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交流から生まれる
新しい観光のかたち
地域とともに生きる観光──グリーン・ツーリズムとは何か
「グリーン・ツーリズム」とは、農山漁村地域に滞在し、自然や伝統文化に触れながら、そこで暮らす人々と交流を楽しむ観光のスタイルを指す。たとえば、農家に1〜3泊して生活を共にし、郷土料理を一緒につくって食卓を囲んだり、苗の植え付けや収穫作業を手伝ったりする。旅行者は一時的に地域の一員として過ごし、自然の恵みや人々の温もりに触れながら、心豊かな時間を過ごすのだ。こうした体験は、短期間であっても深い感情の交流を生み出す。グリーン・ツーリズムは、旅を通して「誰かの暮らしに触れる」ことで、観光と地域の関係を見直すきっかけを与えてくれる。
「グリーン・ツーリズムの本質は、体験を通じて地域の暮らしに入り込むことにあります。観光を超えた関係性が生まれることで、交流人口や関係人口の増加につながり、それが地域の持続的な活力にもなるのです」
そう語るのは、ビジネスマネジメント学群の川﨑友加准教授。川﨑准教授自身、大学・大学院時代から長野県飯田市や山口県周防大島町、宮崎県霧島市、そして愛媛県今治市のしまなみ地域など、各地でグリーン・ツーリズムのフィールドワークに取り組んできた。農作業を体験したり、農家民泊で地域の方々と時間をともにしたりするなかで、観光の可能性とその社会的意義を実感したという。
「グリーン・ツーリズムは多くの場合、地域ごとの組織によって運営されています。農家グループや農協、自治体、第三セクター、そして観光地域づくりを担う法人であるDMO(Destination Management Organization)などが連携し、体験プログラムの開発や宿泊の受け入れ体制の整備を行っています」
たとえば、川﨑准教授が調査を行ってきた長野県の南信州地域では、民間企業と周辺市町村が共同で組織を立ち上げ、都市部からの来訪者に向けた体験プログラムを開発した。受け入れ農家との調整や研修も重ねながら、持続可能な仕組みづくりに取り組んでいたという。
「グリーン・ツーリズムを通じて得られるのは、経済的な効果だけではありません。農業や農村を単なる生産の場として見るのではなく、文化や自然が息づく空間として捉えることが大切です。そうした多面的な価値に気づくことが、観光の新たな可能性を拓く鍵になると考えています」
観光が地域振興の手段として注目される一方、過剰な商業化や文化の均質化といった課題も指摘される。経済性だけを重視すれば、地域本来の文化や営みを損なうリスクがある。だからこそ、観光と暮らし、文化のバランスを見つめ直すことを大切にしたいと川﨑准教授は語る。
イタリアに学ぶ、グリーン・ツーリズムの展開と可能性
日本におけるグリーン・ツーリズムは、もともとヨーロッパで発展してきたアグリツーリズムやルーラルツーリズムをモデルとして導入されたものである。とりわけイギリス、ドイツ、オーストリアといった国々では、都市部に人口が集中した産業革命以降、自然や文化の多様性を活かした農山村型観光が発展してきた。これらの国々では、都市生活から離れて長期間バカンスを過ごす「滞在型観光」が定着しており、農村に宿泊しながら地域の暮らしに触れるスタイルが広く受け入れられている。こうした欧州の流れも汲んで、川﨑准教授は研究のフィールドワークの場としてイタリアを選び、現地のグリーン・ツーリズムの実態とその背景についても調査を進めてきた。
「イタリアでは、グリーン・ツーリズムは『アグリツーリズモ(agriturismo)』と呼ばれています。これは農家が自らの営農活動を軸に、宿泊や食事、文化体験などを提供する観光の形です。地域の食材を活かしたレストランの運営、歴史ある農家の建物を改装した宿泊施設の整備、さらには農業体験や料理教室といった多様なプログラムが含まれています」
このアグリツーリズモが制度化されたのは1985年。当時のイタリアでは経済成長にともなう都市集中が進み、農村部では人口の減少と過疎化が大きな課題となっていた。こうした状況を背景に、農村の価値を再評価し、農業と観光の両立を図る仕組みとして法整備が進められた。
アグリツーリズモ法では、農業収入が主軸であることが明確に定められており、観光による収入は農業所得の50%以内に制限されている。この規定は、観光業に依存しすぎることなく、あくまで農業を基盤とした活動であるべきという原則を示している。また、農家が所有する歴史的建築物や田園景観の保護、地元農産物の活用など、環境や文化に配慮した運営が推奨されている。
「たとえば、キャンティワインの産地に近いエミリア=ロマーニャ州では、築1000年を超える農家の建物を改築し、長期滞在向けの宿泊施設として活用している例があります。施設内にはキッチンが備えられており、宿泊者が自炊しながら過ごせるようになっているほか、敷地内にはプールやレクリエーション施設も整備されています。滞在者は、農家のマンマ(お母さん)による料理教室に参加したり、アーチェリーや乗馬、自然散策などのアクティビティを通じて、地域の魅力を五感で体験することができるのです」
対して日本では、農家の暮らしに「一緒に入っていく」ことが重視される傾向がある。食事をともにし、農作業を手伝いながら交流を深める、より人とのふれあいに根ざしたスタイルが中心だ。
「もちろん、どちらが優れているということではありません。それぞれの地域の文化や価値観、社会的背景に応じて、グリーン・ツーリズムの形は異なります。だからこそ、海外の事例を参照しながら、自国の文脈に合ったスタイルを模索していくことが重要だと考えています」
文化の多様性に気づいたことが
観光の研究に取り組むきっかけ
旅行が苦手だったはずが、観光の研究者に
現在は観光学を専門とする川﨑准教授だが、幼少期から高校生の頃までは、観光や旅行に対して強い関心があるわけではなかった。むしろ、旅行が苦手な子どもだったという。
「環境の変化に弱くて、旅行の前になるとよく体調を崩していました。周囲の子どもたちが遠足や修学旅行を心待ちにしてはしゃぐなか、私は前日になると風邪をひいたり、お腹が痛くなったりするタイプでした。集団行動もあまり得意ではなく、旅行は“仕方なく参加するもの”という感覚でしたね」
そんな川﨑准教授が、観光という分野に惹かれていった出発点には、「文化」への関心があった。大学ではさまざまな文化について勉強するなかで、その多様性に強く魅かれていったという。
「文化に興味を持ったのは、同じ日本国内でも地域ごとに文化が異なると気づいたからです。私は岐阜県出身ですが、隣県の長野と比べても、方言やイントネーション、栽培している農作物まで違います。長野はリンゴ、岐阜は栗。どちらも山間地であるにもかかわらず、営まれている暮らしは異なっています」
このような地域ごとの違いに関心を抱く一方で、観光の影響によって地域の文化や暮らしが画一化していく現象には、強い違和感を覚えるようになった。
「観光によって地域の商業が均質化したり、本来の暮らしが“観光向け”に変容してしまったりする場面に接するなかで、観光とは何のためにあるのか、誰のためのものなのかを問い直したくなりました。文化を起点に観光を見つめ直す視点が、自分の研究テーマへとつながっていきました」
グローバル化のなかで、ローカルの価値を見出す
川﨑准教授が大学に進学した2000年代初頭は、グローバル化の波が社会全体を覆い、日本各地の風景がどこか似通って見えるようになり始めていた時代だった。駅前に並ぶチェーン店やファストフード店など、便利で一定の品質が保たれたサービスが全国どこでも受けられる一方で、地域ごとの個性が失われていくように感じていたという。
「私自身も、学生時代のアルバイト先はマクドナルドでした。高い効率性やマニュアル化された業務に触れるなかで、ローカルな価値や個別性について考えさせられる場面が多くありました」
そうした感覚を背景に、大学時代には地域に根ざした文化や行事に関心を持ち、フィールドワークを重ねるようになった。郡上八幡の郡上踊りや、愛知県足助の「中馬のおひなさん」などの地域イベントに参加しながら、地域に暮らす人々と直に関わる経験を積んでいった。
「旅行が苦手だった私ですが、地域の文化や人との交流を通して、旅の本質的な面白さに気づいていきました。足助ではイベントの手伝いも経験し、地域の方や観光客との会話から、観光が生む人と人とのつながりの大切さを実感しました。各地域には、表面的な観光資源だけでは測れない魅力があるのです」
地域文化の多様性に触れ、「観光」という行為がいかに地域の価値と関わり合っているかを実感するなかで、研究テーマは次第に明確になっていった。そして、修士課程では、農山村の暮らしや文化を観光資源として見直し、その価値を持続可能なかたちで発信するグリーン・ツーリズムに取り組むことになった。
観光の現場から、研究への再挑戦
修士課程の修了後、川﨑准教授は一度アカデミアを離れ、旅行会社で働く経験もした。旅行商品の企画・手配やカウンター業務、企業研修の旅行プランの作成、宿泊・交通機関の予約など、現場での実務を幅広く担当した。
しかし、実務を重ねるうちに、現場の業務だけでは捉えきれない問いが頭を離れなくなった。観光が地域にもたらす影響や、文化との関係性をより深く探究したい。そうした思いから、博士課程への進学を決意する。
「働きながら大学院に通うのは難しく、退職して研究に専念する道を選びました。博士課程では、農山村におけるグリーン・ツーリズムの実態や意義をより体系的に捉えることを目指し、フィールドワークや事例調査を重ねました。そして、現在の大学教員への道へと続いていきます」
持続可能な観光の未来へ
観光の核心は「地域のストーリー」にある
観光の研究は、地域の成り立ちや物語を丁寧に紐解くことから始まると川﨑准教授は語る。観光は単なる移動や消費の行為ではなく、文化を媒介する営みであり、地域ごとの歴史や風土と深く関わっている。その土地に根ざしたストーリーを掘り起こし、現代の文脈で再構築することによって、初めて他にはない体験価値が生まれる。そして、それが地域ブランドの確立にもつながっていく。
たとえば、香川県の琴平町。ここは「讃岐のこんぴらさん」で知られる金刀比羅宮の門前町として、江戸時代から全国の参詣客を迎えてきた。金刀比羅宮への信仰を背景に、商人や職人が集まり、街道沿いには宿や土産物店、飲食店が軒を連ねるなど、にぎわいのある観光都市へと発展していった。しかし近年、観光客の減少により、地域の土産物産業は厳しい局面を迎えている。
「こうしたなか、地域の文化や信仰に根ざしたモチーフを現代的に解釈し、商品や体験に落とし込む取り組みが注目を集めています。土産物も単なる”記念品”ではなく、旅の余韻を日常に持ち帰るメディアとして再定義されつつあります。また、地域資源を題材にした創作やワークショップを通じて、旅そのものを『思い出に残る体験』として再構成する動きも見られます。これらは、いわばモノからコトへのシフトを示す好例であり、体験を通じた地域文化の継承と価値創出を目指しているのです。観光の持続可能性を考えるうえで、物語性は不可欠です。過去から受け継いだ文化を丁寧に紐解き、それを現代とどう接続し、次の世代へ渡していくのか。誰に、どのように届けるのか。その問いを抜きに、観光の未来は語れません」
教育と実践が観光の未来を育てる
旅行会社に勤務し、実務の現場を経験してきたことが、研究領域の広がりに大きく貢献していると川﨑准教授は語る、グリーン・ツーリズムをはじめとする地域密着型の観光だけでなく、近年では観光マーケティングや旅行産業の持続可能性にも関心を深め、理論と実践を横断するかたちで研究を展開している。
こうした専門的な知見は、教育の現場にも活かされている。ゼミナールや授業では、観光業界を志す学生に対して、旅行業務に関する資格取得の支援も行っており、自身の実務経験がそのまま教育に結びついている。
川﨑准教授自身も、国内旅行業務取扱管理者、総合旅行業務取扱管理者、総合旅程管理主任者などの資格を保有しており、観光庁認定の旅程管理主任者研修の登録講師としても活動している。さらに近年では、旅行会社での個人旅行業務の経験と、レジャー産業への学術的関与から、「クルーズコンサルタント」の資格も取得。これらの実践的知識と技能を、学生教育に還元することを強く意識している。
「観光は表面的に見れば楽しい体験の集積ですが、その裏には地域経済、文化、生活が密接に関わっています。旅行者としての視点と、観光を担う立場としての視点の両方を行き来することで、より深い理解が得られます」
また、地域観光の持続可能性を考えるうえで、人材の育成と文化の継承は欠かせない。1990年代後半に全国的に普及したグリーン・ツーリズムも、現在では担い手の高齢化という壁に直面している。こうした状況を踏まえると、次世代への知識と実践の橋渡しが今、ますます重要になっている。
「観光とは、地域ごとの文化や歴史、環境、社会構造に触れる営みです。調査や旅行を重ねるなかで、その土地の固有性に驚かされると同時に、人々の活力にも感動します。それが研究に取り組む私の原動力にもつながっています。観光は、人と地域、人と文化をつなぎ直すフィールドです。これからも、多様で持続可能な観光の未来像を探り続けていきたいですね」
教員紹介
Profile
川﨑 友加准教授
Yuka Kawasaki
1981年岐阜県生まれ。同志社大学大学院 総合政策科学研究科 総合政策科学専攻公共政策コース博士課程(後期課程) 博士課程修了 博士(政策科学)。今治明徳短期大学 ライフデザイン学科 国際観光ビジネスコース 専任講師、静岡福祉大学 非常勤講師、静岡英和学院大学 人間社会学部 人間社会学科 専任講師を経て、2023年より現職。2024年、日本企業経営学会研究奨励賞を受賞。国内旅行業務取扱管理者、総合旅行業務取扱管理者、総合旅程管理主任者、観光庁認定旅程管理主任者研修登録講師、クルーズコンサルタントの資格を持つ。現在はグリーン・ツーリズム論、観光マーケティングを主眼とした観光研究について研究している。
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