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骨代謝マーカーを用いた
スポーツ医学の研究が専門
疲労骨折の早期発見と予防を目指して
古くなった骨を壊し、新しい骨を形成する体内のプロセスを「骨代謝」と言う。この過程で血中に放出される物質の量を測定した指標化したものが「骨代謝マーカー」だ。この指標を用いることで、骨の健康状態や代謝のバランスを詳細に把握することが可能となる。健康福祉学群の若松健太准教授は、骨代謝マーカーを用いたスポーツ医学の研究を専門としている。
骨代謝のバランスが崩れると、骨粗鬆症のような疾患を引き起こすリスクが高まる。特に、骨を形成する働きが骨を破壊する働きに追いつかなくなると、骨がもろくなり、外力に弱くなる。このような病態に早期から対応することは、スポーツ選手にとっても重要である。
若松准教授の研究は、この骨代謝マーカーをスポーツ医学に応用し、特に疲労骨折の早期発見と予防をテーマとしている。例えば、近年では厚底のランニングシューズが骨代謝に及ぼす影響や、それが怪我につながる可能性を調査する研究に取り組んでいる。
厚底ランニングシューズが骨代謝に及ぼす影響を調査
陸上長距離競技では、近年の好記録を支える要因の一つとして厚底ランニングシューズが注目されている。厚底ランニングシューズは、クッション性と軽量性に優れた素材でカーボンファイバープレートを挟み込んだ構造を持ち、地面を蹴った際の反発力を効率よく推進力に変えることで走行パフォーマンスを向上させるよう設計されている。箱根駅伝などの陸上長距離種目の大会では、2017年にNIKEが販売を開始して以来、厚底シューズの使用が広く普及していることは周知のことだろう。
一方で、パフォーマンス向上が身体への負荷増加を招く可能性も指摘されている。「走速度の向上により、地面からの反発力が骨や他の運動器官に与える影響が大きくなる可能性があります」と若松准教授は説明する。この問題に答えるため、厚底シューズと薄底シューズの骨代謝への影響を比較する研究を実施した。
厚底と薄底のソールを比較する実験
「一般成人男性9名を対象に、『厚底ランニングシューズ』と『薄底ランニングシューズ』においてそれぞれ3回ずつ骨代謝マーカーの測定を行いました。具体的には、初回は骨代謝マーカーのプレ測定を行い、その1週間後にランニングを行なっていない状態で2回目の測定を実施。そして、そこから1週間にわたり総走行距離40~50km、走速度は1kmあたり5分50秒~6分30秒でランニングしてもらい、3回目の測定を行いました」
結果として、同じ走行距離や速度条件下では、シューズのソールの違いが骨代謝に与える影響に有意な差は見られないことが示唆された。この知見は、ランニングシューズだけでなく、怪我の早期発見や予防に関わる要因が他にも存在する可能性を示している。
スポーツ選手にとって怪我は選手生命を左右する重大な課題だ。若松准教授は、骨代謝マーカーを用いた研究によって、怪我の早期発見と予防に寄与し、選手が長期間にわたり高いパフォーマンスを維持できる環境を提供したいと考えている。今後も、骨代謝マーカーを活用した研究は、スポーツ医学の発展に貢献し、アスリートの健康と競技成績向上を支える基盤となるだろう。
医療業界で10年以上の勤務経験
プロスポーツチームの臨時トレーナーも務めた
大学で聞いた講演が人生の転機に
卒業後、国家資格取得を目指す
初めてスポーツに触れたのは幼少期のこと。北海道出身の若松准教授が4歳で野球を始めたとき、最初に教えてくれたのは幼馴染であるGLAYのTERUだった。小学生時代にはTERUと同じスポーツ少年団に所属していたという。その後、中学・高校を通して野球に打ち込み、大学進学に伴って上京。体育教師を目指し、子どもたちに運動の楽しさを伝えることを夢見ていた。
転機が訪れたのは大学3年次のときだ。トップアスリートを支える鍼灸師・白石宏さんの講演を聞いたことがきっかけだった。白石さんは、バルセロナ五輪で銀メダルを獲得した有森裕子選手や、陸上選手のカール・ルイス、テニス選手のジョン・マッケンローら著名な選手を支えたトレーナーとして知られる人物だ。
その講演を聞き、「鍼を打てる体育教師になれたら面白いのではないか」と考えた若松准教授は、大学卒業後に北海道に戻り、整形外科や整骨院で働きながら夜間の専門学校に通い、はり師・きゅう師、柔道整復師などの国家資格を取得。その後、整形外科や整骨院で約10年間勤務を続け、患者の身体に触れるなかで、身体の仕組みを研究することへの関心が芽生え、東京で大学院に進学することを決意する。
大学院での研究と並行して
楽天ゴールデンイーグルスの臨時トレーナーを経験
大学院進学後、若松准教授は遺伝子検査を活用した研究を志していたものの、研究室の方向性とのギャップに直面し、新たな挑戦の道を模索することとなった。そんななか、研究室の先輩から「医学博士を目指す道がある」と助言を受け、この言葉をきっかけに、スポーツ医学という新たな分野に挑戦することを決意する。
「世界陸上の日本代表チームドクターなどを務めた櫻庭景植教授の指導を受けるため、医学博士課程に進学しました。ここで現在の専門である骨代謝マーカーを用いた疲労骨折の研究がスタートしたのです。また、博士課程に進学する直前には、プロスポーツの現場に触れる機会にも恵まれました」

若松准教授は、修士課程2年の終わりに、すべての単位を取得し、博士課程への進学が決定していた。その時期、知人から楽天ゴールデンイーグルスの臨時トレーナーを募集しているという情報を得る。これまで整形外科や整骨院で約10年にわたり臨床経験を積んできたことから、プロスポーツの現場での新たな挑戦に興味を持ち、応募を決意。その結果、これまでの経験と専門知識が評価され、見事に採用された。久米島で行われる春季キャンプに臨時トレーナーとして参加することになったのだ。
この臨時トレーナーの勤務は、正式採用の試験も兼ねていたが、博士課程への進学が決まっていたため、約3か月間の短期勤務で終了。しかし、この経験を通じて、選手たちのコンディショニングに深く関わることで、スポーツ医学の実際の現場に触れることができただけでなく、聖澤諒選手との交流が現在の活動にも大きな影響を及ぼすこととなる。
「本気の草野球」を通して
人生を豊かにしてくれた野球に恩返し
草野球チームを一般社団法人化し、社会貢献の場へ
「はじめは関東のどこかの草野球チームに加入することを検討していましたが、2006年の第1回WBCの優勝に感銘を受け、『自分たちのチームを作りたい』と思ったのです。そこで、北海道での活動と同様にジャンクベースボールクラブを発足しようと考えました。チーム名の頭文字“J”を侍ジャパンにちなむ“J”と考えて、ユニフォームも侍ジャパンを参考にデザインしました。また、現在も北海道のチームは姉妹チームとして存在しています」
当初は少人数で自由に野球を楽しむ草野球チームだったが、若松准教授が楽天ゴールデンイーグルスの臨時トレーナーを務めた経験が、チームの方向性を大きく変えるきっかけとなる。このとき交友を深めた聖澤諒選手の紹介で、彼の大学時代の同級生たちがチームに加わり、競技力が向上。草野球大会でも好成績を収める強豪チームへと成長したのだ。そして2018年、チームを一般社団法人化する決断をする。
「2010年代後半から野球人口の減少が顕著となり、その課題に対して何かできないかと考えていました。野球は仲間との絆や運動することの楽しさを与えてくれ、人生を豊かにしてくれた存在。その恩返しをしたいと思ったのです。当時はYouTubeやSNSでの情報発信が注目されていた時期でもあり、こうした発信を活用しながら地域社会を巻き込む活動を始めました。その過程で、女子野球ワールドカップ出場経験のある六角彩子さんとSNSを通じて出会い、『Baseball5』という新しい形の野球を知ったのです」
新しいストリート競技「Baseball5」とは?
試合は、攻撃と守備を交互に行う1イニングを5回繰り返し、1試合が終了。ただし、ワールドカップなどの国際大会では3セット制を採用しており、5イニングを1セットとし、2セットを先取したチームが勝利となる。
「Baseball5の特徴は、ジェンダー・バランスに配慮したルールです。1チームは5人で構成されますが、そのうち2人以上は男性、2人以上は女性でなければなりません。また、ワールドカップのような3セット制では、各セットで異なる男女比を採用する必要があります。例えば、第1セットで『男3・女2』の編成を採用した場合、第2セットでは『男2・女3』にする必要があります。第3セットについては男女比の制限はありません」
「Baseball5」を普及させ
スポーツを通じた共生社会を実現したい
侍ジャパンとして「Baseball5」の世界大会に挑戦
「ジャンクの“J”は侍ジャパンの“J”と冗談で言っていましたが、本当に侍ジャパンになってしまうとは不思議なものです。決勝戦では再びキューバと対戦。彼らの堅実なプレーを崩すことはできませんでしたが、準優勝という結果を残せました。また、異文化交流という点で非常に多くの学びを得ました。ワールドカップには、日本やフランスといった先進国のほか、南アフリカやチュニジアなど発展途上国からも参加があります。試合後に行われるユニフォーム交換では、日本の高品質なユニフォームを手渡すと非常に喜ばれるのです。こうした交流を通じて、物を大切にしないといけないという気持ちはもちろんのこと、スポーツが持つ文化的な価値や、日本という安全な環境でスポーツを楽しめていることのありがたさを改めて実感します」
Baseball5は、学校教育における一つの選択肢になる

「授業は、体育の先生を目指す学生たちも履修しています。Baseball5は道具がほとんどいらず、ルールも簡単なので、学校の授業での指導にも適しています。運動が苦手な子どもたちにもアプローチしやすい点が非常に有用だと思います。体育を教える側にとって、Baseball5を知ることは教育の選択肢を広げる重要な一歩になるはずです」
スポーツ医学の分野からトップアスリートを支援するだけでなく、多くの人々にスポーツの楽しさを伝えることにも力を注ぐ若松准教授。誰もがスポーツを楽しめる社会の実現を目指して、若松准教授の挑戦は今後も続いていく。
教員紹介
Profile

若松 健太准教授
Kenta Wakamatsu
1975年、北海道生まれ。順天堂大学大学院 医学研究科 スポーツ医学専攻 博士課程修了。博士(医学)。日本体育大学 体育学部 助教、神奈川大学 経営学部 非常勤講師、日本体育大学 体育学部 非常勤講師、明治学院大学 教養教育センター 非常勤講師、帝京平成大学 ヒューマンケア学部 非常勤講師を経て、神奈川大学 人間科学部 非常勤講師、順天堂大学 スポーツ健康科学部 非常勤助教、上武大学 ビジネス情報学部 専任講師に。その後、桜美林大学 健康福祉学群 専任講師になり、2019年より現職。専門は「スポーツ医学」。2009年には、東北楽天ゴールデンイーグルスの臨時トレーナーを担当した経験がある。第2回「WBSCベースボール5・ワールドカップ」では侍ジャパンBaseball5の代表監督を務めた。
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