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短期大学を対象に
学生の学習成果を可視化する
大衆化、そしてユニバーサル化する日本の高等教育機関
20世紀後半、日本の大学は、規模と数を飛躍的に拡大させてきた。背景には、高度経済成長期における第一次・第二次ベビーブームによる18歳人口の急増や、高等教育拡大への社会的要請、設置認可の緩和などがあった。かつてはエリート養成機関とされていた大学が急速に大衆化し、進学率は上昇を続けている。現在では大学・短期大学の進学率が50%を超え、専門学校などを含む高等教育機関全体の進学率は80%以上にも達している。
こうした高等教育のユニバーサル化により、課題は「量」の拡大から「質」の向上へと移行している。すなわち、多様化する学生のニーズに応じた教育内容をどのように提供するかが、現代の高等教育における重要なテーマとなっているのだ。
一方で、1990年代以降、進学率の上昇とは対照的に18歳人口は減少を続け、多くの高等教育機関が定員割れに直面している。このような厳しい経営環境のなか、高等教育機関には教育内容の改善が求められ、「学習成果の可視化」が質向上のための重要な課題となっている。
短期大学を対象に、「学習成果の可視化」に取り組む
教育探究科学群の堺完助教は、高等教育機関を対象にアンケート調査を実施し、学生の学習成果を的確に把握・分析することで、教育現場の改善に向けた取り組みを行っている。特に近年は短期大学に焦点を当て、一般財団法人大学・短期大学基準協会と連携して調査を進めている。
「短期大学は最盛期と比較して学校数・学生数が大幅に減少しています。しかし、職業人材の育成や地域社会に密着した教育機関として、依然として重要な役割を担っていることは間違いありません。高等教育がユニバーサル化した今日、短期大学がどのような教育内容を提供できるかを明確にすることが求められています」
短期大学は2024年時点で全国に303校存在する。そのうち、堺助教が関わった2024年度調査では、約60校のうち約1.3万人の学生データを収集している。アンケート項目は「進学の理由」「どのような学びをしているか」「学びへの満足度」「成長している実感はあるか」などで、これらを総合的に分析し、学習成果を可視化したり、学生を属性別に分類したりしている。この結果が、教育現場での改善に役立てられることになる。
目的意識が成長実感の鍵を握る
堺助教によると、ここ10年間の傾向に大きな変化はなく、短期大学で成長実感を得ているかどうかを左右するキーワードは、「目的意識」だという。
「学びたい分野が明確で、将来の目標を持っている学生ほど、学びへの満足度が高く、成長を実感しやすい傾向があります。例えば、保育士を目指して資格取得を目標にしている学生は、具体的な将来像を持っているため、成長の実感を得やすい。一方で、目的が不明確な学生は、成長を実感しにくいことがわかっています。この傾向については、現場の教職員の方に調査結果を直接フィードバックする中でも共感のコメントを多くいただいています」
一部の学部・学科では、授業内で学ぶ知識やスキルと社会との接点を示しづらい場合もある。このような場合、将来のビジョンを具体的に提示できなければ、学生の学びの意欲や成長実感を引き出すことは難しいということになる。
教育社会学の視点から迫る
高等教育論の可能性
生まれや成長環境まで遡る調査の重要性
高等教育において成長実感を得ている学生には、共通して目的意識がある。この目的意識は「動機づけ」とも呼ばれ、自分自身の興味や意欲に基づく「内発的動機づけ」と、外部からの影響で生じる「外発的動機づけ」に大別できる。堺助教は、こうした動機づけを生む要因を探るには、生まれ育った環境や教育環境などの成長過程に遡る調査も必要だと指摘する。
「内発的・外発的動機づけのいずれであれ、それを生み出す『きっかけ』が不可欠です。ただし、このきっかけを得られるかどうかは、家庭環境や中高時代の教育環境など、生まれながらにして抱える格差が大きく影響します。これらの要因は、学びへの意欲にも深く作用しています。学校での経験に良い思い出がないまま高等教育に進むと、主体的に学びに向き合うことは難しくなるでしょう。そのため、高等教育機関だけでなく、それ以前の学習環境や経験をも可視化し、丁寧に分析することが求められます」
教育社会学はこうした背景を明らかにする学問であり、堺助教の専門分野でもある。高等教育における学びを考える際には、学生個々の成長過程や環境を踏まえた分析が欠かせない。教育社会学の視点を高等教育論に反映させ、具体的な示唆を提供していきたいと堺助教は話す。
高等教育機関が提供する「きっかけ」とは
高等教育がユニバーサル化した現代において、学生一人ひとりが目標を見出し、それに向けて主体的に取り組める環境を整えることは、高等教育機関、特に大学や短期大学にとって重要な使命となる。
「たとえ中学校や高校で目的意識を形成する機会に恵まれなかったとしても、高等教育機関において、学生がまだ成長できる場があることを示していくことが必要です。それに伴い、授業や実習、他者との交流を通じて、学生が新たな目標を発見するための多様な体験を可能にするカリキュラムの整備も重要でしょう」
大学や短期大学は、学生が社会に出る前の「最後の教育の場」。単なる知識やスキルの習得にとどまらず、実習や課外活動といった多様な経験を通じて、学生が自身の可能性を発見できる機会を提供する役割を担っている。こうした教育環境の整備は、個々の学生の成長を促すだけでなく、日本社会全体の活力を高める基盤ともなるはずだ。
データを活用した
高等教育の改善に貢献したい
机上の空論に終わらせないために
高等教育論の目標は、「学習成果の可視化」にとどまらない。各大学が主体的な改革・改善を通じて、教育研究活動の質を継続的に保証するために、アンケート調査で得られたデータや知見を各大学にフィードバックすることも重要だ。しかし、単にデータから得られたエビデンスを示すだけでは、教育改善にはつながらないと堺助教は考えている。
「教育現場の教職員の思いや現場特有の課題を考慮しないまま、データだけで方向性を示しても、十分な成果を得ることは難しいでしょう。確かにデータ分析は改善の指針を示しますが、その実現方法は多岐にわたり、現場の経験的な知見との統合が不可欠です。一方で、学生のニーズを正確に把握せずに経験だけで改善を試みると、大きな誤りにつながる可能性もあります。データという客観的な指標と現場の知見を融合させることが、効果的な改善の鍵だと考えています」
データを用いた高等教育機関の教育改善に貢献したい
堺助教は、データ分析の結果、成長実感を得ている学生が多かったり、特徴的な成果をあげていたりする短期大学を訪問し、現場の声を直接聞く取り組みも行っている。そこで浮かび上がるのは、教職員たちの熱い思いだ。
「学生の満足度が高い短期大学では、特に学外支援の充実が目立ちます。就職活動や資格取得の支援、社会課題に触れる課外活動の推進など、教職員らが真摯に向き合い、学生が社会で活躍できるよう尽力しているのです。こうした大学は、高等教育のユニバーサル化が進むなかで、着実に教育改善を積み重ねてきた成果を示しているといえます」
全国の高等教育機関が、学生の学習成果を可視化し、それを共通理解の基盤として活用することで、教育改善に取り組むことが求められている。データに基づく教育改善は、学生一人ひとりの可能性を広げるだけでなく、高等教育の新たな未来を切り拓く鍵となる。堺助教は、その未来を実現するためにも研究を続けていく。
教員紹介
Profile
堺 完助教
Osamu Sakai
1983年福岡県出身。同志社大学院博士後期課程単位取得退学。日本私立学校振興・共済事業団、立教大学大学教育開発・支援センター、大分大学アドミッションセンター、同IRセンターを経て、2023年度より現職。
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