メインコンテンツ
外国人材の日本語学習と共生社会への道
外国人就労者の増加と日本語学習の課題
国境を越える人の移動は年々活発化している。United Nations(2020)によれば、2010年から2020年の10年間で移住者数は約6,000万人増加しているという。こうした国際的な動向を背景に、第二言語習得研究の分野では、移民向け言語教育プログラムの効果や成人移民の言語学習に関する研究が進められている。
日本においても、少子高齢化による労働力不足を補う形で外国人就労者が増加しており、共生社会の実現に向けて日本語教育の充実が喫緊の課題となっている。1997年に技能実習制度が施行されて以来、技能実習生への日本語教育をめぐって多様な議論がなされてきた。2000年以降は、日本語研修や地域日本語教室の整備といった教育環境の拡充が主な焦点であったが、近年では技能実習生の学習意欲の高低や維持について議論する必要性も指摘されている。
こうした現状を踏まえ、グローバル・コミュニケーション学群の鍋島有希特任講師は、技能実習生をはじめとする外国人材が日本の職場経験や日本語学習、日常的なコミュニケーションをどのように受け止めているのかなどを調査し、研究を進めている。
技能実習生には、日本語を学びたいという意欲がある
技能実習生とは、日本の「外国人技能実習制度」に基づき、日本企業などで技術・知識を習得し、帰国後に母国の発展に貢献することを目的に来日する外国人である。受け入れ先と雇用関係を結び、最長5年間にわたり実習を行った後、帰国することが前提となっている。
「技能実習生は出稼ぎ目的で来日しており、職場でのコミュニケーションや日本語学習には関心が薄いのではないか。お金を稼いだり、技術や知識を習得できたりすれば十分だと考えているのではないか。こうした見方は、受け入れ側の経営者の間でも根強いです。実際、私自身も、かつては同じように考えていました」
しかし、インドネシアや中国などの技能実習生を対象にアンケート調査を実施したところ、意外な結果が明らかになった。日本語を実際には学習していないものの「学びたい」と答えた実習生が約7割にのぼり、さらに9割以上が「職場で日本語を使うことが日本語力向上に役立つ」と認識していたのである。加えて、日本人上司や同僚との意思疎通がうまくいかなかった経験が、日本語学習への動機づけとなっていることもわかった。
「約7割の技能実習生は学習していませんが、日本語への関心はたしかにある。しかし、第二言語を自ら学び続けるのは容易ではありません。技能実習生の多くは地方出身で高等教育を受けていないケースも多く、自律的な学習は難しいのです。とはいえ、職場でのコミュニケーションがうまくいかない経験から、学びたいという意欲は生まれている。そこにどう応えるかが日本社会の大きな課題です。ただし、この問題に明確な解決策を見いだせていないのは、日本だけでなく欧州など他の地域でも同様だと考えています」
第二言語習得に取り組める職場環境の重要性
外国人材は、各国で求められる存在だ。日本の受け入れは韓国などと競合するが、給与や待遇面では必ずしも有利とはいえない。それでも日本を選ぶ技能実習生などの外国人材がいるのは、日本のアニメや文化への関心など、お金には換えられない魅力に惹かれているからだと鍋島特任講師は語る。
「経営者の方々には、技能実習生の気持ちを尊重してほしいのです。単に出稼ぎに来ているのではなく、日本の文化や言語に関心を持って来日しているのだと理解して向き合っていただければと思います」
技能実習生の多くは、休日は疲労のため休養に充てたり、同国出身の仲間と母語で過ごしたりすることが多いという。そのため、技能実習生にとって日本語を使う機会は職場に限られるのが現状だ。
「大企業やいわゆるホワイトカラーの職場であれば、自律的に学習できる人材も多く、企業側もリソースを活用して教育環境を整えることができます。しかし中小企業の現場では、それが難しいのが実情です。私の関心は、他社の成功事例をそのまま移植するのではなく、現場の特性に合わせた実践をどうつくり出せるかという点にあります」
パターン・ランゲージで現場の教育資源を可視化する
外国人材を受け入れる際には、職場環境の整備が不可欠だ。しかし現場ごとに状況や課題は大きく異なり、画一的な方法では対応できない。鍵となるのは、その職場に眠る教育資源をいかに見出し、活用するか。その手がかりとなるのが「パターン・ランゲージ」だと鍋島特任講師は語る。
パターン・ランゲージとは、ある分野における「良い実践」の秘訣や暗黙知を言語化し、体系化する方法だ。鍋島特任講師は共同研究者の桜美林大学大学院 黒田史彦教授とともに、企業へのインタビュー調査から得られた知見を31のパターンに整理し、カード形式にまとめた。カード化することで、研修などにもゲーム感覚で取り入れやすくなるという。
「カードを用いながら会話を進めることで、外国人材受け入れや協働コミュニティづくりに向けて職場の課題を見直しやすくなります。研修には日本人だけでなく、すでに働いている外国人材も参加することがあり、カードを選びながら議論するなかで大いに盛り上がります。普段なかなか聞けない外国人材の声に気づいたり、悩みを共有できたりすることも大きな効果です。人事担当者からも『現場の声を直接聞けてよかった』という感想も寄せられます」
現在、この手法は一部の企業で導入が始まっているが、今後は中小企業や技能実習生を受け入れる現場などへの展開も期待される。2027年には技能実習制度が廃止され、新たに就労育成制度が始まる予定だ。そこでは日本語能力試験N4レベルが要件とされるが、これは英検準2級程度に相当し、十分なコミュニケーション力を保証するものではない。だからこそ、現場に寄り添い教育資源を掘り起こす試みは、今後も欠かせない課題だと鍋島講師は強調する。
職場での違和感が
研究者の道へ進むきっかけになった
外国人材が働きづらい環境があるのではないか
鍋島特任講師が日本語教育や外国人材との協働コミュニティに関心を持つようになったきっかけは、大学卒業後の社会人経験にさかのぼる。
「新卒で入社した企業で、中国人エンジニアの方が職場で孤立しているのを目の当たりにしたのです。陰口を言われている場面に出くわすこともありました。その後に勤めた別の職場でも、外国人社員の日本語がわかりにくいと話す日本人社員を見かけ、強い違和感を覚えたのです」
さらに、大学の国際交流センターで事務職として働いた際には、留学生の就職支援に携わった。そんななか、努力の末に日本企業へ就職できたが、早期に退職してしまうケースに直面し、かつて職場で感じた違和感と結びついた。日本の職場環境は、外国人材にとって働きづらいのではないか——。
「大学の日本語教育を専門とする先生たちにそのモヤモヤを話すと、『研究にしてみたら面白いテーマになるのではないか』と大学院への進学を勧められました。それを機に、研究者としてこの問題に取り組む道を選んだのです」
外国人材が日本企業に適応するべきなのか
鍋島特任講師が大学院で研究を始めた2012年当時、先行研究の多くは「外国人材が日本企業に適応すべきだ」という前提に立っていた。それが当然の価値観とされるなかで、受け入れる側の職場が変わる必要性を鍋島特任講師が指摘すると、「それは難しい」「研究として成り立たない」と批判されることも少なくなかったという。
「修士・博士課程で研究対象にしていたのは、いわゆるホワイトカラーの職場に勤める外国人材でした。彼らは大学などの教育機関を経て就職しているため、日本語もある程度習得している場合が多い。もちろん一部にはミスマッチや早期退職もありますが、自ら学ぶ習慣もあり、職場で大きな困難に直面することは少なかったのです」
本当に支援が必要なのはどこか。そこで注目したのが、言語や文化的な支援を受ける機会が限られ、より厳しい環境に置かれがちな技能実習生だった。そのなかで、日本企業が外国人材に歩み寄っていく重要性も見えてきた。
外国人材が増加する日本社会で
協働コミュニティをいかに築いていけるか
企業と外国人材が共に成長するWin-Winの関係へ
現在、桜美林大学で留学生を中心に日本語教育を担う鍋島特任講師。約20年前に大学の国際課で外国人材の就職支援に携わった経験を起点に、企業と外国人材の関係性を研究してきた。近年、日本でも外国人材が増加しているが、いわゆるグローバル企業といっても、その受け入れの成熟度には幅があるという。
「外国人材が在籍しているだけでグローバルとは言えません。受け入れが始まったばかりの企業もあれば、外国人材がマネジメント層に参画する段階にある企業もあります。それぞれのフェーズに異なる課題があり、私が注目しているパターン・ランゲージは、特に“受け入れ期”や“定着期”にある企業の支援に役立つと考えています。少子高齢化で労働人口が減少するなか、多くの企業がどう受け入れるかに悩んでおり、パターン・ランゲージで状況整理や最初の一歩を後押しできればと思っています」
鍋島特任講師が目指すのは、日本の企業と外国人材が互いに利益を享受する「Win-Win」の関係だ。外国人材を「コミュニケーションコストのかかる存在」と捉えるのではなく、「異文化理解を促す存在」と捉えてもらえるといいかもしれないと語る。
「異なる価値観に触れることは、企業にとって柔軟性や成長力を高める重要な体験です。その価値を企業が認識すれば、外国人材のキャリア形成にもつながり、双方にとって大きなメリットとなるはずです」
外国人材に寄り添える人を社会のあらゆる場に
あと20年もすれば、日本人と外国人材を区別する感覚はなくなるだろうと鍋島特任講師は語る。それこそが職場における協働コミュニティの理想的な姿だ。しかし現状では「外国人材」という区別が強く、そのために地域社会に溶け込めず犯罪に至ってしまうケースもある。特に技能実習生においてはそれが顕著だという。
技能実習生は原則転職が認められていないが、現場環境の厳しさから無断で職を移ってしまったり、生活に困り農作物を盗んでしまったりするケースがある。こうした問題を個人の資質だけに帰すのではなく、背景となる環境要因に目を向けることが重要だと鍋島特任講師は指摘する。
「転職できない制度を理解していなかったのかもしれないし、よりよい求人に惹かれて移ってしまった可能性もある。状況を丁寧に検討し、その行動に至った要因を環境整備とともに考える必要があります。そのためにもまずコミュニケーションを取ることが大切です」
桜美林大学での教育活動においても、留学生への日本語教育に加え、授業内外での日常的な雑談の時間を重視しているという。会話のなかから悩みを聞き取ったり、日本語を実践的に使ったりする機会をつくることで、学習と安心感の双方を支えている。また、日本の就職活動が早期化している現状を踏まえ、就活アプリの利用方法を含めた実務的支援も行っているという。
「留学生は日本語を完全に使いこなせるわけではないため、説明不足に陥ることもあります。だからこそ、丁寧に話を聞いてくれる、信頼できる大人の存在が不可欠です。こうした役割を専門職だけに任せるのではなく、企業や地域のなかにも外国人材に寄り添える人が増えてほしい。大学などの教育機関で終わらせるのではなく、社会全体に継続的に根づかせていくことが必要だと考えています」
教員紹介
Profile
鍋島 有希特任講師
Yuki Nabeshima
1982年、熊本出身。九州大学 地球社会統合科学府 博士後期課程修了 博士(学術)。FLA学院 常勤教員、龍谷大学・お茶の水女子大学 非常勤講師、東京都立大学 助教などを経て、2022年より現職。技能実習生をはじめとした外国人材の日本語学習について研究している。
教員情報をみる
