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サービス品質向上に向き合った、航空業界での経験
「ホスピタリティ」を学ぶには
「サービスについて考えるだけではいけません。社会で何が起きているのか、なぜ起きているかを知る広い視野を持つことこそが、ホスピタリティを磨くために重要なことなのです」
そう語るのは、ビジネスマネジメント学群の岡島眞理教授。国内大手航空会社にて国際線客室乗務員として勤務し、のちに客室乗務員組織の安全、教育、採用、サービス企画、約5,000人の現場組織の責任者を任された経験を持つ。民間企業で得たノウハウを強みに、現在は広い視野を持ち、ホスピタリティ精神に溢れる魅力的な人財を育成するべく、ホスピタリティ精神と企業戦略論について教えている。
航空業界で培った「サービス品質向上」の実践経験
大学を卒業後、客室乗務員として航空会社に勤務し、最初の10年間は乗務を中心に働いてきたという岡島教授。乗務員として同乗する乗務員を統率する「アシスタントパーサー」、「パーサー」を担うなどキャリアを重ね、客室における安全確保とサービスの提供を行っていた。
勤続10年を過ぎた頃、新人客室乗務員を教える訓練部の教官として働かないかというオファーがあり、受け入れた。そこでは、基本的な座学や、機内サービスや接客にまつわる訓練などを担当。日本出身の新人だけでなく、ヨーロッパ支部で採用された海外出身者の乗務員を含め、15〜20名のクラスを受け持ち、新人乗務員への訓練を通してサービス品質の向上に努めた。その後も、先任客室乗務員、客室の安全組織担当、本社のマーケティング部所属、約300人の客室乗務員を束ねる室長、約1,000人の乗務員を束ねる部長と多様な職務を歴任。航空業界におけるサービスとホスピタリティの提供に関する実践を重ねた。
本社のマーケティング部に配属された際には、サービス品質に関する社内調査などを担当することに。予約から機内の様子、空港に到着した際の様子に至るまで、乗客の体験にまつわるあらゆる評価をアンケートによって集め、取りまとめたフィードバックをサービス品質の向上に活用した。人財育成、そしてカスタマー対応を通した組織開発の両軸からサービス品質の向上に務めた。
「当時は、企業の健康診断のようなものだと考えていました。年に数回行い、そこで発見した課題に向き合い、各部署に改善策を提案することでサービスをよりよくすることを目指していました」
人間心理への関心から人財育成の道へ
大学時代は、英文学科でシェイクスピアを専攻したという岡島教授。当時は、人間の心理に関心があったという。その興味関心が、人財育成への情熱にもつながっていく。客室乗務員をはじめ、岡島教授が歴任した航空業界での職務の最終的な使命は、飛行機に乗った乗客に「また利用したい」と思って帰ってもらうこと。そのために、組織にいる人をマネジメントしてやる気を持ってもらうこと、そして、働きやすい仕組みをつくっていくこと、それらはすべてつながっていると考えていた。
「部下に対してどういったアプローチで育成すれば、やる気を出してくれるのか、サービスの向上につながっていくのか、ということに興味がありました。これは人間の心理への興味関心がルーツにあると思います」

サービス品質を向上させるための実践を続けてきた岡島教授だからこそ、「ホスピタリティ」についての知見は豊富だ。サービス提供の現場においては、スタッフが乗客に対して行うサービスを規定するマニュアルが存在する。しかし、マニュアルに書かれたルールに則りながらサービスを提供するだけでは足りない。乗客が感動するホスピタリティとは、そうしたサービスがあった上にある更なる付加価値の提供にあるという。
「そうした付加価値の提供は、最終的には個人のパフォーマンスや人間力にかかっています。だからこそ、そうしたパフォーマンスを発揮してもらいやすい環境をいかにつくるかが重要です。スタッフ一人ひとりへの声かけの場合もあれば、共通の課題を組織として改善する場合もあります。最終的には、『どうすれば社員一人一人が自分の仕事に生きがいとやりがいを持って向き合えるか?』ということに行き着くと思います。その実現方法を考えるのが、ホスピタリティあるサービスの提供に必要だと考えてきました」
業種を超えて、なぜ「ホスピタリティ」が必要なのか
そもそもホスピタリティとは何か?
航空業界において、客室乗務員の訓練と企業組織の改善を通してサービス品質の向上に務めてきた。岡島教授はそうした業界での経験を買われ、桜美林大学のビジネスマネジメント学群で教員を任されることになる。
「どうやってサービス品質を向上させていくのか、ホスピタリティを発揮するのかをずっと考えてきました。学生には、それらの経験と知識を伝えられると思っています」
ホスピタリティという要素は、現代の企業人において必要不可欠なものの一つだ。業種を超えて求められるその職能について、岡島教授は実践の中で思考を深めてきた。授業でホスピタリティについて教える岡島教授にとっても、ホスピタリティとは何かを厳密に定義することは難しい。「ホスピタリティ」「サービス」「おもてなし」といった言葉があるなかで、それぞれの概念を岡島教授は下記のように説明する。
「ホスピタリティの語源はラテン語のHospes(ホスぺス/意味:客人の保護者)。語源から考えると、見返りを求めることなく人のために何かをするということから始まっています。例えば、訪ねてきた人を無償で泊めてあげる、というようなこと。一方でサービスという言葉はラテン語のServus(セルバス/意味:奴隷)から来ていると言われていて、等価価値の関係性があると思います。誰かが誰かに命令をして、それに応えるという関係性です。言われたことをやればいい『サービス』に対して、ホスピタリティはより広い概念であるといえます」
そうした言葉のなかでも、「おもてなし」には、もてなしを受ける相手にもそれを受け取るだけの感性が必要だというのが岡島教授の持論。「おもてなし」というものが、日本的なホスピタリティの示し方であると考えている。
なぜ企業にはホスピタリティが必要なのか

なぜ、企業にもホスピタリティが必要だと言えるのだろうか——。岡島教授は、マネジメントの観点からこう語る。
「お客様を満足させることから始まるのではなく、従業員の満足からよいサービスが生まれ、結果的にそれがお客様の満足につながり、またお越しいただけるのではないか、という考え方があります。授業ではそうした考え方を示しながら、企業が何に力を入れているのかを学生と共に考えています」
サービス業界といえば、働く人が自らを犠牲にするようなイメージが持たれているかもしれない。しかし、現代では「働く人のモチベーションややりがいがサービスに影響を与える」という考え方がすでに浸透しているのだという。
サービスの品質には人も多く関わる上に、時代が変われば人の関わり方も変化する。だからこそ、理論化・体系化するのが難しい領域だ。日本的な「おもてなし」においても、これまでよしとされてきたホスピタリティが求められなくなる恐れはある。要求を明言されていなくても、会話の中からお客様の要望をキャッチアップし、提供するといった奥ゆかしいコミュニケーションが、時代と受け手が変われば「察して先回りされることが鬱陶しい」とされる可能性もある。ホスピタリティを考えるためには、時代の変化とともに、学び続けなければならないという。
時代によって変化するホスピタリティをどう学ぶべきか
必要なのは「時代や社会を知ること」
難しい命題である「ホスピタリティ」を、岡島教授はどのように学生たちに教えているのだろうか。
「企業がホスピタリティという切り口でどんな展開を行っているのか、企業が何を考えているのか、に焦点を当てて教えています。時には、企業の事例を示し、学生とともにその事例について考えていきます。主にマーケティングにおける『経験価値』の設計について考えることが多いですね」
「経験価値」とは、空間や人との関わりなど、その場で体験したあらゆる要素が合わさって経験としての価値が生まれるという考え方。岡島教授は、経験価値を生むあらゆる要素のなかでも「人」が与える影響力は大きいと考えている。前述の通り、付加価値の提供は、個人のパフォーマンスと人間力に依るものだというのが岡島教授の持論だ。また、社会で何が起きているのかを知ることもホスピタリティを語る上で重要だと考えている。
社会の在り方が変われば、当然ながらホスピタリティの在り方も変わる。だからこそ、社会で起きていることと企業の存在意義、自分が所属する企業が何を大切にするべきなのかを常に意識し、広い視点で考えることが必要になる。そのため岡島教授のゼミでは、社会課題のリサーチや社会研究も同時に行っている。
「ホスピタリティというと、具体的な接客時の振る舞いやノウハウ、スキルなどを期待する学生もいます。しかし、私はそれだけではなく、社会を知るための幅広い経験をして、人間力を鍛えなければ魅力的な企業人になることはできないと常々話しています」
論文を通して、ホスピタリティの言語化を目指した
2022年には、共同研究として論文を執筆した岡島教授。「サービス提供者の行為による価値共同破壊回復のプロセス」という論文のなかで、ホスピタリティについての実践を行う2名の取材対象者にインタビューを行い、ホスピタリティに関する言語化を目指した。
「お客様との破壊的な行為、つまりは『怒らせてしまう』『不満を持たせてしまう』といった状況をいかに回避するのかを、サービス提供能力の高い人々へのインタビューを通して分析しようという試みでした。実務時代から考えてきた『サービス品質の向上』について、誰でもわかるように理論化し、共有することができれば、現場のホスピタリティをより高い視点から向上させることができるのではと考えています」
ホスピタリティの言語化を目指す一方で、ホスピタリティは体験することでしか磨くことができないとも語る。
「ホスピタリティの力を磨くには、本物に触れることが一番だと思っています。接客体験だけではなく、文化や芸術をシャワーのように浴びていくことで、自分自身の感性のようなものが開く。若い頃からそれをやっておくべきだと考えています」
教授は有志のゼミ生を募り、時にそうした「本物」に触れる経験をしに共に出かける。航空会社での訓練部時代も、多くの学生を教える教授となった今も、岡島教授は変わらず人間個人の魅力と、そこから生まれるホスピタリティを信じている。
岡島教授には、と目指したい人物像がある。その人物像もまた、企業時代から変わらないものだという。
「一言で言えば、広い視野と時間軸を持った人間です。企業時代から大事にしてきた言葉として、『虫の目、鳥の目、自分の目』というものがあります。虫の目は物事を細かく丁寧に見ていくことや、人と人とが向き合うときの一対一の視点。鳥の目は全体を俯瞰して見る広い視点。それらを持ったうえで、『自分はどう考えるのか』という自分の視点が必要だと思っています。そこに時間軸が重なって、短期的にも長期的にも見通すことができれば。それら5つの視点を柔軟に行き来できるような人物が、理想的なのではないかと思います」
教員紹介
Profile

岡島 眞理教授
Mari Okajima
1961年、東京都生まれ。1985年 津田塾大学 学芸学部 英文学科 卒業。日本航空にて国際線客室乗務員として勤務し、のちに客室乗務員組織の安全、教育、採用、サービス企画、約5000人の現場組織の責任者の経験を持つ。マーケティング部門勤務時に、NUCB BUSINESS SCHOOL にてMBA(経営学修士)を取得。広い視野と教養を備え、ホスピタリティ精神に溢れる魅力的な人間性を発揮できる人財の育成を目指して、企業勤務経験を最大限に活かした授業を展開している。
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