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東京藝術大学大学院博士後期課程でピアノを専攻
兄をきっかけに4歳からピアノを習い始め、
中学時代には有名コンクールで受賞
「実家は決して、音楽一家ではありませんでした。両親はともに教員でしたが、音楽とは無縁で楽譜も読めません。ある日、兄がピアノを習い始めました。理由は、歌があまりにも苦手で楽器を習ったほうがいいと言われたから……。おかげで、家にはアップライトピアノがありました。兄が弾いているのを見て、『私もやってみたい!』と思ったのがピアノとの出会いでした」
そう語るのは、芸術文化学群の小早川朗子教授だ。ピアノ専攻で東京藝術大学に進み、大学院時代にはワルシャワ・ショパンアカデミー(現・ショパン音楽大学)に留学した経験を持つ。数々のピアノコンクールで受賞歴があるほか、ポーランド音楽に造詣が深く、「ポーランド声楽曲選集」の編者なども手がけている。
そんな小早川教授が、はじめてピアノに触れたのは、4歳の頃だった。兄と同じ先生に習った時には、「お兄ちゃんより上手ね」とほめられるようになる。それがうれしくて、どんどんピアノにのめり込んでいった。
小学生の頃は、特にコンクールに出ることもなく、ただ純粋にピアノが好きで続けていた。そして、中学に入りコンクールに入賞し始めるとピアノの道を意識し始める。まず中学1年生の時に、過去にも多くのピアニストを輩出してきた「ピティナ・ピアノコンペティション」の全国大会で金賞を受賞。さらに、翌年には「毎日新聞社主催全日本学生音楽コンクール」で大阪大会1位を獲得した。こうした経験が、「ピアノを続けたい」という強い意志につながっていく。
「中学時代は、コンクールの入賞はとても嬉しかったですが、曲がどんどん難しくなり、特に東京藝術大学附属音楽高校の入試準備のため、東京の先生に習いだした時はその要求の高さについていくのが大変でした。ピアノの練習が楽しい、だけではなくなった時期でした」
超難関の東京藝術大学附属音楽高校へ進学
コンクール受賞級の演奏力が評価され、中学卒業後は東京藝術大学附属音楽高校への入学を勝ち取る。しかし、入ってみるとピアノ科の生徒たちのレベルの高さに圧倒された。ピアノの技術はもちろん、ソルフェージュ(読譜力、聴音、新曲試奏などの基礎訓練)や音楽理論や和声、音楽史といった基礎知識のレベルが違う。8小節のメロディを一度聞いただけで、楽譜にほぼ書いてしまう同級生など、音楽家としての強固な基盤を持っているエリートたちがそこにいた。ピアノの実技が得意でも、それだけでは通用しない世界。「このままではまずい」と溝を埋めるので必死だったと、小早川教授は高校時代を振り返る。
「誰それの指揮のなんとかっていう曲はいいよね〜、とさまざまな作品を熟知して熱く語る同級生たちには圧倒されました。お父様かお母様が音楽家でという子も多かったような気がします」
ショパンを弾くとまわりから「合っている」
高校卒業後は、東京藝術大学音楽学部器楽科ピアノ専攻に進学した。大学では幅広い作曲家の作品に触れながら、演奏技法や音楽の解釈を深めていった。その過程で、ショパンを弾くとまわりから「合っている」と言われた。自分の好きな曲と周囲から上手だと言われる曲は異なることが多い。音楽のフィーリングや感性の相性もあるが、ピアノの場合は、身体的な要素も関係してくる場合がある。例えば、ロシアの作曲家セルゲイ・ラフマニノフは大きな身体と大きな手の持ち主であるため、体型が近い方が彼の作品にアプローチしやすいという。
「ショパンは、ピアノの響きを最大限に生かした作曲をしていて、彼の作品は自分の手にフィットする感覚がありました。ショパンは純粋にピアノのために曲を書いた作曲家ですが、例えば、ベートーヴェンは交響曲を多く作曲していて、ピアノ曲もオーケストラ的な構成になっています。ベートーヴェンの曲には『この部分はフルートの音色で』『ここは弦楽合奏のように』というイメージがあります。それに対して、ショパンはピアノで完結する音楽なので、演奏のアプローチも異なり、それが私には合っていました。これが不思議な縁となって、ショパンの祖国であるポーランドに留学し、ポーランド音楽に親しむようになりました」
ポーランドのワルシャワ・ショパンアカデミーに留学
大学院修士論文のテーマは、
「19、20世紀のポーランド音楽の独自性」
学部卒業後は、東京藝術大学の大学院音楽研究科修士課程に進学した小早川教授。在学中は、ポーランドのワルシャワ・ショパンアカデミーに研究生として2年間留学する貴重な経験もした。フランスやドイツへの留学という選択肢もあったが、ポーランド人の先生との出会いもあり、ショパンの故郷を選んだという。ここでポーランド音楽に興味を抱き、ショパン演奏の向上と、ポーランド音楽をテーマとした研究に取り組んだ。
「朝から晩までピアノの練習をしながら、図書館を巡り、楽譜を集める日々でした。修士論文のテーマは『19、20世紀のポーランド音楽の独自性』について。ショパンやカロル・シマノフスキといった有名作曲家ではなく、知られざるポーランドの才能に目を向けました」
当時のポーランドには独特のゆるさがあり、フランスやドイツの図書館ではコピーさせてもらえないような楽譜を手に入れることができたという。当時の小早川教授は、楽譜探しのためにポーランドだけでなく近隣のヨーロッパ諸国へも足を延ばし、ワルシャワでは戦禍で失われた楽譜が、旧・東ベルリン側の図書館で見つかったこともあった。
「ポーランドでは、ショパンの音楽が特別な意味を持っています。ショパンの作品は、単に美しい旋律や華やかなテクニック面だけではなく、祖国ポーランドへの強い愛が込められています。現地の先生や演奏家、さまざまなポーランド人たちと話すうちに、彼の音楽の持つ精神性や祖国を想う気持ちがより鮮明に理解できるようになりました。それは当然、演奏にも反映されていきました」
「ポロネーズ」「マズルカ」といった
ポーランドの民族音楽を体感する
ポーランドで数年間暮らす経験をして、「ポロネーズ」や「マズルカ」といったポーランドの民族音楽が、どのような存在なのかを体感することもできた。ショパンの時代、つまり19世紀前半のポーランドは、実質的にポーランドという国がない状態の時期であり、彼は祖国を思いながらもフランスで活動していた。そのため、ショパンの作品には、ポーランドへの郷愁や誇りが色濃く反映されている。例えば、ショパンの「ポロネーズ」は、祖国ポーランドの歴史を象徴していると言われている。
教員として後進を指導する道へ
学生が主体的に音楽を解釈し、
考えながら学べる環境をつくる
ポーランド留学から帰国後、大学院修士課程を修了すると、博士後期課程に進み、ピアノの演奏法や作品研究を極めていく。そして、博士課程在学中にも文化庁芸術家在外研修員として、ポーランドに1年間留学し、さらに視野を広げた。博士論文では、21歳でこの世を去った知る人ぞ知る天才作曲家、アントニ・ストルペに着目。先行研究が少ないなか独自に資料を集め論文を書き上げた。
そして、大学院博士課程を修了し博士号を取得した2008年に、桜美林大学芸術文化学群の専任講師として、学生の指導にも携わるようになる。指導者として、最も大切にしているのは、学生が「音楽を楽しむこと」。ピアノの表現技術の向上は、「好き」という気持ちがないと実現できない。だからこそ、レッスンが終わった時に学生が「楽しかった」と思えるように心がけている。
「私が学生だった頃は、先生が絶対的な存在でした。しかし、今の教育は違います。学生が主体的に音楽を解釈し、考えながら学べる環境をつくることが大切だと感じています。私自身も、学生と一緒に試行錯誤しながら、音楽の可能性を広げていきたいと考えています」
『ポーランド声楽曲選集』の編集を手がける
大学教員の仕事と並行して、日本ではあまり知られていないポーランドの作曲家の作品を紹介する活動にも力を入れている。2014年から、『ポーランド声楽曲選集』の編集を手がけ、すでに第1巻から第7巻まで刊行した。この楽譜には、ポーランド語歌詞の読み方と和訳があり、詳しい解説も載っている。さらに楽譜の間違いを検証し、後世の演奏家や研究者が使いやすいようにした。
現在は、学生と一緒に学内外の演奏会に出演する機会も多い。小早川教授自身、演奏を続けることで新たな発見があり、それを学生にも還元できるのが何よりうれしいという。また長きに渡り、語学のスキルを活かして、ポーランドの教授陣が来日した際のピアノマスタークラスやレクチャーなどの通訳も担当している。ここでも世界レベルの音楽家や教授陣との交流から多くのことを学んでいるという。
「今後の目標はいろいろあります。まず、研究者・演奏家として、引き続き、日本人が知らないポーランド音楽作品の演奏と魅力を紹介していきたい。さらに、これまで年1回、ポーランド・ワジェンキ公園での野外ショパンコンサート他に出演してきましたが、その活動が継続できることが夢です。また、2025年はショパンが洗礼を受けたブロフフという街の教会で8月にコンサートに出演できることになりました。教員としては、師事した恩師たちの熱心な指導への恩返しの思いも込めて、自分もまた学生一人ひとりの可能性を最大限に伸ばすためにあらゆることに挑戦したい。プレッシャーやコンプレックスから解放されて、本気でピアノが楽しいと思える環境をつくることが私の使命だと思っています」
教員紹介
Profile
小早川 朗子教授
Tokiko Kobayakawa
東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校・同大学を経て、同大学大学院音楽研究科に入学。ワルシャワ・ショパンアカデミーの研究生として2年間のポーランド留学の後、復学、修士課程ピアノ専攻首席修了、NTTドコモ賞受賞。その後同大学院博士後期課程に在籍し、博士号(音楽)取得。ポーランド・アントニンにて、留学生のためのショパンピアノトーナメントでグランプリ、特別賞受賞。ギリシャコンツェルテウム国際ピアノコンクール第3位。パリ国際マギンコンクールにて1位、およびジャーナリスト賞受賞。DVDや音楽雑誌でのポーランド語翻訳、ピアノ公開レッスンや公開講座、国際音楽アカデミーなどで公式ポーランド語通訳を務める。アイエムシー音楽出版「はじめてのポーランド・ピアノ曲集Vol.1,2」付属CD演奏。ハンナ社出版の「ポーランド声楽曲選集 第1-7巻」の編者。2008年~13年、東京藝術大学附属音楽高等学校非常勤講師を務める。2008年より桜美林大学の専任として勤め、2023年4月より現職。
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