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研究の原点にあるのは
カリフォルニアでの留学経験
留学先で目にした
米国社会の現実
健康福祉学群の石渡尊子教授にとって研究の原点となったのは、カリフォルニア州立大学フレズノ校で過ごした大学時代の経験だった。多くの移民や不法滞在者が抱える困難を克服できず犯罪にやむなく手を染めてしまう状況下で、多文化共生のあり方について考えた。その後、教育史、女性史、家政学史の視点から「女性と大学」をテーマとした研究に注力。その中で、大学と地域のあり方について歴史的に検討してきた。現在は学生たちに一人ひとりの生活を豊かにするための地域社会をどうつくるべきかを実践的に学ぶ機会を提供している。こうした取り組みの背景には、彼女のユニークな経歴が大きく影響している。
「私は大学教育学部附属の小中学校に通っていました。小学校では、総合学習の導入に向けた実践研究が行われていました。そのため、時間割や教科枠が明確でなく、子ども自身の興味関心が何より尊重される場となっていたと思います。私は1年生のとき、一日中、中庭にあった鶏小屋にいました。というのも、ひよこが生まれ、その可愛い黄色いひよこが、大人になって白くなり赤いトサカが生えるまでのすべての変化の過程を見届けたいと思ったためです。4年生の水蒸気の対流の学習の際には、その対流を目視しようと、ひたすらアルコールランプでビーカーに入った水を沸かし、水がお湯になり沸騰する過程を見続けていました。自由研究や観察も大好きでした。結果、集中力や、自ら学ぶという姿勢は養えたのかもしれません。しかし、そうした総合学習だけでは基礎的な知識の修得はできず、またいわゆる受験学力も全くつきませんでした。当時のクラスメートは皆、学習塾に通っていたことも後になって知りました。」
石渡教授は画一的な日本の教育制度に馴染めず、父親からのすすめもあって、カリフォルニアへの留学を決めた。「カリフォルニア」という地名から、海沿いの街での生活をイメージしていた。しかし、実際に辿り着いたのは内陸の自然豊かな農業地帯。当初はそのギャップにいささか戸惑いを感じたが、せっかくの大学生活を楽しむのであればアメリカ社会を体験できる学びをしたいと考えるようになった。
「私が主に学んでいたのは小学校教員を養成するプログラムが提供している科目でしたが、教員になることを目指していたわけではありませんでした。面白そうな授業を全部履修しよう考えているうちに、教員養成の授業が自然と多くなったんです。教員免許の取得が主な目的となる日本の教育系学部と異なり、アメリカでは多様な民族の文化や歴史、政治や社会と関連づけながら教員として必要な力を身に付けます。体験型のプログラムも多く、その点に強い魅力を感じました」
危険な地域にある小学校で
子どもたちと交流を重ねた
具体的には、犯罪に手を染めてしまった子どもたちと保護施設で一緒に遊ぶ、ホームレスの人々へ食事を提供するといった社会支援に携わるように。当時のフレズノはモン族など東南アジアからの移民が多く、授業を通じて移民の子どもたちと放課後の小学校で数カ月間にわたって関わる機会もあった。小学校の周辺は、「強盗に襲われてしまうから車を停止してはいけない」と忠告されるような危険な地域。石渡教授はそんな環境にも臆せずに通い続け、英語や算数を教えていたのだという。
「小学校側からは英語と算数の補習をするように言われました。しかしながら当初子どもたちは教室の隅などに隠れてしまい、寄っても来なかった。ゲームに誘うことから始めました。そのうちトランプで「七並べ」を教えると、子どもたちが自主的に勝つための戦略も立てるまでになっていった。担任教員には英語が話せないからシャイなのだと言われていた子どもたちでしたが、その頃には生き生きと言葉を発するようになり、その言語は英語であったことにも驚きました。彼らは不法にたどり着いた移民であることからアメリカ社会の一員としては認めてもらえませんでした。またその親達は与えられた仕事も文化の違い等からできないため困窮しており、子どもたちにはアメリカ社会で生きるための身近なロールモデルがいませんでした。多文化共生社会の実現を大学の授業で繰り返し学ぶわりには、実際の社会の状況がかけ離れていること、教育制度のあり方について強い憤りを感じるようになりました」
一方、大学教授たちからは、子どもたちとコミュニケーションが取れること、子どもたちの学習意欲が高まった成果を評価され、その背景にあるのは私が日本の教育を受けているからだと盛んに言われました」

「自分はなぜ学問に取り組むのだろうか?」
問いの先にあった家政学との出会い
現実を知っていたからこそ
多分野の学びを理解できた
そこで芽生えたのは、「日本の教育についてきちんと学ばなければ」という思いだった。大学卒業後に帰国して以降は、玉川大学の大学院修士課程で教育学を専攻。その後、教育史・大学史研究の第一人者である寺﨑昌男教授(東京大学・桜美林大学・立教大学名誉教授)の下で学ぶために桜美林大学の大学院博士課程に進んだ。
「アメリカから帰国したばかりの私は、『まだ勉強したい』という勉強への純粋な意欲が高まっている状態でした。そこで、桜美林大学大学院国際学研究科で開講されていたほとんどすべての科目を履修。哲学や社会学、教育学、政治学など、幅広い分野を国際的な視点から学びました。各分野の学びを深める上で、留学先の実践的なプログラムに参加していたことが大きな力になりました。例えば、アメリカ政治学の授業では、客観的なアメリカの社会的背景と、自分が留学先で見た実情を接続して考えることができた。日本にいるだけでは想像しづらい抽象的な理論や概念についても、現実を知っているからこそすんなりと理解できる瞬間がありました」
自らの葛藤を打破するため
昔の女性にヒントを求めた
大学院での学びを通じ、「知ること」の楽しさを身に染みて感じるようになった石渡教授。一方で、ただ学びたくて大学院進学をしたものの、その後についての目標はなかったという。専業主婦の母親を見ながら、「自らもそうなるだろう」と当たり前に考えていたものの、それならなぜ学ぶのか、自問自答していた。そこで浮かび上がったのは、「大学に行った女性たちは何を学びたいと思っていたのだろう?」という新たな問い。胸中を寺﨑教授に伝えたところ、「文部科学省が発行している『全国大学一覧』を順に見てご覧なさい」という指導を受ける。
「『全国大学一覧』には、戦後から近年に至るまでの大学組織の変遷が網羅されています。それを細かく調べていくうちに、昔の女性にとって家政学部が学びの主たる場になっていることがわかりました。同時に、家政学部が必ずしも女子大学のみに設置されていたわけではないということも知りました」
家政学の本来の目的は
生活や社会を向上させること
「家政学」には、女性が家庭において求められる知識やスキルを学ぶ学問であるというイメージが根強く残されている。しかし歴史を紐解けば、生活の質の向上や人類の福祉に貢献するための実践的な学びを体系化した分野であることがわかる。戦後の日本における女子教育の変遷を辿ることで、家政学の“真の姿”が見えてきたのだと石渡教授は語る。
「もちろん、女性のための大学教育のしくみや歴史を研究することも家政学研究の方法の一つです。しかし私は人の生活を豊かにすることを目的とした家政学の可能性こそが重要だと考えています。私たちが所属する大学のあり方を考える上でも、地域を活性化させるための方法を模索する上でも、家政学が貢献できる部分は多いはずです」

地域社会と共生し貢献することが
これからの大学が果たすべき役割
琉球大学の研究を通じて
家政学の可能性を見出した
家政学の幅広い可能性を探求する上で大きなターニングポイントになったのは、琉球大学の研究に携わったことだった。地域に貢献することを使命としていたアメリカのランド・グラント大学(現在の多くの州立大学)をモデルとして創設された琉球大学は、地域社会に開かれた高等教育機関を目指し、地域に教育・研究の成果を還元することを目的として設立された背景を持つ。その目的を達成するために、開学当初から重要視されていたのが家政学だったのだという。
「戦後日本の家政学を調査する中で、琉球大学の家政学者たちが地元の人たちにただ知識を伝えるのではなく、琉球の島々に出向き一緒に食事を摂り、衣服をつくり、作物を育ててきたことを知りました。米軍から支給される食糧を少しでも美味しく食べられるように、さまざまな生活の工夫をラジオやわかりやすいイラストで伝えていたことがわかる資料なども見つかった。こうした家政学者たちの実践は、国内の戦争で荒廃した地域で数多く見受けられます。地域と共生し、生活改善のために知識やスキルを役立てる。これこそが大学に求められている姿だという発見がありました」
地域社会の実情に触れることは
これからの生き方を考える上で不可欠
石渡教授は2024年に健康福祉学群長に就任し、地域社会と連携したカリキュラムの作成に携わってきた。ここには、留学時代に地域に根ざした実践的な学びを経験したこと、そして家政学の研究を通じて見えた大学のあるべき姿が反映されている。
「私がカリフォルニアで痛感したのは、『目の前で困っている人を助けられないこと』に対する悔しさです。学生たちが地域社会と真摯に向き合えば、当然ながらそうした無力感を抱く局面もあるでしょう。しかし、そうした経験こそが重要です。地域の実情に触れることが、一人ひとりのより良い生き方を追求する上で大きなヒントをもたらしてくれるはずです。地域に貢献するために自分たちに何ができるのかを考え、実践する場として、大学は地域と連携した学びを提供すべきだと思います。そして、私自身もこれまで学んできたことから、学生たちに考えるきっかけを与え続けたいと考えています」
教員紹介
Profile

石渡 尊子教授
Takako Ishiwata
1993年、カリフォルニア州立大学フレズノ校卒業。1996年、玉川大学大学院文学研究科教育学専攻修士課程修了。2001年、桜美林大学大学院国際学研究科博士後期課程満期退学。2018年、同大学より博士(学術)取得。大学基準協会非常勤研究員、立教大学大学教育開発・支援センター学術調査員を経て、2006年より桜美林大学専任講師を務め、准教授を経て2018年より健康福祉学群教授。2021〜2023年健康福祉学群学群長補佐。2024年4月より健康福祉学群長に就任。日本家政学会家政学原論部会「常見研究奨励賞」(2008)、「亀髙学術出版賞」(2020)受賞。
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