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長距離選手から
ランニングを研究する道へ
走ることは「習慣」だった——長距離走に魅了された学生時代
日本には約900万人の市民ランナーがいるとされ、年間のフルマラソン大会の開催数は90大会以上、完走者は年間約33万人にのぼるという※。これほどまでに多くの人々が走ることに魅了されるのはなぜなのだろうか。
健康福祉学群の山本正彦教授も、そんな「走ることの魅力」に取りつかれた一人だ。山本教授が本格的に陸上競技を始めたのは高校時代。中学ではバスケットボール部に所属し、持久力には自信があったことから、高校では陸上部に入部し5000mの長距離種目を選んだ。そして陸上部には、500m走で当時の日本タイ記録(以前日本陸連では1500m走の途中の1000m、800m走の途中の500mを計測していた)を樹立した木戸幹夫先生がいて、その姿にも強く心を動かされたという。高校で走るきっかけに出会い、さらに大学でも走り続けた中で、関東インカレ(関東学生陸上競技対校選手権大会)にも出場。箱根駅伝がTV放映され始めた時期とも重なり、大学駅伝が注目されているなか、山本教授自身ももちろん憧れを抱くようになったという。
「箱根駅伝の予選会は、現在はハーフマラソン形式ですが、当時は20km走。各大学から14人が選抜され、上位10人の合計タイムで順位が決まります。現在の開催地は立川の昭和記念公園ですが、私の頃は大井埠頭が舞台でした」
チームは残念ながら、あと一歩、もう二歩くらいのところまで位置付けたが、本選出場は叶わなかった。
「当時、同級生から『そんなに走って何が楽しいの?』とよく聞かれました。私は、『毎日お風呂に入るようなもの』と答えていました。楽しいというよりも“日々の習慣”だったのです。お風呂に入らずに一日を終えると違和感があるように、走らないと気持ちが落ち着かない。走ることは習慣の一部なのです」
現在では、走ることで分泌されるBDNF(脳由来神経栄養因子)と呼ばれるタンパク質やエンドルフィンというモルヒネ状の物質が脳内に分泌されることがわかっており、脳機能の維持や向上に寄与することも知られている。当時と同じ問いを投げかけられたら、いまは「脳が喜んでいる」と答えられるだろう。また「ビールをおいしく飲むために走る」と表現することもあると言うが、山本教授にとってのランニングは何よりも日常そのものだった。
※同一人物が複数回完走した場合は、ベストタイムのみを採用して集計した数字(一般財団法人 アールビーズスポーツ財団)
https://www.r-bies.or.jp/cp-bin/wordpress/wp-content/uploads/2025/06/ceb286bfd9cba7b569e6a7ecf3a87f8b.pdf
箱根駅伝出場は叶わなかったが、指導者の道へ
山本教授が箱根駅伝の予選会に出場したのは、4年間のうち2回だった。現在の条件であれば、本戦出場圏内の順位だが、当時は6位までしか本戦に進めなかった。あと一歩に迫りながらも届かない。その“もう少し”の壁の厚さを痛感したと山本教授は語る。大学卒業後は一般企業に就職するが、同時に上智大学陸上部の長距離コーチも務めることになった。
「長距離コーチを探していた上智大学の関係者から、知人を通じて声がかかったのです。当時は自分自身も体力があり、指導は週末だけという条件だったので、引き受けることにしました。中・長距離の部員は男女合わせて10名ほど。なかには『3年生になりますが、大学では一度も試合に出たことがなく、ランニングパンツもはいたことがないんです』という女子選手もいたほどでした」
“たくさん走る”だけではない——効率的に成長させるための試行錯誤
1960年から1980年代にかけて、長距離走のトレーニング理論は2つの潮流があった。ひとつはニュージーランドのアーサー・リディアードによるもの。もうひとつはオーストラリアのパーシー・セルッティのスタイルである。
「リディアードは、1週間に100マイル(約160km)走るという、有酸素能力を鍛えて、その上に速く走る能力を乗せていくというメソッドをとります。この方法は日本人の国民性とも相性が良く、1964年東京五輪の前には、日本の代表選手たちが実際にニュージーランドで合宿を行うほどでした」
一方のセルッティは、従来の枠にとらわれない自由な発想を持ち込み、長距離選手にもウェイトトレーニングを導入するなど、当時としては斬新なアプローチを試みた指導者だ。山本教授は、そうしたセルッティの思想に強く惹かれたという。
「セルッティの著書『陸上競技チャンピオンへの道』には、単なる練習方法だけでなく、哲学的な視点も織り交ぜられていて、非常に興味深かったですね。また、セルッティの理論は私の現場の事情とも合致していました。上智大学の学生たちは学業との両立が求められ、長時間の練習には限界がありました。英字新聞を試合会場に持参するような学生もいて、効率を意識する必要があったのです。そこで辿り着いたのが、単に距離を走るだけでなく、自然主義者であるセルッティが好んだように、山のなかや起伏のある場所を使ったトレーニング、今で言うトレイルランニング的な方法を試すことでした。とくに合宿では、自然環境を活かした練習を重視していましたね」
また、山本教授が意識していたのは、「試合で選手が本当に全力を出し切れているか」という点だった。全力とは何か。その基準は何か。実は、それらは生理学的に考えても面白いトピックだという。そうした問いは、現在の研究テーマとも深く結びついている。そのなかで、結果を出してくれたのは、「ランニングパンツもはいたことがないんです」と山本教授のもとにきた女子学生だった。少しずつ走力を伸ばし、ついには10000mで関東学生選手権の出場権を獲得。36分台という当時としては高水準の記録をマークし、全日本選手権への切符も手にした。
「その女子選手とは今でも連絡を取っています。初めてランニングパンツをはいた選手が、懸命に努力を重ね、ひとつの成果をつかんでいく。そんな姿は、指導者として何よりもうれしいものでしたね」
呼吸筋に注目して
ランニングを科学する
黒から灰色、そして白へ
ある日、群馬大学で教鞭を執っていたランニング学の第一人者・山西哲郎先生から、山本教授に突然の電話がかかってきた。「今から大学に来られますか?」と声をかけられ、すぐに前橋キャンパスに足を運んだ。
山西先生もまた、セルッティのトレーニング理論に共鳴する一人だった。研究室の本棚には彼に関連した著書が並び、哲学的な視点から「走ること」を探究する姿勢に何かを感じたという。
「その時、先生からこう言われました。『これからの時代は、監督やコーチが“白だ”と言えば黒いものでも白になる、そんな指導ではいけない。どうすれば黒から灰色、そして白に近づけるかを考えられる人が必要です。その勉強をしに来ませんか?』と。私はそんな言葉に深く感動して、仕事を辞め、大学院に進学することにしたのです」
もともと「走ること」について深く考えるのが好きだった山本教授にとって、学問としてランニングを探究することは、自然な流れだったのかもしれない。今でも恩師であるという山西先生の一言は、まさにその背中を押すきっかけとなったと語る。
呼吸筋が持久力の鍵を握る?
大学院では、さまざまな授業を通じて「ヒトの身体の奇跡」に触れることとなった。とくに生理学の講義で聞いた心臓の働きは、山本教授にとって強い衝撃だったという。
「心臓のポンプ機能は、一回の拍出でおよそ70mlの血液を送り出します。それが1分間では約5リットル、単純に計算して1日ではなんと7,000リットル以上になる。血液は水よりも目方があるので、重さにして7トンを越えるのです。血液が送り出され、再び心臓に戻るまでにかかる時間はおよそ20秒。こうした精巧で持続的な働きを考えると、ヒトの身体は本当に奇跡のかたまりだと感じました」
マラソンには持久力が不可欠だが、その持久力にどのような生理的要素が関与しているのか。大学院での学びのなかで、その核心に迫ろうと山本教授は考えた。当時のスポーツ生理学では、AT(無酸素性作業閾値)を中心に、呼気ガスや血中乳酸濃度の測定が主流だった。しかし山本教授の目を引いたのは、「マラソン後、呼吸筋が疲労し、それがパフォーマンスの制限因子となり得る」と結論した論文だった(Loke,1982)。呼吸筋とは、呼吸動作に関わる筋群の総称で、吸息に使われる横隔膜や外肋間筋、呼息に使われる内肋間筋などが含まれる。
「個人的にも、選手として30km走などの走り込みをした後は“呼吸が疲れている”感覚があったのを思い出しました。脚が疲れるのではなく、呼吸が疲れるとは何なのか? 心肺機能が劣っているだけなのか? 一生懸命に記録を追いかけている頃には、疑問を解決する術を持たなかったのです。『心肺機能が弱いからだろう』『脚力がないからだろう』と単純に考えていました。一方で、当時の研究としては“呼吸は疲労しない”、“パフォーマンスを制限する要因ではない”とも考えられていました。注目されていたのは主に循環器系であった。しかし、Lokeらによる1982年の論文を読むなかで、呼吸筋そのものを鍛えることが、持久性のパフォーマンスに影響を与えるのではないかと考えるようになったのです」
ちょうど修士論文のテーマを決める時期だったので、山本教授は群馬大学の目の前にあった小学校の協力を得て、高学年の児童に持久走を実施。その前後で呼吸筋機能や肺機能を測定し、タイムの速い子と遅い子の呼吸筋力を比較した。
「結果として、持久走の速い児童ほど呼吸筋が強いことがわかりました。走行後の肺機能や呼吸筋力にも顕著な低下が見られ、“走ると呼吸筋も疲労する”という実感がデータとして裏付けられた瞬間でした。当時、呼吸筋トレーニングは主にCOPD(慢性閉塞性肺疾患)や喘息など、呼吸器系の疾患を持つ方々へのリハビリ手法として行われていましたが、スポーツ選手への応用はまったく進んでいませんでした。しかし呼吸筋を鍛えることができれば、アスリートのパフォーマンスも向上するはずだと確信しました」
“呼吸”の重要性が見え始めた1990年代
1990年代になると、持久性運動の後に呼吸筋が疲労すること、さらにその呼吸筋をトレーニングすることでパフォーマンスが向上するという研究報告が、国内外で発表され始めた。そのなかで、山本教授は2つのことに注目した。
まず呼吸筋の酸素消費の割合だ。全身の酸素消費量のうち、呼吸筋が占める割合は、有酸素運動と無酸素運動の境界にあたる「換気性閾値(VT)」付近でおよそ4%程度だが、疲労困憊状態に達するような高強度運動になると、その割合は全身の酸素消費量のうち10~15%にも達する(Johnson, 1992)。これはすなわち、呼吸筋が消費する酸素量を抑えることができれば、その分を主動筋、たとえば長距離走では下肢などの筋に回すことができるかも知れないということだ。
「もし激運動中に呼吸筋が消費する10〜15%の酸素うち、わずか数パーセントでも脚に酸素を届けられたら、ラストスパートで違いが出るはず。呼吸筋を鍛える意義は、極めて大きいと思いました。そして、次に重要なのが、Harmsらによる実験(1997)です。自転車運動中の被験者に、マウスピースを装着して換気制限を加えると、脚部の血流量が明らかに減少し、その制限を解放すると血流量は回復する、という報告でした。これは、運動においても呼吸が優先されるという事実を示している。だからこそ、ランニングにおいても、常に『呼吸をどう確保するのか』『どのように使うのか』という視点を持っておく必要があると感じたのです」
なぜ苦しくなるのか。なぜ後半で急激にパフォーマンスが落ちるのか。単に脚や筋肉の末梢疲労としてではなく、「呼吸のエネルギー需要」や「呼吸筋の疲労」という視点から見ることで、まったく新しいランニングの世界が開けてくる。
ちょうどその頃、2000年のシドニーオリンピックでスイスのトライアスロン選手、ブリギット・マクマホンが呼吸筋トレーニングを取り入れ、金メダルを獲得したというニュースが世界に報じられた。これには山本教授も非常に刺激を受けた。
「呼吸筋トレーニングにはいくつかの方法があります。たとえば、マウスピースを咥えた状態で圧力をかけて呼吸の力強さを鍛える方法。他方、肺活量の半分ほどの容量の袋(バッグ)を器具の先に装着し、袋に溜まった二酸化炭素を含んだ空気と器具の外から得るフレッシュな空気を過換気することで呼吸筋の持久力を鍛える方法もあります。これらによって、横隔膜や肋間筋といった筋肉を鍛えていくのです。そして、呼吸筋トレーニングがパフォーマンスに好影響することが周知されるようになり、ますますこのテーマは面白いと思うようになりました」
「フラット着地(走法)」は
山本教授が命名した!?
研究活動とともに、走ることの魅力を社会へ広げる環境づくり
群馬大学大学院修士課程を修了後、山本教授は順天堂大学大学院博士課程に進み、呼吸筋に関する研究をさらに深めた。所属したスポーツ医学研究室では、河合祥雄先生との出会いも刺激であった。心臓医の河合先生からは、物事を俯瞰的に見る大事さを教わった。スポーツの常識と世間の常識が一致しているのかどうか、考えるようにもなったという。その頃、スピードスケートの選手や一般学生を対象に、呼吸筋トレーニングの効果を検証。30秒間の全力運動でも、呼吸筋を鍛えるとトレーニング効果があることが実感できた。呼吸筋を鍛えることの重要性は長距離走の選手だけでなく、短距離やパワー系競技にも通じるのではないか、という仮説を持つようになった。
呼吸筋を鍛えることの研究は、結論に達したとは言えない。とくに、アスリートを対象にした研究は少ないからだ。今はスポーツ(運動)生理学の第一人者である、富山大学名誉教授の山地啓司先生が呼吸筋トレーニングに興味を持って下さり、共同で研究に取り組んでいる。
大学教員を歩む一方で、山本教授はランニング学会にも所属。2004年には、大塚製薬の協賛を得て、アミノバリューランニングクラブが全国規模で展開された時、神奈川のクラブを任されることになった。
「『初心者・初級者をフルマラソン完走へ』というコンセプトのもと、科学的な知見にもとづく講義と実技指導を通じて、ランニングの正しい普及を目指す機関でした。当時は2007年の東京マラソン開幕を前に、空前のマラソンブーム。しかしその裏では、企業の実業団チームの解散が相次ぎ、選手たちの受け皿が不足しているという状況もありました。2006年には日産自動車が陸上部を廃部にし、大きなニュースになりましたが、そうした選手たちに新たな活躍の場を提供したいという想いも、クラブ設立の背景にはありました。実際、元実業団選手がコーチとして活動する機会も設け、私はクラブの代表として、多くの市民ランナーと関わることになりました」
“上手”に走れば記録は伸びる!
アミノバリューランニングクラブ in 神奈川県は当時、約200名の会員が在籍。競技経験者から、長距離を走ること自体が初めてという人まで、さまざまなバックグラウンドの市民ランナーが集まった。そうした多様な参加者に対し、山本教授は「走ることをどう捉えるか」という根本的な問いに向き合った。
「マラソンにおける評価軸は、一般に『速い・遅い』や『楽しい・苦しい』などに限定されがちです。しかし、そこに『上手に走る』という視点を加えることで、走る世界に奥行きが生まれるのではないかと考えました。そして、“上手”の出発点は、正しいフォームにあります。テレビ中継されるレースで、トップランナーたちの走りを観察すると、“重心の真下で着地する”という意識が感じられます。これはエネルギーのロスを抑えた効率的な走りの基本です。正しいフォームは、速さだけでなく、疲労の軽減やケガの予防にもつながる。“上手に走る”ことを意識すれば、市民ランナーの走りも大きく変わっていくはずだと思いました」
この考えの原点は、2002年。当時、雑誌『ランナーズ』でたびたび原稿を執筆していたが、あるとき編集部から「読者はトレーニングには関心があるが、フォームにはあまり興味を持たない」と言われたことがあった。その時ふと、速く走っている選手の足元に注目すると、これまで教科書的に言われていた「かかと着地」ではなく、足裏全体をフラットに着地させていることに注目したという。
「そんな気づきをもとに『フラット着地』という言葉を使って原稿を書いたところ、その言葉が『高橋尚子のフラット着地』として雑誌タイトルに出ました。そして、ちょうどその直後に高橋選手がベルリンマラソンで優勝。世界新記録を出した前年に続いての連覇でした。さらに、解説の増田明美さんが『高橋さんは、フラット着地』と口にしたことで、『フラット着地』という言葉が一気に注目を集めました。これも非常に大きかった」
今では「ミッドフット走法」という表現で広く知られているが、「それを最初に提唱したのは、実は私なんですよ」と山本教授は笑う。こうした知見や経験を、山本教授はアミノバリューランニングクラブの活動を通じて、多くの知見を市民ランナーに還元していった。
体力測定がマラソン選手の能力を引き出す
山本教授がアミノバリューランニングクラブの代表を務めていた頃、会員とともにホノルルマラソンに参加する企画が5年間ほどあったという。40歳を過ぎた当時、自らもフルマラソンに挑戦するにあたり、まず体力測定を実施。呼気を計測する機器を装着し、ランニングマシン上で最大酸素摂取量(VO₂max)を測定した。
測定結果から導かれた予想タイムは3時間9分53秒。そして実際に走った本番の記録は、3時間11分01秒。誤差はわずか1分8秒という精度の高さに、山本教授は体力測定の科学的な有効性を実感したという。
「筋肉量や酸素摂取量などを分析すれば、その人が出せるパフォーマンスの目安がわかります。トレーニングも、その数値に合わせて効果的に組むことができる。体力測定がランニングに大きく活かせると強く感じた出来事でした。今では体力測定を駆使して陸上競技団体をご支援する機会もあります。その後、アミノバリューランニングクラブは複数企業の協賛を得てNPO法人として発展。私は代表の役を終えたものの、クラブは現在も継続的に運営されています」
ランニングの時間が
想像力や感性を育ててくれる
「全力」と「非全力」の両極端の運動から、走る世界のさらなる魅力を探る
現在、山本教授は「非全力」と「全力」をテーマに研究している。まず「非全力」、すなわち低強度の運動として注目しているのがノルディックウォーキングだ。これはポール(ストック)を使って歩行を補助し、全身の運動効果を高めるフィットネスエクササイズだ。
「ポールを持って歩くだけで、通常のウォーキングに比べてエネルギー消費が約20%も高くなると言われています。歩く速度を変えずに運動強度を高めることに、新たな可能性があるのではと感じています。ゆっくり動くことの意味を深く探りながら、誰もが運動を楽しめる世界にどう近づけるかを考えたいのです」
一方で、真逆の「全力」を出し切る運動への関心も尽きない。マラソンをはじめとする持久系競技では、かつては最大酸素摂取量(VO₂max)がパフォーマンスの指標とされていたが、近年では「その最大値が出ているときに、どれほど速く走れているか」がより重要視されているという。
「エンジンとしての有酸素能力をいかに高められるか、そしてそれをどれだけ効率的に使えるか。つまり、経済的に速く走る“走効率”も問われています。長く走る能力と速く走る能力、その両立のためには、低強度と高強度、両方のトレーニングが必要です。ただし、それだけでは“全力を出す”という行為の本質には届かないと感じています」
たとえばマラソンにおいて、選手たちは42.195kmをいかに配分よく走り切るかを考えるが、それは必ずしも「全力を出している」とは言いきれない。「全力」の定義は単純ではなく、評価の物差しも多様であるべきだというのが山本教授の考えだ。
「ノルディックウォーキングのような低強度の動きと、トップアスリートの全力走。この両極の運動を見つめ直すことで、見えてくるものがあるはずです」
現在、山本教授は一般財団法人アールビーズスポーツ財団の代表理事も務めており、ランニングの普及活動にも尽力している。自身の研究成果や経験をもとに、走ることの奥深さや面白さを社会に還元していきたいと山本教授は語る。
「私自身、走るようになってから、世界の見え方が広がったという感覚があります。身体を動かすと、感情が動き、内面の景色も変わる。今は“タイパ”や“コスパ”が重視される時代ですが、無駄に思えるような長い距離を走る・長い時間を走ることや、我慢や苦しさのなかにある“寄り道”こそが、人の想像力や感性を育ててくれるのだと思います。そうした価値感を、もっと多くの人に考えてほしいし、知ってもらいたいですね」
教員紹介
Profile
山本 正彦教授
Masahiko Yamamoto
1966年神奈川県生まれ。順天堂大学 スポーツ科学研究科 博士課程単位取得満期退学。2022年、桜美林大学に着任。スポーツ生理学(運動生理学)をもとに、大学院時代から呼吸(筋)の研究を開始。また、陸上競技(長距離走)の選手だった経験から、歩いたり、走ったりすることに関連した研究も行っている。著書は、単著『上手に走れば記録が伸びる』(ランナーズ,2009)、編著『スポーツにおける呼吸筋トレーニング』(ブックハウスHD,2023)、共著『ありそうでなかった「マラソンの教科書」』(ランナーズ,2010)『正しいマラソン』(ソフトバンク新書,2017)ほか多数。
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