扱う。中国では2010年前後から急速に店舗網を広げていたのですが、大学院で学ぶ間にドラッグストア業態に関する体系的な研究がほとんどされていないことに気づいたのです。1つの業態としてどのように成長してきたのか。その経緯、経営の枠組みについて調べていくのは意義ある取り組みだと思いました」
データが語る物語を解き明かす研究手法
この問題意識から書かれたのが、「中国におけるドラッグストア研究—事例研究:ワトソンズの成長要因に関する考察」や「中国現代小売業の展開と消費社会の変化—ドラッグストアを中心に」などの論文だった。
「後者では、先進国の小売企業の展開経路を把握しながら、1990年後半からの中国小売市場に焦点を当て掘り下げていきました。1949年建国以来、中国小売市場は青空市場から市場化へ移行していき、現在も伝統的な個人商店による小売業と現代的な企業チェーンによる小売業が併存する二重構造があります。同じくドラッグストア業界においてもさまざまなタイプの事業者が存在していて、それぞれの特徴と代表企業を取上げ、企業の発展概略、経営戦略を中心に事例分析を行いました」
一方、前者では中国ドラッグストアの経営実態と定義を確認したうえで、ドラッグストアを取り巻く市場環境の変化と競合関係を分析。なかでも香港系のドラッグストアチェーン「ワトソンズ」の成功に着目し、その成功要因を探った。現地調査とともに、POSデータの詳細な分析を行い、商品戦略(PB商品)、プロモーションと立地条件、店舗レイアウト、価格政策などを体系的に研究。その過程で、なぜワトソンズが中国市場で成功し、同時期に多くの日本系ドラッグストアが撤退したのかという新たな研究テーマも見つかったという。
現場の状況につぶさに目を向け、各種データから課題を発見し、分析する。このアプローチは孫准教授が会社員時代に取り組んでいたやり方と重なり、現在も研究手法の基盤となっている。
変化する市場を読み解く現在の研究
なぜ日本のドラッグストアは中国で失敗したのか
現在、孫准教授が最も力を入れている研究テーマの1つが、日本のドラッグストアチェーンが中国市場から撤退した要因の分析だ。2010年前後、マツモトキヨシやココカラファインなど日本の大手ドラッグストアが相次いで中国に進出したが、ほとんどが撤退を余儀なくされた。一方で、香港系のワトソンズは順調に店舗数を拡大し、現在は中国本土に4000店舗以上を展開する最大手チェーンになっている。この違いはなぜ生まれたのか。
「主要な要因は、日本の大手ドラッグストアが中国本土でのサプライチェーンを整えることができなかったことと、事前の市場調査の甘さがあったのだと見ています。特にメインとなる商品である医薬品、化粧品について、中国の文化的、社会的な理解が足りず、顧客の支持を得られなかった。というのも、中国では医薬品を販売する薬局の出店について一定距離以上の間隔が要求される、一般薬品販売(OTC)についても制限があるなどの厳しい規制があります。その結果、日本のドラッグストアの強みである医薬品の取り扱いが中国では大きく制限され、化粧品カテゴリーだけではローカルブランドとの差別化が難しく、日本で積み重ねたノウハウがなかなか発揮できなかったのです。医薬品と化粧品この2つが強くならないと、それ以外の生活雑貨や食品が充実していても難しい。また、現地の卸などのパートナーとの連携にも課題を抱えていました。一方で、ワトソンズもかつて一度、中国本土から撤退した過去があります。その後、1989年に広州の再進出。慎重に提携先である卸との関係を築き、ゆっくりと成功していったのです」
この研究の目的は単なる事例分析にとどまらない。中国で成功した企業を細やかに分析することで、今後、日本企業の海外進出戦略に貢献したいという思いがある。そして、孫准教授の研究のもう1つの特徴は、中国市場の急速な変化をリアルタイムで分析していることだ。
身近な物流革命からも見えてくる中国市場の変化
中国ネット通販最大手のアリババが2014年にニューヨーク証券取引所(NYSE)に上場して以降、中国本土ではネットショッピングが一気に成長。なかでもライブコマースは販売者との双方向性が中国で支持され、大ブームになった。孫准教授は実際に商品を手にできる安心感が好きでリアル店舗派だが、帰国する度に人々の習慣の変化に驚かされているという。
「例えば去年、天津に帰った時、日本へのお土産を買う時間がなくて友だちに代わりに買ってもらいました。すると、その友だちはアプリで配達を依頼すると言うのです。配送業者が箱もテープも梱包材は全部用意して15分以内に友だちのところに集荷に来てくれて、1時間後に私のところに届く。しかも配達料は日本円換算で300円ほど。この話を聞いて私は半信半疑だったのですが、本当に1時間で商品が届き、料金も事前に聞かされた通りでした。もちろん、決済はキャッシュレスで、手続きはスマホ1つで完了します。どうやってこのビジネスモデルが成り立っているのか? 研究につながりそうなテーマは現場にいくつも転がっているのです」
最新の著書『超市攻略』(東方出版社)では、急成長を果たした中国のスーパーマーケット業態が市場調整期に入っていることを指摘している。熾烈な業界内での競争に加え、ネットショッピングの急拡大によって小売店に逆風にさらされていること。キャッシュレス決済の普及率が90%を超えてきていること。さらに、こうした外部環境の激変に対して対応しようとする中国のスーパーマーケットに向けて、積極的に変革を行っている日本のスーパーの事例分析から多くの経験とノウハウを学ぶことができるという提言もなされている。
「例えば、東南アジア市場では中国市場の時と比べ、日本企業の海外展開が順調に進んでいます。これが地域差によるものなのか、中国市場での反省を踏まえた改善があるのか。その理由についても今、分析中です。今後は日中どちらかという視点ではなく、グローバル化の推進を後押しできるような研究を続けていきたいと考えています」
日中の現場をよく知る孫准教授は、桜美林大学で単なる知識の伝達ではない講義やゼミナールを心がけているという。最近では「日本製鉄によるUSS買収のニュース」「ソフトバンクと中国の大手配車サービスDiDiの戦略提携」など、最新の事例を積極的に取り入れて解説。学生の反応は上々だ。
「皆さんが日頃触れていたり、耳に入っていたりするニュースを深掘りして、双方向で議論していく。学生同士の意見交換、発言を重視しながら、日中ビジネスに限定せず、ASEAN地域の日本企業の進出、中国企業の海外進出、トランプ関税などの外部環境の変化による影響など、さまざまな切り口から幅広く経営の知識体系を研究していきたい。また、今後は企業関係者・実務家を日本と中国の両国から招いた講義なども企画し、日中ビジネスの橋渡しができればとも考えています」
教員紹介
Profile
孫 維維准教授
Sun Weiwei
1983年中国天津市生まれ。2006年天津財経大学商学部卒業(管理学・経済学の2つの学位取得)。中国大手家電量販会社に就職し、商品販売、企業買収を担当した後、2010年来日。2018年専修大学大学院商学研究科博士後期課程修了、博士(商学)を取得した。専修大学助教、東京福祉大学専任講師を経て、2025年4月より桜美林大学大学院国際学術研究科准教授。主要著書に『中国におけるドラッグストア発展のダイナミクス-薬店と薬粧店を中心に』(専修大学出版局)、『超市攻略』(東方出版社)などがある。
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