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福祉職のチーム連携を高めるには?
思いの共有が、チームの力を引き出す鍵に
少子高齢化が進む日本社会では、高齢者の増加とともに福祉ニーズが多様化している。福祉職には高度な専門知識と実践的な支援スキルが求められており、高齢者だけでなく、障がいのある方への支援も重要な役割の一つとなっている。こうした現場では、さまざまな専門職や複数の機関が連携して支援にあたる必要があるが、資格の違いや所属機関、教育背景、対象とする利用者の違いなどが、円滑な連携を阻む壁となっていることも少なくない。
このような課題に対して、大学院・総合研究機構の奥田訓子特任講師は、健康心理学の視点から福祉職のバーンアウト予防や職場環境の改善に取り組んでいる。とくに注目しているのが、チームワークの質を高めるコミュニケーションのあり方だ。健康心理学とは、心と体の健康を総合的に捉え、健康の維持・増進や病気の予防に心理学の知見を応用する学問分野である。
奥田特任講師は、福祉施設で働く職員約30名を対象に、チーム活動を取り入れた研修を実施。その結果、メンバー同士が「自分はこう思う」「皆にはこうしてほしい」といった感情や意見を率直に言葉にし、思いを共有するプロセスが、チームワークの向上に大きく寄与することを確認した。
「日本の職場文化では感情表現が敬遠されがちですが、福祉や医療の現場では、心のこもった対話がチームの力を引き出す原動力になります。支援対象が高齢者であれ障がいのある方であれ、“思いの共有”を通じた関係づくりがあれば、異なる立場や機関との連携も円滑になります。互いに支え合える関係が生まれれば、職員一人ひとりのパフォーマンスも自然と高まっていくのです」
事務職から講師、そして大学院に進学
誰もが活躍できる社会を目指して
人間関係をうまく築くにはどうすればいいのだろう?
奥田特任講師が心理学に関心を抱いたのは高校時代。きっかけは、小学生の頃に経験した人間関係の悩みだった。「心とは何か」「人と人はどうつながるのか」といった問いが、ずっと心の中にあったという。
「小学5年生のとき、病気で入院をして学校を長期間休んだことがありました。そのときに、担任の先生が教室と病室をつなぐ交換日記を企画してくれたのですが、私はその気遣いに素直に応えられず、意地悪なことをその交換日記に書いてしまいました。それがずっと心に引っかかっていて、高校の進路選択の際に心理学を勉強したいと思ったのです」
心理学に惹かれながらも担任の先生から、「心理学は統計学、数学が苦手ではやっていけない」と言われたことで一度は進路を変え、当時新設された桜美林大学の国際学部へ。しかし、入学後も心理学への関心は消えず、アドバイザー教員の勧めで訪ねたのが哲学者・湯浅康雄先生のゼミだった。ユング心理学や東洋思想、日本人の精神文化をテーマとするそのゼミで、「人間関係とは何か」を改めて見つめ直すことができたという。
「ゼミでは、悟りにおける自己実現をテーマに、禅の思想を通して“生きることの意味”について考えました。あの経験が、今の研究の出発点になっていると感じています」
地域社会で「自分らしく生きられる」環境を整える
大学卒業後は、公益財団法人 横浜YMCAの健康教育部に所属し、地域に根ざした実践に取り組んだ。乳幼児から高齢者までを対象に水泳や器械体操の指導を行いながら、地域の健康課題の解決をめざす「コーディネーター」として、医療・福祉・教育など多様な分野の専門家をつなぎ、連携を促進する役割を担っていたという。
「障害児親の会に足を運んだり、精神科クリニックに相談に行ったりして、まだ声になっていないニーズを拾い集め、地域資源を結びつけていく。そうしたきめ細かな支援は、YMCAのような非営利団体だからこそできる試みでした」
たとえば、「障がいのある子どもたちにもスポーツを楽しむ場を提供してほしい」という声に応えるためのプログラムを展開・運営する際には、地域の心理職や福祉職の知見が不可欠。しかし、現場では医療系と福祉系の機関の間に温度差や壁があることもしばしばあった。「うちはうちのやり方で」といった溝を、奥田特任講師は丁寧に橋渡ししていったという。
「医師会と連携し、どんなに騒いでも大丈夫な演劇鑑賞会を開くなど、知的障がいを持つ方がのびのびと過ごせる場所づくりを実践したこともありました。最初は間に入って調整していたけれど、やがて現場の人たちが自然と連携し、助け合えるようになっていった。そのときは本当にうれしかったですね」
ピンチヒッターの授業が、研究者への道をひらいた
双子の女の子を出産後、奥田特任講師は職場復帰し、YMCA福祉専門学校の事務職に異動となった。介護福祉士を養成するその学校で、ある日、担当教員の急な欠勤を受け、代講を任されることに。思いがけず教壇に立った奥田特任講師が選んだ授業テーマは、卒業論文を元にした「死生観」だった。
授業では、禅宗の思想を象徴的に描いた「十牛図(じゅうぎゅうず)」を取り上げた。悟りに至るまでの心の変遷を、牛と牧童の関係で表現した十枚の絵図を通して、「死を考えることは、同時に“どう生きるか”を見つめ直すこと」と学生たちに語りかけたという。
「介護実習では、学生が看取りの場に遭遇することもありました。自身の過失ではないにも関わらず、『自分のせいだ』と思いこんだり、『自分には向いていない』とひどく落ち込んだりする学生もいました。しかし、責められることも覚悟して、ご家族への説明に立ち会わせていただくと、『最期にそばにいてくれてありがとう』と感謝を伝えられることも多かった。死と向き合うこともある仕事だけど、生きることに寄り添っている職業なんだ。そんなことを学生たちに伝えたい、と思いながら授業を行いました」
この授業をきっかけに、「人に教えるなら、もっとしっかり学び直さなければ」と思い、桜美林大学大学院を考え始めたという。当初は臨床心理士の資格取得を目指していたが、学部時代の恩師・久保田先生に相談したところ「それは健康心理学だ」と助言を受け、健康心理学専攻への入学を決めた。
福祉専門学校での経験が、研究の原点に
大学院では、現在も桜美林大学大学院に在籍している石川利江先生に師事。石川先生は学生からの人気も高く、ゼミに入るのは難しいと思っていたが、自分のやりたいことを語ったところ、「そのテーマ面白いね」と受け入れてくれたという。
「臨床心理学が“支援を必要とする状態にある人”に焦点を当てるのに対し、健康心理学は“そうなる前の予防”に着目する分野です。苦しいなかでも自分の力で何とかしたいと考えている人を支援したい。そんな私の思いに石川先生は気づいてくれたのかもしれません」
YMCA福祉専門学校で介護福祉士を目指す学生たちと日常的に接していたこともあり、介護士のメンタルヘルス、とりわけバーンアウトに強い関心を抱いていたという奥田特任講師。真面目で誠実な人ほど、心身のバランスを崩したり、燃え尽きてしまったりするケースが学校現場でも課題になっていた。
「最初は、“仕事への思い入れが強いほどバーンアウトしやすいのではないか”という仮説を立てていましたが、研究を進めるなかで、それだけでは語れないことが見えてきました。むしろ、自らの支援に対して明確な理念や価値観を持ち、それを周囲と共有できる人ほど、健康的に働き続けられていることがわかったのです。この気づきをきっかけに、『チームとしてどう支援の理念を共有できるか』という関心へと広がり、博士課程では茂木俊彦先生の師事のもと、“チームづくり”や“チーム内コミュニケーション”に関する研究へと発展させていったのです」
現在、地域の社会福祉協議会や介護施設などから依頼を受け、職員向けのプログラムや研修を継続的に実施しているという奥田特任講師。福祉専門職の人材不足が深刻化するなか、多様なニーズに対応するためには、職員同士が支え合い、健康的に働ける職場環境づくりが欠かせない。
「福祉職のチームづくりというだけでなく、異動や転職でこれまでとは異なる組織風土の現場に移ることも少なくありません。そんなときこそ、まずは“思いを共有する”ことが大切です。率直に気持ちを伝え合い、互いを理解し合える関係性が築かれていれば、新しい現場でも健やかに働き続けることができる。そうした職場づくりの一助となるような研修を、今後も届けていきたいと考えています」
誰もが自分の力でキャリアを
ひらける社会を実現したい
障がい者のキャリアレジリエンスに注目
現在、奥田特任講師が注力しているのは、障がい者の「キャリアレジリエンス」に関する研究だ。キャリアレジリエンスとは、仕事における困難や逆境を乗り越え、それを新たな成長の契機と捉えられる力のこと。これまで実務現場で障がいのある方々を支援してきた経験から、「不快な思いをさせないように」という“先回りの配慮”が、かえって本人の成長機会を奪ってしまうこともあるのではないか、と問題意識を抱くようになったという。
「もちろん配慮は大切です。しかし同時に、“できないことに挑戦する機会”や“専門性を高める経験”から得られる達成感や仕事の喜びもあるはずです。すでに社会のなかでキャリアレジリエンスを発揮している障がい者の方々もたくさんいます。では、その力をどうすれば引き出せるのか。その環境的・心理的要因を探るのが、今の研究テーマです」
これまでの奥田特任講師の調査では、制度的な支援に加えて、職場の風土や文化が重要な役割を果たすことが明らかになりつつあるという。たとえば、障がいのある社員に「任せてみよう」という信頼の土壌があり、同時に「困ったときはサポートする」体制が整っている職場では、障がい者の力がより自然に発揮される傾向がある。
「たとえば、ある作業工程に10の手順があったとして、それを知的障がいのある方に説明する場合、誰にでも理解できるよう丁寧に手順を伝える必要があります。するとその説明が、結果として職場全体の業務の質や規律の向上につながることもあるのです。実は、健常者のほうが曖昧なまま業務を進めていることも少なくない。障がい者の存在が、業務を“丁寧にする”ための力になっていることがあるのです」
実際に、障がい者と働いた経験のある約105名を対象に行ったアンケート調査でも、「職場全体の生産性や規律が改善された」といった声が数多く寄せられたと奥田特任講師は語る。今後は、障がいのある方自身への聞き取り調査を通じて、キャリアレジリエンスを支える条件や環境について、さらに深く掘り下げていく予定だという。
「企業のなかには、“障がい者雇用はコストであって、利益につながらない”と考える経営者や人事担当者も少なくありません。だからこそ、障がい者の雇用が職場や企業にもたらす“ポジティブな効果”を、研究を通じて見えるかたちで示していきたい。小さな歩みかもしれませんが、共感してくれる人を一人ずつ増やしていくことが、社会を変える確かな一歩になると信じています」
対人援助職を目指す学生たちが、社会で力を発揮できるように
2020年に桜美林大学に着任した奥田特任講師は、現在、大学院・総合研究機構に所属している。このポジションは、公認心理師制度の発足にあわせて新設されたもので、主に学群生の実習指導を通じて、公認心理師を目指す学生の育成に取り組んでいるという。
「対人援助職としての基本姿勢や心構えを、繰り返し丁寧に伝えていきたいと考えています。学生たちには、支援の現場で感じる“人と関わることの面白さ”や“仕事としての尊さ”を、ぜひ体感してほしいですね。人と関わることを面倒に感じ、距離を置いてしまう人が増えてきている中で、試行錯誤してつながりを築こうとする過程にこそ、大きな意味があると私は思っています」
自身も学部時代から桜美林大学で学び、心理学系の教員たちに支えられてきた奥田特任講師。卒業後も「元気にしている?」と気にかけてくれた先生の存在が、今も大きな支えになっていると語る。
「桜美林大学で学んだのは、人と誠実に向き合うことの大切さです。だからこそ、今はその学びを、次の世代に返していきたいと思っています。教育というかたちで、少しでも桜美林大学に恩返しができたら嬉しいですね」
教員紹介
Profile
奥田 訓子特任講師
Noriko Okuta
1970年神奈川県生まれ。桜美林大学 国際学研究科 環太平洋地域文化専攻健康心理学専修 博士課程修了 学術博士。横浜YMCA YMCA健康福祉専門学校 専任講師、小田原短期大学 保育学科通信教育課程 准教授を経て、2020年より桜美林大学に着任。健康心理学を専門とし、主に福祉職を対象としたバーンアウト予防や生産的な組織風土をつくるためのチームづくりの研究に取り組んでいる。近年は、障がい者のキャリアレジリエンスに注目している。
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