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クライアントに貢献することは大前提
見た人の価値観を揺るがすCMを制作する
本来は誰も見たくない映像
CMという表現の独自性
電車のモニターで、テレビ番組の狭間で、あるいは小さなスマートフォンの画面で……。人々が日常のなかで無数に目にする広告映像。それらには商品やサービスを宣伝するための創意工夫が凝らされており、つい広告であることを忘れて見入ってしまうことも少なくない。CMディレクターとして広告映像を数多く手掛けてきた芸術文化学群の山本憲司特任講師は、自らの実感について次のように語る。
「広告というのは、わざわざ見たいと思って見るものではなく『見せられる』もの、つまり基本的には誰も見たくない存在なんです。しかし当然ながら、最終的にはクライアントに貢献できなくては意味がありません。そこで、どうやって対象の魅力を知ってもらうか? というところで、クリエイターたちがさまざまな表現を模索しているのです。私は30年以上にわたって映像制作会社でさまざまなCMの企画を考え、演出してきた経験を活かし、見た人に伝わる映像を作るためのノウハウを教えています」
社会への影響力の大きさが
映像広告を作る魅力
商品の売れ行きが伸びる、企業のイメージが向上するといったように、クライアントにメリットをもたらすことが広告にとって最優先の役割である。一方で、テレビCM自体が話題を呼んで社会現象を巻き起こすこともある。制作した映像が広くお茶の間に流れることによって、大きな反響が返ってくる点がCMづくりの面白さなのだという。
「商品やブランドを宣伝するためのCMですが、そこにストーリー性を持たせることで、感動や笑いを提供することができます。CMの曲を無意識に口ずさんだり、宣伝のための1フレーズが心に残ったりした経験は誰もが持っているのではないでしょうか。プロモーション効果が得られることが大前提ですが、人々の心に訴える映像を作ることが非常に重要だと思っています。人々の目線を変えたり社会への意識を高めたりと、CMを通じて常識を覆し、価値観を転換できるところに広告映像という仕事の魅力を感じています」
時代の変化に応じて
動画の需要が高まる
テレビCMをはじめとする従来の広告映像制作においては、クライアントとの間に広告会社が介在し、そこからのオーダーに応じて制作会社が納品するという流れが一般的だった。しかし、近年はWeb広告の割合が増加。YouTubeやSNSの一般化に伴って動画によるプロモーションの需要も高まっており、制作会社の役割も広がりを見せている。
「テレビにCMを出稿できるような大企業のみならず、あらゆる会社が広告映像を活用する時代になりました。しかし、予算に限りもあるなかで、広告会社に依頼するのが難しい。そうなったときに、制作会社がコンサルタントの役割を担うことも多くなってきました。クライアントの課題をヒアリングし、CMを企画し、撮影から編集までをワンストップで担当するようなケースも増えていますね。私自身、一貫した制作を強みに仕事を続けてきました」
時代の変化に応じて多様化する制作会社の仕事。一方で昔から変わらないのは、チームでひとつの映像を制作するという点だ。プランナー、ディレクター、演出家、カメラマン、照明、タレント、デザイナー、ミュージシャン、イラストレーター……。さまざまな分野のプロフェッショナルが一丸となって目標を達成する。山本講師は、そこに仕事の醍醐味を感じているという。
「CMディレクターには大きく2種類のタイプがいると思います。お祭りが好きでチームをまとめあげる人と、職人のようにコツコツとものづくりをする人ですね。どちらかと言えば私は後者のタイプなのですが、それでもチームの一員として周囲と協働することにはやりがいを感じます。各分野の専門家と力を合わせることで、自分だけでは絶対に辿りつけなかった映像を完成させることができるんです」

“サービス精神”のある工夫が
人の心に届くCMを生む
チームで魅力的な映像を作ることが、CMを観た人を動かすことにつながる。とはいえ、業界での長い経験を持つ山本講師でも、「人の心に届く映像」を生み出すための明確な公式は導き出せていない。しかし、どれだけ時代が変わったとしても、CM制作において“サービス精神”が最も重要なファクターであることは揺るぎないという。
「見たくもないCMを見せられている時間は、すごく苦痛ですよね。だからこそ、見てくれている人にはしっかりと楽しんでもらう工夫が必要だと思っています。特に近年のWeb広告の場合、つまらなければ2秒でスキップされてしまう。そのわずかな時間でいかにサービスし、引き込めるか。広告の流れる媒体は時代とともに変化していますが、その時々のトレンドに応じて人々の心に刺さる映像を制作するという本質は変わらないと考えています」
限られた枠組みのなかで
最大限の効果を発揮する
クライアントからの依頼は
案件によってさまざま
CM制作のプロセスは、案件ごとに大きく異なっている。具体的な映像のイメージや出演してもらうタレントが決定した段階で依頼がくることもあれば、商品とコンセプト、ターゲット、予算などを提示され、それに応じてプランナーやディレクターが企画をまとめることもあるという。クライアントから与えられた問題に対し、臨機応変に可能性を検討する。その枠組みのなかで映像を作るという点において、アートとしての映像制作とは大きな違いがある。
「何かと制限があって不自由そうに思われるかもしれませんが、私はむしろ枠組みがあることによって創作意欲が湧き上がりますね。必要な要素を組み合わせて最大限のパフォーマンスを発揮する点に、難しいクイズに答えるような爽快感を覚えています」
海外ロケでのトラブルから
アイデアと技術の重要性を学ぶ
その場その場で柔軟な対応が求められる広告映像の世界。山本講師の豊富な経験のなかで、それを象徴するエピソードがある。それは、彼が海外でのCM撮影に赴いたときのこと。商品であるマンションの居心地の良さを伝えるため、現地の美しい風景をバックにモデルを撮影することが決まっていた。ところが、その国の情勢によって空港が閉鎖。後から合流するはずだったモデルが参加できなくなったのだという。
「私たちも日本に戻れないかもしれないという状況のなか、できることをやろうと風景だけの撮影をすることにしたのです。後からモデルをはめ込むことを前提にしたカメラワークはかなり難易度の高いものでした。その後、無事に帰国できることになり、今度はグリーンバックでモデルのみを撮影。現地の風景と合成し、どうにか完成まで辿り着きました。日本のチームと海外スタッフの連携で美しい映像に仕上げることができて安心しましたね。こうした経験があるからこそ、CM制作にはアイデアと技術の両輪が必要なのだと強く認識しています」
CMの出来を決定づけるのは
制作前から始まる深い思考
実際に制作がスタートしてからの柔軟かつ創意に溢れた思考は、CMのクオリティを向上させるのに大きく役立つ。しかし、それにも増して大切なのは、映像を作り始める前の試行錯誤なのだと山本講師は語る。
「撮影や編集の技術を追い求め、斬新でかっこいいCMを作りたいと考えるディレクター志望の人も多いでしょう。ただ、CMはターゲット層は想定しつつも、誰が見ても興味や驚きの感情を持ってもらえるような工夫が求められる。そして、それを決定づけるのは制作前からの深い思考だと思っています。見た人に驚きや興奮を与えるためには、その何倍も先まで思考を張り巡らせる必要があります。もちろん、そうして考え尽くした先にシンプルな答えが導き出されることもありますが、その思考の過程自体が見る人に伝わるのです。『広告はラブレターである』という有名なコピーライターの方の言葉があるのですが、世の中に手紙を書くような気持ちで丁寧に考え尽くして制作を始めなければ、人の気持ちを揺さぶることは決してできないんです」
舞台裏から人を驚かせるものを作りたい
幼少期から変わらないマインド
ヒーローよりも
“中の人”に憧れた
幼少期は特撮に夢中になっていたという山本講師。ところが、彼が憧れを抱いていたのはヒーローではなく、ヒーローショーで着ぐるみの中に入っている役者や、それを作る裏方、いわゆる“中の人”だった。小学校に入るとヒーローのマスクや怪獣の尻尾を自作するように。「舞台裏から人を驚かせるものを作りたい」という思いは、当時からまったく変わっていない。
「小さい頃から裏方として楽しませることが好きだったんですよね。仕掛けを作って人の興味を惹きたい。操り人形師やマジシャンになりたいと考えていた時期もありました。そして、最終的に辿りついたのが映像という表現だった。手段は変化しましたが、マインドとしては共通していると思います」
ほとんど素人からのスタート
仕事の経験則からノウハウを身に付けた
大学に入ると映画研究会に所属し、独学で映像制作をスタートした。作った映画作品が「ぴあフィルムフェスティバル」などで受賞したことがひとつのきっかけとなり、映像制作会社の会社員として映像に関わり続ける道を選んだ。
「映画をつくりたかったのですが映画界へのルートがよくわからなかったというのが正直なところです。そこで、CMを制作できる会社に就職することを決めました。ただ、それまで専門的に映像を学んでいたわけではなかったので、ほとんど素人のような知識しかない状態。先輩たちから少しずつ教わってきたこと、そして仕事をするなかで培った経験の積み重ねが、今の私を形づくっています。広告会社のかなり年上のクリエイティブディレクターやプランナーの方々も、若い自分にとって大きな学びを与えてくれる存在でしたね」
「教わる側」から「教える側」へ
立場の変化がもたらした影響
山本講師は映像制作会社の社員としてキャリアを積み、やがて多くの広告映像を手がけるようになった。同時に、CMをはじめとした映像制作について人に教える機会が増え始めたという。最初のきっかけは、勤めていた会社が立ち上げた社会人向けの映像制作の学校。続いて、大学の非常勤講師としても声がかかった。
「私としては自分の仕事をこなすだけで精一杯だったので、当初は人に教えられることがあるのかと不安でした。しかし、いざ挑戦してみると、教えることを通じてこれまで無意識に活用していたノウハウが言語化され、頭がクリアになっていくような感覚があった。同時に、人に教えるためには私も勉強する必要があり、自分自身にとってもプラスの面が大きいと思うようになりました」

人間が存在する限り
CMも残り続ける
CM業界に恩返しがしたい
後進を育てることが新しい目標になった
CM制作の現場に立ち続けるためには、技術だけでなく体力も不可欠になる。これからやってくる将来を想定してセカンドキャリアを考えたとき、後進を育てる仕事にも魅力を覚え始めたのだという。そのタイミングで芸術文化学群が教員を募集していることを知り、運命的なものを感じた。
「いつまでもディレクターの仕事を続けたいという思いはありつつ、次の段階として業界に恩返ししたいという考えも芽生えていました。そこで私にできることは、誰かに自分の経験と知識を伝えることだろうと直感したんです」
人にノウハウを伝えることで
自らもアップデートしていく
以前はCMの主戦場であったテレビが徐々に力を失い、多様なメディアが入り乱れるようになった現代。しかし、流れる場所は変わっても広告映像自体がなくなることはないと山本講師は断言する。教員という立場になった今、これからの広告映像業界に貢献するために、彼はどのような目標を見据えているのだろうか。
「AI(人工知能)をはじめ新しい技術が生まれるなかで、自分自身をアップデートし続けたいですね。映像制作の機材にしても、1年単位で進化しているんですよ。後進を育てるのはもちろんですが、そうした流れに取り残されないように、私自身も教育の場を活用していきたいと思っています。人間が存在する限り、広告はなくならないでしょう。その進化を自分なりに見届けていくことが、人生の目標です」
教員紹介
Profile

山本 憲司特任講師
Kenji Yamamoto
1965年、山口県生まれ。1990年東京藝術大学大学院美術研究科 芸術学専攻(保存修復技術)修士課程修了。その後、東北新社に入社し、1993年にディレクターデビュー。以来、数多くのCM制作に携わる。2013年より映像テクノアカデミア 映像・広告クリエイター科 講師を務め、2020年には相模女子大学 学芸学部 メディア情報学科 非常勤講師、共立女子大学 文芸学部 メディア領域 非常勤講師に着任。2025年より現職。代表作品に「富士山の銘水 エブリィフレシャス・トール」、「日本ペットフード ビューティープロ」など。
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