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自分独自の音楽表現や活動スタイルを追い求め、
アカデミックな観点でギターと向き合う
クラシックギターとジャズ・ポップスの融合の探求
大学教授とギタリスト。2つの肩書きを持つ芸術文化学群、上田浩司教授は、ギター奏法・表現の新たな可能性を探求している。
研究テーマであり演奏活動の軸でもあるのは、クラシックギターのテクニックとジャズやポップスの奏法・理論を融合させることだ。一般的に、ジャズ演奏で使用されるのはエレクトリックギター奏法であり、クラシックギター奏法を用いるのは珍しいという。
「クラシックギターは基本的にピックを使わずに右手の小指以外の指を使って演奏するという特徴があります。その奏法をジャズやポップスの奏法・理論と融合して演奏することで、一般的なジャズギター演奏からは出てこないような音楽表現が可能になる。ジャズギタリストの中にもクラシックギターを用いる人はいますが、その際にはピックを用いるのが大半で、クラシックギターの指さばきとジャズやポピュラーの表現力を併せ持ったギタリストをほとんど見たことがありません」
ではなぜ、そうした未開の地に足を踏み入れることになったのだろうか──。上田教授がクラシックギターと出会ったのは11歳の頃。母親が家で弾いていたのを横目に、見よう見まねで弦を鳴らしてみたのが始まりだった。16歳からエレクトリック・ギターも弾き始め、エレキを用いてジャズを演奏するギタリスト達に魅了された。高校卒業後に渡米し、バークリー音楽大学へ進学。英語がもともと得意科目であり、世界的なギタリストも多数輩出しているという点で安心感があった。
「バークリー音楽大学で学ぶ日本人の多くは、学士課程ではなく専門課程に特化したディプロマ・コースに通います。私もそこでジャズやポップスの演奏と理論を学んだあと、日本に帰って3年ほどライブ活動をしていた時期がありました。もともとプロの世界で活躍したいと思って音楽大学に進んだという経緯があるんですね。ただ、音楽業界で名を上げるのはそう簡単なことではありませんでした。先輩ギタリストの中には素晴らしい才能豊かな方はいましたが、実力だけで成功できるわけではなく、“運”が大きな要素であると痛感しました。そこで、『他の人にはない、自分だけの強みや専門性が必要だ』と痛感し、再びバークリー音楽大学に戻り、今度は音楽学士を取得しました」
独自の表現を求めて大学院修士・博士課程へ
上田教授が目指したのは、アカデミックにギターをしっかり勉強したうえで、大学教員を務めながらプロとしての音楽活動も行うという道。それはアメリカではすでによくある事例だったが、日本人には前例のないことだった。
バークリー音楽大学パフォーマンス科ジャズ/フュージョン・ギター専攻を卒業したのちは、ノーステキサス大学大学院修士課程にてクラシックギターとジャズ・スタディー(インプロヴィゼーション、アナライズ理論、アレンジ理論、ジャズ音楽史)を専攻し修了。その後、シカゴのアメリカン音楽大学博士課程に進学し、ジャズからクラシックまでさまざまなギター奏法を研究。日本人として初めて、ギター演奏研究による音楽博士号(DMA)を取得するに至る。それこそが、上田教授が追い求めた「自分だけの強みとなる専門性と学位」だった。
「自分の土台がクラシック・ギターにあったことと、音楽的な興味としてジャズやポップスをバークリーの時代から専門的に学んできた強みを活かす形で、『クラシック・ギターをジャズと融合させる』という現在のテーマに至りました。それもまた、その時点で誰もやっていないことであり、特異性があると思ったのです。クラシックギタリストの大巨匠であるエリオット・フィスクがノーステキサス大学を訪れたときに、大学院生代表でクラシックギターを演奏する機会があり、『素晴らしいテクニックだ』と評価して頂いたことは未だによく覚えています」
シンセサイザーの音色に着目し、
前例のないギターサウンドを創造する
演奏活動でアンケート調査を実施
1997年に帰国後は、ポピュラー・ジャズ・クラシックを中心にライブ活動を行う傍ら3枚のCDを発表し、音楽専門雑誌『現代ギター』『音楽現代』『ギター倶楽部』(ヤマハ・ミュージックメディア)にて高い評価を得た。アメリカで研鑽してきた長年のキャリアをもとに、大学ではジャズ・ポピュラー系理論講座、ギター実技レッスン、アンサンブルを担当し、後進の指導に携わっている。加えて、2016年に自身がリーダーを務めるユニット〈J.C.Acoustics〉を結成し、演奏活動という実践を通して表現の可能性を突き詰める研究にも取り組んでいる。
上田教授が2020年から取り組んでいるテーマが、「ギターシンセサイザーを用いたジャズ・ポピュラーギター演奏技法と音色に関する研究」だ。シンセサイザーの音色のみを使用した演奏は、ギターの生音のみの演奏に比べて異次元なサウンドの印象を与えることができる。一方で、どのような音色の選択をしてもシンセサイザーの音色のみでは、本物のギターの繊細な弦の響きによる表現豊かな演奏は再現できない。
「シンセサイザーの音色を使用しながら表現力に富む演奏をするには、シンセサイザー音色とギター生音のブレンド音色を採用することが、最も理にかなっていると仮定しました。そうすることで、前例のないギター音色を創造し、表現の幅を広げることが可能であると考えたのです。そこで私の研究では、それらの音色をブレンドする割合や、どのようなジャンルの特性にマッチするかなどを検証しています。細かい精査のためには、実際のライブの場でお客さんに評価してもらうことが重要であると考え、ライブ会場で収集したアンケート調査と演奏の映像記録をもとに検証を進めています」
初心者のリスナーに楽しんでもらいつつ
専門的に聴く人にも深い魅力を感じさせる演奏
ギターデュオにも可能性を見出す
突き詰めているのはかなり繊細な音楽表現だが、ライブで意識しているのは「決してマニアックになりすぎず、わかりやすい表現で、来ていただいた人に最大限楽しんでもらうこと」だと上田教授は強調する。
「例えば、ジャズ楽曲の中では聴いてもあまり理解し難いと言われている『ジャイアント・ステップス』という曲があるんです。それはジャズ奏者も難しいので避けがちなのですが、あえてボサノヴァのゆったりとしたリズムとシンセサイザーで作った人声のスキャットを使って表現することで、聴きやすいものとして提示しています。ただ、技術としてはとても難易度が高いので、専門家が一聴すればそのアレンジの工夫に気づいてもらえるようにもなっている。そのように、初心者のリスナーにも刺さりつつ、専門的な視点で聴く方にもその技術の面白さを感じてもらえるような演奏を心がけています。」
特定の音楽ジャンルや奏法・音色にとらわれることなく、「ギター演奏の表現の可能性」を追い求めること。それはアメリカでの多岐にわたる音楽表現の修得や、日本で感じた自分の強みを確立する重要性を実感した経験が収斂した、上田教授ならではの到達点だ。現在も、演奏研究に特化しに特化したライブを継続し、自身のホームページにて研究報告をアップしている。最後に、これからの展望についても教えてもらった。
「〈J.C.Acoustics〉はギター、ベース、ドラムの3人で活動しているのですが、今後はもっと活動の場を広げられたらと思っています。最近では、ジャンルが異なるブルース・ギタリストとデュオで演奏する機会もあり、その際に新たな世界が開けた感覚がありました。ギターデュオには、また新しい表現の可能性があると思ったんです。さらに今後は、ギターとパーカッションのデュオという珍しいスタイルの企画もあります。これらの方向でもギター音楽を突き詰めていけると思うと、楽しみで仕方ありません」
教員紹介
Profile
上田 浩司教授
Hiroshi Kanda
米国バークリー音楽大学ギター演奏専門コース卒業。その後、ノーステキサス大学大学院音楽修士課程およびアメリカン音楽大学大学院博士課程にてクラシックからジャズ・ポピュラーまで様々な奏法を研究し修了、日本人として初めてギター演奏研究による博士号を取得した(Doctor of Musical Arts)。ノーステキサス大学音楽学部ギター科講師、玉川大学芸術学部ギターコース非常勤講師、名古屋芸術大学(音楽領域)教授を経て、現職。
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