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「複眼因果分析」で経営データに新たな視点を
実務と研究を融合させた独自のアプローチ
企業データに潜む本当の因果関係を読み解く
スマートフォンやIoTデバイスの普及、クラウド技術の進展により、行政や企業はこれまで把握しきれなかった現場の情報を、リアルタイムかつ大規模に収集できるようになった。人口動態や交通量、電力使用量といった統計データから、購買履歴や業務プロセス、従業員の勤務状況など企業内のオペレーションデータまで。社会のあらゆる局面がデータ化され、記録として蓄積されている。2010年代には「ビッグデータ」が注目を集め、近年ではDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進によって、日々、多様で膨大なデジタルデータが積み上がっていく。
しかし、マーケティングリサーチやコンサルティングの第一線で培った経験をもとに、より本質的なデータ分析の方法論を研究しているビジネスマネジメント学群の川﨑昌准教授は、冷静な視点からこう語る。
「企業ではその活動のあらゆる場面でデータの収集と分析を行っていますが、表面的な分析にとどまっているケースも多くみられます。豊富なデータをいかに有効活用していくか。これは大きな社会課題です。アンケート調査などで得られたデータを分析する際、コンサルタントであっても単純に平均値を見て、『この項目の数値が低いから、ここを改善しよう』といった提案にとどまっていることが少なくありません。しかし、それが本当に効果的な改善策につながるとは限らないのです。
例えば、テーマパークの満足度調査で『価格』の項目の平均値が低かったとします。単純に考えれば、顧客の満足度を上げるために価格を下げるべきだと結論づけるかもしれません。しかし、実際には価格と満足度の間に強い因果関係があるとは限らないのです。他の要因が満足度により大きな影響を与えている可能性はないか。そうした本質的な関係性を明らかにすることが重要です」
川﨑准教授が長年の共同研究を経て提案した「複眼因果分析」は、データを多角的な視点から分析し、真の因果関係を明らかにする手法だ。例えるなら、近くを見る「虫の目」と、俯瞰的に見る「鳥の目」。この2つの視点を組み合わせることで、より深い洞察を得ることができるという。この研究は、川﨑准教授がビジネスの現場で長年感じてきた「もっと深い分析ができるはずだ」という問題意識から進めたものだという。
「組織人事コンサルティングの仕事をする中で、企業で働く従業員の意識調査といったデータに触れる機会が多くありました。しかし、そのデータの分析で求められるのはある問いに対する従業員グループの答えが平均値より高いか、低いか程度がほとんど。より精査・分析すれば、宝の山のようなデータなのに、という思いがありました」
そんな現場での経験を踏まえ、より実践的で有効な分析手法の開発に取り組んでいる。
「理論だけでなく、実際の現場で使える方法論を開発したいと考えています。特に中小企業では、一般論が当てはまらないケースも多い。その企業固有の状況に合わせた分析と提案ができる手法が必要なのです。複眼因果分析でいえば、中小企業に必要なのは虫の目で、具体的な改善策を明らかにできるようなアプローチです。
従業員のチャレンジを生み出す人事制度を設計したいというベンチャー企業では、最初にアンケート調査で多くの関連データを取得し、『選抜型多群主成分回帰分析』という手法を用いて分析を行い、目標設定がチャレンジに強く影響するという結果を可視化しました。しかし、目標設定を制度にするには、上司との面談やフィードバックの回数、評価のしくみなどの検討が必要になります。ここでも科学的にアプローチするため、目標管理制度に関する仮想的な実験を行い、そのデータを分析することで具体的な制度設計につなげました」
離島から都市へ、そして研究者への道
川﨑准教授の研究スタイルには、これまでの多彩な経験が色濃く反映されている。長崎県の離島で生まれ育った川﨑准教授は、高校時代に社会心理学に興味を持ち、社会学を学べる大学へ進学した。
「離島での暮らしでは、親戚や友人との関係性が密接でした。小中高と顔ぶれがそれほど変わらない環境のなかで、人間関係や環境によって自分の心理がどう変わるかに自然と関心を持つように。高校3年生の担任が社会学を学んできた先生で、『それは社会心理学だ』と教えてくれたのが進路選択の1つのきっかけになりました」
大学卒業後は「30歳までに独立したい」という思いから、市場調査会社に就職。医薬品や電子通信分野の調査を担当し、データ分析の基礎を実践的に学んだ。その後、予定通り30歳を前に独立。さらに心理学系の資格を取得し、「中小企業で働く人を元気にするような仕事がしたい」という思いからEAP(Employee Assistance Program:従業員支援プログラム)関連の仕事にも携わるようになった。
そんな川﨑准教授が社会人大学院生となったのは40歳を過ぎてからだった。ボランティアで参加した治験に関連する医学系の研究に興味を持ったことがきっかけだったが、紆余曲折を経て最終的には経営学、特にデータ分析の分野に進むことになったという。
「当初は医学系の研究を志していましたが、縁あって経営学の大学院で学ぶことになりました。経営データ分析の研究と並行して仕事も続け、組織人事コンサルタントや調査、データマネジメントといった業務をサポートする日々。博士課程では指導教授と共に試行錯誤しながら『インターネット調査における多群質問項目の解析と提案』といった企業の実務現場で役立つ分析手法について論文をまとめるなどしていきました。結果的に、それまでの実務経験と研究が結びつくことになったのです」
マーケティングリサーチ、組織コンサルティング、そして大学教員。一見すると異なる分野を歩んできたように見えるが、川﨑准教授はこれを「キャリアの統合」と表現する。過去の多様な経験が現在の研究と教育活動の基盤になっているのだ。
データの可視化から人流分析まで
実践的な学びで社会に貢献する力を育む
「生きていく力」を培うデータサイエンス教育
ビジネスマネジメント学群で川﨑准教授が担当するのは「データサイエンス」「経営調査演習」などの科目。1年生向けの大規模講義から少人数のゼミまで、場面に応じて教育アプローチを変えながら学生たちと向き合っている。
「大規模の講義では、まず数字への苦手意識を取り除くことを意識しています。統計やデータ分析と聞くだけで尻込みしてしまう学生が少なくありません。そうした壁を取り払い、『やればできる』という感覚を掴んでもらいたいと思っています」
一方、少人数のゼミでは「自律的に生きていく力」の育成に重点を置いている。単にデータ分析のスキルを教えるだけでなく、学生が自分自身で考え、行動できる人間に成長させることを目指しているという。
「よく学生に伝えるのは『過去と他人は変えられないが、未来と自分は変えられる』ということ。何かができない理由を他の人や過去のせいにしても何も変わりません。自分が動くことで未来を変えられるということを実感してほしいのです」
その教育スタイルには、自身の経験が大きく影響している。紆余曲折を経ながらも、「一つひとつの現場で精一杯やる」という姿勢でキャリアを切り開いてきた背景があるからこそ、学生たちにも同じような前向きな姿勢を伝えたいと考えている。
「データ分析のツールは日々進化しています。今はAIやソフトウェアの発達で、分析自体は一瞬でできるようになりました。だからこそ、何のために分析するのかという目的意識、データの扱い方や倫理的な側面が重要になっています。テクニックだけでなく、そうした本質的な部分を学生に伝えたいと意識しています」
企業や地域と連携した実践的プロジェクトで学生に成長機会を
川﨑准教授が担当するビジネス演習で力を入れているのが、地域社会と連携した実践的プロジェクトだ。現在は企業からの寄付により、原宿竹下通りに定点カメラを設置し、そのカメラで取得した人流データを分析して都市型商店街の街づくりへの貢献を目指す活動に取り組んでいる。
「原宿竹下通りの出入口に設置した定点カメラや複数のビーコンで取得したデータを分析し、来街者の数や属性・時間帯別の推移を把握します。さらに天気データやイベント情報と組み合わせて、来街者数を予測することにチャレンジしています」
また、ゼミ活動では、他ゼミと合同で企業の人事担当者を集めて実施する「ダイバーシティ推進イベント」の開催に向けたプロジェクトが進行中である。
「このイベントで発表するためのアンケート調査を学生たちが準備中です。収集したデータが間違っていると分析結果や提案も間違ったものになってしまうので、調査を行う場合はその準備に一番時間をかけます」
こうしたプロジェクトは学生にとって貴重な実践の場だ。教室で学んだデータ収集や分析の手法を実際の社会課題に応用することで、より深い理解が得られるという。
実務経験と研究を融合した書籍へ
データサイエンス教育の新たな地平を目指して
文系学生にも伝わるデータサイエンスの教材づくり
川﨑准教授は現在、データサイエンス教育の方法論を書籍化することを目指している。統計やデータ分析に関する書籍は数多く出版されているが、文系の学生や社会人にとって手に取りやすい、理解しやすい教材は意外と少ないと感じているからだ。
「データサイエンスや統計に関する書籍はたくさんありますが、実際にはうまく理解、活用できていない人が多いと感じています。特に文系の方々にとって、既存の教材はハードルが高いものが少なくありません。私自身も文系出身なので、同じ立場の人たちにもわかりやすい教材をつくりたいと考えています」
川﨑准教授が構想する書籍は、数式や専門用語を前面に出すのではなく、データの整理の基本から丁寧に解説し、実際のビジネスシーンで使える分析手法を紹介するものだ。もちろん「複眼因果分析」など、これまでの研究成果も盛り込む予定だという。
「専門的な統計知識がなくても、データを適切に扱い、有効な分析ができるようになるための道筋を示したいと思っています。例えば、Excelでうまく分析できないのは関数の書き方が悪いからではなく、元のデータの持ち方に問題があるケースが多い。そうした基本的なところから解説していく予定です」
こうした取り組みには、川﨑准教授のデータを「人のために活かす」という思いが込められている。単なる数字の羅列ではなく、人間の行動や成長につながるデータ活用の形を模索しているのだ。
変わりゆく組織と教育の未来へ
研究者としての今後のビジョンを尋ねると、川﨑准教授は「組織の概念の変化」に着目していると話す。テレワークの普及や副業の一般化など、働き方の多様化によって従来の組織の境界線が曖昧になってきているという。
「今まで私の研究は主に企業組織を対象としていましたが、今後はもっと広い社会課題に方法論を適用していきたいと考えています。例えば地方創生のリーダーシップ研究など、組織を超えた領域にも視野を広げています」
また、教育の分野でも新たな挑戦を続けている。オンライン授業の可能性を模索したり、生成AIの台頭に対応した情報リテラシー教育の在り方を考えたりと、時代の変化に合わせた教育手法の開発に取り組んでいる。
「生成AIの普及によって、これまでの情報教育の形も変わらざるを得ません。学生に向けて『論文作成には使わないでください』と言うだけでは済まない状況になっています。どこまでをどう取り入れるべきか、どう使うことが学生の学びに効果的なのか。現場で試行錯誤していきたいテーマです」
さらに、長期的な視点では「大学が近くにないような地域で、若者や地域の人々が高等教育に触れられる場をつくる」ことにも関心を持っている。地方に多様な人材を集める手段でもあると同時に、そこに出入りすることで情報過多な都市から離れることで内省ができ、研究に打ち込める時間が生まれる。若者だけでなく社会人の再教育の場としても意義深いのではと考えているのだ。
「桜美林大学のビジネスマネジメント学群での教育研究に全力を注ぎつつ、将来的には教育の可能性をさらに広げていきたい。データサイエンスと教育の融合など、新たな領域にも挑戦していく予定です」
教員紹介
Profile
川﨑 昌准教授
Sho Kawasaki
長崎県生まれ。市場調査会社勤務を経て、組織人事コンサルタントとして独立後、社会人大学院に進学。博士(経営学)の学位取得後、桜美林大学ビジネスマネジメント学群特任講師を経て、2023年4月より現職。主な研究テーマは、調査・実験データの収集・分析・設計、経営情報の可視化、データサイエンス教育。日本品質管理学会、人材育成学会、産業・組織心理学会会員。
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