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「戦略的マーケティング」と
「マーケティング戦略」の違いとは?
戦略的マーケティングとは
「経営および人生そのもの」
「戦略的マーケティング」と聞くと、企業が商品やサービスを販売するためにマーケティング要素を組み合わせた「4P」*を思い浮かべる人が多いかもしれない。しかし、実際は「4P」は商品やサービスの「販売についての戦略」であり、「戦略的マーケティング」とは異なる。
ビジネスマネジメント学群の岩垂好彦准教授は、「戦略的マーケティング」について単なる販売の戦略よりも広義であり、「経営、ひいては人生そのもの」なのだと語る。
「多くの人がマーケティングだと認識しているものは顧客や消費者との接点を中心とした『マーケティング戦略』の一種で、ほとんど販売戦略と同義です。一方で、『戦略的マーケティング』は顧客や市場などを基点として、事業と経営管理を戦略的に組み立てるものを指します。具体的には『企画』『設計開発』『販売・マーケティング』『生産』『物流』『サービス』などの事業戦略と、『人事』『財務』『IT』『法務』などの経営戦略のすべてを包摂したものです。つまり、経営戦略そのものと言っても過言ではありません。なお、私の専門である『グローバル・マーケティング』も『戦略的マーケティング』の一つに分類されます」
*4Pとは「Product(販売する商品)」「Price(商品の価格設定)」「Place(商品を販売する場所)」「Promotion(商品の宣伝方法)」からなるマーケティング活動の基本的な考え方の一つ。「4P分析」とも呼ばれ、自社のターゲットに対して効果的なマーケティング活動を行うための計画づくりの一助となる。
“生きた経済学”を学ぶために
「経済地理」のゼミを選択
株式会社野村総合研究所に入社して以来、約30年にもわたって戦略コンサルタントおよび証券アナリストとして日本企業のグローバル展開を推進してきた岩垂准教授。東南アジアやインドの産業開発、教育・産業人材育成など、SDGsとビジネスの両立にも取り組み、現地政府高官への政策提言も行ってきた。
いわば、日本をけん引する「グローバル・マーケティング」のスペシャリストと言える存在である岩垂准教授が「戦略的マーケティング」に出会ったのは、慶應義塾大学在学中、当時の商学部で指導にあたっていた村田昭治教授の講義を受けたときだった。「マーケティングとは人生そのもの」と認識したのは、村田教授の教えによるもので、まさにその後の人生の道筋を決めてしまうような心に残る講義だったという。
岩垂准教授が在籍していたのは経済学部だったが、当時の同学部における講義のほとんどは数式について学ぶものばかりで、人や社会の営みに関わる“生きた経済”を学びたいと思っていた岩垂准教授にとっては、村田教授の講義のほうがより魅力的に感じられたのだという。
しかし、そんな経済学部の中でも、岩垂准教授の興味関心に近い領域があった。それはのちにコンサルタントとして最初に関わることになる「経済地理」だった。
「大学在学中は経済地理のゼミに所属していました。経済地理は経済活動の空間的な分布や地域間の格差、およびその原因について分析する学問です。『首都圏の鉄道沿線の都市開発』などがその一例で、地理的な観点からさまざまな計量分析を行っていました」
もともと研究志向が強かった岩垂准教授は大学院への進学も考えたが、経済地理のゼミを担当していた教員は着任したばかりで、大学院での講義を受け持っていなかった。同大学の大学院に進学する選択肢がない中、就職先について考えていたとき、父から紹介されたのが、のちに約30年にもわたって勤めることになる株式会社野村総合研究所だったのだという。
「私が入社した1991年当時はまだ中堅企業で、シンクタンクの名残もありました。文系は特に採用人数が少なく、知っている人が身近にほとんどいない会社でしたが、父から勧められて就職面接を受け、入社することになりました」
アジアの都市地域開発に貢献すべく
アメリカの大学院で公共国際問題を研究
“研究できる仕事”に惹かれ、株式会社野村総合研究所(以下、NRI)に入社した岩垂准教授。最初に配属されたのは地域開発事業部と呼ばれる都市地域開発を行う部署だった。大学で学んだ経済地理との関連性が強い領域ではあったが、学部時代の知識だけでは対応できないことも多く、入社してから実践を通じて「育ててもらった」と当時を振り返る。
そんな岩垂准教授は、同事業部での業務にあたって数年経った1990年代の半ば、「アジアの都市地域開発市場が成長している」という話を耳にした。当時は日本の政府や名だたる企業が同地域の開発に乗り出していた時期。すでに5年ほど地域開発の業務に携わる中で「この分野なら専門性が持てる」と確信しつつあったため、1996年にアメリカに渡り、ピッツバーグ大学の大学院公共国際問題研究科で2年間学びを深めた。もともと曾祖父や父がアメリカに留学していたこともあり、アメリカ留学は身近な選択肢だったという。
同研究科は「都市地域開発」のほか、国家間の関係の研究を通じて国際問題解決を目指す「国際関係学」、途上国の経済発展を分析して貧困・格差などの課題解決を目指す「開発経済学」、行政の経営について研究する「公共経営学」を学際的に学べる科で、自分の興味関心にもとづいた科目を組み合わせられる。大学院レベルの「アジア学」の認定プログラムと併せて履修した。
そこで岩垂准教授は、アジアの産業構造と照らし合わせながら、1997年にタイのバーツ暴落を機に発生したアジア通貨危機の要因を分析していたという。この留学はのちに「グローバル・マーケティング」の第一人者として活躍する礎となっていった。
「日本企業のグローバル展開の支援」から
「東南アジアの教育開発・産業人材育成」まで幅広く携わる
アジアの都市地域開発に貢献したいという想いで2年間アメリカに渡り、帰国した岩垂准教授だが、当時は会社の経営判断から、再び国内の都市地域開発の部署に配属。しばらくは地域産業政策や行政改革を担当することになった。また、留学後に「国際ビジネスの業務で役に立てば」と証券アナリストの資格を取得していたことで、中期経営計画の作成をはじめとした経営管理系のコンサルティングにも抜擢されるなど、幅広い活躍を見せる。
しかし、国際ビジネスへの想いが消えることがなかった岩垂准教授は、国際ビジネスのコンサルティング部門が立ち上げられる際に自ら挙手。2001年から、のちにNRIの代表取締役会長兼社長になる此本臣吾氏をはじめとした精鋭たちとともに、日本企業のグローバル展開支援からODA関連の業務まで、実に多様なプロジェクトに携わった。
「特に印象に残っているのは、日本の大手電機メーカーがグローバル展開する際に海外での売上比率を高めるプロジェクトです。現地法人の社長と直接話すためだけに1泊3日でイギリス・ロンドンに赴くなど、ハードな仕事でした。東南アジアにおける教育開発も数多く担当し、その経験からキャリア後半では途上国の産業人材の育成を任されることも増えてきました。そのほか、日本政府から依頼を受けて、日本企業が海外進出しやすくなるようにアジア各国と、貿易や投資を促進するための「自由貿易協定(Free Trade Agreement)」を締結するなどの環境整備も行っていました」
岩垂准教授が同社でコンサルタントとして実働していた約27年間のうち、手元で記録している案件だけでも237本。入社してから数年に関わったであろう案件も含めると、平均で年間10本ほどのプロジェクトに携わっていたことになる。こうしたさまざまな現場を経験する中で、広範囲にわたる知識とノウハウを身に付けていった。
また、2005年頃から「国際ビジネス研究学会」や「多国籍企業学会」をはじめとした学会に多数参加し始める。もともとアカデミックへの関心が強く、同社で働き始めてからも研究者になりたいという想いを抱き続けていたが、キャリアを重ねた2010年代後半からは、自らの知的好奇心とは別のモチベーションから、大学教員という仕事への興味が湧いてきたのだという。
「自分で言うのはおこがましいかもしれませんが、若手の社員に慕われて彼らの背中を推す機会が増えてきました。彼らの成長をサポートすることで私自身も学びを得る実感もあり、『若者の人生をナビゲーションしたい』という想いから、大学教員を志すようになったのです」
世界がインドに注目する理由とは?
世界経済の重要なカギを握るインド
アジアを中心とした国々の諸問題を解決してきた岩垂准教授だが、NRIが先行投資としてリサーチに注力し始めた2005年頃から現在にかけて、特にインドには強い関心を寄せてきた。
「私が初めて訪れたインドの都市はタミル・ナードゥ州にあるチェンナイでした。チェンナイはインドの中でも南にある都市で、それまで訪れた東南アジアの国々と文化が近かったこともあり、当初は新鮮さを感じませんでした。しかし、インドのさまざまなプロジェクトに携わるうちに、インド国内の各地域の文化や人種が大きく異なることに気づきました。たとえば、北部は季節ごとの寒暖差が激しいのに対し、南部は1年を通して気温が高く、東南アジアに似た気候です。また、北部は小麦と紅茶の文化なのに対し、南部は米とコーヒーの文化と、食文化にも違いがあります。今となっては明確なきっかけは覚えていませんが、インドのプロジェクトに携わる中で各地の文化の多様性に触れるうち、その魅力に強く惹かれていったのです」
特に近年、インドは日本企業の進出先としても注目されている。その理由の一つとして、GDPの規模や圧倒的な成長率を誇ってきた中国経済が2014年から「新常態期」に入り、従来のような成長が望めなくなっているのに対し、インドはコロナ禍の2020年を除いて高い成長率を維持していることが挙げられる。
また、第1次トランプ政権下で発生した米中貿易摩擦や、コロナ禍における世界的なロックダウン、2022年から始まったロシアのウクライナ侵攻、第2次トランプ政権下での関税の大幅な引き上げなどにより、グローバルなサプライチェーンの分断や停滞が各地で起きていることも、海外進出先としてインドが注目されている理由の一つだ。
「アジア、アフリカ、ラテンアメリカ、中東などの発展途上国・新興国を中心とする『グローバルサウス』と呼ばれる国々は、経済成長率の高さ、人口の多さと若年層の割合の高さ、生産拠点としての重要性、デジタル技術やイノベーションの発展、資源・エネルギーの供給国としての役割などから、地政学的・外交的な影響力が拡大しています。そうした『グローバルサウス』と呼ばれる国々の中でもインドは、高い経済成長率をはじめとした経済的な要因のほか、非同盟、全方位外交を重んじる世界最大の民主主義国家です。その一方で日本とアメリカ、オーストラリア、インドの4か国会談『日米豪印戦略対話(QUAD)』にも参加しているという安全保障上の位置づけなどからも、とりわけ重要な国となっているのです」
実際には「インフラの未整備」や「現地調達先の品質・技術力が不十分であること」など、ハード面ソフト面ともに、解決すべきインド特有の課題がいくつもある。しかし、製造業は拠点を一朝一夕に移せないからこそ、経済成長率や各国の文化、安全保障などを多角的に検証しながら、今から進出先としての基盤を地道に築いていく必要があるのだ。
ビジネスを通じて国際的な相互理解を進め、グローバル化を推進したい
桜美林大学に大学教員として着任するにあたり、約30年にわたって勤めあげたNRIを退職した岩垂准教授。現在は異文化経営学会の理事、経済産業省の研究会の委員、インド大使館、日本商工会議所や日本ASEANセンターにおける講演登壇、日韓の産業と貿易をどのように協働していくかを議論する「日韓新産業貿易会議」の日本側コーディネーター、曾祖父が1934年に創設した「公益財団法人岩垂奨学会」の執行理事を務めるなど、多岐にわたって活躍を続けている。
担当するゼミでは、企業への商品・サービスの企画提案や、食品ロス削減のための規格外農産物の販売、発展途上国のフェアトレード商品の普及活動、都市プロモーションなどのさまざまなプロジェクトを通じた実践の場を提供している。自身が受け持つ学生たちには“人としての思いやり”のほか、論理的思考やプレゼン能力をはじめとしたソフトスキルを伸ばしてほしいと話す。その背景には、岩垂准教授自身の体験に裏打ちされた“親心”があった。
「私自身が専門性を確立できたと感じたのは、大学院以降の学びと現場での実践でした。学部時代に求められるのは、専門性よりももっと基礎的な、社会に出てから広く役立つようなレポート作成能力やプレゼン能力、調査力、事業や商品などの企画力、構想力、提案力、創造力、考察力、論理的な思考スキルなどであり、これらを身につけてほしいと思っています」
「若者の人生をナビゲーションしたい」という想いから大学教員になったという岩垂准教授。巣立っていく学生たちにどんな想いを託したいかと尋ねると、一見すると「ビジネス」とは縁遠いようにも思える「世界平和」という言葉が飛び出した。
「2025年に第2次トランプ政権が発足して以降、反グローバル化が加速していますが、私はコスモポリタンを自認しています。国境による分断がなくなり、世界中の人々がそれぞれの国を気軽に行き来し、お互いに理解を深めてほしいと切に願っています。そうした世界が実現すれば各国の企業が国際的に活躍できますし、逆に企業の海外進出によって各国の垣根を下げることもできるはずです。私が担当するゼミの学生たちにもぜひそうした企業で活躍し、国際的な相互理解を進展させ、ビジネスの領域から世界平和に貢献してほしいと思っています。それによって、いま一度、世界がグローバル化の流れを取り戻せたらと願っています。」
教員紹介
Profile
岩垂 好彦准教授
Yoshihiko Iwadare
1968年、東京都生まれ。1991年3月に慶應義塾大学経済学部卒業後、同年4月より株式会社野村総合研究所に入社。1998年にはUniversity of Pittsburgh Graduate School of Public and International Affairs 修士課程を修了。入社以来約30年にわたり戦略コンサルタント及び証券アナリストとして、日本のグローバル事業展開を、大企業から中小企業までの経営者、技術者、経営企画担当者とともに推進。東南アジアやインドの産業開発、教育・産業人材育成などSDGsとビジネスの両立にも取り組み、現地政府高官に政策を提言してきた。現在も日本政府や経済団体などの委員会に招聘され、日本企業のグローバル化とそれを支援する政策についての助言を行っている。
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