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「教育学」を軸に「動物園教育」を研究
「談話分析」の手法を用いて
対話のフレームワークを構築
人生の中で一度も動物園に行ったことがない人はどれほどいるだろうか。それくらい動物園は多くの人にとって身近な存在だ。しかしながら「教育に活かす」という点においてはまだまだ可能性を秘めているかもしれない。
そんな動物園を“社会教育施設”の文脈で捉え、「教育学」の見地から研究を行ってきたのが教育探究科学群の松本朱実特任教授だ。近年の研究には、動物園でのモルモットのふれあい体験を行った子どもたちに絵を描いてもらうことで、子どもたちにとってのふれあいの意義を明らかにした「教師と動物園職員が継続して支援する子どもの科学学習 『モルもっとなかよくなろう!!』の事例から 」をはじめとして、動物園における教育プログラムを質的に調査・評価したものが多い。
そのほか、『動物園教育で子どもたちがアクティブに! 〜主体的な学びを支援する楽しい観察プログラム』や『動物園教育で子どもたちと対話しよう!〜持続可能性に向けたプログラムのデザインと評価〜』といった一般の人に向けた手引書も刊行するなど、研究の成果を幅広く伝えている。
このような研究の原点になったのが、東京学芸大学大学院 連合学校教育学研究科 学校教育学専攻 自然系教育講座 博士課程で森本先生ご指導のもとに研究した、構成主義的な学習論との出会いだ。理科教育学における構成主義的な教授学習論を援用して「動物園教育」を構築した。
動物園においてリアルタイムで起きている子どもの学びのプロセスを評価するために、実際に使われた言葉から傾向を見出す「談話分析」のフレームを構築した点に、同研究のオリジナリティがある。そして同論文で築き上げたフレームは今でも松本特任教授の研究のベースとなっているという。
「たとえば、子どもたちがフラミンゴを前にして『よく観察しなさい』と言われても、どこを見ていいかわからない子が大半かと思います。そこで『どのフラミンゴが好き?』と問いかけると、それは『視点を与える』ことになります。また『なぜそれが好きなの?』と聞いたときに、ある子どもが『色が濃いから』と言ったとします。そのときに『なぜ色が濃いんだろうね』と問いかけると、その子なりの理由を『説明』してくれます。まずは子どもが興味関心を持てる“入口”を探っていく。そうすることで『今度は他の人に教えてあげたい』『違う鳥も比較してみたい』といった次なる学びの深さにつながります。学校の先生や保護者の方も、こうした問いかけをするだけで、目の前の動物がすごく面白く見えてくるはずです」
一方で、「必ずしもこのフレームにとらわれる必要はない」とも話す。
「動物園の職員さんにもこうしたフレームをご紹介しますが、これが決められた手法ではありません。皆さんがそれぞれに応用しながら、より良いものに作り変えていただきたいと思っています。科学とはさまざまな人によってより良いかたちへと更新されていくものだからです」
構成主義の発想にもとづいた
「子どもたちの能動的な学び」
教育学の中でも「動物園教育」を軸に、さまざまな事例を扱ってきた松本特任教授。研究において一貫して意識してきたのが、子どもたちの能動的な学びであり、教育学においては「構成主義」とも呼ばれる。
これまでの教育においては、教師が教壇の上に立って説明し、子どもたちはそれを一方的に聞く『知識伝達型』の教育が主流だった。これに対し、子ども一人ひとりが自分自身の興味関心に紐づけて、主体的に新たな知識を獲得していくことは「構成主義」の発想にもとづいた教育と言える。なお、2020年から各教育機関で随時導入されている新学習指導要領が目指している「主体的・対話的で深い学習」も構成主義的な発想のもとに築かれているものだという。
こうした構成主義的な発想を大切にする理由について、松本特任教授は自らの経験を振り返りながら次のように語る。
「私は以前、動物園の飼育技師や学芸員として働いていた経験があります。動物園に来る子どもたちには動物が好きな子もいれば苦手な子もいますし、虫に関してはとりわけ詳しい子もいるなど、それぞれの興味関心や知識の深さが異なります。そんな中で、一様に同じ知識を伝えても、その情報に対する子どもたちの関心や集中が薄れてしまうかもしれません。一方で、子どもたちから知識を引き出したうえで、彼らの興味関心に合った解説をすると子どもたちは目を輝かせますし、大人が当たり前だと思っていることを素朴に質問してきます。こうした子どもなりの論理を基に科学的な見方や考え方を支援すると、より深い学びにつながる。それを学術的に裏付けたのが、先ほどご紹介した構成主義的な理科教育学だったのです」
「社会教育施設」としての動物園
動物園の「社会教育施設」としての役割に着目し、教育学の領域で研究を行っている松本特任教授。一般的には生活に身近な“楽しい場所”という認識はあっても、教育に関連する施設という認識をしている人は少ないかもしれない。しかし、「実際には日本の社会教育法に、動物園は博物館の一種として位置付けられている。なお、世界の動物園と水族館で構成される「世界動物園水族館協会」も、動物園で暮らす動物たちを野生の世界から動物園に“来てくれている”「野生からの大使」と位置づけ、種の保全や環境教育を動物園のミッションとしている。動物園が果たすべき社会的役割は非常に大きいのだ。
現場の経験を理論化するために研究者の道へ
“生き物好き”が高じて、動物園の飼育技師に
動物園の飼育技師や学芸員などの“現場”を経て、研究者となった松本特任教授。きっかけを思い出せないほど、物心ついたときにはすでに生き物が好きだったという。
「幼い頃からどんな生き物でも好きでした。アパート暮らしで犬や猫が飼えなかったので、カタツムリやカメなどの小さな生き物を選んで育てていました」
その後も生き物が好きな気持ちは変わらず、宇都宮大学農学部畜産学科に入学。1年次から馬術部に所属し、日中は動物学を学び、朝夕は馬術部の活動に勤しむ日々。動物との交流を深めた「かけがえのない4年間」を過ごした。
そんな松本特任教授が「動物と関わる仕事がしたい」と願ったのは極めて自然な流れだろう。大学卒業後は当時設立されたばかりだった長野市茶臼山動物園で飼育技師として働き始めた。
希望が叶い、仕事にもやりがいを感じていたが、動物の飼育に携わる中で、動物園のあり方に疑問を感じるようになったという。
「たとえば、チンパンジーの飼育を担当しているときに『ゴリラだ』と言って通り過ぎるなど、動物の名前を正しく認識していない人も少なくありませんでした。また、ケージの中にいる動物たちを人間が見るという構造上、どうしても“人間が上”という意識が芽生えやすくなりますが、相手を敬意をもってしっかり観てほしいと思いました」
環境教育を学ぶきっかけとなった
学芸員としての経験
仕事にやりがいを感じながらも、「さらに動物園の教育的機能を高め、動物についての正しい理解を広めたい」という思いから学芸員の資格を取得し、多摩動物公園の学芸員(動物解説員)として働き始めた。訪れる子どもたちに動物に関する解説を行ううち、一様に“教える”のではなく、インタラクティブな“対話”の中で知識を伝えるべきではないかと考え始めたのも、この頃だ。
自分が培ってきた知識や経験を汎用性のあるかたちで現場に還元するには、理論として積み上げていくことが必要だ——。そう考えた松本特任教授は、教育学の文脈に落とし込んで理論化できないかと考え始め、日本理科教育学会にも参加。そこでのちに博士課程での指導教官となる森本信也教授とも出会うことになる。
また、松本特任教授が多摩動物公園で学芸員を務めていた1990年代は、持続可能な開発を実現するための取り組みについて話し合う「国連環境開発会議(地球サミット)」や、温室効果ガスの削減を先進国に義務付けた「京都議定書」など、環境問題が声高に叫ばれ始めた時代。
環境教育を多摩動物公園でもおこなっていこうとする潮流の中、環境教育について一から学ぶために1998年3月に同施設の学芸員の仕事を離れ、同年4月から大阪教育大学大学院 教育学研究科 理科教育学専攻の修士課程に進むことを決めた。
「『環境教育』と聞くと『公害』や『絶滅危惧種の保存』などの具体的なイシューを思い浮かべる人が多いかもしれません。確かに以前は環境問題をいかに解決するかといった議論が主流でしたが、近年は議論の内容がより複雑化しています。たとえば地球温暖化問題においても先進国と途上国では状況が違う中で、いかにして公正な社会を目指すかという大きな命題のもとに議論されなければいけません。動物園が『絶滅危惧種の保存の必要性』を伝えるとともに、人々の世代間公平、世代内公平、生物多様性保全を合わせて考えることが重要だと考えます。また、環境教育は学校のある科目で行うような特別なものというイメージがあるかもしれませんが、鈴木善次先生に教えてくださったことで、環境教育の根源には『他者の立場を尊重し、理解して思いやること』という考え方があります。つまり、誰かが『特定の場所で行うこと』ではなく、『誰もがいつどこでもやるべきこと』なのです」
動物園教育を一つのアプローチとして、
人々が主体的・協同的に学び合う持続可能性に向けた環境教育を推進していきたい
「環境教育」と「構成主義」の思想を糧に
松本特任教授は、修士課程で環境教育を学んだのちに、神戸市のシルバーカレッジ 生活環境コースのコーディネーターや大阪ECO動物海洋専門学校 動物園・動物飼育専攻の非常勤講師など、さまざまな場所で自らの知識や経験を伝えてきた。
2013年4月からはかねてからの願いだった「自らの知見の理論化」を試みるべく、東京学芸大学大学院連合 学校教育学研究科学校教育学専攻 自然系講座博士課程に進学。構成主義的な発想のもとに理科教育学を専門とした研究を行っている森本信也先生に師事した。
その後も20以上の共同研究を行う中で、動物園で働く人々とのつながりを作ったり、甲南大学で博物館の学芸員養成に携わったりと、研究と現場を行き来しながら、動物園教育の底上げに貢献してきた。
そんな松本特任教授の夢は「持続可能性に向けた環境教育(ESD)をあらゆる人々と共に推進していくこと」だという。
「これまで関わってくださったいろいろな方を巻き込んで、公正公平で持続可能な社会や学び合いの場作りを実現していきたいと考えています。そこに私の専門である教育の知見や生き物というテーマ、動物園という場が役に立てばうれしいです」
環境教育の根源と捉えた『他者の立場を尊重し、理解して思いやること』という思想が流れている——。松本特任教授の研究や活動にも、この環境教育の思想が深く息づいていると言えよう。
教員紹介
Profile
松本 朱実特任教授
Akemi Matsumoto
1960年、青森県生まれ。1983年宇都宮大学農学部畜産学科卒業後、長野市茶臼山動物園にて飼育技師として働き始める。その後、(財)東京動物園協会動物解説員(学芸員)を経て、2000年に大阪教育大学大学院 教育学研究科 理科教育学専攻 修士課程を修了。2016年には東京学芸大学大学院 連合学校教育学研究科 学校教育学専攻 自然系教育講座 博士課程を修了した。専門は学習者主体の教授・学習論、環境教育、理科教育学、動物園教育学。社会構想大学院大学特任教授、神戸市シルバーカレッジ生活環境コースコーディネーター、複数の大学の非常勤講師(学芸員養成課程など)を経て現職。一般社団法人ミュージアムESDコミュニティ代表理事、(公財)東京動物園協会理事、(公財)ふくしま海洋科学館(アクアマリンふくしま)理事も務める。
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