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日本語のアスペクト表現に独自理論を展開
日本語と中国語を比較する「日中対照言語学」
現代言語学の父フェルディナンド・ド・ソシュールは、言葉は「差異」によって意味を持つと語ったといわれている。つまり、日本語においては、「ネコ」と「イヌ」という言葉を分けることによって、四足歩行の哺乳類を見分けて、認識することができる。
ここで面白いことが起こる。ソシュールを語る上で有名な例だが、フランス語で「パピヨン」は蝶のことを指す。そこには蛾も含まれる。日本語においてはどうか。前述の通り、ひらひらとした翅(はね)を持つ昆虫は、「蝶」と「蛾」に分けて認識されている。日本人の中には、蝶は好きだが、蛾は苦手だという人もいる。これは、蝶と蛾を区別して認識している日本だから起こる事象だといえるかもしれない。
ここからわかるのは、人は言語によって認識する世界が変わるということ。人は日常的に使用する言葉によって、認知の仕組みも変わる可能性があるのだ。
グローバル・コミュニケーション学群の張平教授の専門は、「日中対照言語学」。これは、日本語と中国語を比較・対照して、その共通点や相違点を明らかにする言語学の一分野だ。単に語彙や文法を比べるだけでなく、思考様式・文化的背景・意味構造なども含めて、両言語の体系を相互に比較する学問分野だといえる。
述語動詞「シテイル」をめぐる日中の言語表現を比較
「日中対照言語学」において、張教授が長年注目しているのが、日本語と中国語におけるアスペクト表現の違いだ。アスペクトとは、動詞が表す動作・状態などの事象を、話し手がどのような時間的観点でとらえて表現するかを示す文法的カテゴリーを指す。なかでも日本語の述語動詞「シテイル」に関する独自の理論を展開している。
「従来の学説では『シテイル』は継続を表すとされています。しかし、私は『シテイル』は時間の継続ではなく、『存在』を表すという見解を主張しています。例えば、財布が落ちている。これは過去に財布が落ちて、そのまま継続されている可能性もあります。ただ、たまたまその瞬間に落ちたとしても『落ちている』となるわけです。同様に、部屋で弟がテレビを見ている。それもずっと継続していたのかもしれないし、たまたまその瞬間にテレビを見ていたのかもしれない。この『シテイル』の意味・用法などを中国語の表現と比較しながら、そのメカニズムを調べるのが私の研究手法になります」
「シテイル」のアスペクトは、日本語特有のもので、中国語訳と比較することで日本人が世界をどう見ているかがわかるという。ここで、アスペクトと同様に重要な概念となるのが、テンス(時制)だ。これは、出来事が「いつ」起こるか、つまり過去・現在・未来を表現するもの。これに対し、アスペクト(相)は、出来事を「どのように見るか」「どの段階で見るか」を表現していると考えていいだろう。
話者の視点が出来事の「内側」にあるか「外側」にあるか
日本語の述語動詞のテンス・アスペクト体系は、日本の言語学者 奥田靖雄が提唱する「奥田アスペクト論」に立脚する先行研究が基盤となっている。これによると、「スル」「シタ」「シテイル」「シテイタ」は、テンス・アスペクトが共有する形態としてフラットな関係に配置されるのが定説だ。
現代日本語のアスペクトには、「完成相」と「継続相」があり、「シテイル」は、非過去形つまり「現在の継続」を表すことになる。この表は、日本人ならば納得のいくものだろう。これに対し、張教授は、話者の視点が出来事の「内側」にあるか「外側」にあるかによって「する」と「している」の使い分けがなされるという理論を展開している。
上の図を見てみよう。ここでは話者の視点が、表現対象である出来事の「外側」に置かれる場合は「非分割相スル形」、出来事の「内側」に置かれる場合は「分割相シテイル形」という対立構造になることが説明されている。例えば、「キレイな目をしている」というフレーズ。これは、話者の視点が表現対象の内側にある場合、つまり、「継続」ではなく、「存在」を表現しているといえる。毎日努力して「キレイな目」を継続するのではなく、その人は「キレイな目」を有する存在なのだ。
日中対照言語学の研究は、
現在の日本人、中国人を知ることにつながる
このように張教授は、日本語「スル」「シタ」「シテイル」「シテイタ」の用例とその中国語訳を比較することを通して、双方のアスペクト表現の差異を明らかにし、そのメカニズムについて考察している。
「ヨーロッパ言語学の源流は比較言語学にあります。これは、祖語からヨーロッパ諸言語で使われていた要素が、子孫にあたる現代の言語でどのように変化したかという歴史的経緯を調べるのが主な目的でした。私の専門である対照言語学も同様で、複数の言語を体系的に比較し、照らし合わせることで、それぞれの構造や歴史的背景を明らかにしています。つまり、差異を見てきたわけです。この研究の面白さは、言葉が違えば、認知が違うことがわかる点にあります。現在は、言葉はどのようにして意味を持つのかを考える『言語哲学』の方向に関心が移っています。日中対照言語学の研究は、現在の日本人、中国人を知ることにもつながるのではないかと考えています」
国費留学生として1980年代に日本へ
中国文化大革命末期に上海外国語大学で日本語を学ぶ
張教授は現在、グローバル・コミュニケーション学群で、中国語による「日本文学概論」、「比較文化論(日中比較)」などの授業を担当している。また、明治から昭和にかけての文学作品を日本語で教える「日本文学作品論」の授業も開講している。これは非日本語母語話者を対象とする授業だが、日本人学生が履修することもあるという。
張教授と日本語の出合いは大学時代に遡る。中国・上海出身の張教授は、1974年に高校を卒業し、上海外国語大学に入学する。時代は中国文化大革命の末期。まだ大学受験が廃止されていた頃だった。奨学金で入学した張教授は、大学側からの指定で、日本語を学ぶことになる。
半ば無理やり選択させられた日本語だったが、張教授は楽しみながら授業を受け、日本語の文法や日本語教育法を学んでいく。そして、卒業後も上海外国語大学に残り、日本語教員としての道を歩み始めた。日中比較言語学という研究分野に出合ったのもこの頃だったという。ここで数年間、教員を続けるうちに、張教授はさらに言語学的な分野を学びたいと考えるようになる。そこで、国費留学生として日本に渡り、本格的に日本語や日本文学を学ぶ決意をする。
「私は大平学校の2期生として、日本語教師の研修を受けました。これは大平正芳元首相の名を冠した日本語教師研修プログラムで、当時、北京にあった日本語研修センターで日本語を学び、それをきっかけに国費で鳴門教育大学大学院に留学しました。大学院修士課程では、日本の国文学史や日本語史を研究していました。対象は、古事記、日本書紀から平家物語、源氏物語など……。毎日発表があるような厳しい環境で、研究者としてかなり鍛えられました」
「大平学校」とは?
大平学校は、1979年に日本の大平正芳(おおひらまさよし)首相が提唱し、日本と中国の協力によって1980年に北京に設立された日本語教師研修機関のこと。当時の大平首相と中国側の華国鋒首相の合意により、国際交流基金と中国教育部の共同事業として、1980年に北京に「日本語研修センター」が設立された。ここで、1985年までの5年間で中国全土の日本語教師約600名が、日本から派遣された専門家から日本語教育に関する研修を受けた。その後、1985年に大平学校を前身とする「北京日本学研究センター」が設立され、現在も日中交流を支える活動を続けている。
国文学者・塚原鉄雄氏に師事し、国文学研究の道へ
鳴門教育大学大学院で修士号を取得後、張教授は、二松學舍大学大学院文学研究科の博士課程に進学する。日本留学中に出会った日本の国文学者、塚原鉄雄先生に師事し、本格的に国文学の研究者の道を歩み始めた。しかし、博士課程の3年目に師匠だった塚原先生が逝去し、目標を見失ってしまう……。結局、博士課程は短期取得満期退学となり、その後、桜美林大学で教員の職を得る。
桜美林大学との出合いは、二松學舍大学大学院に通い始めた1992年頃。最初は、中国からの交換留学生に日本語を教える非常勤講師として仕事をスタートした。その後、1998年から中国語を担当する専任教員となり、2000年代はリベラルアーツ学群で講師を務め、現在はグローバル・コミュニケーション学群で教授として、主に中国からの留学生を指導している。
歴史を背景にした日中文化比較の研究にも興味
自分なりの日本語研究の道を開拓したい
教員として学生の指導をしながら、研究者としての活動も続けている。日本文学や日本語教育の研究もしてきたが、現在は日本語自体により興味があるという。なかでも西洋の言語研究で発達した言語学の新しい理論を日本語に当てはめることに違和感を覚え、自分なりの日本語研究の道を開拓したいと考えている。
「日中対照言語学の研究を進めながら、もうひとつのテーマとして歴史を背景にした日中文化比較の研究にも興味があります。現代の日本人と中国人が理解し合うためには、それぞれが歩んできた歴史を知り、しっかり向き合うことが重要だと考えています。日中の文化、歴史などを言語学の視点から比較することで、現代の日本人、中国人の実像に迫りたいと思っています」
大平学校の2期生として、日本語を学び、来日後、中国からの多くの交換留学生たちを育成してきた張教授。独自の視点による日本語研究の成果から、日本人が学ぶ点もきっと多いだろう。歴史を概観しながら進める日中対照言語学の新たなアプローチに期待が高まる。
教員紹介
Profile
張 平教授
Zhang Ping
1957年、中国上海生まれ。1978年 上海外国語大学日本語学部卒業。1992年 鳴門教育大学大学院教育研究科修士課程修了。修士(学術)。1996年 二松學舍大学大学院文学研究科 博士課程単位取得満期退学。大学卒業後、日本語教師育成プログラム「大平学校」の2期生として学び、日本へ。1998年から桜美林大学で専任教員として中国人交換留学生に日本語を教える職に就き、現在はグローバル・コミュニケーション学群教授。専門は日本語学、日中対照言語学。現在は、日本文学や日中文化比較をテーマにした授業を中国語で行っている。
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