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欧米で注目を集めるディアスポラ文学とは?
アメリカでエスニック文学を研究し、
母国を離れた人々の視点に触れる
「研究テーマは中国文学および中国ディアスポラ文学です。特に、1980年代の中国ディアスポラ作家の作品を中心に研究を続けています。最近は、ジェンダーにまつわる社会問題にも関心があり、現代の日本や韓国、中国など東アジアの映画や小説が現代社会をどのように描いているか調べています」
そう語るのは、グローバル・コミュニケーション学群のリー・リサ教授だ。ディアスポラ文学とは、母国を離れ、異国で暮らす人々が書いた文学作品のことを指す。ディアスポラ(diaspora)とは、ギリシャ語の「離散」「移住」を意味している。例えば、中国系アメリカ人作家のエイミー・タンは、アジア系女性ディアスポラ文学の旗手で、20世紀初頭のサンフランシスコを舞台に、二世代の中国系移民女性を題材にした小説『ジョイ・ラック・クラブ』などの作品で知られている。リー教授もエイミ・タンの作品へ深い関心を寄せている。
ウィスコンシン大学マディソン校で博士号取得
中国・北京出身のリー教授は、北京市内の大学で英語を専攻し、卒業後は、4年半ほど英語科の教員をしていた。そして、1980年代に日本で3年ほど生活していた期間に、アメリカ人のパートナーと結婚し、1992年に夫とともにアメリカのウィスコンシン大学マディソン校(University of Wisconsin-Madison)に留学する。リー教授は東アジア言語・文学専攻で修士号と博士号を取得し、現在の研究につながる基盤を築いた。

「もともとアカデミアの世界に強い関心を持っていたわけではありません。しかし、アメリカの大学院で、ジェンダーというテーマと出会い、その重要性を意識しました。さらに、ここでエスニック文学の講義を受け、移民や難民、母国を離れて暮らす人々に目を向けるようになりました。中国系、ラテン系、アフリカ系アメリカ人の作家の作品を通して、周縁化(差別・偏見・疎外)された人々の視点に触れたことが、ディアスポラ文学やジェンダーの問題に関心を持つきっかけとなりました」
中国社会が大きく変わる時代を経験した幼少期
自分の文化的ルーツをもっと深く知りたい
リー教授が中国文学に関心を持ったきっかけは幼少期にさかのぼる。両親も大学講師だったというリー教授は、中国社会が大きく転換する時期の真っ只中で子ども時代を過ごした。そして大学進学後、中国を離れた作家たちが外の視点を用いて描く、1960年代、70年代の中国の様子に衝撃を受け、自分の文化的ルーツについて深く知りたいという思いを強く持つようになった。
中国社会が市場経済を導入したことで、文学の表現方法にも変化が見られるようになった。リー教授が小学生だった頃は、男女ほぼ同じジェンダーニュートラルな服を着ていた。「美しい女性」という概念は政治的に正しくないとされ、女性たちは化粧をせず、美容院にも行かないのが普通だった。しかし、市場経済の導入と共に消費文化が発展し、中国でも美容やファッションが重要視されるようになっていく。現在では、中国の文学や映画の中でも、女性の美しさやジェンダーに関する描写が増え、社会の価値観の変化が作品に反映されているという。
中国のディアスポラ文学には
自分が知らない近現代史がある
「アメリカの大学院で中国文学を学び、歴史解釈にはさまざまな視点があることを学びました。そこで、1960年代、70年代に起こった出来事や、その出来事が文学にどのような影響を与えたのかを研究することに関心を持つようになりました。中国のディアスポラ文学は、女性の自己実現に焦点を当てた作品が多く、家父長制の価値観の中で自己の役割を見つけようとする女性たちの姿が描かれています。そこに、中国の近現代史が色濃く反映されているところに面白さを感じています」
文学研究を通じて世界中の
周縁化された人々の声を拾い上げたい

小津安二郎『東京物語』を取り上げ、
戦後の日本社会について議論する
そんなリー教授だが、グローバル・コミュニケーション学群では、「日本の文化」や「日本の映像芸術」を紹介する授業をメインで担当している。英語で行う授業を履修しているのは、留学生が中心で、留学先などで英語を習得した日本人学生も一部履修しているという。
「日本文化を理解するための授業では、特に映画を教材として使用しています。桜美林大学には、多くの外国人留学生が学んでいますが、彼らの多くはアニメをきっかけに日本に興味を持っていて、日本の社会問題にはあまり関心がないことが多い。そこで、映画を通じて日本社会の変遷を学ぶ機会を提供しています。例えば、小津安二郎の『東京物語』を取り上げて、戦後の日本社会の変化やジェンダーの役割の変遷について議論したりしています。こうしたアプローチによって、学生たちは映画を単なるエンタメとしてだけでなく、文化や社会の文脈を理解する資料として見る視点を得ることができます」
中国人のLGBTQ作家が手掛ける小説に注目
近年は、中国国内のLGBTQコミュニティの動きにも関心があるというリー教授。最近は、中国人でゲイを公表し活動を行う作家の小説についても研究を進めている。また、中国系女性作家によるディアスポラ文学にも引き続き関心を持っており、このテーマで書籍を執筆する計画もあるという。特にアメリカやイギリスにいる中国ディアスポラ作家に注目し、彼女たちの作品がどのように社会や歴史の影響を受けているのかを分析していきたいと考えている。
「文学は、人々の視野を広げ、複雑な社会問題を理解するための重要な手段になります。特に、周縁化された人々の声を拾い上げることができる点が、文学の持つ大きな力だと考えています。私自身、沈黙を強いられた人々に深い共感を抱いており、彼らの物語を伝えることが研究者としての使命だと考えています」
女性たちも声を上げることができる時代へ
近年、東アジアの女性文学の分野でも変化が見られるようになった。韓国では2018年にに#MeToo運動が盛り上がり、それをテーマにした小説が登場した。日本や中国においても、女性作家の数が増え、ジェンダーにまつわる社会問題を積極的に扱う作品が増えてきている。韓国人女性作家のハン・ガン氏が、2024年にアジア人女性として初めてノーベル文学賞を受賞して、話題になったことも記憶に新しい。こうした動きは、西洋の影響を受けた部分もあるが、何よりも重要なのは、女性たちが「私たちも声を上げること(Speak up!)ができる」と気づいたことにあるとリー教授は指摘する。
一方、中国本土では、インターネット文学が新たな表現の場として注目されている。かつての中国は書籍出版のハードルが高かったが、現在ではインターネットを通じて多くの作家が自らの作品を発表できるようになった。このような変化は、文学の多様性を広げると同時に、新たな社会的議論を生む可能性を秘めているという。
「私は東アジアの文学研究を通じて、人々がより広い視野を持ち、情熱(Passion)、思いやり(Compassion)、寛容さ(Tolerance)を持つ社会になればと願っています。文学は人間の本質を探求し、異なる価値観を理解するための貴重な手段になります。これからも、文学を通じて多様な声を拾い上げ、社会に貢献していきたいと考えています」
教員紹介
Profile

リー リサ教授
Li Lisa
中国・北京市生まれ。1984年、中国传媒大学 English Department 卒業(学士)。1995年、ウィスコンシン大学マディソン校大学院にてEast Asian Languages and Literature専攻で修士課程修了。1998年、同大学院にてChinese Literature 博士課程終了(Ph.D.)。専門は、中国文学と文化。特に、東アジアのディアスポラ文学やジェンダー問題に関心がある。
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