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主題として描く「社会から逸脱した者の視点」
大学在学中から本格的に映画制作をスタート
「学生時代、『自分はまだ何者でもないし、社会の中で立場がない』と思っていました。そんな状態で世の中の映画を見ていると、『この映画を作った人たちは、もうすでに立場があるな』と思ったんです。そこと比べて、自分は別に向き合いたい社会問題もなければ、何かに葛藤しているわけでもないぞと気づいたのです」
原点となった横浜青果市場でのアルバイト
それでも映画づくりに憧れていた当時の稲葉特任講師は、自分に撮れるものを探した。
「いま生きていることを作品として描こうと思ったんです。あとから考えるとそれこそが個人が切実に社会や政治と向き合うことなのですが、当時は特にそんな意識もありませんでした」
卒業制作をつくったのは、大学4年次の冬。単位もほとんど修得していた稲葉特任講師は、映画を観ることと横浜にあった青果市場でのアルバイトが生活の中心になっていた。
「輸入の果物をスーパーに卸すための、いわゆる肉体労働ですね。必要な仕事ではあるんですけど、そこで働いていた自分は友達にもあまり会わず、お酒も飲まないので飲み歩くこともせず、ただ生活のために働いて、いろんなものを削ぎ落として生きていたんです。でも、そういう生活をしていると、自分が機械になったような不思議な充足感がありました」
その感覚を映画作品として昇華したのが、卒業制作『君とママとカウボーイ』だったという。稲葉特任講師は自分自身が青果市場で働いている様子を友人に撮影してもらい、役者としても作品に登場した。このテーマを撮り続けることになったきっかけがもうひとつある。それは、大学を卒業してすぐの頃に通っていた韓国語教室でのできごとだった。
「海外留学がしたくて、韓国語を習っていたんです。そこの先生が変わった人で、『お金がなくて、趣味や楽しみがない』と話したら、『お金がなかったら寝てるのも大事だよ』と言ったんです。それを聞いてその通りに過ごしてみたら、世の中の営みから自分が外れたような感覚になりました。街を歩くと『みんな車に乗ってていいな』と思う反面、そもそもなんでお金を稼いだり、ものを買ったりしないといけないんだろう、と思うようにもなりました。その感覚が作品づくりの根本にあるような気がします」
社会と距離があったからこそ、これまでと違った感覚を持って社会の中で生きることができた。映画を通してその感覚を描くとき、自然と登場人物は根源的な問いに触れることができる。そうした実体験からくる感覚が監督として大切にする主題を育んだのだという。
諏訪敦彦監督から学んだ「現実と劇との狭間」
高校時代から本格的に映画制作をスタート
稲葉特任講師は、学生時代から映画をつくる仕事がしたいと思っていた。はっきりと映画を好きになったのは中学校時代。転勤族の家庭に育ち、愛知県の中学に通っていた頃、同じように親の転勤で近所に引っ越してきた同級生と仲よくなった。彼の家に遊びに行っては、一緒に映画や音楽、小説などのカルチャーに浸ったという。
その当時、友達は絵に興味を持って、稲葉特任講師は映画に興味を持った。そのまま、なんとなく将来は映画をつくりたいと思うようになり自然と現在に至る。
「友達と一緒に観ていたのは、王家衛やスタンリー・キューブリック、ジャン=リュック・ゴダール、アンドレイ・タルコフスキーなどで、中でもテリー・ギリアムの『ラスベガスをやっつけろ』や『未来世紀ブラジル』が一番多く観たと思います。どちらも諧謔的で、創造性豊かで、普段の学校生活から自分たちを解き放ってくれるような魅力があり、いっそう映画の世界にのめり込ませてくれました」
その後、高校時代には名古屋で自主制作映画を作っている社会人の団体に参加し、映画づくりをする経験にも恵まれた。
「どうしても映画が撮りたくて。それをその人たちに伝えたら、高校生で何もできないにも関わらず、制作現場に入れてくれたんですよねそこではじめて映画を撮りましたね」
学生時代から考えていた「映画監督になる」という夢を叶えている稲葉特任講師は、映画作家を“志した”というほど決意の瞬間があったわけでもなくて、そうするんだろうなとずっと思っていたという。ただ着実に行動した結果の積み重ねが、現在のキャリアに紐づいている。
"映画とは映画制作についてのドキュメンタリー"なのか?
東京造形大学に進学した稲葉特任講師は、映画・映像に関する講義や、実践的な演習など通して映画づくりを学んでいった。体系的に映画史を学ぶことで、これまでの映画の見方も変わったという。
「それまでは映画を点で観ていたけれど、『この監督が映画史のなかでどういう位置付けなのか』を意識して観られるようになりました。他の監督の作品からの影響などもわかるようになるのが面白かったですね」
さまざまな作品に触れてきた大学時代だったが、何より影響を受けたのは師匠にあたる諏訪敦彦監督の作品や授業だったという。
「諏訪さんの映画の中でも特に初期の作品は、『ドキュメンタリーとフィクションの狭間』みたいに言われているんです。作品によってはシナリオがないこともあって、その場で俳優たちと話し合いながら、役柄の前提だけをもとに撮り進めていくみたいなことをされていて……。だからこそ、役を演じている俳優の現実と登場人物の現実が重なっている感じがしました」
劇映画の世界と現実世界の距離について考えながら撮影すること。その姿勢に感銘を受けたことは、卒業制作『君とママとカウボーイ』で自身の当時の生活を描写した彼の創作の姿勢とも重なった。大学時代に好きになったフランスの映画監督、フランソワ・トリュフォーの映画を見ていても同様のことを感じた。俳優が劇を演じているというその現実とその劇の中の登場人物が生きているということが重なっている感じがしたという。憧れていた多くの映画監督、そして、身近で教えを受けた諏訪監督、それぞれの映画の流儀が稲葉特任講師の血肉になっていった。
「『あらゆる映画は、映画制作についてのドキュメンタリーである』という言葉とも出会いました。そういう感覚で映画を観たことは学生時代までなかったので、衝撃的だったし、それがとてもスリリングで、ドラマチックで、面白い部分だなと思うようになりました」
学生に問う「撮りたかったものがそこに映っているか」
地方自治体の要請を受けて映画を制作
稲葉特任講師のつくる映画には、前述した「社会から逸脱したものの視点」以外にも共通項がある。それは、映画の舞台となった土地の個性を作品に落とし込む、「地域性のある映画づくり」をしていること。熊本や伊豆半島を舞台とした映画づくりについて、「実はきっかけがあったから」と語る。
制作に大きな予算が必要な映画制作において、表現者がつくりたいものをつくることと、実現可能な計画を立てることの両立を常に迫られる。稲葉特任講師はこれまで、「地域で映画をつくる」ということでそれらが実現するチャンスに出会うことが多かったという。
監督作の『アリエル王子と監視人』を撮ったのは、熊本県の自治体が「ここで映画をつくりたい」と声を上げたから。それが理由で、映画づくりに関わることになった。きっかけは受け身だったと語る稲葉特任講師だが、「地域性を作品に落とし込む」方法を誰よりも真摯に考えている。
「地方に行くと、その土地ならではの暮らしや文化、歴史がある。その枠組みをヒントに、『この土地で起きる物語はどういうものだろう』と考えることが重要だし、とても楽しいと思っています。その土地という舞台設定がないと撮れない物語はきっとあるはずなのです」
東京と伊豆半島の2拠点生活から生まれた最新作
最新作『パラダイス/半島』もまた地方で撮られた映画作品だ。その制作過程には、劇映画と現実との境目が溶け合うような感覚が色濃く反映された。稲葉特任講師が現在、東京と伊豆半島の2拠点生活をしているからこそ、生まれた作品だったという。
「伊豆半島で暮らしていた祖母が亡くなったことをきっかけに、祖母が住んでいた家にも住むようになりました。その土地で暮らしていると、やはりその土地で撮りたいものが見えてくるんです。卒業制作の頃とも近い、自身の生活を少しずらして、作品にするという方法ですね。自分の人生や生活がそのまま作品づくりにつながっていく。どこか役者さんのようなアプローチで映画づくりをしているのかもしれない、とも思いますね。この撮り方でやりたいことは、まだまだあります」
「一見役に立たないものでも、恐れずつくってほしい」
映画作家としての今後の活動も継続する一方で、大学教員としての仕事も精力的に行っていくという稲葉特任講師。何より、学生に教えることには「刺激がある」と話す。
「自分がもともといたのは、美術系の大学だったので、『映画をつくる』ことが目的の学生が多かった。でも桜美林大学に来てから驚くのは、スキルのひとつとして『映像制作を学ぶ』という選択をしている学生がいること。時代にあったことだと思いますし、正しいと思うけれど、だからこそ学生から上がってきた作品に驚くことも多いです。よくも悪くも、アプローチが変わっていたり、時には気持ちが見えてこない作品が出てきたりすることもある。でも、それすらも自分からすれば面白いです」
学生たちの営みにも関心を持ちながら、映画づくりの活動を積み重ねてきた稲葉特任講師だからこそ、学生に伝えたいこともあるという。
「今の学生さんたちは、見た目の整ったものをつくろうとしているように見えてしまうことが多いです。でも、映像の面白さの本質ってそこではない。『あなたが本質的に撮りたかったものは、その映像の中に映っていますか?』ということを、立ち止まって考えられるように伝えていきたいですね。一見役に立たないものでも、恐れずつくってほしいと思います。大学というのは、それが許されている場所だと思うので」
教員紹介
Profile
稲葉 雄介特任講師
Yusuke Inaba
1986年、神奈川県生まれ。2009年、東京造形大学造形学部デザイン学科映画専攻卒業。テレビ番組などを制作する映像制作プロダクションに勤務した後、フリーランスの映像・映画監督として活動。2018年より東京造形大学造形学部デザイン学科映画・映像専攻非常勤講師、2021年から2022年まで東京綜合写真専門学校 非常勤講師などを務めたのち、2023年から桜美林大学芸術文化学群特任講師。映画監督としての活動も続けながら、学生たちに実践的な映画制作を教えている。監督としての最新作は2023年公開の『パラダイス/半島』。
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