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米中貿易摩擦が激化するいま、
日系企業の中国ビジネスはどうなる?
グローバルサプライチェーンを
30年かけて構築した日本と中国
アメリカ第1次トランプ政権下で始まった米中貿易摩擦がますます激化しそうな様相を呈している。中国政府は台湾とアメリカの関係にも敏感に反応しており、日本政府も米中の動きを注視している状況だ。米中貿易摩擦は日本のビジネスにも影響を及ぼすのだろうか? 桜美林大学の大学院長で、大学院・経営学学位プログラムを担当する雷海涛教授は、現状をどのように見ているのだろうか?
「1989年の冷戦終結後、日本企業はじめ世界中多くのグローバル企業は経済合理性を求めて、製造拠点を人件費の低いアジア諸国などに移転し、そこから30年かけてグローバルサプライチェーンを構築してきました。なかでも日本と中国のビジネスでの関係は深く、現在も日本の輸出・輸入とも20%以上が中国との取引になります。冷静に考えれば、米中対立がいくら激化しても現在のグローバルサプライチェーンを手放すのは、日系企業にとってまったく合理的ではありません。さまざまな商品価格が跳ね上がれば、消費者もそれを受け入れないでしょう。私は日中ビジネスと米中摩擦は、切り離して考えるべきだと思います」

原材料や部品を現地調達できるのも中国の強み
雷教授の専門分野は、日中ビジネス、グローバルサプライチェーン、イノベーション経営戦略など。1986年に来日し、東芝で26年間勤務した経歴を持つ。在籍中は、東芝中国社の副総裁や本社中国室長を務めるなど、日中ビジネスを現場で見て来た強みを活かして、現在は大学院国際学術研究科で、中国語で取得できるMBAコースの指導も担当している。ここで、グローバルビジネスの最前線に立つビジネスパーソンと交流しながら、情報収集を続けている。
雷教授の調査によると現在、中国に進出している日系企業は、約3万1千社超。その多くがメーカー系企業で、中国国内に製造拠点を構えている。1990年代から「世界の工場」として実力を蓄えてきた中国の製造業は、技術力の面でもレベルが上がっている。現場では多くの日本人が働いているほか、1000万人以上の中国人の雇用も生まれており、相互の依存度は高い。また、日本企業が生産拠点として中国を選ぶ理由は、人件費だけではない。
「中国国内の製造拠点においては、原材料や部品の6割以上を現地調達でき、材料費の削減も可能になっています。これは他国を大きく上回るものです。いくら人件費がより安い製造拠点が見つかっても部品を現地調達できなければ、日本から運ぶことになり、結果的にコストが高くなります。これこそが、30年来の日中サプライチェーンの成果といえるでしょう」

東京大学大学院で工学の博士号を取得
東芝時代は機械翻訳や音声認識の開発を担当
グローバルビジネスに詳しい雷教授だが、もともとは中国の大学で電子工学を学んでいた。その後1986年に来日し、東京大学大学院工学系研究科に進学。当時、日本の電子産業が強かったことはもちろんだが、とにかく先進国に留学したかったのが本音だという。ここでも電子工学を専攻し、音声合成などの研究に取り組んだ。すでに1990年代前半から現在のAI(人工知能)にも通じる研究に従事していたことになる。
その後、1992年に工学の博士号を取得すると東芝に就職。マルチメディア技術研究所という研究開発拠点に勤務し、ワープロやパソコンソフトの開発などに従事した。その後、2001年から同社の中国社副総裁 兼 研究開発センター所長として、中国に勤務し、機械翻訳や音声認識、自然言語処理などの先端研究に取り組んだ。当時、中国経済の成長と市場拡大を見据えて、東芝では中国出身者を含む、多様な人材の登用が積極的に進められた。そのため、雷教授も中国での勤務を続けるなかで、日中ビジネス推進の気持ちが一段と高まり、次第に研究者から経営職を担うようになっていく。そして、最終的には本社中国室長を任され、日中ビジネスの架け橋となる業務を担った。
「2000年代は、東芝をはじめとする日系企業のブランドイメージが強く、北京大学や清華大学の学生を採用して、最先端の研究に取り組んでいた時代もありました。その後、ファーウェイ、アリババ、テンセント、BYDなど中国の新興企業が台頭し、採用市場を席巻していきます。今では中国の優秀な学生を採用するのは至難の業です。日系企業の中国進出も減少傾向にあり、今後も厳しい状況は続くかもしれません」

先端材料やソフトパワーに日本の勝機あり
1990年代以降、欧米日本の自動車メーカーが中国に進出し、一定のシェアを獲得してきた。しかし、世界のEV(電気自動車)市場を席巻するBYDの勢いを見れば、今後、中国の自動車市場でシェアを拡大していくのは難しいだろう。AIや通信機器の分野も同様で、ファーウェイ、アリババ、テンセントなどの中国企業が、技術的にも市場をリードしていくと雷教授は見ている。
それでもいくつかの分野で日本企業の実力はまだまだ健在だと雷先生は語る。そのひとつが先端部品・材料の分野だ。半導体や自動車製造に用いる精密機器の部品の一部は、日本のメーカーしかつくれないものも多く、まだまだMade in Japanの評価は高いという。さらに、コンビニエンスストアなど流通・小売のビジネスモデル、高齢化社会に対応する介護ビジネス、マンガ・アニメなどのソフトビジネスなどにもチャンスはあると見込んでいる。
「中国の若者たちは、日本のアニメやマンガを見て育っています。インバウンドブームを見ても若い世代は日本に対して好意的です。ユニクロやニトリ、無印良品なども中国国内では大きなブランド力があります。このような分野から新たなビジネスチャンスが生まれる可能性は大いにあると思います」
ファーウェイ、アリババ、BYDなど
中国新興企業の現状とは?
注目すべきは新エネルギー自動車の市場
雷教授が桜美林大学大学院で教職を得たのは、2018年のこと。日中ビジネスについてより深く研究できること、より自由に経済界や産業界の人々と交流できることが教員を目指した理由だった。
大学院長となった現在は、企業の肩書きから離れて、フラットな視点で日中ビジネスをウォッチしている。特にコロナ前から定期的に中国現地を訪れ、新興企業の動きを調査しているという。
「ファーウェイ、アリババ、BYDなどの新興企業が1990年代後半から急成長した理由には、中国の都市化があります。日本の人口をはるかに上回る7〜8億人という人々が、沿岸部の都市に流入し、住居、家具、家電、PC、スマホ、車などを買い求めました。この巨大マーケットの恩恵を受けながら、数多くのイノベーションが生まれたのです。背景には、製造業で蓄積した技術力の向上もあるでしょう」
雷教授が注目するのは、新エネルギー自動車の市場だ。なかでも1995年創業のBYDの飛躍がめざましい。2022年の年間売上は、4200億元(約8.4兆円)という驚異的な数字になっている。これは、前年の2倍にあたり、現在も成長は加速しているという。また、欧米からの規制を受けているファーウェイも中国国内では健在だ。最近は、EVメーカーと連携して、自動運転やナビゲーションなど自動車に搭載するシステムを開発しており、特に自動運転の性能は極めて高いという。
「最近、CMで見かけるBYDですが、すでに2005年から日本に進出しており、現在は日本国内で走るEVバスのシェア7割をBYDが取っています。中国企業にとって、日本市場への進出は魅力的です。品質にこだわる日本人の市場で売れたという実績は、世界的なアピールになります。また、BYDには日本の金型メーカーを買収し、技術力を向上させてきたという関係性もあります。2024年にもBYDの現地工場を視察しましたが、世界進出できるレベルだと感じました」

中国企業の対日投資の展開に注目
桜美林大学を日中ビジネスの新たな拠点に
ニュースや新聞でも報道される通り、中国国内の経済は低迷期に入りつつある。これまでの急激な成長を考えれば、無理はないだろう。そこで雷教授が注目するのが、中国企業の対日投資の活発化だ。2020年以降は、AI・ロボットなど先端技術分野への対日投資、さらに日本国内における在日中国人の起業なども増えているという。
「中国企業の対日投資は、人口減少が進む日本にとって明るい材料といえます。最近は、中国からのインバウンド旅行者も増えており、新たなビジネス交流が生まれています。私が担当する大学院・経営学学位プログラムの中国語MBAコースには、中国企業の経営幹部や起業家も通っています。また、2019年から定期的に開催している日中ビジネスサロンにも毎回50名以上の日中ビジネス関係者や学生が集まっています。私は桜美林大学の新宿キャンパスを日中ビジネスの新たな拠点にしていきたいと考えています」
教員紹介
Profile

雷 海涛教授
Lei Haitao
1962年、中国北京市生まれ。1984年 中国・浙江大学電機工程系(学科)卒業。1986年に来日し、1992年に東京大学大学院工学系研究科電子工学専攻博士課程修了。博士(工学)。1992年に株式会社東芝入社。同社で、中国社副総裁兼研究開発センター所長、本社中国室長などを歴任する。2018年4月から桜美林大学大学院国際学術研究科に教授として着任。現在は、大学院長として、中国語MBAプログラムなどを担当している。専門は、日中ビジネス、グローバルサプライチェーン、イノベーション経営戦略など。共著に『飛躍するチャイナ・イノベーション~中国ビジネス成功のアイデア10~』(中央経済社)などがある。
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