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国内・海外の企業で
デザイン部門のトップを経験
プロダクトデザイナーに憧れて
大学のデザイン学科へ進学
プロダクトデザインが提示するのは、表層的な美しさだけではない。実用的機能性や感性的な心地よさ、環境への配慮も欠かすことはできない。芸術文化学群の林秀紀准教授の専門はプロダクトデザイン。デザイン系の大学を卒業後、三菱電機、サムスン電子でプロダクトデザイナーとして実務経験を積み、デザインチームを統括するポジションを経て、40代後半になってから大学院でデザイン学を専攻。現在は、桜美林大学で教員をしながら、子どもや高齢者を対象とした幅広い研究に取り組んでいる。「デザインの本質」を追究してきた林准教授の足跡をたどっていこう。
「高校生の頃は建築に興味があって、美大に進学し建築を学ぼうと思っていたのです。しかし、その大学では著名なプロダクトデザインの教授陣が指導されていましたし、自動車や家電のデザイナーが注目を集めていたこともあり進路を変更することにしました」
三菱電機で海外向け携帯電話のデザインを手がける
大学でデザインを幅広く学び、憧れだった益田文和教授の指導も受けた林准教授は、卒業後、三菱電機デザイン研究所に就職する。生活デザインシステム部に所属し、5年ほど家電製品のデザインを手がけた後、当時、空前の盛り上がりを見せていた情報通信機器のデザインを担当することになる。
時は1995年——。同年にサービスがスタートした安価なPHSの登場によって、携帯電話は、一気に若者にも普及していく。その勢いのまま、所属していた三菱電機をはじめとする日本のメーカーは、携帯電話の海外市場にも乗り出していった。ライバルは、ノキア、ソニーエリクソン、モトローラなどの海外勢。日本の家電製品とは、ひと味違うデザインの感性が求められた。
「1990年代後半に三菱電機はフランスのパリにデザインのR&D(Research&Development)拠点となる、デザインセンターを設立し、私はそこでシニア・デザイナーとして着任しました。NTTドコモがi-modeをヨーロッパで展開することが決まり、日本の家電メーカーにも注目が集まっていました。外資系メーカーとデザインで競い合ったパリでの日々は、今も私の財産になっています」
サムスン電子に転職し、
GALAXY端末のデザインを担当
三菱電機で海外向け携帯電話のデザインを手がけた林准教授は、2005年にサムスン電子に転職する。ソウル本社のデザインセンターに所属し、後にスマートフォンで世界を席巻するGALAXYシリーズのデザインを手掛けることになる。
「サムスン電子では、GALAXYスマートフォンやスマートウォッチシリーズのデザインをメインで担当していました。半導体、液晶を自社開発するサムスン電子の技術を結集した製品で、当時(2013年)のスマートフォン世界マーケットシェアナンバー1を獲得したときの興奮は忘れられません。韓国人の同僚もみんな気さくで、いいメンバーに恵まれました」
企業での生活に終止符を打ち
大学教員・研究者の道へ
大学に戻り、デザインを一から学び直したい
世界市場制覇の興奮を経て、2013年にサムスン電子株式会社の日本デザインチーム長に就任した林准教授に、ふと立ち止まる瞬間が訪れる。当時、サムスン電子ジャパンはグローバル市場に向けた近未来の製品研究を行っており、販売実績が見え難い状況であった。多数のプロジェクトをマネジメントするには巨額の研究費が必要で、予算獲得で常に頭を悩ませていた。こうした中でビジネスとしてのデザインマネジメントと自身が憧れていたデザイナー像とのギャップが生まれ、純粋にデザインの本質を一から学びなおしたいという気持ちが芽生えた。
「日本とグローバル企業で実務デザインとマネジメントを経験し、世界トップシェアの製品開発にも携わり、企業のインハウスデザイナーとしてできることは全てやり尽くしたという気持ちもありました。その次に、プロとしての実践経験をデザイン理論で補強し、自分が得たものを若い世代へ伝承したいと考えました。すでに年齢は40代後半となり、教員になるには適切なタイミングであったと思います」
改めて「デザインの役割」について考えた
企業のインハウスデザイナーとして約25年間勤務し、ヨーロッパやアジア市場の製品に携わって何を得ることができたのか——林准教授は改めて「デザインの役割」について考えた。人々の暮らしをより便利に豊かなものにするにはテクノロジーの存在が一層大きくなっている。こうした中でデザインの役割は人とテクノロジーの関係をより良く進化させることが求められている。最先端のデジタルコミュニケーション製品のデザインはその具体例である。
「例えば、私がデザインを担当したGALAXY NOTE3は、ペンタブレット型端末の先駆けとなる製品でした。手書きのダイヤリーを好む女性が手軽に使用できるアプリも研究し、未来を予測しながら新しいUI/UXを提案しました。新たなテクノロジーは新しいユーザー体験の創造を可能にしましたが、デザインの役割を具体的に示唆している事例だと思います」
一方で、デザインにはもっと重要な役割があるのではないかとも感じていた。生活の利便性向上だけではない、人々の健康や暮らしを支えるデザインの本質的な役割だ。そこで林准教授はデザイン理論を体系的に学び直すことを決心し、京都工芸繊維大学大学院、デザイン学専攻博士後期課程に通い始める。
世の中の仕組みを理解して、
人々の生活を豊かにする学問
「所属していたデザイン研究室では、デザインの歴史的価値やデザイン理論を深掘りして学ぶことができました。どの年代にどのようなデザインが生まれたのか。先人たちのデザインは、どういうタイムラインで今とつながっているのか。それを深く理解することで、未来を予測する目を養うことができます」
ファッション業界のようにトレンドを追うのもデザイナーの重要な仕事だ。ただし、トレンドを掴むには、目の前の世界の表層だけでなく、深層を理解する必要がある。具体的には、経済学や社会学、心理学など、世の中の様々な仕組みを理解するための学問を体系的に学ぶ必要がある。こうした幅広い知識を得ることで初めて社会が求めている何かを理解することができる。その上で人々の生活が豊かになる方法を科学的に考えることが、デザイン学では大切なのだと林准教授は考えている。
研究者として「木育玩具」に注目
大学院で博士号を取得した林准教授は、2020年から桜美林大学芸術文化学群の准教授となり、次世代の指導にあたっている。同時に研究者として、プロダクトデザインの新たな領域に注目している。それは、家電製品でもスマートフォンでもなく、「木育玩具」だ。
木育とは、幼児期からの原体験として木材との関わりを深め、豊かな暮らし、社会、森づくりに貢献する市民の育成を目指す教育活動のことを指す。このコンセプトをベースに、素材に木を用いて、子どもの知育や成長を促すことを目的として開発されたのが「木育玩具」と呼ばれる木製玩具である。
「木育玩具を知ったのは、研究者になってからです。東京おもちゃ美術館で実際に遊んでみながら直感的に研究テーマを思いついたのです。これまで私はプロダクトデザイナーとして、プラスチックや金属を用いた無機質な製品と向き合ってきました。国際規格に合わせて、寸分の狂いもなく同じ製品を何万台もつくるのが仕事でした。そんな私にとって、木製のおもちゃはまるで生き物で、触っていると人工的な工業製品とは違う温かみを感じました。同じヒノキでも育った時期や切り出した部位によって、質感や木目が異なる。この表情豊かで有機的な物体を見て、大量生産されるプロダクトよりずっと表情豊かに感じたのです」
日本においても積み木やけん玉などの木製玩具が古くから親しまれてきた。しかし、近年は量産化が可能なプラスチック製玩具が大量に出回り、木製玩具は日陰の存在になりつつある。プラスチック製玩具は安価なため、買い替えのサイクルも早い。そのため、モノを大切に扱う意識の低下や玩具の大量廃棄が問題視されている。一方、携帯型ゲーム機に代表されるデジタルデバイスの普及も加速し、子どもたちがリアルなモノの手ざわりを覚えずに成長するような状況も生まれている。
「背景にはプラスチックで大量量産しコストを下げないと利益が上がらないという玩具メーカーの事情もあるでしょう。私も企業にいたので、大変よく理解できます。一方で、ドイツや北欧には、木製玩具を知育教材と位置づけて、高価でも消費者の支持を集めるカルチャーがあります。これが木製玩具の価値です。日本にも玩具工房や作家は存在しますが、現状は少数に留まっています。そこで私は、木製玩具の教育的効果を実証し、発信することで、人々の関心や様々な存在価値を高めたいと考えています」
輸入玩具のリース会社と共同で
子どもの成長に合わせた木製玩具を調査
この分野の研究の一例が、「木育玩具による遊びと子どもの発達の対応分析」だ。これは、鳥取県で木製玩具をリースしている企業との共同研究で、同社が保有するユーザーアンケートや製品紹介テキストのデータベースを元に、木育玩具の知育効果や成長段階に合わせた玩具の種類などを分析した。
研究では、子どもの成長段階を6か月〜、1歳〜、1.5歳〜、2歳〜、3歳〜の5段階に分け、対象年齢に合わせた代表的なおもちゃ、遊びの種類、それに合わせた玩具のデザインを分析した。例えば、6か月〜のカテゴリーでは、「なんでも口に入れて確かめる」という行為から外界を把握する知育効果が期待できる。ここで用いる知育教材として、無垢材・無塗装の木製玩具はまさにぴったりなのだ。
また、同研究では、対象年齢別にユーザーアンケートや製品紹介テキストの文章データ解析も行った。テキストマイニングツールを用いた解析の結果、「6か月〜」のカテゴリーでは、「色」「音」「転がす」「振る」などの単語の出現頻度が高いことがわかった。これは、この対象年齢に合わせた木育玩具をデザインする上で、有効な根拠となるだろう。
「木製玩具には、その手ざわりによって子どもの感性を育むだけでなく、環境意識を高める効果もあると考えています。次世代を担う子どもたちが木に親しむことで、日本の豊かな自然を守る意識の醸成にもつながるでしょう。また、森林大国である日本の木材を有効活用する効果も期待できます。健全な森を維持するには、定期的な間伐が必要です。国産の木材を玩具として有効利用できれば、非常にサステナブルですよね。デザインは、こうした仕組みづくりにも貢献できるのです」
高齢者の健康維持に玩具を活用する
シニア世代には洗練されたデザインの
玩具が求められる可能性も
林准教授が見据える次のターゲットは、「高齢者」だ。運動や認知機能の維持・改善にも玩具が効果的なのではないかと考えている。この分野では、すでに「アクティビティ・トイ」と呼ばれる介護やリハビリテーションの現場で使われている玩具がある。これは運動や認知、コミュニケーションなどを目的として選ばれたものだ。アクティビティ・トイを用いたリハビリテーション施設も増えており、その効果に注目が集まる。
「日本の高齢化はますます進んでいきます。玩具は、高齢者の心身の健康維持・促進にも貢献できると期待しています。求められるのは、アクティビティ・トイのヘルスケア効果と素材の特性を活かした新たなデザインです。シニア世代向けのヘルスケアを目的とした玩具には、子ども向けとは違う、洗練されたデザインが求められる可能性もあります。高齢者の尊厳を守りながら、感性を刺激するようなアイテムをつくり出せればと思っています。玩具には、私のプロダクトデザイナーとしての経験を活かせる領域がまだまだありそうです」
教員紹介
Profile
林 秀紀准教授
Hideki Hayashi
1966年、大阪府生まれ。1990年 東京造形大学造形学部デザイン学科卒業後、三菱電機株式会社に就職。1999年よりフランスに駐在し、海外向け携帯電話のプロダクトデザインを担当。2005年 サムスン電子株式会社へ転職し、2013年に日本デザインチーム長に就任。GALAXYシリーズ端末のデザインを担当。2020年に京都工芸繊維大学大学院工芸科学研究科デザイン学専攻博士後期課程修了。博士(学術)。2020年4月より現職。
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