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高齢者の「転倒予防」と「うつ予防」に取り組む
超高齢社会・日本で注目されるキーワード「介護予防」
「超高齢社会」を迎えた日本において、高齢者の健康寿命の延伸は、重要なテーマのひとつだ。ここでよく耳にするキーワードが「介護予防」。これは、高齢者が要介護状態になるのを防ぐ、または、すでに介護が必要な人の状態がこれ以上悪化しないようにするための取り組みや支援を指す。高齢者の健康維持をテーマに研究を行う健康福祉学群の新野直明教授も「介護予防」を軸として、幅広い調査・研究に取り組んできた。
「専門は老年学です。現在は、桜美林大学の大学院老年学学位プログラムの教員も兼ねながら、さまざまな研究に取り組んでいます。『介護予防』のなかで特に力を入れているのが、『転倒予防』と『うつ予防』に関する研究です。いずれも高齢者にとって非常に身近な問題であり、互いに密接に関係しています。例えば、転倒が原因で活動量が減り、うつ状態に陥ることがありますし、うつによって体を動かす意欲が下がり、転倒のリスクが高まることもあります。私は医師として、臨床にも立ち合いながら、“疫学的”にこの分野の研究を行っています」
大学院時代の専門は「疫学」や「公衆衛生学」
医師免許を持ち、医学博士でもある新野教授は、もともと「疫学」や「公衆衛生学」を専門としていた。この分野では、集団を対象に病気の発生頻度やリスク因子を調べる研究手法を用いる。
「1980年代後半から1990年代初頭にかけて、まだ転倒予防という概念が一般に広まっていなかった時代に、私は高齢者がどのくらい転倒するのか、どんな場面で起きやすいのか、どんな人が転びやすいのかを調査していました。そして、その結果をもとに、自治体や地域と連携して『転倒予防教室』を立ち上げ、実際の予防活動へとつなげていったのです」
国立長寿医療研究センター室長として
高齢者の転倒予防の全国実態調査を実施
2000年代に入り、介護保険制度が整備されると、「介護予防」という言葉が一気に社会的に注目されるようになる。国が「転倒予防」を介護予防の一環として位置づけたことで、各自治体も積極的に取り組むようになり、当時は先駆的だった新野教授の活動も少しずつ社会の中で標準的なものとなっていく。新野教授らが試みた「転倒予防教室」も現在は、全国各市町村の地域包括支援センターなどで行われているという。
「ほかにも2000年前後には、愛知県にある国立長寿医療研究センターの室長として、全国を対象にした『高齢者の転倒予防を目的とした保健事業に関する実態調査』を行っていました。全国1500以上の自治体に調査票を郵送し、回収した調査結果を分析しました。その結果、自治体担当者の転倒予防に対する重要性の認識や関心は極めて高かったものの、実際に転倒予防を目的とした保健事業を実施している市町村は、全体の約半数に過ぎないことがわかりました。ここでいう保健事業とは、講話や体操などが多数で、こうした状況を健康科学総合研究事業の結果として厚生省(当時)に報告しました。
高齢者の「うつ予防プログラム」の開発にも従事
もう一方のテーマである「高齢者のうつ症状」に関する研究も東京大学の大学院医学研究科に通っていた1980年代からいち早くスタートしていた。当時は、高齢者の「うつ」は見逃されやすい問題で、その有病率や関連因子を明らかにする必要があると新野教授は感じていた。そこで、海外で開発された「うつ症状」のスクリーニングツールを翻訳して、日本の高齢者に適用した調査を行い、症状の発生頻度やリスク因子を明らかにしていった。
「公益財団法人ダイヤ高齢社会研究財団など外部研究機関と協力し、『うつ予防プログラム』の開発に携わったこともあります。これは、ポジティブ心理学の考え方を取り入れた介入手法で、内容としては、うつに関する講義、ポジティブ感情を高めるグループワーク、リラクゼーション法のレクチャーなどを行うもので、効果の検討も行われています」
ポジティブ心理学とは、1998年にアメリカの心理学者マーティン・セリグマンが提唱した新しい心理学の研究分野。従来の心理学が「心のネガティブな側面」の治療・克服に重点を置いてきたのに対し、ポジティブ心理学では、人間の強み、長所、幸福感などに焦点を当てた介入手法などを模索している。「ハッピープログラム」と名付けられたダイヤ財団のうつ予防プログラムも高齢者の幸福感を高めることを目的としており、3か月間のプログラムに参加した高齢者の抑うつ状態、不眠、不安の改善が認められたという。
医学博士として90年代にアメリカ留学も経験
高齢者を臨床で診療しながら研究に取り組んだ学生時代
老年学の研究者である新野教授の独自性は、やはり医師免許を取得していることにあるだろう。北海道大学医学部を卒業後、東京大学大学院医学研究科に進学し、公衆衛生学の博士号を取得。大学院在籍中も認知症など高齢者特有の症例を臨床で見つめてきた。
その後、1990年代前半には、昭和大学医学部(当時)で教員を務めながら、老年医学の分野で有名だったアメリカ・ミシガン大学に留学。現地で転倒研究の延長として高齢者の健康支援について学び、アメリカにおける高齢者ケアの多様性と制度設計に大きな刺激を受けた。そして帰国後、国立長寿医療研究センターで、本格的に「介護予防」に関する疫学的研究に取り組んでいく。
「1990年代当時、医学研究の分野ではアメリカがトップレベルで、日本からも多くの研究者が留学していました。私もここで研究に関するグローバルな視野を得られたと思っています。その後も海外の学会や現地視察を行う機会は多く、海外のトップ研究者と同じ目線で情報交換できるようになったのは、アメリカ留学の経験があったおかげだと思います」
高齢者の健康を守る「多職種連携」を推進する
大学院で老年学学位プログラムの指導を担当
国立長寿医療研究センターを経て、2004年から桜美林大学に赴任し、現在は主に大学院老年学学位プログラムでの指導に力を入れている。学生たちの研究テーマは、嚥下、オーラルフレイル、終末期ケア(エンド・オブ・ライフ)など医療や介護に直結する幅広いテーマを扱っている。これは、医学研究者である新野教授だからこそ担える指導だといえるだろう。
桜美林大学は、日本で唯一、『老年学』を冠した大学院学位プログラムを有している。学際的なアプローチを大切にしているのが特色で、医学、心理学、福祉学、社会学といった多様な分野の教員が集まり、学生に対して幅広い視点からの教育を行っている。新野教授がここで力を入れるのが、研究活動を次世代に引き継いでくれる人材を育成すること。研究者としてだけでなく、現場に出て高齢者と関わりながら、課題を見つけ、解決する力を持った人材を育てたいと考えている。
医療・福祉・社会をつなぐ学際的な老年学を
学んだ次世代の人材を育成したい
「日本は世界に先駆けて『超高齢社会』に突入しています。これは大きな課題であると同時に、日本が世界に向けて発信できる重要な研究テーマであるとも言えます。高齢者の健康を守るためには、医療職、介護職、福祉職、家族や介護者、地域の人々、さらには行政や企業も含めた『多職種連携』が必要不可欠です。学生たちが、医療・福祉・社会をつなぐ学際的な老年学を学び、それぞれの現場で知識を生かして活躍してくれることが私の何よりの願いです。高齢者が弱者ではなく生活者として、様々な場面で、主体的に選択・活動し、健康に暮らせる社会をつくっていきたい。それが老年学に携わる研究者としての使命だと考えています」
教員紹介
Profile
新野 直明教授
Naoakira Niino
1983年 北海道大学医学部卒業。1987年 東京大学大学院医学研究科社会医学専門課程(公衆衛生学)博士課程修了。医師。医学博士。昭和大学医学部勤務時代の1992年に米ミシガン大学に客員研究員として留学。その後、国立長寿医療研究センター室長を経て、2004年より桜美林大学に赴任。現在は健康福祉学群教授に加え、大学院老年学学位プログラムの担当教授も兼ねる。専門は老年学、老年医学、社会医学。
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