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店頭プロモーションにおいて
重要な役割を果たすPOP広告とは?
消費者との重要な接点だが、先行研究が乏しい分野
「皆さんが一番よく訪れる家電量販店を想像してみてください。そこには冷蔵庫や洗濯機、掃除機といった家電とともに、その商品の特徴を紹介する広告物が掲示されていると思います。例えば、冷蔵庫の中には野菜や食品の模型が入っていたり、扉にはそのモデルの説明が書いてあったりすることがありますが、これによって消費者がその冷蔵庫の使用風景を想像できるようになっています。このような、商品の販促につながる店頭広告のことを『POP広告』と呼びます。消費者が店頭で商品を購入する際に目に入る広告物なので、メーカーはこのデザインや訴求方法を工夫しているんです」
そう語るのは、芸術文化学群の向坂文宏准教授。新卒で入社した印刷会社から広告代理店へ転職したのち、20年以上、POP広告を始めとする店頭プロモーションに携わってきたという。その経験を活かして、桜美林大学ではPOP広告デザインの事例研究に取り組んでいる。POPとは「Point Of Purchase」の略で、「購買時点」の広告を意味する。家電量販店だけでなく、薬局や文房具店、スーパーなど、売り場づくりには欠かせないもの。店頭スタッフが作る手書きのPOP広告もあるが、向坂准教授が研究対象とするのは、メーカー企業が量産して全国の販売店舗に置いている販促広告だ。
「広告にはテレビCMやWebのバナー広告など多くの種類がありますが、ネットではなくリアル店舗で商品を購入する場合は、POP広告が消費者との最後の接点になります。A社の商品をネットで見てから店舗に行っても、一番目立つところにB社の商品があればそれを買ってしまうかもしれない。商品を認知してもらうための広告ももちろん必要ですが、最終的には店舗でスペックや価格を比較検討するので、しっかり最後までPOP広告で訴求しなければいけません。POP広告は平面的なグラフィックデザインもあれば、立体物、デジタルサイネージなど多種多様。総合芸術と言いたくなるほど、そこには知と技術が結集しています」
消費者との広告コミュニケーションにとって重要な役割を果たすPOP広告。しかし、その先行研究は乏しく、雑誌広告やテレビCMなどと比べると、その歴史的な変遷や事例はほとんどまとまっていないという。限られたプロモーション期間で使用された後は破棄されてしまうため、記録に残す難しさがあるからだ。1969年に創設された日本POP広告協会(現日本プロモーショナル・マーケティング協会)による、年一度行われるPOP広告のアワード「POPAI-JAPAN SHOW(現JPMクリエーティブアワード)」の年鑑が、近年50年の資料としてはほぼ唯一のものであり、向坂准教授はこれをリファレンスにしつつ、過去に遡って研究を続けている。
「POP広告は、商品訴求の目的だけでなく、商品を陳列する場所そのものを創造し、売り場の空間全体を装飾するなど、表現に関わる企画の範囲が広いです。また、企画を実現するために、製造可能な構造や実現可能なロット数の計算、スケジュールに合わせた加工方法の検討、そこから算出されるコスト計算など、プロダクト製品を生産するような工程も多く含まれます。それはさまざまな広告表現の中でPOP広告独自のものと言えますが、企画手法やデザインの変遷は未だに体型立てて語られていません。そうした現状の課題に対し、歴史を洗って変化を検証することで、POP広告の成り立ちを明らかにしていきたいと思っています」
過去の事例をつぶさに見つめることで
現在の課題にも立ち向かうことができる
POP広告の歴史的な事例や変遷を整理する研究
向坂准教授がPOP広告に魅せられたきっかけは、新卒で大手印刷会社に入社した時代に遡る。当初は、広告業界にあまり興味がなかった。大学院で取り組んでいた演劇空間のデジタル化や、CGによる未来の劇場像のデザインなど、マルチメディア表現の経験を活かした仕事をしたいと思ったところ、その当時デジタル分野へも進出していた印刷会社の説明会で意気投合したという。しかし、配属されたのはプロモーションの部署。そこで初めて、POP広告というものに触れることになる。POP広告は紙媒体が多く、印刷会社がその制作や企業プロモーションも請け負っていた。
「最初は全く知らない世界だったのですが、企業の課題を聞き、企画を提案して店頭プロモーションに落とし込んでいくプロセスがとても面白かったんです。ベテランのプランナーさんとコンペで競合した際に、その人たちに勝つには誰よりも現場を見る必要があると思って。その過程でPOP広告の奥深さに気づかされることになります。店頭に置くリーフレットを作るだけの仕事もあれば、売り場のディスプレイをプランニングする案件もあり、アプローチはさまざまです。家電メーカーから化粧品メーカー、金融業界などに至るまでさまざまなジャンルで店頭プロモーションの施策を考える中で、消費者に対するコミュニケーションの手段としてのPOP広告に可能性を感じるようになりました」

向坂准教授は「POP広告の歴史的な事例や変遷を整理することで、新しい売り場を作る際のアイデアにつながっていく」と述べる。実例をインプットすることで次の提案につなげるというのは向坂准教授自身が会社員時代に挑戦してきたことでもあるが、具体的に、過去の事例は現在にどのように活かされていくのだろうか。
「例えば、パソコンの売り場はわかりやすいですね。世に出始めた1980年代は、NECや富士通といったメーカー名で選ばれることが多く、POP広告にも大きく記載されていました。しかし、1990年代後半から2000年代初頭にパソコンが広く普及して性能的にも大きな差がなくなってくると、DVDドライブが搭載されているとか、ディスプレイにスピーカーが付いていて音が画面から出てくるように聞こえるとか、付加価値的なスペックを押し出すようになります」
それから2010年ごろになると、今度はカラー展開やデザインといったファッション性能が求められるようになった。現在は、ゲームプレイに特化したゲーミングPCが注目されるなど、またスペックの価値を押し出すようになっている。
「ゲーミングPCを陳列する売り場では、実際にその性能を味わってもらうために『体験』を重視したPOP広告が展開されています。そうした際に、同じくスペック重視であった2000年代の売り場事情を知っていれば、その知見を活用することができるはずなんです」
どの時代も、「消費者にいかにアプローチするか」という点では課題は変わらない。店頭のPOP広告は日々、知識と技術の結集によって最新のコミュニケーションが生み出されているが、現在はその先行研究が乏しいからこそ、向坂准教授の研究はベンチマークになるだろう。
戦前の雑誌や新聞記事を検証し
POP広告の歴史を整理したい

学生には「客観性を持った提案力」を指導
桜美林大学に着任後は、広くデザインやセールスプロモーションについて教えている向坂准教授。学生たちは、ポスターやパンフレット、商品パッケージのデザインに挑戦している。
「実務経験から私が学生に教えたいと思っているのは、客観性を持った提案力です。クライアントが持っている課題に対して、自分の感性だけを信用してカッコいいと思うものを作っても意味がない。それがあるイベントを宣伝するポスターの制作であれば、イベントの内容やコンセプトを理解した上で、ターゲットを見据えてデザインしなければいけません。その際にも、いかに似たような作例をインプットできているかが大事になる。完成したポスターについて、そのデザインに至った理由を説明できるように、実務を想定した授業を進めています」
過去の事例は嘘をつかない。そこからいかに学び、目の前の課題に立ち向かっていくか──。POP広告の歴史変遷を追いかける向坂准教授の研究が、現在教えている学生にも還元されていくことが期待される。
「今後の展望としては、第一に、広告プロモーション業界の発展に寄与したいという思いがあります。私がPOP広告にのめり込んだのは、消費者の楽しい買い物を演出することで、生活を豊かにすることにつながると思ったからです。そこにやりがいを感じているので、今後もよりより売り場づくりにつながるように、最新事例を集めるだけでなく企業とディスカッションを重ね、次の店頭コミュニケーションの可能性を模索していきたいと思っています」
現在の研究では、先述したPOP広告協会の年鑑に掲載されている1971年以降のPOP広告とその変遷について検証を進め、さらに過去の事例調査を進めており、ゆくゆくは広告の黎明期である昭和初期の店頭ディスプレイからの流れを汲んだ「POP広告全史」を完成させたいという思いがあるという。
「明治後期ごろから、呉服店などでは店頭に商品を並べ、お客さんが自由に商品を眺めながら選べる売り場になっていきました。そこにPOP広告の始まりがあるという目処を立てて、その当時の雑誌や新聞記事を調査しているところです。当時のPOP広告については文献すらあまり確認できていない状態なので、一つの流れとしてまとめることが私の使命だと思っています」
教員紹介
Profile

向坂 文宏准教授
Fumihiro Kosaka
1973年、愛知県生まれ。凸版印刷(現TOPPAN)、電通テック(現電通プロモーションプラス)にて約20年間、家電/自動車/日用雑貨/化粧品/医薬品などメーカーを主なクライアントとして、多業種の店頭コミュニケーション施策を企画・実施。現在は大学で教鞭を取りながら、POP広告研究家として店頭ツールの事例研究や、講演活動、コンサルティングを行っている。月刊販促会議(宣伝会議)等にて最新店頭ツールのレポートを連載中。インストアマーケティングショー&アワード最終審査員。日本プロモーショナル・マーケティング協会アドバイザー。プロモーショナル・マーケター。VMDインストラクター。桜美林大学准教授。
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