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大学教育の社会的・経済的側面を探究
個人や社会と密接に結びついた「教育」という営み
「教育社会学」という学問分野がある。これは、学校を中心とする教育システムと社会との関わり、そこに内在する問題点を調査データの分析といった社会学的な手法で研究する分野だ。教育は誰もが経験する身近なものであるだけに、自分の経験をもとに語られることが多い。しかし、ほぼ10年ごとに学習指導要領が改訂されたり、高等教育の修学支援新制度が創設されたりするように、教育システムは変化を続けている。そうした個人と社会にとって切っても切り離せない「教育」に関する学問分野で40年にわたって研究を続けてきたのが、大学院国際学術研究科/大学アドミニストレーション実践研究学位プログラムの浦田広朗教授だ。
「私は教育に関し、常識と思われていることを疑う姿勢で長らく研究してきました。例えば、私が取り組んだテーマの中に『大学の授業料』があります。授業料は大学によって差がありますが、どのように価格設定されているのでしょうか? スーパーに並ぶような商品であれば、それを製造するためにかかった材料費や人件費などをもとに、原価に対して利益が出るように値段が付けられます。しかし、そうした一般的なモデルと比較すると、大学の授業料はかなり特殊なのです。端的に言えば、入学難易度が近い他大学に合わせて授業料が決められています」
浦田教授は、調査する中でひとつの結論に辿り着く。これは教授自身が研究を開始した1990年代当時の事例になるが、入学難易度が低い大学は、授業料が高めだということが導き出されたのだ。それはなぜなのだろうか。
「入学難易度が高い私立大学は、競合相手として国公立大学が存在します。受験生が併願受験する可能性があるため、私立大学は国公立大学の安価な授業料を無視できず、少しでも近づける必要があります。一方で、入学難易度が低い私立大学は、国公立大学とは競合しないのでその授業料を考慮する必要がなく、授業料が高くなる傾向があったのです」
約40年の研究人生の中で浦田教授が特に力を入れてきたのは、「大学教育の経済的側面と社会的側面」について。大学といえば入試に注目が集まり、入試を突破する学力をどう身に付けるかに大きな関心が寄せられる。しかし、大学教育を受けるにふさわしい学力があっても、授業料などの学費が用意できないために進学を断念せざるを得ない人もいる。これは、その人にとっても、社会にとっても損失だ。そして、大学の学費の高さは、大学の財務や大学への補助金、個人への奨学金といった「政府の経済政策」などさまざまな要素が絡んでくる。そうした構造を精緻に見つめ、格差の問題を検証してきた。
大学教育の格差構造について
一般的なデータをもとに分析
地域の進学率の格差は供給量に関係していると指摘
「大学教育にはさまざまな格差が生じています。経済的格差以外にも『大学進学率の地域間格差』があります。一般的には、都市圏など経済的に豊かな都道府県は大学進学に伴うお金を負担することができ、進学率が高いだろうと考えられています。しかしそれと同等かそれ以上に、各県の『大学の供給量』が進学率に大きく関わっていることがわかったのです」

東京では8割近くの人が大学へ進学するが、東北や九州には進学率が40%台前半の県もみられる。これらの地域の進学率の低さはいわば当然のことと見なされているが、教育機会均等の観点からすれば看過できることではないと浦田教授は指摘する。さらに、研究によって明らかになったのは、進学率の格差に影響を及ぼしているのは家庭の経済的側面だけではないという事実だった。
「中学校卒業後の高校進学率の場合は、進学率が高くない時代には地域間で大きな格差がありました。しかし、高校進学率が高まるなかで、地域間格差は縮小していきます。これに対して大学進学率の場合は、日本全体としては上昇しているにも関わらず、地域間の格差は縮まっていないのです。地方には定員割れしてしまうような大学が多くあり、潰してしまえばいいという意見が多数派になっている。しかしそんなことをしたら、大学進学率の地域間格差はますます広がっていくことになります。全国学力調査などからも分かるように、地方には学力が比較的高い県があるにも関わらず、経済的要因や大学の供給量不足によって大学進学率が都市圏よりも低いという問題が、これまで以上に深刻になります」
浦田教授の研究は、文部科学省による学校基本調査や学校教員統計調査、日本学生支援機構による学生生活調査といった統計データの分析が基盤になっている。
「こうしたデータは、誰もが閲覧できるけれど実は十分には利用されていない。そうした一般的な調査データから、誰も気づいていなかった結論を提示したいと思っています」
40年間の研究人生で培った調査・分析手法を
大学職員を主とした学生たちに教授する日々

重要視されるインスティテューショナル・リサーチへの貢献
浦田教授が現在所属している大学アドミニストレーション実践研究学位プログラムは、学生の多くが全国の国公私立大学職員だ。大学経営においては近年、インスティテューショナル・リサーチ(以下、IR)が重要視されつつある。IRとは、大学職員等が自らの所属機関を対象として調査活動を行うこと。その結果はさまざまな戦略策定に利用され、学内では専門職が用意されるほど重宝されている。浦田教授は長年の経験をもとに、こうした場面で必要とされる調査方法や分析方法を学生たちに教授している。
「高等教育調査は、質的調査と量的調査に分けることができます。担当する『高等教育調査・分析法』の授業では、質的調査についてデータ収集の方法を体験的に学んでもらい、量的調査については調査から得られたデータや既存データの分析方法を教えています。こうしたスキルを修得することで、大学職員の皆さんには勤務校の経営や企画立案に役立ててほしいと思っています」
浦田教授は40年の研究人生を経て、現在はこれまでの研究を振り返りながら、そこで得た方法論や研究手法を後進へ受け継いでいくフェーズに入っている。大学職員を中心とした学生たちの研究的な姿勢を育てることによって、大学全体の改善にもつながることが期待される。
「私は常日頃から、学生に対して『仕事は研究のように取り組んでください』と言っています。研究というのは、データを分析するにしても、実際の現場を観察するにしても、こうだと決めつけないで柔軟に考えを展開させることが重要です。職場での仕事も研究と同様に広い視野から捉えて柔軟に工夫することが、よい成果につながるのです。そうした意識を職場に持ち帰って、個人の成長とともに大学教育の向上にも貢献されることを願っています」
教員紹介
Profile

浦田 広朗教授
Hiroaki Urata
1958年、長崎県生まれ。広島大学教育学部卒、同大大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。麗澤高等学校教諭、麗澤大学教授、名城大学教授などを経て、2017年より桜美林大学教授。専門は教育社会学、高等教育論。主な著書に『大学院の改革』(共著、東信堂)、『「学問中心地」の研究』(共著、東信堂)、『変貌する日本の大学教授職』(共著、玉川大学出版部)、『大学教授職の国際比較』(共著、東信堂)などがある。
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