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中小企業のデジタル活用を
支援する取り組みに注力
中小企業のデジタル活用の現在地
デジタル技術の進展は、ビジネス手法や消費者の購買行動を大きく変化させてきた。日本では、2018年に経済産業省がDXレポートを公開して以降、デジタルトランスフォーメーション(以下DX:Digital Transformation)の重要性が広く認識されるようになった。DXとは、企業がデジタル技術を活用して、製品やサービス、ビジネスモデル、業務、組織、企業文化などを変革することを指す。今後、日本が国際競争力を強化していくためには、企業活動においてデジタル活用を加速させることが不可欠だ。しかし、その過程には多くの課題も存在している。そのひとつが、中小企業におけるDXの遅れである。ビジネスマネジメント学群の坂田淳一教授は、「中小企業におけるデジタル活用」を軸に、デジタル技術とビジネスの関係を研究している。
「大企業は、人材やコストの面で十分なリソースがあるため、デジタル活用を進めやすい環境にあります。しかし、中小企業ではこれらのリソースが不足しているため実践できない場合が多いのです。一方で、上手にDXを進め、業務の効率化や新規顧客の開拓などで成功を収めている中小企業も存在します。私は、そうした企業を訪問し、デジタル技術の導入から価値創出までのプロセスをヒアリングしています。そして、講演などを通じてその知見を共有し、中小企業のデジタル活用を支援したいと考えています」
理論だけでなく、ケースを伝えることがDXを後押しする
「中小企業の経営者は、デジタル活用の重要性を十分に理解している」と坂田教授は語る。また、デジタルツールの技術的な側面やシステム全体の理論についても関心を持っているという。しかし、人材やコストといったリソースが不足しているため、実際の導入には踏み切れない。そこで重要になるのが、理論だけでなく、具体的な成功事例もあわせて伝えることだ。
「理論を伝えるだけでは、経営資源の不足という障壁を乗り越えるのは難しいのです。しかし、同規模の企業がデジタル技術を活用して成果を上げた事例を知ることで、心理的なハードルが下がり、導入に向けた動機が生まれやすくなります。中小企業のDX事例を収集し、それを広く伝えていく。こうした地道な取り組みを積み重ねることで、日本のDXを着実に前進させていく必要があります」
たとえば、坂田教授が関与した東大阪市の小規模な加工メーカーでは、独自のアプリを開発することにより、1日に10000個以上とも言われる電気部品の製造プロセスや検品作業を可視化することが可能となり、社内の誰もがリアルタイムで業務進捗状況を把握できるようにしている。さらに、このデータを分析することで業務の効率やボトルネックを特定し、改善につなげている。このような取り組みが中小企業に広がれば、適材適所の人材配置が可能となり、業務効率の向上と人材不足の解消が期待できると坂田教授は語る。
ドラマチックに変遷するITの歴史とともに
デジタル技術を用いたビジネスを研究してきた
時代に導かれた研究の歩み
坂田教授がデジタル技術とビジネスの関係に興味を持ったのは、大学院時代。インターネット黎明期の2002年である。当初は、「なぜ携帯電話はつながるのか」「なぜラジオは聞こえるのか」といった情報通信技術への素朴な疑問を解明したいという思いで大学院に進学したが、恩師との出会いによって、坂田教授の研究の方向性は大きく変化した。その恩師は、FAXの通信技術やプロトコルを専門としており、「FAXという技術が人々の生活やビジネスのあり方をいかに変革したか」という話を研究室の学生たちによく語っていたという。例えば、FAXが導入されたことによって、離れた拠点間で注文書や在庫確認の共有が容易になり業務が効率化されたり、商談や契約書の授受が迅速化しビジネスの意思決定が短期間で行えるようになったりした。坂田教授はそうした話に触発され、次第にデジタル技術とビジネスの関係について強い関心を抱くようになった。

「デジタル技術の進展とともに、私の研究も歩んできました。1988年にアメリカでインターネットへの加入制限が撤廃され、日本でも1992年に商用利用が開始されると、企業活動やビジネスモデルが劇的に変化していきました。その変化を目の当たりにし、これからどのような未来が訪れるのかという期待で胸が高鳴ったことを覚えています。それが、デジタル技術を用いたビジネスの研究を志すきっかけでした」
それまでのITビジネスといえば、主にハードウェアの販売が中心だったが、インターネットの普及に伴い、ビジネスの中心はソフトウェアやプラットフォーム、さらにはそれらを用いたサービスへと移行していった。また、2007年のiPhone登場を契機に、ハードウェアの小型化・低廉化が進み、一般消費者への普及が加速。Google、Apple、Facebook、AmazonといったアメリカのIT企業が急速に規模を拡大させ、世界のビジネスモデルを刷新していった。坂田教授は、こうしたドラマチックなIT技術の進化と変革の波に乗り、研究を深化させてきた。
大規模データの収集・分析がもたらした変革と感動
大学院卒業後、坂田教授は中小企業総合研究機構での研究活動を経て、2002年にコンサルティング会社に活動の場を移す。当時は、通信環境の飛躍的な向上により、企業のビジネス手法が大きく変革を遂げる時期だった。数々の企業を支援するなかで、坂田教授が強く印象に残っているのは、ある電機メーカーへのコンサルティング業務に携わったときのことだ。
「デジタル技術の進化により、企業と顧客がデジタル上で直接つながれるようになったのは大きな変化でした。それまでは、企業の技術力や理論に基づく“プロダクトアウト”型の製品開発が主流でしたが、デジタル技術の普及により、顧客からのフィードバックを直接収集し、それを反映させた開発が可能になったのです。もちろんそれまでにもアンケート調査やPOSデータを駆使したマーケティング手法はありましたが、ここまで膨大なデータ量ではありませんでした。たとえば、中規模の多店舗展開する小売店においても、全店舗で平均1000名とも言われる顧客ごとの購買履歴や価格情報をリアルタイムで収集できるようになりました。これにより、店舗の売上だけでなく、売れ筋商品や客単価も即座に把握可能となり、在庫管理や発注業務の精度と迅速性が向上したのです。製品の使い勝手や改善要望、追加機能のニーズなども大規模なデータとして収集し、それを活用して顧客分析やマーケティングが行えるようになった際には感動を覚えましたね」
データの収集と分析が容易になることで、顧客ニーズの把握が従来以上に正確かつ迅速になり、企業の意思決定が飛躍的に向上した。特に、大規模データを用いた顧客インサイトの発見は、製品開発の方向性を大きく変えるものだった。さらに現在では、これらのデータ分析がAI(Artificial Intelligence)によって自動化されつつあり、今後の可能性にますます期待が高まっている。
デジタル人材の育成が
DX推進の鍵を握る
注目するのは、自社に最適化されたAI

現在、AIなどをはじめとするデジタル技術は急速に発展を続けている。坂田教授は「研究者として技術に精通することが不可欠」と考え、企業訪問を通じた最新動向の把握や、ディープラーニングや最新のGPTモデルに関する学習を積極的に行っている。特に関心を寄せているのは、特定の企業専用に最適化されたAIの精度だ。
「ChatGPTのようにWEBサイト上の公開データをクローリングした生成AIでも、高精度な回答を得られます。それでは、特定の企業専用に開発されたAIはどれほど正確になるのか。例えば、航空会社が自社の運航データや顧客情報、オペレーションデータなどの非公開の専門データを集めた場合、どの程度まで精度が向上するのか非常に興味があります。2000年代初頭に顧客データを分析し大きな感動を覚えた経験が、この関心の原点だと思います。企業がAIを導入し、業務効率化やビジネスモデルの変革を進める姿を想像すると、非常にワクワクします」
デジタル人材の育成がDX推進の鍵
DXを推進する上で最大の課題は、デジタル人材の不足にある。特に中小企業において、この問題は顕著だ。すべての人がプログラミングやツール開発の専門家である必要はないが、多くの人がデジタル技術やシステムの基本的な仕組みを理解していることが不可欠だと坂田教授は指摘する。
「例えば、画期的なビジネスモデルを思いついたとしても、それを実現するために必要な技術やコストを理解していなければ、アイデアを形にすることはできません。少子高齢化が深刻化する日本では、労働力不足を補うためにも、デジタル技術を活用することで『作業』を効率化し、『創造』に集中することが必要です。国内市場の縮小が避けられないことも自明であり、国際社会で必要とされる製品やサービスを創出していくことも求められています」
まずは、ビジネスにデジタル技術を取り入れることを「当たり前」だとする意識改革が必要だ。さらに、技術の仕組みを理解し、業務効率化や新たな価値創出を目指す人材を、経営企画や商品開発などあらゆる部署に配置することが求められる。AIやIoT、ビッグデータの活用が進む第4次産業革命のなかで、日本が国際競争力を強化するためにも、デジタル人材の育成は急務である。桜美林大学からデジタル人材を育成・輩出することが、坂田教授の使命だ。
教員紹介
Profile

坂田 淳一教授
Junichi Sakata
早稲田大学大学院 国際情報通信研究科 博士課程終了 博士(情報通信学)。独立行政法人中小企業総合研究機構、株式会社アンダーセンGMD、東京工業大学准教授を経て、2019年度より現職。一貫してデジタル技術とビジネスの関係についてを、仕事や研究の対象としてきた。
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