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多文化体験が育んだ「決めつけない」教育観
100円ショップでの格闘が教えてくれた、子ども理解への試練
東京郊外の100円ショップで、1人の女性が10歳の男の子と格闘していた。
「『これ以上はもう買えないから!約束したでしょ!』と言っても全然言うこと聞いてくれなくて。結局、取っ組み合いになってしまったんです」
健康福祉学群の大條あこ准教授は、25年以上前のある出来事を苦笑しながら振り返る。当時、専業主婦となって子育てをしていた大條准教授はボランティアで国際交流プログラムに参加。毎年、さまざまな国の小学生たちを2週間のホームステイで受け入れていた。100円ショップで片っ端から商品をカゴに投げ入れていくこの男の子は戦争中のアフガニスタンからやってきたのだ。
「その子を預かる中で、『ああ、私は完全に平和ボケしていたのだな』と気づきました。私たちボランティアは戦争中の地域から来る“かわいそうな子どもたち”に、少しでもこの平和な日本を体験してもらいたい。そういう気持ちで来日を待ち詫びていたのです。しかし、生まれた時から戦争中で、殺伐とした環境しか知らない子どもたちは、想像以上に日本にあふれている物質に強い関心を持っていました。それは子どもたちだけじゃなくて、なんと引率役でやってきたアフガニスタンの先生も同じで。皆、お店だけでなくホームステイ先の物も欲しがり、たくさんのお土産を抱えて帰国しました。しかし、今思えばそれも当然のこととわかります。この勘違い体験から、私は子ども理解のためには自分の体験を超えた想像力を持つ必要があることを痛感したのです」
大條准教授は、お茶の水女子大学大学院で「保育者のありかた」を研究し、幼稚園教諭として勤務したのち、結婚。3人の息子を育てながらさまざまな国際支援活動に参加していた。そのうちの1つが、モンゴル、韓国、台湾、中国、ロシア、アフガニスタンなど、アジア10カ国の子どもたちの留学プログラムだった。
「いろいろな国の子どもたちと接して来ました。ロシアの子どもたちは主張が激しく、行動も自由奔放。韓国と台湾の子はほぼほぼ30年前の日本と同じ。大切に育てられているといった印象です。中国の子たちは集団になると引率の先生の指示に一糸乱れず従っていました。
国の文化が子どもに与える影響の大きさに驚くとともに、いろいろな国の子どもたちとの出会いは、毎回「思い込みで子どもを決めつけないこと」への挑戦だったという。
「私たち大人はつい無意識のうちにラベリングをしてしまうけれど、いろいろな背景がありながらも子ども一人ひとりと向き合うと、それは見事に崩れていきます。こちらの思い込みで決めつけてはいけないということを毎回、子どもの姿から学びました」
また、ヒマラヤ山脈を越えてインドに逃れていったチベット難民の研究のため、現地に飛んだこともあった。
「難民となったチベットの子どもたちのドキュメンタリーで、彼らは自分たちを過酷な状況に追い込んだ大人たちのことを『まったく恨んでいない』と話すんです。それはチベット仏教の教えからくる慈悲の心なのかもしれませんが、周りの大人が子どもたちに限りない愛情を注いでいることを直感しました。なぜこうまで前向きでいられるのか、どういう教育があの子たちを支えているのか、それを確認したくて現地に行き、人々の暮らしや小学校を見学させてもらいました」
大條准教授はこうした活動を通じて、多様な文化背景を持つ子どもたちと関わるうち、のちの教育観の核となる視点を得たと語る。それはどんなに子どもの背景へ理解を示しても、目の前の子どもを真に理解するのは容易ではないということだ。
地域の国際ボランティア活動から大学教員の道へ
幼少期から多文化へ関心を抱いていたという大條准教授。結婚後、その関心は地元で見つけた難民支援活動にも向かった。それは難民の方に講師になってもらい、本場の家庭料理を主婦たちに教える料理教室だ。ちょうどエスニック料理がブームだったこともあり、毎回、多くの人が受講し、出来あがった料理を食べながら講師に国の状況を聞く。その時間を通して、難民に関心がなかった人も難民への距離が縮まった。
さらに活動は発展し、難民事業本部の協力を得て日本語講師を約50名養成し、インドシナ難民支援を目的とした日本語教室を自ら立ち上げた。インドシナ難民とは、ベトナム戦争終結後の1970年代後半から1990年代にかけて、社会主義体制から逃れるために小型ボートで脱出したベトナム難民や、ラオス、カンボジア難民を指す。日本への出稼ぎ労働者も増えるなか、大條准教授が立ち上げたこの日本語教室には、フィリピン、タイ、中国、韓国、アフリカなどさまざまな国の人々が通った。
「なかには20年近く日本で生活しているのに、ほとんど日本語が話せない人もいました。彼らは深夜にコンビニのお弁当を詰めるなど、喋らなくてもできるアルバイトしかしていないのです。小さな子どもを抱えて困っている人もいたので、教室の隅におもちゃを置いたコーナーを作り、子どもたちを遊ばせながら教えていました。日本語を学ぶことで、そういった方たちに少しでも日本での暮らしに溶け込んでもらいたいという気持ちがありました。しかし、実際は学習の継続は難しく、すぐに来なくなってしまう生徒もいます。そこで受講料はあえて無料にせず、1回50円のチケットを4枚セットで売り、それを動機に通ってもらいました」
そこから大学の教員の道に進むことになったのは、大学院時代の仲間からの声かけがきっかけだった。
「7年間日本語教室を続け、自分の子育ても一段落したタイミングで社会に貢献できる新しい仕事をしたいと漠然と考えていたとき、大学院時代の仲間から洗足学園短期大学で講師をしませんか?と誘われたのです。当時の保育者養成の現場には保育現場を経験した講師が不足していました。また、大学院を出たあとに幼稚園教諭になる人は稀で、私も親戚から『なんで大学院まで出て幼稚園の先生になるの?』と言われた記憶があります。そういう意味で、私に希少性があったのかもしれません。これから子どもたちと関わる若い人たちに『子どもの本質とは何か』を教えてみたいという気持ちがふつふつと湧いてきました。短大で3年間教えたあと、2010年に桜美林大学健康福祉学群保育専修の講師となりました」
学生の本質的気づきを促す保育実践
「してあげる」から「援助する」への価値観転換
現在、大條准教授が力を入れているのが、学生の価値観転換を促す授業設計だ。入学してくる学生の多くは「子ども大好き、かわいいからいろいろやってあげたい」という気持ちでやってくる。しかし、「してあげる」ことは子どもの育ちを妨げることもあると大條准教授は語る。
「まず、子どもが主体性を持つことが重要であることを理解し、子どもがしたいことを援助するという考え方に変わってもらう必要があります。この価値観の転換へ私が頻繁に用いているのが、アドラー心理学に基づく保育理論です。アドラーは子育ての目的は『子どもの自立』と述べています。日本では『子どものために何かをしてあげることが子育て』と考えがちですが、子育てで本当に大切なのは『その子が大切にされているか』ではないでしょうか。そして、それを決めるのは子どもたち本人です。親が愛情をかけているつもりでも、愛情は受け手に権利があると考えています」
この厳しくも深い愛情観は、大條准教授自身の3人の子育て経験と、多様な文化的背景を持つ子どもたちとの関わりから生まれたものだ。
「でも、自分が子育てでそれができていたかというと…できていなかったと反省です。だから、学生たちにはよく失敗談を話すんです。そして、実践はなかなか理論通りにはいかないけれど、少しずつトライしていこうねと励ましています」
21歳で起こる学生の劇的な成長
19年間の高等教育の経験のなかで、大條准教授が発見したのは学生の発達段階における明確な変容だった。「学生たちはどの子も21歳でぐっと大人になります」と大條准教授は話す。これは0歳から7歳、7歳から14歳、14歳から21歳と7年周期で人が成長していくというルドルフ・シュタイナーの理論そのものだ、と感心するという。
「1年生はまだまだ幼く、高校生そのままの姿で入学してきますが、21歳を境に急に大人びていく。この発達は実習指導を通じて毎年感じています」
実習指導においては、受容と厳しさのバランスを保ちながら、「アクセルとブレーキの両方をかけて」指導することが大切だという。厳しいと学生は萎縮してしまう。信じてあげることで、学生たちは勇気を持って実習に挑むことができるのだと。
「実習中、学生たちは150%の力で臨んでいるので『どういう思いで保育と向き合っているのか』が剝き出しで見えてきます。そのため、自然と学生たちの深い部分に触れていくことになりますが、学生自身への理解が足りないとサポートが難しくなる場面もあるので、学生との面談も大切にしています。学生たちには勇気を持って挑戦し、実習体験を自己肯定感につなげていってもらいたいと願っています」
そうしたなかで、ある時、「二十歳前後の学生たちも小さな子どもたちとそう変わらない」と気づいて、学生を育てるこの仕事がよりいっそう楽しくなったという。
人間にはどれだけ成長しても変わらない普遍的な本質があり、その源は小さな子どもたちの中に見える。大條准教授が保育に魅了される理由はそんなところにもある。
理論と実践を融合させる保育者養成への挑戦
実践的授業で育む「考えられる保育者」
大條准教授の授業の特徴は、理論と実践を徹底的に融合させようとする姿勢にある。例えば「保育内容(健康)」の模擬保育では、学生が実際の保育現場をイメージしながら、それまでの知識を有機的につなげて総合的に応用することが求められるという。
「模擬保育は7人グループになり 時間をかけて丁寧に作りあげていきます。1名が保育者役、ほかの学生が子ども役を担いますが、子どもの性格も『3月生まれでおっとりした女児』など、実際にいそうな子を設定し、それに基づいたトラブルと適切な対応も盛り込みます。 正解がないので学生間でいつも活発なディスカッションが繰り広げられます」
この模擬保育を通じて、学生たちは3つの本質的気づきを得ていく。
第一に「チルドレンファースト」、子ども一人ひとりの心情に寄り添うことの重要性。第二に「保育の流動性・突発性」、指導案はあくまでも仮説であり、柔軟な対応が必要だということ。第三に「多様性への受容」、子どもも保育者も一人ひとり違い、かつ大切にされる存在だということ。
「これらの気づきは、模擬であっても体験からの『腑に落ちた』洞察となります。なので、テクニカルな側面だけではなく、コンセプチュアルな知として学生たちの保育観の形成に寄与していくと考えています」
一人ひとりを大切にできる少人数制教育の醍醐味
どんな時も子どもたちの一番の味方である保育者を養成するためには、まず学生自身が大切にされていると感じることが重要な教育の要素だと大條准教授は語る。
「ここには少人数制だからこそ、手をかけられる教育の醍醐味があります。大学でこういった恵まれた環境はあまり無いのではないでしょうか。19年間の教育活動を通じて、自分が直接、子どもたちに関わるのも尊い仕事だけれど、今は巣立った卒業生たちがいろんな場面で活躍してくれている。彼らの活躍を見るにつけこの仕事にやりがいを感じます」
多文化体験で培った「決めつけない」視点、理論と実践を融合させる教育手法、そして一人ひとりを深く理解しようとする姿勢。大條准教授の保育者養成は、変化する時代のなかで子どもたちの幸せを第一に考える「子どもの味方」を育て続けている。
教員紹介
Profile
大條 あこ准教授
Ako Oeda
東京都生まれ。御茶の水女子大学児童学科卒業。大学院修了後、東京都内の幼稚園に勤務。退職後、アジア各国の難民・子ども支援活動に従事。2010年桜美林大学着任。現在、親向けにアドラー心理学に基づいた子育て講座を実施。専門は保育学、幼稚園教育実習指導。主要論文に「北タイのストリートチルドレン支援施設の現状と課題について」「保育実践が学生にもたらす学びについての考察—模擬保育の体験が与える保育に関する本質的気づき—」など。保有資格:幼稚園教諭一種免許、保育士資格、小学校教諭一種免許。
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