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英語とアメリカ文化に慣れ親しんだ生い立ち
高校2年次の短期留学が人生の転機に
芸術文化学群の五十峯聖准教授は、英語教育や英語教授法、アカデミックイングリッシュなどのグローバル人材育成教育領域を専門としており、TOEFL(R)テストの開発・運営元であるETS(Educational Testing Service)から認定を受けた英語教育の専門家「ETS公認トレーナー」としても活躍している。また、語学としての英語を教えるだけでなく、アメリカ文化や国際・異文化交流などの文化領域にも造詣が深い。英語と教育、そして文化を架橋する幅広い専門領域を持つに至った背景には、五十峯准教授の生い立ちが関係している。
高校の英語教諭である両親を持つ五十峯准教授は、物心がついた頃から英語やアメリカ文化に囲まれて過ごした。
「世界各国にルーツを持つ人々が両親をよく訪ねてきていました。彼らとともにサンクスギビングの七面鳥を食べたり、家ではビートルズをはじめとした洋楽が流れていたりと、英語やアメリカ文化に親しんで育ったこともあり、気づけば英語が好きになっていました」
1988年に設立まもなかった渋谷教育学園幕張高等学校に入学した決め手も、当時には珍しく、ホームステイや短期留学などの中短期留学プログラムが充実していたことにあった。1980年後半はマイケル・ジャクソンやマドンナなどのアメリカンポップスが一世を風靡していた時代。ボン・ジョヴィやガンズ・アンド・ローゼス、ポイズンなどのヘアスプレーで髪の毛を大きく膨れ上がらせたヘアメタルバンドに傾倒し、クラスメイトとCDを貸し借りしながら、アメリカへの憧れを募らせた。
そんな五十峯准教授の人生を大きく変えたのが、高校2年生の夏に参加したアメリカ・オレゴン州への短期留学だった。平日の午前中は語学学校に通い、午後からはオレゴン州内を観光しながら現地の文化に触れ、放課後と週末はホストファミリーとともに過ごす。そうした生活を約3週間過ごす中で「アメリカの大学に行きたい」という気持ちが確かなものになっていった。
「もともとは日本国内で英語教育が活発な大学に進学してから、1年間の交換留学に行こうと考えていました。しかし、短期留学で現地の生活を体験してからはその素晴らしさに感化され、アメリカの大学に直接進学しようと決意したのです。それからは日本国内の大学受験に向けた勉強を一切やめ、TOEFLをはじめとした留学準備を始めました。当時は今のように留学支援サービスがほとんどなかったため、留学ジャーナルのような雑誌やアメリカ大使館に置いてある現地大学のパンフレットを参考にするなど、ハングリーに情報収集していました」
日本人初の寮長の経験を活かし、教育機関に就職
アメリカの大学への進学を果たしてからも好奇心は留まることを知らず、学業に励みながらも課外活動も活発に行い、大学4年次には日本人で初めて学生寮の寮長を務めた。英語力とコミュニケーション能力を要する寮長としての活躍が買われ、卒業後はウエストバージニア州にある国際大学で、寮長や学生アシスタントを育成する学生課の職員として採用が決まった。
「日本の一般企業も視野に入れて幅広く就職活動をしていました。当時設立まもなかったマイクロソフト社をはじめ、複数の企業からオファーがありましたが、自分の得意分野が活かせる職場を選びました。それが結果的にグローバル人材育成教育領域の入口となり、私のキャリアの中核になりました」
その後、就職先のキャリアアップ制度を利用し、ウエストバージニア大学大学院で高等教育経営学修士号を取得。現場とアカデミックの両面からグローバル人材の育成について学びを深めた。
帰国後に気づいた日本の英語教育の課題
"ライト層”に向けた「海外留学型サービスラーニング」の構築
大学院での修士取得後はさらなるキャリアアップを目指し、アメリカ東海岸のワシントンDCにて世界各国の留学生を受け入れるNPO団体「International Student House」でプログラムディレクターを務めた。2001年に日本に帰国してからは留学を目指す日本人学生に向けて、TOEFLをはじめとしたアカデミックイングリッシュを教え始めたが、そこで日本における英語教育の問題点に気づき始めたという。

「日本人学生は英語力の中でも『話す』『書く』といった自分から発信する能力が圧倒的に弱い傾向があります。多くの中高生がトライする英検にもスピーキングやライティングの試験がありますが、参考書の模範解答をそのまま覚えたような回答をする学生が多いのです。こうした紋切型で文法重視の教育のおかげで、英語学習に興味を持てない学生が増えている。そうした層の学生に、いかにモチベーションを持ってもらえるかが個人的な課題になりました」
一方で、語学の運用能力が交換留学の規定に満たなくても、現地に長期間滞在して語学を伸ばしたいと考える学生は少なくない。そこで五十峯准教授が取り組んだのが、テキサス大学と連携した海外留学型中期サービスラーニングの構築(※)だ。サービスラーニングとは、教員やスーパーバイザーによる指導や観察のもと、参加者である学生が明確な学習目標を持ち、サービス経験を通して学んでいることを積極的に振り返る体験を指す。よく似たものにボランティア活動やインターンシップがあるが、サービスの提供者である学生とサービスの受け手のどちらかではなく、双方に学びがある点がボランティア活動やインターンシップと異なる。
学生の就労体験の受け入れ先は、現地コーディネーターの協力のもと、ローカルネットワークを駆使して探し、年に一度の視察時には受け入れ先企業を一つ一つ回るなどして関係を地道に構築した。また、学生の成長を促すよう、受け入れ先には学生に対し、“語学を学びに来たお客さん”ではなく、店の戦力としての意識を持ってもらうような指導を依頼したという。マンパワーを駆使してゼロから構築した取り組みは、学生の人生に少なからぬ影響を与えている。
「プログラム参加者の中には、大学を卒業してから今度は自費でテキサス大学に入学した学生もいました。現地の就労体験の受け入れ先の教会でバンドの機材をセットする役割を任されたことで、現地で音楽活動をしたいという夢ができたそうです」
国内でグローバル人材を育成するピアリーダー育成
グローバル人材育成教育研究の対象は、留学する学生に留まらない。国内で大学4年間を過ごす学生の育成を視野に入れ、学内におけるピアリーダー育成に関する研究にも取り組んだ。ピアリーダーとは、授業や留学プログラム、さまざまな課外活動を通じて他の学生を支援する学生を指す。
研究対象とした立命館アジア太平洋大学のピアリーダー育成に関して分析した「多文化キャンパス環境を活用した包括的グローバルリーダー育成スキーム (正課・課外を含めた全学的な取り組み) 」※2では、授業と課外活動を組み合わせてピアリーダーとしての知識やスキルを包括的に学ぶ仕組みを整備しているほか、”Teaching Assistant (TA)のリーダー役に当たる「リーダーTA」の活用や研究の機会を設けるなどしてTA活動を人材育成の機会と捉えるなど、先進的な事例を取り上げた。
こうしたピアリーダー育成の重要性について、五十峯准教授は自身の学生時代をこのように振り返る。
「私自身も大学時代に寮長を務めて、学生の相談を受けたり場をファシリテートしたりした経験を経て、英語のレベルが上がった実感がありました。すべての学生が留学できるわけではないからこそ、国内におけるグローバル人材育成教育に関する研究を深めていく必要があると考えています」
英語だけでなく「多様性」への興味を引き出したい

身近に潜む人種差別に衝撃を受けた過去
これまで長きにわたってグローバル人材育成教育を軸にした主な研究対象としてきた五十峯准教授だが、2025年度からは「文化の多様性」について考える専攻演習ゼミを担当している。また、2021年には第二次世界大戦下のアメリカにおいて、日系アメリカ人が隔離された理由を日本人に対する偏見を助長する映画やポスターに見出すなど、メディア表象の観点から分析した論文を発表した。
これまでのキャリアの文脈からやや反れた文化領域に関心を寄せつつあるのはなぜなのか。その背景にあったのは、大学時代に遭遇した忘れられない出来事だった。
「私が大学4年生のとき、両親と知人の日系一世の方とともに、ロサンゼルスのリトルトーキョーと呼ばれる日系人の町を訪ねたことがありました。日系人に関する歴史博物館を訪問し、日系人を収容していた施設がいかに劣悪な環境であったかを表す写真を見ていたときに、同行していた日系一世の方が『これは私です』と写真を指さして、当時の状況について語り始めたのです。大学在学中に社会学を専攻し、アメリカにおける差別や人種問題も学んでいたつもりでしたが、身近なところに人種差別が潜んでいることに衝撃を受け、忘れられない出来事となりました。『多様性』が声高に叫ばれる現代だからこそ、その複雑性について知ってほしいと考えています」
アメリカ音楽や映画を切り口として「多様性」を学んでほしい
五十峯准教授は学生に対し、基礎的な英語4技能を身に付けながらも、背景にある文化や多様性について知ってほしいと切に願う。しかし、英語に興味関心を持てない学生もいる中で、その背景にあるアメリカ文化や多様性の問題に目を向けさせるのは難しい。そこで講義では音楽や映画を教材にするなどして、学生が能動的に学びたいと思えるような工夫をしているという。
「私が教材としてよく扱うのは、ヒップホップMCのエミネムです。ヒップホップはライムで韻を踏むので、『この音とライムになっている箇所はどこでしょう』などと問いかけ、まずは英語の“音”を意識してもらいます。そのうえでエミネムの歌詞をじっくり読んでいくと、母親との確執や、黒人が主流のヒップホップ界における白人の立ち位置が描かれており、その背景にある社会問題が浮き彫りになってくる。音楽や映画などの作品を教材にすることで、英語に楽しく触れるうちに自然とその背景についても関心を持ってもらいたいと思っています」
※「海外留学型中期サービスラーニングプログラムの構築と課題— 英語学習、インターンシップ、授業聴講の並行モデル —」五十峯聖/2022年
※「多文化キャンパス環境を活用した包括的グローバルリーダー育成スキーム(正課・課外を含めた全学的な取り組み)」五十峰 聖、平井 達也、秦 喜美恵、カッティング 美紀/2020年
教員紹介
Profile

五十峯 聖准教授
Sei Isomine
1972年、東京都生まれ。1991年に渋谷幕張高等学校を卒業後、同年に渡米。1995年イースタンワシントン大学を卒業し、1999年ウエストバージニア大学より高等教育経営学修士号を取得。大学職員、International Student House(ワシントンDC)プログラムディレクターを経て帰国。明治学院大学、神奈川大学を経て、2012年9月〜2021年3月まで立命館アジア太平洋大学でグローバルリーダーの育成に携わる。2021年4月より現職。
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