メインコンテンツ
社会的養護とは?
児童養護施設出身者の
「退所者調査」と「アフターケア」の重要性
保育士を目指す人の多くは、保育所や認定こども園で働くことを想定しているだろう。しかし、保育士資格を有していれば、児童養護施設、乳児院、児童発達支援センター、放課後児童クラブ(学童保育)、病院内保育など、勤務先の選択肢は多岐にわたる。現在は「社会的養護」を軸に自らの研究を深めている健康福祉学群の大村海太准教授も、大学卒業後の最初の勤務先として児童養護施設に就職した人の一人だ。
「社会的養護」とはさまざまな事情で保護者と一緒に暮らせない児童を公的責任のもとに社会的に養育するもので、保護者に向けた子育て支援なども含まれる。中でも大村准教授が重点を置いているのは、児童養護施設を退所した子どもたちの「退所者調査」と「アフターケア」だ。
「施設出身者へのインタビュー調査をすると、退所後に水商売を渡り歩いたり、ホームレスになったりする人が一定数います。それは施設出身者以外の方でもあり得る話かもしれませんが、施設出身者は親という最も身近なセーフティーネットがない状態なので、そうした状況に陥りやすい。逆に施設退所後に生みの親が現れ『養ってほしい』と言ってきて、そこから新たな問題が生じることもあります」
退所者調査を行う方法には、主に施設出身者へのアンケートを実施する「量的調査」と、一人ひとりにインタビューを行う「質的調査」の2つがある。このうち大村准教授が主に行っているのは質的調査だ。その背景にも、社会的養護領域における課題があるという。
「アンケート調査は出身施設を通じて施設出身者に連絡してもらうようお願いしますが、施設出身者が意図的に電話番号を変えてしまうなどして、施設も連絡が取れなくなってしまっていることもあり、回答率が著しく低くなってしまいます。連絡がつく場合であっても、『先生は忙しいだろうから』と遠慮して、困ったときに限って頼ってくれないことも多いのです。そうした実態を明らかにし、適切なケアを提供するためにも、私はいろいろな人からの紹介をもとに当事者の一人ひとりを当たって話を聞く質的調査を行っています」
社会的養護への関心が高まってきた背景とは?
今でこそ社会的養護領域への関心が広がりつつあるが、大村准教授が児童養護施設で働き始めた2000年代初頭は、施設出身者へのアフターケアの必要性を感じているのは現場のみで、社会からはほとんど注目されていなかった。そもそも児童虐待防止法が施行されたのが2000年であり、子どもの権利や安全を守ろうという意識が育ってきたこと自体、比較的最近のことだと言える。その後、2010年に漫画『タイガーマスク』の主人公「伊達直人」名義で児童養護施設等の子どもに向けてランドセルを贈ることが全国で相次いだ「タイガーマスク運動」や、児童養護施設を舞台にしたドラマなどがテレビで報じられたことで社会的養護領域への関心は少しずつ高まってきた。社会を変えていくには、現場で働く人の声と研究発表等を通じたエビデンスの蓄積、メディア報道、そして当事者たちの声のいずれもが欠かせない。
大学卒業後すぐに児童養護施設に入職
高校時代の子どもとの関わりが原点
「子どもに関わる仕事がしたい」という想いが高じて、大学の保育学科に進学した大村准教授。きっかけは高校時代の子どもたちとの交流にあった。
「私自身はクリスチャンで、小学生の頃から教会に通っていました。高校生になった頃、かつての自分と同じように教会に通ってくる子どもたちが可愛くて、彼らを映画に連れて行ったり、ご自宅に泊まらせてもらったりとたくさんの経験をさせてもらう中で『子どもと関わることを仕事にしたい』という想いが高まっていきました」
大学入学当初は保育士資格取得以外の目標は定まっておらず、児童養護施設という選択肢は想定していなかったという。しかし、大学在学中に体験したさまざまな出会いが、大村准教授を児童養護施設へと導くことになる。
「大学在学中に『“It”と呼ばれた子』という児童虐待を受けて育った当事者による手記を読み、『こんな世界があるのか』と衝撃を受けたことが社会的養護に関心を持ったきっかけです。その後も実習で児童養護施設を訪れたり、『社会的養護』の講義を担当されていた児童相談所の所長さんがリアルな事例を教えてくださったり、別の講義を担当されていた先生に『児童養護施設に興味がある』と伝えたところ、ご厚意でお知り合いの児童養護施設を見学させてくださったりと、さまざまな出会いがありました。学生時代のたくさんの学びを通して、未就学の子どもだけでなく、児童養護施設では18歳までの子どもたちと共に生活をする点に大きな魅力を感じ、大学卒業後すぐに児童養護施設に保育士として入職したのです」
「当事者理解」の必要性を感じ、
現場で働きながら大学院へ
大村准教授が社会的養護領域の最初のフィールドに選んだのは、桜美林大学からもほど近い社会福祉法人基督教児童福祉会バット博士記念ホームだった。同施設は職員全員がクリスチャンであることや、子どもたちが施設で365日“生活”していることを踏まえて職員も住み込みで働く勤務体制など、施設の考え方に共感する部分が多かったのだという。
「外食の機会が限られている子どもたちにおいしいラーメンを食べてほしい」という想いから豚骨を徹夜で煮出して豚骨ラーメンを提供するなど、施設のルールが許す範囲で“自分らしく”子どもたちに関わってきた大村准教授。子どもたちとの関わりが楽しく、充実した日々を送っていた矢先、施設長から大学院進学の話を受けた。
「施設長は職員たちにさらなる学びを推奨してくださる方で『大学院で学んでみませんか?』とお声かけくださいました。児童養護施設で働く中で、福祉領域にあたるソーシャルワークを学ぶ必要性を感じていたこともあり、現場で働きながら社会福祉領域の修士課程修得を目指したのです」
ソーシャルワークとは「社会福祉援助活動全般」を指す言葉で、生活課題の解決や関係機関との連携、当事者の自己決定を促すエンパワメントなど、その活動は多岐にわたる。中でも大村准教授が必要性を感じていたのは「対象者の理解」だ。
「たとえば施設に入所した子について理解するためには、その子の家庭環境を理解しなければいけません。また、施設入所までの経緯をどう受け止めているかも考えなければいけないポイントです。社会的養護の当事者である子どもたちの多くは、親はもちろん友達や近所の人といった“社会”とのつながりを切られて一時保護所に入所し、そこから児童養護施設に入所するという、最低でも2回の分離体験を経験しています。どんな環境だったとしても、それでも親と一緒に生活したいという子もいますし、基本的には本人が望んでいないのにも関わらず、大人の判断で施設に来ているという、『当てのなさ』を想像することで、初めて子どもがとる施設での言動を理解する入口に立てるのです」
児童養護施設で働くには?
保育系の学科に入学して、保育者として働きたいと思っている人にとって、児童養護施設は真っ先に思い浮かぶ選択肢ではないかもしれない。しかし、福祉系の学科でも現場で働き始めてから学ぶことの方が多いため、保育学科を卒業した学生であっても現場で活かせるスキルに大差はないという。ちなみに、保育士免許のほか、保育・福祉・教育系の学部・学科の卒業生であれば誰もが取得できる「児童指導員」という資格を持っていれば施設で勤務できることも多い。大学卒業後すぐに児童養護施設で働く道は、意外にも広く開かれているのだ。
実習中の学生たちが意識すべき「ストレングス」とは?
子どもの強みを見つけることで関係性を育てる
大学院を卒業した翌年から短期大学の講師となり、2019年から桜美林大学で学生たちの指導にあたっている大村准教授。現在は「社会的養護Ⅰ・Ⅱ」をはじめとした講義のほか「保育実習指導Ⅰ・Ⅲ」を担当し、実習課題の添削にも熱心に取り組んでいる。
学生たちを実習先に送り出す際、大村准教授は子どもたちの「ストレングス(強み)」を見つけるように伝えるのだと話す。
「施設に入所する子たちの中には、支援者側から見ると“困った行動”をする子も珍しくなく、支援者はネガティブな側面に焦点を当てがちです。そのため、どうしてもその子の強みが見落とされる傾向がありますが、施設に来る子どもに限らず、人はできないことばかり指摘されると気持ちが滅入ってしまいます。一方で、その子の強みを伸ばすことに着目すると、その子自身がイキイキと過ごせるだけでなく、自分を肯定的に認めてくれる支援者に信頼を寄せやすくなります。そのため、学生たちには『実習中に子どもの強みを1つでも多く見つけてくるように』と何度も伝えているのです」
ここで言う「ストレングス」とは「得意なこと」に限らない。その子どもの「趣味」や「将来への希望」、子どもを取り巻く「環境」などもストレングスに含まれると大村准教授は語る。
児童養護施設業界に貢献したい
生活の場である児童養護施設は
職員も“自分らしく”いられる
児童養護施設で7年間勤務した後に研究者としての道を歩み始めた大村准教授。現在は「社会的養護」の礎を築いた児童養護施設業界への恩義を感じていることから「社会的養護に関わる施設で働く人材を増やすことで恩返しをしたい」と語る。
「保育所や幼稚園への就職を希望している学生の中には、私のように在学中に児童養護施設等での実習を通してそのような領域に関心を持ち始める方もいます。実際に大学の保育学科を卒業後すぐに児童養護施設に就職した学生にインタビューしたところ、『保育所では園児の前で先生をある意味“演じなければいけない”側面がある一方で、児童養護施設は24時間過ごす生活の場であることから“自分らしく”いられた』と語る声が少なくありませんでした。もちろん学生の意向を尊重することは大前提ですが、社会的養護業界の人材不足解消に一役買うためにも、その魅力や重要性を伝えていきたいと思っています」
施設出身者のルーツを知る権利を守りたい
社会的養護の中でも施設出身者の退所者調査やアフターケアに取り組んできた大村准教授が、近年研究者として関心を寄せているテーマは、児童養護施設出身者の誕生から成人になるまでの成長の記録を整理する「生い立ちの整理」だ。
施設退所者の中には、自分がなぜ施設で生活してきたのかという経緯を知らない方もいる。施設の職員が説明しても低年齢ゆえに理解できなかったり、入所中の状況によっては事実を受け止められなかったりするためだ。しかし、多くの自治体では子どもの出自に関する個人情報の開示請求が可能な年齢に期限が設けられており、当事者が情報にアクセスしたいと思ったときにはすでに期限を超えてしまっているケースもあるという。
こうした現状を大村准教授は強く問題視している。
「1989年に国連で採択され、わが国でも1994年に批准した『子どもの権利条約』の第17条では『適切な情報の入手』として自分の成長に役立つ情報を手に入れる権利が保障されています。ですが、どんな理由があったとしても、施設にいる間に自分の生い立ちや、個人情報の開示請求の存在について教えてもらえない状況があるとしたら問題ですし、期限付きではなく、いつでも自分の情報にアクセスできる枠組みが必要だと考えています。今後は施設出身者のアフターケアの一環として『生い立ちの整理』に関する研究に取り組んでいきたいです」
教員紹介
Profile
大村 海太准教授
Kaita Omura
1983年、茨城県出身。大学在学中に児童養護施設での子どもたちとの関わりに関心を持ち、大学を卒業した2006年4月から社会福祉法人基督教児童福祉会 バット博士記念ホームに保育士として入職。さらなる専門性を高めたいと、同施設での勤務をしながらルーテル学院大学 総合人間学研究科 社会福祉学専攻にて社会福祉領域の学びを深め、2012年に同専攻の修士課程を修了した。2019年4月から桜美林大学健康福祉学群の助教に就任。2024年4月より現職。
教員情報をみる<at>を@に置き換えてメールをお送りください。
