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アニメーション制作の変遷を紐解き
実践的な表現や技法を伝える
時代とともに移り変わる
アニメ制作と受容のかたち
アニメーションは日本を代表するポップカルチャーであり、その人気が海外にも広がったことで一大産業として成長を続けている。従来は子ども向けのコンテンツとされてきたが、近年においては老若男女を問わずテレビアニメを視聴することが一般化。作画やCG技術の向上もあり、実写とは異なるアプローチから多様な表現を生み出している。こうしたアニメーションで用いられる技術について研究しているのが芸術文化学群の西野毅史特任講師。アニメーション制作における実践的な手法を学生たちに伝えるとともに、その背景にある歴史やアニメがもたらす効果についての研究に取り組んできた。
「私を含め、アニメーションに興味を持つ人の多くは、幼少期に触れた作品から強い影響を受けています。しかし、いざ自分が制作サイドとして同じことをしようとすると上手くいかなかったりする。その要因について、自分が身をもって学んだ“tips”を伝えることが私の役割です。同時に、アニメーション制作の手法について研究していると、歴史や表現についても深く知っておくことが必要となります。映画や絵画といった他の芸術分野がアニメーションを育んできた経緯もあり、研究の対象は無数に広がっています。」
日本が“アニメ大国”となる一因に
個人による制作体制があった
アニメーションの基本となるのは、いわゆる「パラパラ漫画」。複数枚の絵を高速で入れ替えて表示することにより、まるで生命が吹き込まれたかのような動きを与えることが可能となる。今ではすっかり日本文化として定着したアニメーションだが、その歴史を振り返れば欧米にたどり着くという。
「もともとはアメリカやフランスで発明されたアニメーションの技術でしたが、そこから1年前後の早い段階で日本に輸入されました。それを見て衝撃を受けた日本人のなかから、自分でも制作したいと考える人々が現れた。“アニメ大国”となった日本独自の技術や表現は、そうした先人たちの積み重ねによって発展してきました。」
西野講師によると、少人数の体制がアニメ制作に革新をもたらしたのだという。ディズニーをはじめとする1940年代以降のアニメーション作品は、大手プロダクションによる組織化された体制でつくられていた。しかし、これには膨大な人員とコストを割く必要があった。こうした状況に新しい風を吹かせたのが、日本のアニメーション作家・久里洋二氏。久里は1960年代にアニメーションの制作を開始し、作画のデフォルメと効率化によってたったひとりで作品をつくる仕組みを確立した。
「久里の制作手法は、動きのリアリティを追求する従来のアニメーション制作とは大きく異なるものでした。多くのフレーム数で動きの滑らかさを出すことよりも、数枚の絵で動きの意味を伝えることに注力したのです。こうした手法はアニメ業界に驚きを与え、世界でも注目を集めました。近年ではデジタルツールが普及したことで誰もがアニメーションを完成できるようになったことを考えても、今から60年程前に個人で制作するアニメーションに組織的な制作とは違った可能性があることを世界に証明した久里の功績は大きいと思います。」

昔よりも近くなった
アニメと現実の距離
もうひとつ、アニメーションの進化を語るうえで欠かせないのが、コンピュータの登場だ。コンピュータが登場する以前は、「動画」といえば「アニメーション」を指す言葉だった。しかし、インターネットの普及とともにカメラで撮影した映像が簡単に発信できるようになると、実写を含めたあらゆる映像が「動画」と呼ばれるようになった。同時に、アニメーションのクオリティにおいても実写の映像と同等のものが求められるようになったという。近年に入るとこの動きは加速し、人々がアニメーションを単なるフィクションではなく、現実と強く結びついたものとして受け入れるようになった。
「ファンタジー要素のない現実社会の物語を描く場合、以前であれば実写のドラマや映画で表現することがほとんどでした。しかし、近年では登場人物の日常を描くテレビアニメ作品が当たり前のように制作されています。そして、現実で起こっていることのように”考察”したり、アニメ作品のモデルとなった実在の場所を巡る“聖地巡礼”をしたりすることも一般化している。引き続き現実に近いアニメーションをつくるのか、あるいは空想の世界をアニメーションで表現していくのか。AI技術の進化によってさらなる効率化が期待される一方で、制作サイドは今後どのようなアニメーションを世の中に届ければいいのか。こうしたことについて深く考えるタイミングがきていると感じています。」
デジタルでは再現できない
アナログアニメの不思議
アニメーション制作における大きな分岐点が訪れようとしている。そう語る西野講師は、デジタルによる制作手法のみならず、ストップモーションをはじめとするアナログな技法についても研究している。誰もがデジタル技術を学ぶ現代は制作面での差が生まれにくく、作品としても画一化されたようなイメージを与えてしまう。アニメーションの独自性について思案するなかで発見したのは、デジタルも突き詰めるとアナログと同じ境地にたどり着くという事実だった。
「海外の有名なアニメプロダクションが、アナログの手法を廃止してすべてをデジタルに切り替えようとした時期があったんです。そこで、これまでのアナログのノウハウを1本の作品にまとめて残しておこうと考えた。ところが、そのアナログ作品を3DCGで再現しようと試みたところ、決して置き換えられない表現がたくさんあったんです。単なる絵の羅列にすぎないアニメーションが、どうして命を持って動いているように見えるのか。実は、この仕組みはよくわかっていません。私はその仕組みの一端を解明するとともに、それらを活かしたアニメーションの制作技術や表現技法を見つけたいと思っているのです。」
生命科学からアニメーション研究へ
双方を結びつけたメディアの新時代
アニメブームのなかで観た
『機動戦士ガンダム』が原体験
西野講師がアニメーションに関心を持った原体験は、幼少期に見た『機動戦士ガンダム』だった。当時は日本で最初のアニメブームが熱気を帯びていた時代。子どものみならず大人までもが魅了され、大きな社会現象を巻き起こしていた。しかし、当時の日本にはアニメーションを専門に教えるカリキュラムを持つ大学はなく、高校卒業時の進路選択では「繊維学」という分野を学ぶ道を選んだ。
「繊維学とは、蚕糸研究や繊維工業を背景に成立した学問です。すごくマイナーに感じられるかもしれませんが、そのカバーする範囲は広く、生物学や化学、工学といった理系分野のほか、芸術・デザインやビジネスといった分野の研究にも取り組むことができます。私自身、文理の枠を超えて幅広く学べるところに繊維学への強い魅力を感じました。」
蚕のDNA研究に用いられていた
3DCG技術に興味を持った
西野講師が当時研究していたのは、生命科学分野における繊維について。生糸をつくる蚕を対象に、遺伝子解析によってその仕組みに迫ろうとしていたという。やがて将来の進路を考えるようになった頃、ある話を耳にする。国内初のメディアアートを専門とする教育機関である国際情報科学芸術アカデミー(IAMAS)が、学生を募集しているというのだ。
「当時は急速にインターネットが普及したころで、メディアやアートをさまざまな科学分野と結びつけようという気運が高まっていました。私も新しい時代のメディアに対する関心を持っていたと同時に、蚕の営繭行動解析において用いられていた3DCG技術を深く学びたいと考えていた。学校側と私の求めるものが一致したことで、IAMASのマルチメディア・スタジオ科に進学することを決めました。」
IAMASに入学するまでは本格的なアニメーションやCGの制作に触れたことがなかったという西野講師。授業で学ぶうちに面白さを感じるようになり、卒業制作ではデジタルアニメーション作品をつくりあげた。その頃、日本国内でアニメーション教育を本格的にスタートさせようという動きがあった。さまざまな大学でアニメーション学科の構想が進むなか、東北福祉大学から西野講師に声がかかる。
「日本でコンピュータを使った表現が生み出され始めると、その技術や手法がアニメーションへと収束していったのです。言い換えれば、アニメーションを学ぶことが新しいデジタル表現へのヒントになると考えられるようになった。私に求められていたのは、古くから培われたアニメーションの表現を、デジタル化の進む次世代で活用する方法を探すような役割でした。」

子どもたちの情操教育に
アニメを役立てる研究に着手
登場人物の心情を
抽象的に表現する仕組み
西野講師が就職した東北福祉大学は、その名の通り社会福祉や健康科学に重きを置いた大学である。当然ながら、西野講師もアニメーションと福祉を結びつけた研究に着手することになった。そこで注目したのが、アニメーションが持つ情操教育への可能性だった。
「軽度自閉症を持つ子どもたちは、他人の感情や考えを読み取ることが苦手な傾向にあります。そこで、絵本などを用いて登場人物の気持ちを読み取るような教育が取り入れられていた。私が考えたのは、こうした教育にアニメーションを応用できないかということでした。単に映像を流すだけではなく、重要なシーンでストップして気持ちを推測してもらう。そして、読み取った感情を音や形で表現してもらうような仕組みを思いつきました。」
東日本大震災の被災地で
アニメがもたらす効果を実感した
抽象度の高いアニメーションを見たうえで、推測した登場人物の感情を同じく抽象的な表現で発信する。気持ちの読み取りや言語化が難しい子どもたちにとって、これが対人コミュニケーションを向上させるきっかけになるのではないかと西野講師は考えた。やがて、こうした地道な研究が求められる場面が訪れる。2011年3月、東北地方を襲った東日本大震災の被災地だった。
「被災地の子どもたちは、住む場所や家族を失ったことで心に大きな傷を抱えている可能性があります。東北福祉大学には心理や看護の専門家が揃っており、被災地での心身のケアを担っていました。私もチームに参加して同行することになったとき、アニメーションを研究する自分には何ができるのだろうと考えた。そこで思い至ったのが、子どもたちが楽しむことのできるワークショップでした。」
西野講師が震災前からワークショップのシステムツールとして開発していたのは人形劇とアニメーションを組み合わせた装置だった。人形劇のストーリーが進行するなかで、観客である子どもたちが登場人物の気持ちに応じた色や形を選択。その選択によって映像や音楽、アニメーションが自動生成され、人形劇のBGMや背景として表現される。こうしたワークショップを通じて、アニメーションが子どもたちの心理に及ぼす影響を実感したという。
「印象に残っているのは、子どもたちのサポートを行う保育士の方々の感想です。それまでも熱心に心のケアに取り組んできたということでしたが、どうしても子どもたちの集中力が切れてしまって難しさを感じていた。しかし、不思議とアニメーションの場合は子どもたちの食いつきがよく、積極的にワークショップに参加してくれたというのです。こうした話を聞き、情操教育におけるアニメーションの重要性をあらためて認識しました。」
リアルとデフォルメの間にある
「人に伝わる表現」を追究したい
西野講師はさまざまな変遷を経て、現在は芸術文化学群でアニメーションの技術や手法を伝えている。アニメーションのみを学ぶ専門学校などとは異なり、音楽やダンスの学びがすぐ近くにある環境に新たなコラボレーションの可能性を感じているという。同時に、研究者としてアニメーション表現の豊かさを追究したいという思いも抱えている。
「現実世界にある動きをそのままアニメーションで再現しようとしても、なかなかうまく伝わりません。誇張やデフォルメが加わることによって、よりアニメーションの表現は豊かになっていくのです。こうしたリアルとデフォルメの間に、人に伝わりやすい表現の秘密が隠されていると考えています。研究によって得た発見を教育などの分野に役立てるとともに、具体的なメソッドを共有することでアニメーション業界全体の発展に貢献することが目標ですね。」
教員紹介
Profile

西野 毅史特任講師
Takeshi Nishino
宮城県仙台市生まれ。1999年に信州大学で学士(農学)を取得し、2001年に大学院 博士課程を単位取得満期退学。その後は国際情報科学芸術アカデミー(IAMAS) マルチメディア・スタジオ科に進み、卒業後は研究生となる。2004年より東北福祉大学にて非常勤講師、助手、助教を務め、2016年からは山形大学で非常勤講師を担当。2023年より現職。
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