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子どもたちの権利が保障される社会をめざして
見過ごされがちな年代の若者たちに、支援の手を
虐待やネグレクト、非行など、家庭や社会に深い課題を抱える子どもたちは少なくない。そうした子どもが安全に過ごすことができないと判断された場合、児童相談所によって一時的に保護され、生活環境の改善や本人の状況の分析が行われる。保護期間の終了後、家庭に戻るか、あるいは児童養護施設や里親への委託が検討される。しかし、児童相談所が関与できるのは18歳未満とされており、18〜19歳程度のまだ十分に大人とはいえない若者たちは制度の狭間に置かれてしまう。
こうした年代の子どもたちに目を向け、寄り添ってきたのが、ビジネスマネジメント学群の小林美和准教授だ。日中は弁護士として活動する傍ら、アフターファイブにはそうした若者たちの支援に奔走してきた。
「児童相談所の支援が終了してしまった18〜20歳の子どもたち、とりわけ女の子を支援することが多かったです。制度の支援が届かない年代にこそ、サポートが必要だと感じていました」
小林准教授は、活動を通して”環境調整”をしてきたと語る。市区町村や警察、不動産会社、病院、学校など多様な関係機関と連携しながら、子どもたちが安心して暮らし、学び、自立への一歩を踏み出せるよう環境を整える。たとえば、虐待の再発が疑われる家庭から子どもをシェルターに避難させたときに、自治体と協力して、所在を伏せたり、保険未加入の子どもを市役所や病院に連れて行き医療へのアクセスを確保したり、警察と連携して緊急時の対応体制を整える「110番登録」の手続きをしたり、不動産業者と連携するなど、生活のあらゆる場面で支援を行ってきた。
また、不登校の子に対しては学校と調整したり、就学支援者とつなぎ、学校での生活ができるようにするため、教育環境の調整にも尽力した。そうした支援のなかで重要なのは、選択肢を提示しながらも、最終的な意思決定は本人に委ねる姿勢だと小林准教授は語る。
「“こうするべきだ”と大人が押しつけると、子どもは自分で人生を選んだ感覚を持てなくなります。本人が選んだと思えることが、自立への第一歩になるのです。そうした意見を表明できる環境を調整する役割として、弁護士が関わる意義があります」
子どもの声に耳を傾けるために──意見表明権の尊重とその実践
車に乗るときにはシートベルトを締め、バイクに乗るときにはヘルメットを被る。こうした行為は法律で義務づけられている。面倒に感じたり、「自由を制限されている」と思ったりする人もいるかもしれない。しかし、それでも義務とされているのは、事故の際に命を守るため、つまり本人の利益のためである。このように、本人の意思に反してでも、その人の利益のために介入する考え方を「パターナリズム(家父長主義)」という。未成年者の飲酒や喫煙の禁止もその一例だ。
では、「本人のためになるから」として大人がすべてを決めてしまってよいのだろうか。たとえば、「将来のためだから塾に通いなさい」「大人が決めたことだから従いなさい」「両親が離婚するなら、母親と暮らすほうがいい」といった判断は、誰の視点で下されたものだろうか。こうした問いに真正面から向き合うのが、「子どもの意見表明権」である。
1989年に国連で採択された「児童の権利条約」は、すべての子どもに「最善の利益」を保障するとともに、12条において「意見表明権」を明記している。これは、子どもが自分に関わるあらゆる決定に対して意見を述べる権利であり、その意見がどのように扱われるかについて説明を受ける権利である。つまり、子どもは自分の未来について、ただ保護されるだけの存在ではなく、対話の主体として認められるべき存在なのだ。
小林准教授は、弁護士として、そしてスクールロイヤーとして、児童相談所や学校で、またはそれ以外でも、これまで多くの子どもたちの声に耳を傾けてきた。虐待や家庭内の問題で一時保護された子どもたちに接するなかで見えてくるのは、彼らが自分の「最善の利益」を必ずしも適切に認識できていない現実だ。
「『家に帰りたい』という子が多いのです。たとえ家庭内で暴力を受けていても、自分が我慢すればいい、自分が悪いと思い込んでしまっている。しかし、それは“最善の利益”とは言えません。本当は、(もしそのとき選択肢としてあるなら)もっと安全で安心できる場所があるということを、丁寧に説明する必要があります」
小林准教授は、法的な用語を用いるのではなく、子どもが自分の状況を理解し、自ら選べるようになるための環境をつくることが重要だと語る。そのアプローチの根底にあるのは、「子どもを信じる」という姿勢だ。2016年には、日本の児童福祉法が改正され、その第2条1項に「児童の年齢及び発達の程度に応じて、その意見が尊重され、その最善の利益が優先して考慮され」として、子どもの意見表明権が法的にも明文化された。とはいえ、制度が整っても、それをどう運用するかが問われる。
「児童相談所のみならず、教育委員会のスクールロイヤーとして、学校・保護者・子どもが同席する場にも参加し、子どもの意見が埋もれないよう調整してきた経験もあります。弁護士が介入すると、よそ者が口を出すなと思われることも多いです。しかし、弁護士が介入するからこそ“権利”が守られるのです。子どもの声に耳を傾けることは、大人の責任だと思っています」
弁護士として
行政・福祉・ビジネスの現場を歩む
子どもの居場所をつくりたいと弁護士に
小林准教授は、子どもの頃から漠然と資格をもった仕事(医師か弁護士)を目指していたという。しかし高校生のとき、進路を具体的に考えるなかで、医学の道を断念する。解剖の授業などがどうしても苦手で、自分には向いていないと感じたのだ。そしてもう一つの選択肢だった弁護士を志すようになった。
また、小林准教授のなかには、もともと“子どもと関わる仕事がしたい”という思いがあった。病気や障害を抱えた子どもたちの存在が幼い頃から身近だったことが、その原体験にあるという。
「子どもたちが安心して過ごせる居場所をどうつくるか。それを考えたときに、弁護士という立場も有効なのではないかと感じていました」
そうした思いから、大学時代には、法律の勉強に加えて、教職課程も履修。特別支援学校で教える道も模索した。しかし、学業と教職課程を両立させていたが、やがて自分のキャパシティを超えてしまい、弁護士への道に専念することを決断する。ロースクール制度が始まったタイミングだったこともあり、法科大学院に進学。猛勉強の末、司法試験に挑戦。一度は不合格だったが、なんとか次の年に合格した。その後、司法修習を経て弁護士登録を果たした。
中小企業のパートナーとして──現場で培った実務の視点
小林准教授は、企業法務、とりわけ中小企業の顧問業務に長く携わってきた。契約書のチェックや人事・不動産に関わる法的助言、M&A(企業買収・合併)のサポートまで、その業務は多岐にわたる。
「M&Aにおいては、買収先の書類をリーガルチェックしたり、商標権の侵害や不正競争防止法に関する相談を受けたりもしました。芸術系に関わるクライアントであれば知的財産の扱いも重要です。企業の資産は人材や不動産も含めて多様なので、全体のバランスを見ながら、どのように事業や権利を移すのが最善かを検討していました」
とくに注力していたのは、買収後のリスク管理。たとえば、対象となる不動産の付近に文化財が埋没されているケースや、土壌汚染の有無、焦げ付いた債権の存在など、調査と対応は慎重を極めた。なかには、買収先にリスクの高い業者が関与している可能性もあり、その排除のために知恵を絞る必要もあったという。
「顧問弁護士とはいえ、経営戦略の一部に深く関与することになります。中小企業では経営者との距離も近く、経営そのものに関する相談も多いです。あるいは、代表者の個人的なトラブルの相談にも、法的に対応することがありました」
裁判に発展しそうなケースでは、できる限りADR(裁判外紛争解決)による和解を目指してきたという。裁判はゼロサムであり、勝てばいいが、負ければ大きな損失になる。時間や費用のコストも大きい。その間に新たなビジネスチャンスを逃すこともあるため、双方にとって納得できる落としどころを探る交渉力が重要になると小林准教授は語る。アントレプレナーシップ教育にも携わり、変化の激しい社会の中では、どのような場面でも、問題解決能力を高めることが必要である、と話す。
M&Aや破産処理、相続など、複雑な事業承継にも向き合う
特に印象的だったのが、医療法人の経営権移転を扱ったケースだ。厚生労働省の規制のもと、医療法人の経営権の移行は複雑な調整を要する。経営が破綻寸前の病院であっても、通院中の患者がいる場合がほとんどであり、そのなかで、機材の老朽化、診療報酬の未回収、ファクタリングによる債務など、課題は山積みになっている。
「怪しい業者が近づいてくることもあるので、名刺交換一つとっても注意が必要です。土地の賃料の調整では、いつの段階で、不動産鑑定士に依頼すべきか、裁判の過程で鑑定をすることになることもあるので、その後の対応を見越してコストを仮定しながら進めていくかなど、見通しを具体的に提示する力が問われました」
法律的な正確性はもちろん、クライアントが納得し実行可能な未来図をどこまで描けるか。それが弁護士としての腕の見せ所だと小林准教授は語る。専門家だからこそ、抽象的な話ではなく、数字を用いて“この先どうなるか”を具体的に説明する必要があるのだという。
「破産処理に関与する場面では、従業員への給与支払いや債権者への説明を行い、円滑な清算に努めました。会社の幕引きを全社員の前で説明したこともありました。その後、地方自治体の法務部門に勤務。一般的な行政内部の対応のほか、補助金交付に関わる要綱づくりなどの業務にあたりました。たとえば、補助金の交付条件をどの年度に合わせるか、成年後見人報酬の支払いタイミングなど、制度設計には細かな調整が必要です。現場の実情に合わせつつ、予算制約も考慮する。行政職員と一緒に、制度を公表できる形に落とし込む工夫が求められました」
また、自治体内の不祥事への対応では、顧問弁護士の立場で内部調査にも関与。被害状況の把握や再発防止策の提言など、第三者的な視点を持ち込むことで、組織の信頼回復に尽力したという。
日中は企業や自治体の法務に向き合い、アフターファイブは、制度の狭間で支援の届きにくい18〜19歳の若者たちに寄り添ってきた。弁護士として、社会の構造と対話しながら、一人ひとりの居場所を探し続けてきた経験を、現在は桜美林大学で還元している。
インクルーシブ社会の実現に向けて
違いを尊重できる力を育てたい
弁護士として、行政・福祉・ビジネスの現場を横断しながら実務経験を積んできた小林准教授。現在は桜美林大学で、これまで支援してきた子どもたちと同年代の学生たちと日々向き合っている。
「桜美林大学の学生たちは、私がこれまで関わってきた子どもたちと比べて、私立大学への進学が選択肢としてある、という点で、経済力がある環境にいると思います。このまま、虐待など社会的養護に関わらない人生を送る可能性も高いかもしれません。しかし、だからこそ伝えたいことがあるのです。子どもたちの声に耳を傾け、他者を尊重できる大人へと成長してほしい。その思いを胸に、教育に向き合っています」
子どもを尊重できる大人が増えていけば、虐待や差別といった悲しい出来事は、少しずつでも減らすことができる。小林准教授は、目の前にいる一人ひとりの「これから」をともに考えることが、法律家としての使命だと考えている。それは中小企業の経営者に対しても、支援を必要とする子どもたちに対しても変わらない。
「子どもの意見が尊重され、多様な価値観が共存できる社会こそが、私の目指す“インクルーシブ社会”です。では、それをどう実現していくか。もちろん、制度改革のような大きな変化も必要ですが、私はまず、自分の身近なところから取り組むことを大切にしています。関わった人が少しでも笑顔になれるような、そんな環境を一つひとつ丁寧に築いていきたいのです。違いを認め合い、支え合える仲間が増えていけば、それぞれが自分らしく生きられる社会につながるはずです。そんな“尊重の連鎖”が広がるように、桜美林大学で、学生たちにその思いを伝えていきたいと思っています」
教員紹介
Profile
小林 美和准教授
Miwa Kobayashi
東京都生まれ。立命館大学 法務研究科 卒業 法務博士(専門職)。法科大学院を卒業後、弁護士として中小企業の支援などに関わった後、地方自治体に勤務。法律のバックグラウンドを活かし、行政、福祉、ビジネスの分野を横断してきた。2021年より、桜美林大学に着任。多くの子どもたちの権利が保障され、多様な人々が自分らしさを追求できるインクルーシブ社会の実現に向けて、法律の視点から模索している。
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