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高校演劇の指導者として全国の頂点に
先輩に誘われてなんとなく高校演劇の舞台へ
異端児が多い演劇界においてもかなり異端な存在といっていいだろう。芸術文化学群の吉田晃弘准教授が歩んできたフィールドは「高校演劇」。ここで、指導教員として全国の頂点に立った経験を持つ。“1時間以内”という独自ルールの表現空間には、プロ顔負けの自由な世界が広がっているという。
きっかけは高校時代の先輩の声かけだった。所属していた映画研究同好会を立ち上げたその人に、「演劇部のほうで人が足りないんだよね」と誘われ、なんとなく役者として舞台に立った。演じたのは“徳島県の図書館でも見つけられるような”高校演劇の既成作品。宮澤賢治の「銀河鉄道の夜」をオマージュした作品、成井豊率いる演劇集団キャラメルボックスの作品などを高校の仲間と一緒にオリジナルの舞台として仕上げた。地元・徳島県の高校時代のエピソードである。
「そのとき声をかけてくれた先輩は、三木孝浩という徳島県出身の有名な監督で、『ソラニン』『アオハライド』、最近だと『知らない彼女』などの青春映画を手がけています。高校卒業後に先輩は映画の世界に行き、声をかけられた私は演劇の世界に残りました……」
大学で学んだのは芸術学ではなく「物理学」
高校卒業後、広島大学に進学した吉田准教授がメインで学んだのは物理学。教育学部で高校物理科の教職課程も履修していた。大学時代は、映画研究会に所属するも監督業に挑戦するわけではなく、「見る専」に徹していた。小津安二郎、黒澤明、フランソワ・トリュフォーなどのクラシック作品のほか、チャン・イーモウをはじめとするアジア映画などに魅了され、映画漬けの大学生活を送っていたという。
「大学卒業後は、教員になるわけでもなく、大阪に出て何年かフリーターをしていました。やりたいことが見つからず、芸術活動もせず、本当のモラトリアム期でしたね。そんなときに高校時代の先生から連絡があって、『徳島に戻って、教員になれ』と言われたんです。そこで、何かに引っ張られるように徳島県の臨時職員となり、高校教員の仕事を始めました。ちょうど2000年代に入った頃でしたね」
高校時代の恩師と教員としての初任地で再会
もともと物理科の教職免許は取得していた。徳島県の採用試験を受け、正式な教員としての初任地となったのが徳島県立城西高校。そこで、同じタイミングで赴任した風格漂う教員に見覚えがあった。偶然にも吉田准教授が高校時代にたまに指導に来てくれたベテラン教員だったのだ。そして、誘われるがままに、演劇部の指導を共に担当することになる。
「その先生は、かなり実験的な舞台演出をするタイプで、高校時代にかなり衝撃を受けました。1984年に指導者として四国初の全国高等学校演劇大会最優秀賞を獲った先生で、まさか一緒に演劇の指導をすることになるとは……。結局、その先生とは3年間一緒に演劇部の顧問をしたのですが、あるとき突然『演出やってみい』と言われ、いきなり演出を任されることに……。するとその作品が四国高等学校演劇研究大会(四国大会)で最優秀に選ばれ、翌年には全国大会に出場。いきなり新たな扉が開かれました」

独自の自由な脚本で注目を集める
前任者の転勤で「じゃ脚本も書いてください」
そこから吉田准教授は、徳島県内の高校で舞台を変えながら実績を積んでいく。徳島県立城西高校の次に赴任したのは、県立阿波高校。ここでは初年度から演劇部の顧問を任された。阿波高校には、もうひとり演劇部の顧問がいた。その先生は、自ら脚本を執筆する人で、ふたりで役割分担をしながら指導をしていた。すると2009年にその先生が突然転勤に……。気がつくと「じゃ脚本も書いてください」と頼まれ、吉田准教授は導かれるように脚本家デビューすることになる。
「徳島県はなぜか教員が脚本を書く風土が根強いんです。まさに書かざるを得ない状況に追い込まれましたね(笑)。それまで趣味レベルで演劇の脚本を書いた経験はありましたが、まさか人前で見せることになるとは……。もちろん、最初はまったく結果は出ませんでした」
独自の脚本に全校から注目が集まるように
ところが、前任者の転勤から5年後の2014年には手がけた脚本作品が四国大会で2位に入賞。2015年には、『ハムレット・コミューン』という作品で、春季全国高等学校演劇研究大会(春季全国大会)に出場することになる。その後、2015年の四国大会で最優秀賞に選ばれると2016年には、『2016』という作品で、夏の全国高等学校演劇大会で優良賞を受賞。この辺りから、吉田准教授の脚本に全国から注目が集まるようになっていく。
「『2016』は思い入れのある作品です。骨格となるのは、1986年の高校生が30年後の世界を夢想するというストーリーです。1980年代の高校生にとって、21世紀はすごい未来なんですよね。例えば、ロボットと人が普通に会話をして、どこに行くにも空飛ぶ車で移動するので人間の足腰が弱くなる……みたいな。当然、戦争もなくなって、国境もなくなる。そんな夢の未来を実際の2016年を生きる観客に語りかけるわけです。1986年といえば、チェルノブイリの原発事故があった。当時の高校生は、日本で原発事故が起こる未来なんて想像もしていません。1986年のヤンキー高校生の会話から、現代社会について考えるきっかけを与えるような作品に仕上げました」
勢いに乗る吉田准教授率いる阿波高校演劇部だったが、また転勤の辞令が下る。そして、2017年から徳島県立城東高校に赴任することになった。ここでも演劇部の指導を任されるが、先任がいたため吉田准教授は副顧問のポジションに。当時はハンドボール部の顧問や県の仕事もしながら、サブ的に演劇部の様子を見守っていた。
『21人いる!』で全国高等学校演劇大会最優秀賞を受賞
ところが翌年の2018年には、演劇部の部員は1名しかおらず、ほぼ開店休業状態に……。阿波高校時代とは、まったく異なる危機的状況に陥ることになる。「これではマズイ」と自ら生徒を勧誘して、数名が加入。そこから生徒たちが奮起して、2018年には部員8名で四国大会に出場し、2位という成績を残す。そして、2019年には、吉田准教授が脚本を手がけた作品『スパゲッティーフィケーション』で春季全国大会に出場。そこから、2020年(コロナ禍のため2021年に開催)の『となりのトライさん!』、2022年の『非線形ゴミ捨て・ベータ版』でも春季全国大会に連続出場を遂げる。そして2023年、ついにそのときが訪れる。吉田准教授のオリジナル脚本作品『21人いる!』が、第69回全国高等学校演劇大会最優秀賞を獲得したのだ。
徳島県立城東高等学校演劇部「非線形ゴミ捨て・ベータ版」第16回春季全国高等学校演劇研究大会 2022年2月21日・すばるホール(大阪府富田林市)
「『21人いる!』は、2022年の全国大会出場メンバーと一緒につくり上げた作品です。それまでは、脚本を書くだけでなく、演出も自分でやっていました。2023年のこの作品は、演出を生徒に渡してみようと思って手がけた最初の挑戦でした。それが全国制覇という大きな成果となり、ここから生徒に対する指導のアプローチは変わりました。生徒の主体性に任せる方向になったのはここからですね」

伝えたかったのは、「戦争と日常は地続きなこと」
『21人いる!』の舞台は、架空の国の架空の学校。そこの演劇部員はとある事情で地下室で活動をしていた。そこには恋愛あり、言い争いありの何でもない日常があった。するとある日から「ボランティア」と呼ばれる職務で先輩がひとり、またひとりと消えていく。すると爆撃のような演出とともに地下室が崩れ去る——。最後に残った3人の部員の運命は……。
作品を構想していた2022年といえば、ウクライナ戦争が始まった時期。キーウの地下室で学校の授業が再開されたというニュース報道が吉田准教授の心に留まった。ウクライナやパレスチナ、イエメンなどの地域では、戦争が日常だ。戦禍でも人々は学校に通い、時には結婚式も挙げる。戦争は日常と当事者にとって地続きなのだ。
「日本にいると遠い国の戦争は、自分たちの生活とかけ離れていると思いがちです。しかし、現代のグローバル資本主義社会において、戦争と日常がつながらないわけがありません。私たちが演劇をやっている日常とウクライナやパレスチナは地続きなんだというメッセージを作品に込めました」
この作品は、全国紙などメディアでも大きく取り上げられ、吉田准教授の元にNHKの取材も来たという。さらに、2024年にもオリジナル脚本作品『その50分』で第70回全国高等学校演劇大会最優秀賞を獲得。なんと全国二連覇を達成したのだ。2024年の作品『その50分』は、『21人いる!』よりさらに難解な内容らしく、吉田准教授も「観てもらうしかない」と笑う。桜美林大学で授業を受ければ、動画で視聴できるチャンスがあるかもしれない。

定点カメラのレンズをずらすことで、
ぜんぜん違う風景が見えてくる
吉田准教授の作品解説を聞いて、驚かされるのは、高校演劇の「自由さ」だ。シェークスピアなどの古典をなぞるだけでなく、現代の矛盾や社会問題に斬り込み、それを高校生たちがイキイキと演じているのが伝わってくる。導かれるように高校というフィールドで、表現活動をすることになった吉田准教授にとって、演劇の魅力はどのような点にあるのだろう?
「高校演劇では、1時間以内というレギュレーションの中にさまざまな要素を詰め込みます。私は、1時間で感動して、泣いて、おしまい……ではなく、『いったいあれは何だったのか?』とみんながモヤモヤと考えることで初めてお芝居はつくられるものだと思っています。また、演出家としては、2次元の映像ではできない表現にもこだわっています。役者と鑑賞者が同じ空間にいないと実現できない表現とは何か。単に何かを観て、何かを受け取るだけでなく、鑑賞者の想像力をいかに引き出せるかが腕の見せどころだと思っています。例えば、多くの人の日常は、定点カメラのように同じ風景を映し出している。そのレンズをちょっとずらすことで、ぜんぜん違う風景が見えてくる。私がつくりたいのは、そんな作品です」

演劇人のキャリア形成をサポートしたい
高校演劇と商業演劇の架け橋になる
2023年、2024年と全国高等学校演劇大会2連覇を達成した吉田准教授が選んだ次のフィールドは大学だった。2024年4月からは、徳島県立城東高校の部活動指導員を務めながら、桜美林大学芸術文化学群の教員としてのキャリアをスタートした。大学教員になった理由は2つあるという。
1つは、演劇をやりたい人のキャリアデザインを考えたかったから。つまり、高校演劇に熱中した生徒たちがその後どうなっていくのかを真剣に考えたいと思ったのだという。きっかけは、ハンブルグ・ドイツ劇場で専属の役者を務める俳優・原サチコさんとの出会いだった。
「原さんによると、ドイツでは国立劇場の専属俳優になることは、公務員になることに等しく、安定した職が提供されるというのです。もちろん俳優側も大学等で専門教育を受ける必要があります。こうした“職業としての演劇文化”を日本に根付かせるためには、高校教員としてできることは限られており、大学で新たな挑戦をしてみたいと思いました」
2つ目は、高校演劇と商業演劇の架け橋になること。高校演劇は、全国で年間数百本も作品がつくられる巨大なクリエイティブの生産現場になっているのは意外と知られていない。そこにはプロにはない視点も多く、新たな発見もあるという。一方で、プロによる商業演劇の世界は、近年ますます生み出しづらくなっていると吉田准教授は耳にしたことがあるそうだ。興業的には、過去の有名作品の再演など確実な企画しか通らず、新しいものが生まれづらくなっているという。
「高校演劇と商業演劇の世界をリンクさせないのは本当にもったいない。できれば、高校演劇を扱うイベントなどを増やして、作品として広がりを持つような活動をしていきたいです。大学教員として、日本の演劇文化を活性化するために何ができるか常に考えています」
指導のポイントは徹底的に「任せること」
大学という新たなフィールドでは、指導する対象が高校生から大学生に変わる。ここでも高校演劇で脚本や演出を手がけた経験は大いに役立つという。ポイントは、徹底的に「任せること」だ。大学演劇では、役者はもちろん、演出、舞台監督、プロデュースまですべて学生が担当する。口出ししたくなることは多々あるが、聞かれるまで黙って、作品が仕上がるのを待つことも大事だという。
「高校でも同様ですが、学生に任せるなら最後まで任せ切らないといけません。途中で中途半端に手を出すと、それで学生のやる気を削ぐことになります。私が手がける舞台では、出たい人は原則として全員出します。役をもらえるというのは、誰しもうれしいものです。そこで頑張ることで、自意識、自尊心、自己肯定感が高まります。もちろん練習段階なら失敗しても構いません。転んでも致命傷にならないようにするのが教員の役割だと思っています。トラブルがあったら、同じ作品をつくるメンバー全員で話し合って解決する。最終的にメンバー全員にとって安心できる場所をつくる。こういう経験ができるのが演劇のよさだと思っています」
演劇人がキャリアを形成するための
センター的役割を担えるように
高校演劇の指導者として頂点を極めた。そのまま高校に残ることもできたが、40代後半になって、新たなフィールドでの挑戦を選んだ。地元・徳島を出るのは大きなリスクにもなるだろう。しかし、演劇という芸術を維持するためにできる限りのことをしたいという熱意に突き動かされた。そんな吉田准教授に大学教員としてのビジョンを聞いた。
「演劇の世界は、今も昔も華やかですが、安定している場所ではありません。金銭的には厳しい状況の役者さんも多いです。この現状を打破するために、桜美林大学が演劇キャリアを形成するためのセンター的役割を担えるようになったらいいなと考えています。ドイツの事例のようにお芝居をする人を社会が支える世界を日本でもつくりたい。それには、高校時代から芸術学を学ぶような教育改革も必要かもしれません。とにかく高校演劇で舞台の楽しさを知り、続けたいと思っている人が、生涯輝き続けられるような場所をつくりたいと思っています」
教員紹介
Profile

吉田 晃弘准教授
Akihiro Yoshida
1975年、徳島県生まれ。広島大学 教育学部 教科教育学科理科教育学専修(物理)卒業。学士(教育学)。県立学校講師を経て、徳島県立城西高等学校、徳島県立阿波高等学校、徳島県立城東高等学校で教員として物理の授業を担当する傍ら、演劇部の指導にも従事。徳島県立阿波高等学校演劇部の顧問として、2015年の『ハムレットコミューン』で春季全国高等学校演劇研究大会(春季全国大会)に出場。2016年の『2016』で全国高等学校演劇大会優良賞。徳島県立城東高等学校顧問として、2019年の『スパゲッティーフィケーション』、2020年(コロナ禍のため2021年実施)の『となりのトライさん!』、2022年の『非線形ゴミ捨て・ベータ版』で季全国大会に出場。2023年の『21人いる!』、2024年の『その50分』で全国高等学校演劇大会最優秀賞2連覇を達成。2024年4月より現職。徳島県立高等学校演劇協議会事務局長も務めた。
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