メインコンテンツ
SNS時代ならではの広告・広報戦略とは?
SNSの台頭により登場した
「マーケティングコミュニケーション」
2000年代以降、SNSや動画共有サイト(YouTube、TikTok)の台頭により、広告および消費者とのコミュニケーションのあり方は大きく変容してきた。従来の「広告」が企業がお金を支払ってあらかじめ作り込んだものをテレビや雑誌などの媒体に掲載するなど、まさに“広く告げる”ものだったのに対し、適切なターゲットに向けて適切なタイミングで情報を届ける「非広告」領域も無視できない存在となってきたのである。
大手広告会社に19年間勤務し、リサーチやマーケティング、PR業務に従事してきたビジネスマネジメント学群の西山守准教授は、この「広告」、「非広告」を包含した「マーケティングコミュニケーション」と呼ばれる領域を専門としている。
マーケティングコミュニケーションとは、企業の商品やサービスを想定される顧客に届けるための方法について考えるものだ。これは従来の広告・マーケティング論における「4P*」の一つである「Promotion(プロモーション)」に分類されるもので、誰もがSNSやYouTubeなどの“自分の媒体”で発信できる近年においては、消費者が自ら話題を広げることを念頭に置いた戦略が重要とされる。企業がテレビや雑誌などの既存の媒体に金銭を支払い、宣伝素材の掲載を依頼することが“ない”、という点において、従来の広告とは一線を画している。
*4Pとは「Product(販売する商品)」「Price(商品の価格設定)」「Place(商品を販売する場所)」「Promotion(商品の宣伝方法)」からなるマーケティング活動の基本的な考え方の一つ。「4P分析」とも呼ばれ、自社のターゲットに対して効果的なマーケティング活動を行うための計画づくりの一助となる。
これからのマーケティングコミュニケーションの核となる
「ソーシャルリスニング」と「戦略PR」とは?
このマーケティングコミュニケーションの中でも、西山准教授がSNSが台頭し始めた“SNS黎明期”から携わってきたのが「ソーシャルリスニング」だ。「ソーシャルリスニング」とは、SNS、ブログ、掲示板、レビューサイトなど、インターネット上で発信される消費者の“生の声”を収集・分析し、その結果をマーケティングや企業活動に活用する手法を指す。
この手法の魅力について、西山准教授は「企業側が想定していなかったニーズに触れられること」だと話す。
「これまでのマーケティングにおいても消費者のニーズを調査してきましたが、SNSをはじめとした新メディアの台頭によって、企業が想定していなかったニーズに気づくことがあります。たとえば、コロナ禍のワクチン接種が盛んに行われていた時期には、上腕に注射を打ちやすいという理由からブラカップ付のキャミソールの需要が高まりました。また、『カップ入りの甘い氷菓にワインを注ぐとサングリアになる』というアレンジ方法も、SNS上で広まった消費者発のアイデアですが、いずれも企業側が想定していなかったものです」
また、西山准教授がソーシャルリスニングと同様に、マーケティングコミュニケーションの領域でとりわけ得意とするのが「戦略PR」だ。戦略PRとは、企業や組織が目標達成のために、メディアやステークホルダーとの関係を戦略的に管理し、意図的に情報を発信する活動を指す。従来の広告や“直接的”な販売促進とは異なり、世の中の“空気”や“世論”を醸成し、マーケティング目標を“間接的”に達成する点に特徴がある。
戦略PRのベーシックな考え方に、「Who(誰が)」「What(何を)」「How(どのように)」に注目したフレームがある。これは「誰が何をどのように」発信するかをあらかじめ設計すれば、適切なターゲットに情報を届けられるという考えにもとづくもので、西山准教授が大手広告会社時代に編み出したノウハウの一つだ。
このように戦略PRにおいて「Who」「What」「How」を組み立てる際には、「ソーシャルリスニング」によって抽出した消費者の“生の声”を分析する必要がある。そうした意味で、「ソーシャルリスニング」と「戦略PR」は近接しつつある領域と言えよう。
SNSの炎上を最小限に食い止める
企業の「危機管理広報」とは?
これからのマーケティングコミュニケーションにおいて欠かせない「ソーシャルリスニング」と「戦略PR」。この2つの領域に加えて、今後ますます需要が高まると予測されるのが、“炎上対策”をはじめとした企業のリスクマネジメントだ。
これは広告業界において「危機管理広報」と呼ばれる領域で、企業の発信が意図せず大量の批判を浴びることによる評判低下や経済的損失などのダメージを予防・最小化するための施策を指す。誰もが自由に発信できるSNSが台頭してきたことによって、重視されるようになった領域の一つと言えよう。
西山准教授はこの「危機管理広報」の領域においても、テレビをはじめとしたメディアで専門家としてのコメントを多数求められている。しかし、今でこそ多くの企業が「危機管理広報」の重要性を認識し、メディアにおいても企業の“炎上対策”に関する執筆やメディア出演のオファーが殺到しているが、以前は実務家はさておき、世の中一般の注目を集めるものではなかったという。大きな節目となったのは、2020年代前半に某男性アイドル事務所の不祥事が明るみになった際、西山准教授が「企業のリスクマネジメント」の観点でWeb記事を執筆したことにあった。

「当時の報道でコメントを求められていた専門家は、弁護士や芸能記者、あるいは心のケアに詳しいカウンセラーばかりで、某男性アイドル事務所の不祥事を『企業のリスクマネジメント』という観点で捉えている人はほとんどいませんでした。連載を担当していたビジネス系のWebメディアの編集者に企画を提案した際も『芸能ネタはメディアの主旨に合っていません』と一度は掲載を断られたほどです。しかし、私は広告会社に勤務していた頃、不祥事によってタレントのCM起用を打ち切るか否かの判断を迫られる場面に多々直面していましたから、それが単なる『芸能ネタ』ではなく、企業の命運を分ける『リスクマネジメント』の話であると認識していました」
西山准教授の記事公開後、その“予言”が的中したかのように某男性アイドル事務所に所属しているタレントのCM起用が次々に打ち切られた。これを機に多くの企業が“炎上対策”を「企業のリスクマネジメント」として認識し始め、西山准教授はその第一人者として広く認知されるようになったのだった。
東京大学大学院理学系研究科卒業後、
大手広告会社で19年勤務した異色のキャリア
田舎町の“いじめられっ子”が
ノーベル物理学賞を目指すまで
今やマーケティングコミュニケーションにおける第一人者として活躍する西山准教授だが、大学院までは自然界の真理を追求すべく物理学を研究していた。そもそもなぜ物理学に関心を持ったのか。そのきっかけは、高校時代の“ある体験”にあった。
「私は鳥取の田舎町出身で、両親の教育方針が完全な自由放任主義で少し変わっていたこともあり、地域になじめず、学校でいじめられていました。成績も真ん中より下でしたが、物理法則の基本である『ニュートンの第3法則』の仕組みが理解できたとき、数学や物理が物事の究極的な真理を突き詰めるためにある学問なのだと悟り、世界が拓けていった感覚がありました。もともと物事を深く考えることも好きだったこともあり、大学に進学して物理学の研究者になりたいと思うようになったのです」
物理学の研究者を志したのは高校2年次も中盤と、大学受験までは1年半ほどしか残されていなかった。在籍していた高校は進学校ではなかったため、国立大学に進学する学生はほとんどいなかったというが、いじめられた悔しさをバネに1日15時間の猛勉強に励むなど、まさに“死ぬほど”勉強したのだと当時を振り返る。そんな2年間に及ぶ浪人時代を経て大阪大学の工学部に入学を果たした。
当時の夢は「ノーベル物理学賞を獲る研究者になること」だったという西山准教授は、大学入学後もその野心を胸に勉強を続け、大阪大学工学部応用物理学科を首席で卒業。日本における教育の最高峰である東京大学の大学院理学系研究科に進学し、その後も物理学を究めていくかと思われた。しかし、自分の持てる力すべてを費やしても勝てない天才たちを前に、自分の“才能の限界”を痛感。高校時代からの夢であった物理学者の道を断念し、一般企業への就職を視野に入れ、大学院卒業後の進路を模索することとなった。
ニッチな研究の“反動”から
世の中へのインパクトが大きいビジネスの世界へ
就職活動を始めた西山准教授が当初エントリーしていたのは、メーカーの研究職だった。これまで培ってきた物理学の知見を活かせればという想いからだったが、選考が進むうち、「自分が物理学を用いて実現したかったのは真理の探究であって、ものづくりではない」と内なる欲求の乖離に気づき、方向性の転換を図ることになる。
当時はシンクタンクへの就職が花形と言われた時代だったこともあり、西山准教授もいくつかのシンクタンクにエントリーし、複数社から内定を獲得。最終的には世の中のトレンドや価値観を研究していた電通総研への入社を決めた。
しかし、同じ「研究」と言っても、かつて物理学を通じて目指していた真理の探究からは、やはり距離があるように思われる。一見すると“畑違い”の会社への就職を決めた理由について、西山准教授は「反動」という言葉を用いて、このように語る。
「物理学の最先端の研究は意義深くはありますが、その原理について理解できる人は一握りの人に過ぎません。それでも真理を探究していきたい想いがあって研究を続けてきましたが、一流の物理学者になることが叶わないならば、これまでの知見を活かしつつ、多くの人が関わるビジネスの領域において世の中にインパクトが与えられるような研究がしたいと考えたのです」

誰でも口コミを起こせる情報戦略プランニングツール
「くちこみデザイナー」を開発
電通総研に入社した1年後に、本社の電通に吸収されましたが、主にマーケティングのバックヤードに当たる部署で、分析結果をもとに新たなフレームワークを作成する仕事を行ってきた。当時はブログが登場し始めた時代で、前任者の異動に伴って西山准教授がブログの口コミ分析を引き継ぐことになる。その後、時代はブログからSNSに移行し、一定以上のユーザーが増えてきたタイミングで「SNSの口コミを分析すれば、キャンペーンの成否を分けた理由を見出せるのではないか」とひらめいたのだという。
そんな発想から生まれたのが、広告・広報などに役立つ情報戦略プランニングツール「くちこみデザイナー」だった。
「SNS上の口コミで『誰が(Who)』『何を(What)』『どのように(How)』語っているのか。その広がり方を分析するのが『くちこみデザイナー』というツールです。それ以前も各ツイート(投稿)とリツイートの関係を紐解いてマッピングするツールはありましたが、それらをさらに分類してクラスターとしてとらえた点において新奇性がありました。たとえば、新海誠監督の『君の名は。』に関する投稿も、新海誠監督のファンによる投稿と、主題歌を歌うRADWIMPSのファンによる投稿、作品の内容をパロディにした“ネタツイート”など、いくつかのクラスターに分類されます。そうした分析を繰り返していくと、日本のアニメ映画に関して話題を生む要素が抽出でき、企業が主体的に話題を生み出せる余地が生まれたのです」
「くちこみデザイナー」が誕生したのは、2013年。当時のTwitterをはじめとしたSNSが一部の感度の高いユーザー以外にも広く普及し始めたばかりの頃だ。そんな黎明期に、のちに「ソーシャルリスニング」や「戦略PR」と呼ばれる領域のフレーム化を手がけていた西山准教授が第一人者と呼ばれる所以となった。のちに刊行された『炎上に負けないクチコミ活用マーケティング』(彩流社)、『話題を生み出す「しくみ」のつくり方』は大手広告会社勤務時に培ったノウハウの集大成と言えよう。
また、SNSが社会に広く普及した2010年代中盤になると、“炎上”が社会的な問題になりつつあった。中でも大きな節目となったのは、当時一世を風靡していた国民的女性タレントの不倫問題だった。SNS上でユーザーによる批判が過熱し、多くの企業がCMの打ち切りを決定。しかし、CMの制作・出稿を担う広告会社にとって、CMの打ち切りは経済的な痛手となる。
そこで西山准教授が勤務していた大手広告会社では、クライアントと良好な関係を構築していくために、危機管理広報の専門家と協働して記者会見のコンサルティング業務にも手を広げ始めた。当時は危機管理広報を専業にはしていなかったものの、チームメンバーを介してさまざまなケースに触れ、適切な対応の引き出しを増やしていったのだった。
また、同社の新入社員が過労自殺したことも大きな転機となった。それまで主にSNSのマーケティングを担当していた西山准教授もSNSの声やメディア報道を分析して、改革案の参考にする仕事を担った。ビジネスの文脈で他社の対策を講じるだけではなく、“自分ごと”として再発防止に奔走した経験があるからこそ、西山准教授の提言には力強さがあるのかもしれない。
学問の世界への憧れが再燃し、
自分のキャリアを活かして大学教員に。
大手広告代理店に入社して19年が経とうとする頃、今後のキャリアについて考え始めたという西山准教授。現場から一歩退き、管理職として部下を指導する道もあったが、より新たな展開を求めて同社の退職を決めた。45歳で個人のコンサルタントとしてのキャリアをスタートさせると、西山准教授が前職で培ってきた各ツイート(投稿)とリツイートの関係を分析するSNSの口コミ分析のノウハウをレクチャーしてほしいという依頼が舞い込んだ。これは以前の勤め先とオペレーター運営会社が合弁会社を立ち上げ、口コミ分析を行うオペレーション人材を養成するというプロジェクトで、西山准教授も拠点がある沖縄に移住し、コンサルティング業務と並行しながら沖縄での仕事を4年ほど続けることとなった。
西山准教授の指導の甲斐あってオペレーターが順調に育ち、沖縄でのプロジェクトが終わりに差しかかっていた2020年初頭、世界にコロナ禍が訪れた。今なら会社や場所に縛られずにやりたいことをやれる。次なる展開を思案する中で思い浮かんだのは、かつての夢だった研究者の道だった。
「ニッチな研究への反動からビジネスの世界に歩みを進めましたが、広告の世界で一定の専門性を極めたとき、学問の世界に再び関心が戻ってきました。しかし、今から物理学者を志すわけにはいきませんから、自分が長く携わってきた広告マーケティングの知識が活かせる領域で大学教員になれないかと考えたのです」
正しく健全な情報が世の中に流通する社会を実現したい
大手広告会社で世の中の動向を分析し、その結果をもとに数々のフレームを開発してきた西山准教授。“誰もが使える仕組みづくり”に重きを置く背景には、人の営みを扱うマーケティングを担う者としての使命感があった。
「才能あるクリエイターが作ったユニークなものが予想外にヒットしてしまうケースは往々にしてあります。一方で、ごく一握りの才能に頼っていては安定した結果が出せません。広告業界においては、それまでたくさんの人が現場で積み重ねてきた営みがあり、それらを分析することによって一定の傾向が見出せます。マーケティングは現場を研究対象とする以上、その成果を現場に還元していかなければいけないと考えています」
SNSが登場した黎明期から広告の世界に身を置き、数々の分析とその“仕組み化”を担ってきた西山准教授の目線は、社会にも向けられている。
「現在はSNS上の口コミや噂が力を持ちすぎるあまり、事実でない情報が正しいものとしてまかり通ってしまう場面が多々あります。私はSNSを使っていかに話題を作るかを考えてきましたが、それは正しい情報や価値あるサービスが正当に評価される前提があってこそです。SNSを使った情報設計に携わってきた者として、今後は正しく健全な情報が世の中に流通していく仕組みについても考えていきたいと思っています」
教員紹介
Profile

西山 守准教授
Mamoru Nishiyama
1971年、鳥取県出身。大阪大学工学部応用物理学科卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻修士課程修了。1998年4月から19年間、大手広告会社に勤務し、リサーチ、マーケティング、PR業務等に従事。SNSマーケティングの中でもソーシャルリスニングの領域に関しては黎明期から、分析手法や戦略構築のフレームワーク開発に携わり、戦略PRやデータ分析も専門領域としている。
その後、マーケティングコンサルタントとして独立し、数々の大手企業の広告戦略、マーケティング戦略の立案や実施に従事してきた。2021年4月より桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授に就任。「東洋経済オンラインアワード2023」ニューウェーブ賞受賞したほか、テレビ出演、メディア取材多数。著書に単著『話題を生み出す「しくみ」のつくり方』(宣伝会議)、共著『炎上に負けないクチコミ活用マーケティング』(彩流社)などがある。
<at>を@に置き換えてメールをお送りください。