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中小企業のイノベーション創出を
実現するための要因をデータで可視化する
研究テーマは「イノベーション・マネジメント」
イノベーションはどのように生み出されるのか? 企業経営者なら誰もが気になるテーマだろう。市場を席巻するような新しい価値を持つ商品やサービスが誕生した背景には、どのような要因があるのか——。これを明らかにするため、国内の企業を対象にしたさまざまな実証研究を行っているのが大学院国際学術研究科の鈴木勝博教授だ。
「研究テーマは、イノベーション・マネジメントです。特に中小企業やスタートアップのイノベーション創出に関心があります。市場をリードするような製品やサービスを生み出すためには、斬新なアイデアを思いつくだけでなく、これを実現するための研究開発や技術調達も必要となり、顧客に提供するためのビジネスモデルも含めた総合的なマネジメントが必要になります。企業の現場でヒアリングを行うのに加え、企業の業績データや知財データなどに基づく分析を行い、その成功要因を『見える化』しようとしています」
実証研究に使うデータの種類は多岐にわたる。通常の財務諸表のデータに加え、研究開発の状況、出願された特許や登録特許の件数・技術分野、経営者の年齢・性別・学歴・職歴、株主構成、さらには、企業理念や成長へのビジョン……。こうした定量的・定性的データを収集し、計量経済学手法で分析している。
国内ハイテク中小企業の成功要因とは?
「研究の例としては日本国内のハイテク中小企業がイノベーションのための知識をどこから得ているのかという点にフォーカスしたものがあります。OECDのプロトコルに則り、各種のイノベーションの実現状況を調べるとともに、特許の出願状況やイノベーションのためにどのような情報源を利用しているのかを調査。さらに地域性の影響も加味して、イノベーション創出に寄与する要因を明らかにしました」
410社を対象にした分析によると、社内の人的リソースに加え、顧客、大学・研究機関、サプライヤー(部品などの供給先)などの外部情報源を多重的に活用していること、ならびに、前述したイノベーションの種類によって、その実現のために寄与する要因も異なることがわかった。
どの企業も、総じて顧客からの情報をまず重要視しているが、プロダクトイノベーションついては、社内リソースが有意に寄与する一方、プロセスイノベーションにおいては、サプライヤーからの情報が有意に寄与していることが示唆される結果が得られた。また、立地の影響については、プロダクトイノベーションでは首都圏(東京、北関東、南関東)への所在が有意にプラスに働くが優位だが、プロセスイノベーションにおいては、立地の影響をほぼ受けないことも判明した。
「これらの検証結果は、現場の皮膚感覚としてすでに大体わかっていた内容もありますし、逆に、そうでないものもあります。いずれにせよ、客観的なデータにもとづく検証結果を公開していけば、実際の経営や政府等による支援策の検討時にはある程度参考になるのではないかと思います。地道な活動ですが、研究者の果たすべき重要な役割だといえるでしょう。ヨーロッパや中国などでは、中小企業を対象にしたイノベーション創出の研究はそれなりに蓄積されてきているのですが、国内ではまだまだ少ないため、使命感を持って取り組んでいます」

大学院時代の研究分野は「流体力学」
執行役員を務めた中小企業での葛藤が研究の原点
きっかけは、自らが執行役員を務めていたIT系の中小企業で、かなり優秀なエンジニアを抱えていながらも、なかなか自社の独自サービスの開発が実現できなかった経験だった。受託開発の企業としては順調であったが、自社独自のサービスを開発し、躍進を遂げる中小企業の姿を見て、「いったいどうやってイノベーションを実現しているのだろうか?」と研究者としての血が騒いだ。
もともとは大学院の博士課程まで、物理学を専攻していた。研究者を志したのは、小学校2年生の頃。当時は発熱や喘息などで学校を休みがちであり、健康にやや不安を抱えていたが、本を読んだり考えたりすることは比較的好きであった。ある日、研究に没頭できる「学者」という職業を知り、「体が弱い自分でもなんとかなるかもしれない」と視界が開けた。
その後、物理学に興味をもち、京都大学理学部から同大学院へ進学。さらに、東京大学大学院に進み、最終的に、日常レベルでの複雑な現象を扱う流体力学の研究を続ける道を選んだ。
「大学院のテーマは、『細い渦の糸の運動を幾何学的に記述する』というニッチなものでしたが、師や仲間に恵まれ、物理学のトップジャーナルに掲載されるような成果を出すことができました。ケンブリッジ大学のニュートン研究所を往訪した際には、発表の時間もいただきましたが、いい思い出です」
物理学を活かせるフロントラインはむしろ実社会にあるのでは?
時は1990年代後半——。学問分野では、素粒子や宇宙論の大きな発見が一段落し、サイエンスの中心は物理学から遺伝子科学や脳科学に移りつつあった。一方、金融工学や経済物理学といった、工学や理学の手法を経済活動に適用する気運も盛り上がっていた。当時、大学院博士課程を修了していた鈴木教授は、物理学を活かせるフロントラインはむしろ実社会にあるのではないかと考え、民間シンクタンクの関連会社への就職を選択する。
「ここでは、企業データの分析やアンケート調査の設計・分析などを担当し、また、システム開発にも関わっていました。まだ、『クラウド』や『ビッグデータ』という名称が生まれる前でしたが、振り返ると、クラウドの走りのようなシステム開発や、これを活用した大規模データの解析を行っていました。この会社は、大変ながらも面白かったのですが、物理学よりも、Linuxや情報処理のスキルのほうが役に立ちました。また、統計学や経済学の技法を身につけるよい機会となりましたね。その後、親会社の意向で業態が大きく変わってしまったため、当時のクライアントであったシステム開発企業に転職し、執行役員まで務めました。中小企業のイノベーション創出に興味を持ったのはこのときの経験がベースになっています」
実務を通じて、イノベーション・マネジメントという研究テーマにたどり着いた鈴木教授は、その後、ビジネスの世界から再び研究職の道を目指す。そして、(独)中小企業基盤整備機構、早稲田大学 先端ベンチャー・起業家研究所、東京工業大学 産学連携推進本部などで起業やイノベーションをテーマにした研究・教育活動に従事する。東京工業大学では、ベンチャー支援のためのファンド立ち上げを手がけ、研究者の知見と企業での経験をいかんなく発揮した。そして、2017年から桜美林大学に籍を移し、ますます研究の幅を広げている。
中小企業と並行して中堅企業の調査研究にも注力
売上100億円の中堅企業を売上500億円に育てる
イノベーション・マネジメント、アントレプレナーシップを研究テーマとする鈴木教授が、最近注目しているのが中堅企業だ。経済産業省の定義によると中堅企業とは、常勤の従業員数2,000名以下の会社・個人で、ここから中小企業の定義にあたる事業者を除いたものを指す。日本には、約9,000社の中堅企業があり、2024年に入ってから政府も積極的な支援策を打ち出している。
「最近の日本ではベンチャー投資も以前よりかなり活発化しておりますがユニコーン企業はまだまだ少ない状況です。ムーンショットを狙っていくのは夢もあり、大変に素晴らしいと思いますが、一方、大きな不確実性と困難を伴う取り組みでもあります。そこで、これとは補完的な取り組みとして、意欲の高い優良な中堅企業を支援し、着実に成長を促すことができれば、産業の活性化や雇用創出の側面からは面白いのではないかと考えております。これはベンチャー支援と共存できるもので、私も政府の動きに注目しています」
ほぼ個人事業主に近い中小企業や創業間もないベンチャー企業は、調査をする際のデータが少ないという課題がある。一方で、売上100億円規模の中堅企業なら、財務諸表のデータが公開されているほか、従業員数や役員の属性などもわかるので、企業のパフォーマンスを指標化しやすいというメリットもある。そして何より、中小企業と同様、中堅企業にフォーカスした先行研究もほとんどないため、調査のやりがいも大きいという。
「日本の地方都市には、売上数百億円レベルの中堅企業がそれなりに存在しています。こうした企業の成功要因を調査して、可視化できれば、それを経営者や支援者にもフィードバックできるのではないかと考えています。わたくしが保有するハイテク中小企業のデータベース(約2,000社)では、企業年齢の平均値は約60年で、100年を超える企業も数%含まれております。スタートアップ企業とは異なり、ゆるやかに成長していく印象ですが、これらの企業の一部はいずれ中堅企業へと成長していくのではないかと思いますので、そのためのキードライバーを客観的に検証していくこともまた、研究者の使命なのではないかと考えています」

経済学の理論と経営者の意志を組み合わせた研究も
鈴木教授は、これまではどちらかというと経済学的な考え方を参考に、イノベーション研究を推進してきたが、今後は、より経営者の視点や考え方を取り入れることに興味を持っているという。
「業績データや特許データをもとに、客観的な視点で企業の動きを俯瞰することも重要なのですが、一方、こと企業の成長に関しては、最終的には経営者の意思や考え方が大きく影響しているような気がしています。経済学的な透徹した視点に、経営者の意思を組み合わせたような分析に現在トライしはじめたところです」
自然科学の研究経験と実務経験をあわせもち、経営と経済の中間的かつ融合的な領域から、新たな研究のイノベーションが生まれるのかもしれない。
教員紹介
Profile

鈴木 勝博教授
Katsuhiro Suzuki
1968年、静岡県生まれ。1990年 京都大学理学部卒業、1992年 同大学院理学研究科物理学第二専攻修士課程修了。1994年 東京大学大学院理学系研究科物理学専攻修士課程修了、1997年 同博士課程修了。民間シンクタンク勤務を経て、IT系中小企業の執行役員として約10年勤務。実務を通じて「イノベーション創出とそのマネジメント」に興味を持ち、(独)中小企業基盤整備機構などの公的機関、早稲田大学、東京工業大学などの大学で研究・教育活動やベンチャー支援に従事。2017年に桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授、2019年に同大学院経営学研究科准教授、2021年4月から現職。
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