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「子どもの権利保障」という観点から「教育」を見つめる
自らの研究をグローバルスタンダードに近づけたい
「子どもの権利を保障するもの」と聞いて、最初に思い浮かべるのは法律かもしれない。しかし、子どもにとってより身近で、価値観形成に影響を与えるのは教育の場だ。健康福祉学群の爾寛明准教授はこのような発想のもとに、子どもの権利保障という視点から教育のあり方について研究している。
直近の論文には、日本の子ども基本法における子どもの参政権保障の特徴をEU政策との比較の中で示した「Features of the guarantee of children's suffrage in Japan's Basic Law for Children - Comparison with EU policy」やコロナ禍の3年間における日本の保育園の対応の変遷について研究した「Changes in the response to COVID-19 of nursery schools in Japan for 3 years」、日本とハワイにおける先住民族のアイデンティティに関する幼児教育カリキュラムを比較した「Comparison of Early Childhood Education Curricula for Indigenous Peoples' Identity in Japan and Hawaii」などがある。
比較対象はEU政策からハワイまで、扱うテーマも子どもの参政権の保障や先住民族のアイデンティティ、コロナ禍の保育園の対応など多岐にわたっているが、いずれも教育を「就学前の子どもの権利保障」という観点から捉えている点において共通している。
また、国内外で論文を年間1~2本発表するなど、次々と研究成果を形にしている。研究へのモチベーションについて、爾准教授は「グローバルスタンダード」という言葉を用いてこのように語る。
「大学教員は常に各分野における最先端にいなければいけません。海外の学会に参加すると世界でどのような研究がなされているのかがわかりますし、自分の研究成果を発表すれば、世界における自分の立ち位置がわかります。実際に学会でアジアにおける事例を見聞きしたことでシンガポールの教育制度に関する論文の執筆に至りましたし、2024年にヨーロッパ乳幼児教育学会に参加した際にドイツとオランダの幼稚園を見学してからは、その先進性に強い関心を寄せています。自分自身をグローバルスタンダードに引き上げたいというのが私の研究のモチベーションであり、大学教員になって以来守り続けている仕事哲学です」
「就学前の子どもの権利保障」の研究に至るまで
基本的人権のあり方に関心を持ち、法学部へ
就学前の子どもを対象とした権利保障のための教育を研究する爾准教授。現在は桜美林大学の健康福祉学群に籍を置く教育領域の専門家だが、高校卒業後の進学先は立命館大学の法学部だった。法学部進学を目指すに至ったきっかけは、小学6年生のときまで遡る。
「公民の授業で、日本国憲法の上に基本的人権の尊重が成り立っていると教わりました。しかし、実際には基本的人権よりも今まで培ってきた家族関係をはじめとした“伝統”や“慣習”に重きを置いていて、基本的人権が損なわれているように感じられることもありました。『すべての国民は、法の下に平等であって』と明示されており、自由と平等を享受できているにもかかわらず、なぜ私たちはそれを捨ててまで縦社会を作っているのか。小学生ながらに大きな矛盾を感じ、興味を抱いたのです」
日本の教育を変えるカギは、
価値観が形成される「就学前」にある
日本における基本的人権のあり方に強い関心を胸に抱き続けた爾准教授は、中学の進路選択の時点で法学部進学を念頭に高校を決め、卒業後はかねてからの希望を叶えて立命館大学の法学部に入学した。しかし、論文を執筆する際に日本語の参考文献がほとんどなく、京都大学図書館や国立国会図書館にまで足を運ばなければならないなど、日本での研究に限界を感じたという。
世界的に通用する水準で、人権について学びたい——。
そう考えた爾准教授は、同大学を卒業後、ニューヨークにあるState university of New York college at Brockportへの留学を決めた。
「現地ではインターナショナルスタディーズを専攻し、国際社会におけるさまざまな問題を多角的に学びました。アメリカへの留学を決めたのは、アメリカの政治を理解したかったためです。アメリカは一般人が建てた国で、さまざまな課題を抱えながらも、国際社会における人権尊重を推進する『人権外交』を行うなど、人権だけは譲らない姿勢を貫いてきました。中でも北東部とカリフォルニアはリベラルな発想をすることから、ニューヨークでの留学を決めたのです」
留学先では言語の壁はそれほど感じなかったというが、それ以上に「生活習慣」や「価値観の違い」に関しての気づきに恵まれたと語る。
「アメリカ人の学生は授業中に発言やディスカッションを積極的に行っていました。また、先生が学生に質問したときに多くの日本人が『先生がどんな答えを求めているのか』を第一に考える傾向がありますが、アメリカ人はそうした発想をせず、自分自身の意見を率直に伝えます。つまり、この国においては自分の考えを持つことが大切にされてきたのだと気づかされました」
では、こうした価値観はどの時点で形成されるのだろうか。そう考えた末に、爾准教授はのちに研究対象となる「就学前の子どもへの教育」にたどり着く。
「たとえば、日本では子どもが『将来は野球選手になりたい』と言っていても、親がより堅実な職業に方向づける傾向があります。日本を変えるには、就学前の教育を変えるしかないと考えたのです」
外国籍の子どもへの保育事例から、
多文化共生の糸口を探る
ニューヨークへの留学を経て就学前の子どもへの教育が大切だと感じた爾准教授は、幼稚園教諭の免許を取得すべく、佛教大学の教育学部に編入学する。その後、同大学の大学院教育学研究科 生涯教育専攻の修士課程に進み、「日本の就学前教育を現場から変えたい」という想いから公立幼稚園の採用面接を複数受けたが、1990年代当時は男性の幼稚園教諭がゼロに近い時代。さらに留学経験や修士課程というキャリアの築き方が“異色”とみなされるなど、現場では受け入れられなかった。
幼稚園教諭になる道が絶たれたと感じた爾准教授は、研究者として日本の人権教育に貢献すべく兵庫教育大学 大学院連合学校教育学研究科 学校教育実践学専攻 学校教育臨床連合講座の博士課程に進むことを決める。そこで、保育の現場にて外国籍の子どもとの間に起きているトラブルについて見聞きしたことも、その後の研究の方向性を定める重要な出来事となった。
「フランス出身の女の子が保育園に入園した際、フランスの慣習に倣ってクラスメイトと打ち解けるためにキャンディを配ったという話を聞きました。しかし、保育園側が『園にお菓子を持ってきてはいけない』というルールのもと、キャンディの配布を制止したそうです。また、日本の保育園では冬場に薄着をさせるのが一般的だったのに対し、中国では冬の屋内でも厚着をする習慣があり、『厚着すぎる』と指摘された中国出身の家族が戸惑ったという話もありました。これらは私たちが外国に行った際にそれまでの習慣を否定されることと同じことですから、彼らが現地の生活に適応できなくなっても不思議ではありません。教育はそもそも文化に影響を受けていることを踏まえると、教育現場において異なる文化にどう相対していくかが重要だと考えたのです」
ある種、日本の価値観を“押し付ける”ような教育が根付いているのはなぜなのか。それを解決するにはどうすれば良いのか。
そうした問題意識のもとにリサーチを重ねる中でたどり着いたのは、「同和保育」だった。同和保育とは、被差別部落の乳幼児期の子どもの基本的人権を尊重すべく行われた保育のことで、被差別部落(同和地区)で暮らす保護者の就労保障や子どもの就学前教育の必要性から、保育所が設置されたことに端を発している。
同和保育が行われる以前は、同地域で暮らす両親は共働きしなければ生活が成り立たず、かつその子どもが入所できる保育所がなかったために、子どもたちは基本的な生活習慣の獲得すらままならない状態だった。同じ日本でありながら、いわゆる“普通”の教育が行き届いていなかった時代がある。その事実に衝撃を受けた爾准教授は、この同和保育を皮切りに、日本の就学前教育における多文化共生の糸口を探り始めたが、その前途は多難であった。
「私が博士課程に在籍していた当時、同和保育を研究していた著名な研究者は、私が知る限り鈴木祥蔵先生と玉置哲淳先生の2名だけで、エリアも大阪近郊に限られているなど、社会的な注目度が低く、文献の数が限られていました。そこでアフリカ系アメリカ人の差別問題の研究に取り組むルイーズ・ダーマン・スパークスの研究論文を読んでいましたが、アメリカではルーツの違いが目で見てわかるのに対し、日本の被差別部落出身者は目で見てわかりにくい。日本の差別には特有の問題があるにもかかわらず、文献が少なく、博士論文の執筆は困難を極めました。日本には被差別部落の問題以外にもアイヌ民族や琉球民族への差別の問題がありますが、なかなか表面化しにくい背景には、そうした理由もあると考えています」
一人ひとりが自分の個性を発揮できる社会を目指して
子どもを「預かる」ではなく「育てる」という意識で
博士課程修了後は、立正大学社会福祉学部人間福祉学科の助手を皮切りに、群馬社会福祉大学の専任講師、昭和女子大学人間社会学部初等教育学科の専任講師など、大学教員としてのキャリアを築いてきた爾准教授。保育士や幼稚園教諭を志す学生たちへの指導に際し、「自己研鑽の意識を持って子どもたちに相対してほしい」と伝えているという。
「私は日本における子どもの権利保障の礎を築くのは就学前教育であり、保育園や幼稚園の教育の質を上げていかなければならないと考えています。そのため、のちに保育士や幼稚園教諭となる学生たちにも子どもを『預かる』ではなく『育てる』という発想のもと、自己研鑽をしていく意識を持つように伝えています。たとえば、授業をただ聞き流すのではなく、疑問に思ったことは自分自身で調べたうえで質問があったら聞きに来る主体性が大切です。大学を卒業してからも現場に出て疑問に思うことが出てきたら、いつでも相談に来てほしいと思っています」
学生に対して自己研鑽の意識を持ってほしいと伝える爾准教授自身も、海外の学会に積極的に参加して研究結果を発表するなど、グローバルスタンダードに自らを引き上げるべく、努力を重ねている。
自らに厳しい目標を課し、常に「就学前教育における最先端」を目指す背景には、何があるのか。爾准教授は「一人ひとりが自分の個性を発揮できる社会」という言葉を用いて、このように語る。
「私が実現したいのは『一人ひとりが自分の個性を発揮できる社会』です。社会制度を個人に適用するのではなく、個人のやりたいことを起点にして生きていける社会のことです。それは結果的に、社会自体が多様性を持ち、多様な人を包摂できる社会につながります。たとえば、現在の日本はテストの点数をはじめとしてあらゆることにボーダーを設けて、条件に満たさない人を能力がないとみなす傾向がありますし、経歴を伝えるときも階級や続けている年数に重きが置かれます。しかし、アメリカでは『野球が得意』と言う人に『いつから始めたの?』と尋ねると、あっけらかんと『昨日から』と答える人も少なくありません。社会によって規定された基準ではなく、自分の中に絶対的な基準を持つこと。誰もがそうした考えを当たり前に持てるような環境を、就学前教育を通じて作っていきたいと思います」
教員紹介
Profile
爾 寛明准教授
Hiroaki Sono
1967年、京都府出身。小学生のときに日本国憲法に触れて、基本的人権の尊重に関心を持つ。1990年に立命館大学法学部を卒業後、アメリカ・ニューヨークの大学にてインターナショナルスタディーズを学ぶ。帰国後に幼稚園教諭免許を取得すべく佛教大学教育学部に編入学。1995年に佛教大学大学院教育学研究科 生涯教育専攻修士課程修了。2000年に兵庫教育大学 大学院連合学校教育学研究科 学校教育実践学専攻 学校教育臨床連合講座 博士課程修了。博士(学校教育学)。立正大学社会福祉学部人間福祉学科助手、群馬社会福祉大学専任講師、昭和女子大学人間社会学部初等教育学科専任講師などを経て、2014年から現職。
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