メインコンテンツ
自分の視野や国といった
小さな枠に収まらない
異なる他者とつながる
桜美林学園は、建学の理念として「キリスト教精神に基づく国際人の育成」を掲げている。それは、学園の創立者・清水安三の「隣人に寄り添える心を持つ国際人を育てたい」という願いでもある。
「国際人として生きるためには、まず自分とは異なる他者とつながっていく必要があります。自分の視野や国といった小さな枠に収まるのではなく、相手の思考や背景、宗教など、他者の立場を理解できるかが重要です」
そう話すのは、芸術文化学群の佐原光児准教授だ。キリスト教の牧師でもある佐原准教授は、桜美林大学で「キリスト教と建学の精神」に関する科目を担当。キリスト教主義大学としての理念を理解してもらうことを目的に、キリスト教の基礎的な知識や、現代におけるキリスト教の位置付けなどについて教えている。必修科目では、キリスト教はもちろん、それ以外の宗教についても講義し、学生たちの宗教リテラシーを育んでいる。そこに、キリスト教だけが正しく、絶対であり、他の宗教は間違っているという視点はない。たとえば「イスラム過激派」と呼ばれる武装組織が存在し、それが宗教自体への偏見につながることもあるが、本来のイスラム教には素晴らしい教えが多くある。国際人として活躍するうえで、自分と異なる存在とどう向き合うか。その際「キリスト教というレンズを通して他者を見る」ことが、一つの方法になる。
相手を知ることで、自分の中の偏見に気づく
キリスト教の聖典は「聖書」だが、イスラム教では「クルアーン(コーラン)」がそれにあたる。佐原准教授によると、両者には類似点も多いという。
「授業では、聖書のこの言葉と、クルアーンのこの言葉って似ているよね、と紹介したりもします。そうやって、イスラム教が何を大切にしていて、ムスリム(イスラム教を信仰する人々)がどうやって生きようとしているのかを知ることで、自分の中の偏見に気づく学生は多いです。イスラム教は怖いものだという偏見が生まれ、増幅される原因は、マスメディアやSNSの影響が大きいと思います」
担当するゼミナールでは学生を連れて、代々木上原にある日本最大のモスク(イスラム教の礼拝堂)、東京ジャーミイ・トルコ文化センターを訪れ、話を聞く体験も行う。そのように文化を比較したり、異文化を体験したり、多様な価値観を知ることが、国際人としての素養につながっていく。
コミュニティに寄り添う“宗教間連帯”
佐原准教授は、日本とアメリカの教会で牧師として活動していた経歴を持つ。アメリカには約5年半滞在し、地域で銃撃事件などの悲惨な出来事によって子どもが亡くなった際には、宗教の枠を超えてコミュニティ全体でその子どもを悼むセレモニーを行う機会もあったという。
「私はプロテスタントの牧師でしたが、地域の仏教の僧侶、ユダヤ教のラビ(先生)、イスラム教の方もいたと思います。いわゆる“超宗教”という形で連動して、みんなで一緒に、コミュニティや人のために何かをやる。アメリカでは必要に応じてそのような形を模索し、実践することがあります」
“周縁性”が国境や国籍を超えて、
他者に手を差し伸べるきっかけに
移民に対する排斥運動や人種差別
現在、世界各国で排外主義やよそ者に対する厳しい見方が増加している。「移民の歴史を見ても、どの国でも必ずといっていいほど移民排斥や人種差別が起こります」と佐原准教授は語る。日本人移民たちも、アメリカに渡ったときに「反日」を経験し、第二次世界大戦では強制収容所に入れられた人たちもいる。一方で、今の日本にも多くの移民の人たちが生活しており、その人たちを攻撃するような目も当てられない「ヘイト」がさまざまな場所で見受けられる。排斥や差別といった社会の機運は、アメリカでも、日本においても、おおよそどの国の歴史にもあり、また、現代においても繰り返し起こっている現象といえる。歴史は繰り返す。
「新型コロナウィルスのパンデミック時にアメリカで急増したのが、アジア系住民に対する暴力事件でした。100年ちょっと前には、黄禍論というものが流行っていて、特に日系移民などの黄色人種がターゲットになりました。当時のアメリカの新聞に、不気味な顔の日本人の風刺画が載るなど、メディアも不安を煽っていた。そんなふうに、官民一体となってヘイトを作っていた時代もあるようです」
移民は、力のない少人数に留まるか、または低賃金で働く場合には、大体どの国でも重宝される。言い換えれば、都合よく搾取される。しかし、ひとたび人数が増え始めると、途端に排斥運動に転化し、攻撃や排除の対象となっていく。
「移民たちのそんな苦しみの中で、でも生まれてくるものがある。それが、共同体であったり、人間理解であったり、神理解にもつながるものです」
コミュニティにおける教会の存在意義
SNSが浸透し、形態が変わりつつあるかもしれないが、かつて在米日本人移民のコミュニティの中心には教会があったと佐原准教授は語る。コミュニティで欠かせないのは、人のつながりだ。教会に移民の人たちが寄り集まり、次の人たちの住居の世話や精神的なサポートをしていく。これは、もちろんキリスト教に限ったことではない。アメリカの日系コミュニティの中には、仏教が機能しているところも多くあったという。佐原准教授は、教会の存在意義についてこのように話す。
「宗教的な施設や宗教性というものが、移民を支える、一つの大切な背骨になっているのです。日系移民たちの苦難と強さ、あるいは共同体のような感覚から、あらためて学ぶことは多いと思います。そして、そこには偏見や差別、ヘイトなどがセットになっている。移民を見ると、今の時代がよく見えてきます」
社会の中心ではなく、端の方に追いやられていく感覚
清水安三は、桜美林学園の創立者である。だが、少年時代は家庭環境が貧しく、学業の成績も芳しくなかった。そういう意味では、自分に自信が持てず、他者と比べて自分はどれだけ劣っているのかと、苦悩の中を歩んだ人物だった。しかし、キリスト教に出会ったことで、彼の自己認識は変わっていく。そして、清水は1917年、キリスト教の宣教師として中国に渡り、1921年、北京のスラム街の貧しい少女たちを救済するために学校を創立。そこでは、民族の差別なく、それぞれを個人として尊重した教育が行われた。
「清水は幼少期と青年期、劣等感の塊でした。私はその劣等感こそ、清水が国際人として生きていくきっかけになったのではないか、と注目しています。清水はなぜ、国境や国籍を超えて、他者に手を差し伸べることができたのか。その答えが、劣等感であり、“端に追いやられた経験”にあるように思います。“周縁性”という用語が使われることがありますが、社会の本当の端の端に、人が認知できるか分からないようなところに弾き出されていく感覚。それは、アジア系アメリカ人にも当てはまります。たとえば、2世や3世で、英語が第一言語になっているけれども、見た目からアメリカ人だと認めてもらえなかったり、よそ者のような形で扱われたりするなど、そういう感覚を持っている人はかなり多いです。ただ、中心ではなく端にいるからこそ、同じように、端にいる人たちの痛みや境遇を理解できるということがあります」
苦しい体験の中でこそ、
磨かれ、見つかるものがある
本当の幸せは苦しみの中にある
佐原准教授がアメリカで牧師として働いていたのは、1904年に日本人移民によって建てられた教会だった。その日系コミュニティの中で、教会に訪れる人や地域の人など、多くの人と出会い、さまざまなお話を伺ったという。
「アメリカの日系移民で強制収容所に入ったことのある方もいて、過去の体験をたくさん聞かせていただきました。99歳で亡くなった方は、あるとき私に『本当の幸せは苦しみの中にある』と言いました。人生は綺麗事ではありません。その方も、強制収容所を経験し、同時に移民としていろいろな苦労をされてきたにもかかわらず、そう話してくれました」
究極の苦しい体験の中でこそ培われる、人のつながりや人間性みたいなものがあるというふうに理解していると佐原准教授は話す。苦しみや悲しみのようなネガティブで無意味だと思うような出来事。さらには、できれば人生から取り除きたい苦悩。そうした事柄の中に、意味を見出す。佐原准教授がお話を聞いた人たちには、そうした特別な視点で語ってくれる方が多かったという。牧師としても、教員としても、「苦難の中の希望」は、佐原准教授の大きな教育的テーマになっている。
苦難の中の希望や慰めは、誰かの希望や慰めになりうる
人間誰しもが人生の節目で、悲しみや苦しみを伴う出来事を経験する。しかし、それは人生の終わりではない。その悲しみや苦しみの中で、その人だけの価値のようなものが磨かれ、見つかる瞬間がある。いつもそうなるとは限らないが、そこでしか見つからないものがある。ただ、そのためには、本人の視野や思考が関係するし、周りに誰がいるのかも重要になる。佐原准教授は「一人だけではそこに到達できない」と話す。
「形式的な言葉になってしまいますが、その人が感じている苦しみの中に、希望や慰めを見出すことができたとしたら。それは、同じように苦しんでいる誰かにとっての希望や慰めになる可能性があると考えています。その苦しみや悲しみは自分のものだとしても、自分だけで終わらず、そこから誰かとつながっていくような希望をも描き出してほしい。先ほどの99歳で亡くなった方は、そんな感覚を強くお持ちでした。一見ネガティブなものから共同性やつながり、可能性が生まれるということを、アメリカでは学んだ気がします」
自分の根幹を支える人生観や死生観
劣等感、苦難、うずくまり、挫折。その先に目を向けるというのは、桜美林のスピリットの一つだ。キリスト教に関する授業では、専門性の高い科目や学びも行うが、やはり「苦難の中の希望」といった視点は伝えていきたいと佐原准教授は語る。
「私もいわゆる就職氷河期の世代ではありますが、これから社会は、経済的にもより厳しくなっていくでしょう。今の若者たちは苦難を強いられ、苦しみを避けられない世代になるかもしれません。その中でどのように自分の道を、土台を作っていくのかというのは、とても重要なテーマになります。そのとき、自分の根幹を支えるのは、どう生きるのかという人生観や死生観、あるいは信念に関わるようなところです。桜美林の学生にはそうした根源的なテーマについて積極的に考えてほしいと思っています」
教員紹介
Profile
佐原 光児准教授
Koji Sahara
1978年、京都府生まれ。同志社大学修士課程修了(神学修士)。Pacific School of Religion (Berkeley, CA, USA) 博士課程修了(宣教学博士)。日本キリスト教団霊南坂教会伝道師・牧師、アメリカ合同教会シカモア組合教会牧師および付属幼稚園(El Cerrito, CA, USA) 牧師、明治学院高等学校聖書科主任を経て、2020年より現職。2025年4月からは桜美林幼稚園の園長を兼任。専門はキリスト教学で、狭くはアメリカにおける日系キリスト教史や日系アメリカ人やアジア系アメリカ人の神学。単著に『おそれない——暗闇と孤独に届けることば』(ヘウレーカ、2025年)、共編著に『無我夢中——桜美林学園の創立者・清水安三の信仰と実践』(新教出版社、2022年)などがある。
教員情報をみる<at>を@に置き換えてメールをお送りください。
