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応用言語学とTESOLの修士号を取得し、
日本で英語教育の実践者としてのキャリアを追求
バーテンダーをしながら
香港を拠点にアジア各国を旅する
グローバル・コミュニケーション学群のブリュースター デイモン教授の経歴は実にユニークだ。初めて日本にやってきたのは、1993年のこと。その前は、香港を拠点にアジア各国を旅していた。1997年の中国返還前の香港では、イギリス国籍の旅行者は、ビザなしで働くことができた。そのため、イギリス出身のブリュースター教授は、バーテンダーの仕事でお金を稼ぎながら、バックパッカーの旅を続けていた。その後、イギリスに戻り、3年間バーテンダーをした後、かねてより興味があった日本にやってきた。
「日本でも香港のときのように働きながら旅をしようと考えましたが、バーテンダーではビザが取れず…。そのため、就労ビザを取得するためにロンドンで英語教育の職業コースを受講し、その後日本に渡りました。子供向け英語教師としての仕事を見つけ、英語を教えるなかで、次第に学問としての言語に興味を持つようになったのです」
ブリュースター教授は、もともとイギリスのヨーク大学で英文学と美術史を学んでいた。時代は1980年代後半。当時のイギリスの大学生たちは、卒業後、アジアやアフリカ、中南米などに放浪の旅に出る人が多かった。ブリュースター教授もそんな探究者のひとりだった。
そして、長い旅の末にたどり着いた日本で、期せずして英語教師になり、「英語を教えること」や「言語を習得する仕組み」に興味を持つようになる。研究心に火が点いたブリュースター教授は、レスター大学の遠隔教育で応用言語学とTESOL(英語教授法)の修士号を取得。その後、大学教員としてのキャリアを歩み始めた。
「最初は順天堂大学の非常勤講師として働き始めました。その後、文京女子大学、神奈川大学などを経て、2005年から桜美林大学で働いています。最初は非常勤講師からスタートし、2007年に専任講師となり、2012年から基盤教育院(当時)のELPディレクターを務めました。ELPは、English Language Programの略で、約80人の非常勤講師と数人の専任講師のまとめ役として、プログラムを調整していました。その後、2016年からグローバル・コミュニケーション学群のプログラムコーディネーターになり、現在に至ります」
ポッドキャストの英語学習プログラム
「Languagecaster」を現在も更新中
長いキャリアのなかで、ブリュースター教授は、英語教育に関するさまざまなチャレンジをしてきた。そのひとつが、友人であり同僚のダミアン・フィッツパトリック(現在はロンドン芸術大学/University of the Arts Londonに勤務)と共に「Languagecaster」というポッドキャストのプログラムだ。これは、サッカーファンが、サッカーを通じて英語を学べるサービスで、ブリュースター教授は、今もコンテンツを更新しているという。
http://languagecaster.com
「Languagecasterは、サッカーの専門用語を使って、ユーザーがより自然に英語に触れる機会を提供したいと思って開発しました。このプロジェクトは、私が1997年頃にいち早くポッドキャストによる英語教育について研究したときの成果に基づいています。ポイントは、英語を学ぶモチベーションをいかに上げることができるか。現在もテクノロジーと英語を学ぶ動機付けを組み合わせた英語学習ツールの開発に興味があります」

最新の研究テーマは、
「日本とスウェーデンのEMI教育の比較」
日本独自の教育・文化に基づく
EMIモデルの構築とは?
ブリュースター教授が現在、力を入れているのが、「EMI」に関する研究だ。EMIとは、English medium instructionの略で、非英語圏の国や地域で英語を媒介として専門科目を教える教育手法を指す。最新の研究では、「日本とスウェーデンのEMI教育の比較」をテーマに論文執筆を進めている。
「スウェーデンを比較対象に選んだ理由は、かつて桜美林大学で働いていた同僚が、スウェーデンのストックホルム大学で働いていたからです。スウェーデンは、ヨーロッパにおけるEMI教育の成熟した事例といえます。1990年代からEMIが導入されており、すでに30年以上の歴史があります。一方で、日本はまだEMIを導入してから比較的、歴史が浅い環境にあります。そのため、アプローチの違いなどを比較する上で、スウェーデンは最適な研究対象だったのです」
スウェーデンはヨーロッパの中でもEMIが成功している国の事例とされている。若い世代の多くのスウェーデン人は、中学・高校時代から英語による授業に慣れ親しみ、専門科目を英語で受けることにもそれほど抵抗はないという。実際、スウェーデンでは、高校卒業時にCEFR B2以上の英語力を求められることが一般的だ。これは、英検準1級レベルの英語力を指す。一方で、日本や中国などのアジア諸国では、大学に入るまで英語を話すこと自体に慣れていない学生がほとんどを占める。
「日本の学生にとって、EMIとは『英語で専門知識を習得する』よりも『英語スキルを向上する』という意味合いがどうしても強くなってしまいます。そのため、日本でEMIを効果的に実施するために、英語力の事前準備や支援体制の強化が最優先となるでしょう。そもそもEMIは各国の教育環境や言語政策といったコンテクスト(文脈・背景)に強く依存する教育手段です。日本は、スウェーデンのEMI教育モデルをそのまま導入するのではなく、日本独自のコンテクストに基づいたEMIモデルを構築する必要があるでしょう」
日本の「テストベース」の
教育システムに問題がある
スウェーデンと同様に中学校から義務教育で英語を学んできた日本人は、なぜ英語を使ったコミュニケーションが苦手なのか——。ブリュースター教授は、日本の「テストベース」の教育システムに問題があると指摘する。高校受験、大学受験で難しい英文法を暗記するような勉強法がネガティブなプレッシャーになっているという。
ブリュースター教授の研究によるとスウェーデンでは、日本のような「テストの弊害」はほとんどない。スウェーデンの子どもたちは、幼い頃から教室内で自然にさまざまな言語に触れることができ、英語も生活の一部として学んでいる。例えば、英語のテレビ番組を見たり、音楽を聴いたりすることは、特別な学習ではなく日常生活に組み込まれているのだ。一方で日本における英語は、「テストを突破するための手段」として捉えられており、その点に大きなギャップがあるという。
以前からEMIに関するさまざまな研究に取り組んできたブリュースター教授は、その成果をグローバル・コミュニケーション学群の授業に反映している。そのひとつが、英語科目で行っている「OCS(Outside Class Study)」の活動だ。
「これは各英語クラスにおいて、教科書以外のタスクを学生に与える宿題のようなものです。宿題といっても英語を学ぶモチベーションを上げることを目的とした楽しい内容が基本です。例えば、短いラジオ番組やポッドキャストを聴いて要約をまとめたり、英語で日記をつけたり、英語で動画を見て発音練習をするような活動です。これによって、学生たちに教科書以外の方法で、楽しみながら英語力を身に付ける機会を提供し、学習の自律性(autonomy)を育むことを目指しました」
「研究で得た知見を教室でどのように活用するかに重点を置いている」と語るブリュースター教授。応用言語学者であり、英語教育の実践者として、大学教育の最前線に立ち続けるのが、何よりもやりがいになっているという。
コンテンツと英語学習を統合した
CLILスタイルの授業に期待

生成AIの活用で言語教育が
より深いレベルに到達する可能性も
ChatGPTに代表される生成AIツールが登場し、「英語を学ぶ必要はなくなる」と言われる昨今、ブリュースター教授は、これからの英語教育をどのように見ているのだろうか。
「生成AIの技術は、現在の外国語教育の形を変える可能性があります。言語学習は『誰もが学ぶもの』から『学びたい人が学ぶもの』に変わるかもしれません。例えるなら、ピアノを習うのと同じです。AIが自動でシンフォニーを作曲し、演奏できるとしても、自分の手でピアノを演奏する楽しさを人間から奪うことはできません」
実際、英語を学び、話すことには、文化や自己表現を含む独自の喜びがある。将来的には英語を学ぶ人は減る可能性はあるが、言語を習得したい人はより集中して、目的意識を持って学ぶようになるだろう。また、英語を話すことが、ある種の「ステータス」になる可能性もある。例えば、大企業のCEOが英語を話すことで、企業全体のプレゼンス(存在感・影響力)が上がるような時代が来るかもしれないとブリュースター教授は考えている。
一方で、AIを活用することで、言語教育がより深いレベルに到達できるようになる可能性もあるという。例えば、発音、語彙、文化理解など単独のテーマに重点を置いた英語の授業が可能になる。現在の日本の教育現場では、すべての学生に等しく同じレベルの英語を学ばせるのが一般的だが、AIの導入により、専門分野に特化した教育ができる可能性も広がる。
「英語の歴史」について専門的に教えたい
大学院で応用言語学とTESOLを学び、2000年に日本の大学で英語教員となってから25年が経つブリュースター教授。最後に、今後取り組んでみたい授業があるか聞いてみた。
「現行のプログラムをさらに発展させたいと考えています。その一例が、CLIL(Content and Language Integrated Learning)です。これは文学や文化といったコンテンツと英語学習を統合した授業です。現在は英米文学やドイツ文化、公共広告の制作などを扱った6つほどのクラスを提供しています。私自身は、最近特に英語の歴史に興味を持つようになりました。実は現在、『グローバル社会入門(History of English)』という授業を担当しています。ここでは、英語の歴史に加え、言語とは何か、各国の言語の違いと類似点といったテーマを扱います。英語の起源は5世紀にさかのぼります。アングル人、サクソン人、ジュート人といったゲルマン民族が現在のイギリスに移住してきたのが始まりです。ここから言語の分類や発展の歴史、音韻体系の変遷などについても学んでいきます。こうした授業を将来的にもっと増やしていけたらと思っています」
教員紹介
Profile

ブリュースター デイモン教授
Brewster Damon
1967年、イギリス・チェスター生まれ。1988年、イギリス・ヨーク大学卒業。専攻は英文学、美術史。その後、香港を拠点にアジア各国を旅する。1993年に来日し、英会話教師を経験。その後、2000年にレスター大学で応用言語学とTESOL(英語教授法)の修士号を取得し、順天堂大学薬学部の非常勤講師、文京女子大学保育学部非常勤講師、神奈川大学英文学部非常勤講師などを経て、2005年より桜美林大学 外国語教育センター 非常勤講師。桜美林大学基盤教育院(当時)専任講師を経て、2014年より桜美林大学基盤教育院准教授、2016年より桜美林大学 グローバル・コミュニケーション学群 准教授、2016年より現職。
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