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エリアデザイン研究室で実現する「生きた学び」
学生が運営する本格的な株式会社
株式会社桜美林エリアデザイン研究所。これはビジネスマネジメント学群の谷光教授が担当するゼミナール、エリアデザイン研究室で2022年10月に設立された株式会社だ。本社所在地は神奈川県横浜市で、主要取引金融機関は城南信用金庫。主な事業は、「地域活性化に関する相談」「⾃然科学及び産業上の諸技術に関する総合的な研究調査業務」「情報の収集、分析、管理及び処理サービス業並びに情報処理に関する研究開発」「マーケティング・リサーチ並びに経営情報の調査、収集及び提供」など、多岐にわたる。
実際のビジネスについて学び、研究するゼミナールは多いが、学生たちが主体となり、株式会社を設立し、本格的なビジネス活動を展開しているのはめずらしい。その狙いを谷教授はこう語る。
「実際に首都圏の地方自治体や観光協会から受託研究費をいただき、SNSによる情報発信とWEBサイトの制作・トラッキング分析を連動させたデジタルマーケティング推進など、数十万円規模のプロジェクトを運営。定期的に取締役会を開き、事業計画の進捗をしっかりと確認しています。役員になっている学生は実務経験の中に飛び込み、『来月までに何をやらなければいけないか』と追い立てられ、かなりきついと思いますが、それが社会に出てからの力になるのです」
役員を経験したゼミ生たちからは「会社という組織の運営視点からニュースなどを捉えることができるようになった」「会社の仕組みを知っていることで就職活動、就職後にも役に立った」「実際に契約書の作成や自治体・企業との会議など会社で働くうえでの重みを知った」といった声が集まっている。
さらに、2024年3月には一人のゼミ生が、自ら資本金を投じて別の新会社を設立。学生起業家として、株式会社桜美林エリアデザイン研究所と連携し、映像・音源制作をはじめ、デジタルマーケティング全般を業務領域としてビジネスを展開している。
「実務家教員として、私の35年の会社員経験を生かし、最新のトレンドと実務がビジネス理論とどう結びつき、つながっているのかを伝えたい。そのためには表面的な知識習得ではなく、現場のリアルに触れてもらうこと。それが一番大切にしていることです。ゼミでの会社経営プロジェクトではもちろん、通常の講義でもその思いは変わりません」
理論と実践を融合した独自の教育アプローチ
特に力を入れているのが、表面的な知識習得ではなく、実践の現場で通用するPDCAサイクルを重視する思考の育成だ。例えば、2024年度より開講したビジネス演習「キャンプビジネス」は、地方の魅力づくりの一環として、学生自身が組織的に地域に入っていくための足掛かりとして日本キャンプ協会のインストラクター資格を取得するカリキュラムだ。この演習では、学生がキャンプ施設の担当者役となり、3種類の食事メニューに必要な食材、新規で揃える道具一式、4人のチームで30人分の食事を用意する業務分担まですべて具体的に計算させる。聞く限り、さほど複雑な取り組みではないように思えるが、「優秀な学生でも未経験の状況に対する想像力に欠け、ガスカートリッジや作業テーブルがリストから漏れるなど、ミスが出ます」と谷教授は語る。
「数時間のデイキャンプであっても、作業手順を組み立てると、模範解答はExcelで300行以上になるのですが、ほとんどの学生は30行程度しか書き出してきません。そのまま当日を迎えたら大混乱が生じるのは確実です。キャンプで食事を提供する程度……という思い込みと、現実のギャップが学びになります。ケアレスミスを指摘したいのではなく、キャンプ施設はキャンパーにどのようなサービス提供をしているのか。学生には、実際の作業を通してお客さんが喜ぶところまで深掘りして考えることを追求してもらいたい。深い意図は卒業してから理解してくれればいいと思っています。実際、卒業生が遊びに来て『社会人として、身に染みてます』と報告してくれる時が、教員になってよかったと感じる瞬間です」
時代の変化を先読みした「事業創造」の35年
旅行業界のビジネスモデルに危機感を持って始めた挑戦の軌跡
「私は大学を卒業し、JTBに入社。35年間務めましたが、一般の方が旅行業界としてイメージするような旅行の企画販売の仕事は最初の数年しかやっていません。というのも、90年代に入ると、私が入社した1985年にはなかったサービス、ネット上で旅のチケットやツアーの販売が広がっていったからです。この先、価格競争では敵わず、個人、法人共に旅の計画もいずれ顧客自ら立てるようになっていく未来が見えたのです」
従来の旅行業界のビジネスモデルに限界を感じた谷教授は、早くから新たな事業領域の開拓に取り組んでいく。1つの転機となったのは自治体と組んでの数万人規模の輸送を手がけた国民体育大会・障がい者スポーツ大会での交通計画業務だった。
現在は近畿大学の教授の高橋一夫氏らと共にチームを組み、積極的に提案営業をかけ、大規模イベントの調査業務から計画立案、運営まで一貫して手がけるノウハウを蓄積していく。各イベント専用のWebシステム開発から地道な宿泊手配まで、国内外から集まる参加者に対応する総合的な運営力が鍛えられ、世界的に有名な国際競技大会や博覧会などの大規模イベントの運営や公共施設管理事業へとつながっていった。

「実は私が新規事業開発にのめり込んでいった背景には、大学生時代の経験が関係しています。というのも、大学4年時にアルバイトをしていたスポーツ店が倒産したのです。前日まで一緒に働いていた店長をはじめマネージャーや社員が泣きながら倒産後の処理をする生々しい現場を目の当たりにしました。学生ながらに、1つの会社が潰れるといかに大変かを実感したのです」
この経験と従来の旅行業界のビジネスモデルが将来的には通用しなくなるという危機感が、会社のドメインから外れた新しい挑戦を続ける原動力となったという。安定した事業基盤があるうちに、新しい領域に挑戦し、会社と仲間を守りたいと考えたのだ。
PFI・指定管理者制度のパイオニアから地域活性化への取り組み
2001年のPFI法施行、2005年の地方自治法改正による指定管理者制度開始という制度変革期には、JTB内でのパブリックビジネスの責任者として最前線に立った。
「2005年から中野ZEROホール、プラザノース(さいたま市)など、全国40カ所の音楽ホールや複合施設の運営管理を手がけました。特に印象深いのは、さいたま市の大型複合施設PFI案件であるプラザノースの事業者に選定されたこと。鹿島建設、日本設計、アイルコーポレーションなどの専門企業と連携し、設計・建設から長期運営まで一括で手がけるPFI事業の醍醐味を体験しました」
これらのプロジェクトは単なる施設運営ではなく、「地域活性化」という明確な目的を持っていた。税金を効率的に使い、民間のノウハウで地域のための交流拠点をつくる。そこで市民がイベントや発表会、美術展などを企画し、地域を盛り上げる。この時期、谷教授は経済産業省管轄のPFI/PPP推進協議会の運営部会長も務め、行政財産管理、PFI法におけるリスク分散の会社経営手法などを学び、地域活性化への関わりを深めていった。
「実は私が地域活性化に関心を持ったのは、JTBに入社してすぐの頃でした。当時はパッケージツアーの企画のため、全国の観光地の見学、視察に出ていました。すると、有名な場所なのに人が少ない地域がめずらしくありません。ガイドブックではキラキラして見えるけれど、ここで暮らしたらどうなのだろう? 住人の皆さんはハイシーズンだけ混み合うことについてどう感じているのだろう? そんな視点で観光地を見ると、日常的な賑わいを作り出す仕組みが必要なのではないかと思うようになったのです」
その後、谷教授はJTBグループ会社数社の役員として事業開発やエリアマネジメント事業を統括。またJTBタイ現地法人の社長時代には、チェンマイ近郊でランタンを上げる企画主催。県知事と寺院と協働し、地域を巻き込んだイベントをつくり出し、日本で培ったノウハウで観光振興と地域活性化を実現した。
「こんな言い方をすると怒られてしまいますが、個人向けのパッケージツアーや法人向けの視察ツアーなどタイの観光案内するような業務には興味が持てず、部下に任せていました。その代わり、新たな仕掛けを考え、人が集まる場を作り出すプランをいくつも考え、短期的な盛り上がりを長期的な賑わいへとデザインしていくことに取り組んでいました」
公共事業の新しい仕組み、PFI法施行
PFI(Private Finance Initiative:プライベート・ファイナンス・イニシアティブ)法は、「税金だけに頼らず、民間の知恵とお金を活用して、より良い公共施設やサービスを提供しよう」という法律だ。
従来の公共事業は、国や地方自治体が税金を使って施設を建設し、その後の運営・維持管理も自治体が行うのが一般的だった。しかし、1990年代半ば以降、日本は長期にわたる経済低迷により財政状況が悪化し、公共投資の効率化や質の向上が急務となっていく。
そこでイギリス政府が成功させた制度を参考に、民間企業(SPV:特別目的会社)が公共施設の設計・建設・運営・維持管理まで一括して担う法制度を整備。自治体は初期投資負担を軽減しながら、長期間(通常15~30年)にわたって利用料を支払うことで、住民に質の高いサービスを提供できるようになった。
初期の代表例は、「関西国際空港第2期工事(関空2期PFI)」だ。建設期間を短縮しながら、建設費を約40%削減(約1兆円→約5,500億円)。日本のPFI制度の成功モデルとなり、その後、空港、道路、学校、公会堂、美術館などの様々な公共施設でPFI方式が採用されるきっかけとなった。
PFI法の施行は、「官が行う」ことが当たり前だった公共事業に民間の力を取り入れ、効率性と質の両立を目指す新しい時代の始まりを示した歴史的な制度改革だと言える。
「小さな拠点づくり」で真の地方創生を
地に足のついた地域活性化への想い
地方の人口減少や高齢化などの課題に対し、地域経済の活性化や持続可能な社会の実現を目指す地方創生政策。2014年、第二次安倍内閣で初めての地方創生大臣に任命されたのが、石破茂現首相だ。そして現在、石破内閣のもとで「安心して働き、暮らせる地方の生活環境」「東京一極集中のリスクに対応した人や企業の地方分散」「付加価値創出型の新しい地方経済」「デジタル・新技術の徹底した活用」などを柱とする「地方創生2.0」がスタートしている。谷教授もこれまでの経験を活かし、日本の観光・地域の活性化を後押しすることで地域創生を進めていきたいと考えているという。
「厳しい意見になりますが、政府の今の取り組みは地に足がついていないと感じています。万博やIRのような国家プロジェクトは注目されますが、普遍的なものではありません。重要なのは日本のどの地域でも実現可能な、生き残るための地域づくりです」
そのためにと谷教授が提唱するのが、「小さな拠点づくり」政策だ。大規模な開発ではなく、田舎のおじいちゃんおばあちゃんとも一緒にやっていける地味でも本当に力のある地方創生。
「小さなイベントを仕掛け、人を集め、交流人口を増やし、関係人口へとつなげていく。調査、計画、運営という流れをつくり、自治体の制度に乗せて定着させる。地域に事を起こして、集客し、地元の人たちがニコニコ笑顔になる社会的で長期的な価値を生み出すことを目指すのが、小さな拠点づくり政策につながると考えています」

「見せびらかし」ではない真の価値創造
谷教授は学生に「見せびらかすための地方創生、地域活性化ではなく、何のためにやっているかを大事に取り組んでいこう」と伝えている。エリアデザイン研究室のメンバーは地方出身者が多く、現在のゼミ長は秋田県出身、副ゼミ長は福島県出身。彼らは「自分の出身地を元気にしたい」というモチベーションを持って学んでいる。
「とても地味な活動の一例ですが、ゼミの3期生(2022年入学)は埼玉県毛呂山町の町長から直接要請を受け、高齢化が進む農業の課題解決と観光振興を目的とした「ゆず採り隊」イベントに参加。現地でのレポート作成や企画提案を行った。また、ゼミの5期生(2024年入学)の最大のプロジェクトは首都圏某自治体との『都市農地保全事業における教育版マインクラフト活用Project』です。国の政策でも『都市にあるべきもの』として位置付けられている都市農地をテーマに、ゼミ生がプラットフォームのプレーヤーに。世界的に利用されているPCゲーム・教育版マインクラフト上に農のある風景・地域の原風景として、地域内の農園や都市公園等の主要スポットを再現したフィールドを作成するものです」
そのフィールドデータを一般公開することで、誰でも訪れることができ、ゲームを楽しみながら地域のリアルの農地の保全・活性化を考えるきっかけを創出。リアル農地とマイクラ農地を連携させ、集客へつなげるリアルイベント「農チャレ」や「市民協働フェスティバル等」とジョイントする。
「学生たちは時々、『私たちこんなにすごいことやっているんですよ』とアピールしたいようですが、地方創生や地域活性化は地域の人たちが主役。仕掛ける側としての動きは人知れず縁の下の力持ち的なもの。学生にも『わかる人がわかればいい』と伝えています」
次世代への期待と継続的な挑戦
谷教授はJTB時代のつながりを活用し、学生とのバンコク合宿や長野県白馬キャンパスでのキャンピングビジネスプロジェクトを推進。IT企業への商品・プロモーション開発、キャンピングメーカーへの開発提案などを行い、学生の実務経験の場を継続して提供している。
「いずれも夢を現実にしていくための学びです。経営学においてはファイナンスから始まり、勝ち抜く・生き抜くための戦略やマーケティング、欠かせないお金の計算である財務の知識。それらを駆使しながら、地域活性化のために田舎のおじいちゃんおばあちゃんと協働できる人材が少しでも増えていくと、私たちの年金も少し安心になるのかな」と、独特のユーモアを交えて語る。
石破茂首相や菅義偉元首相といった「パフォーマンスではなく実務重視」の政治家への共感も示しながら、「目立つことよりも、本当に力があり、誰かが喜んでくれるような仕事ができる人材を育てたい」という信念を持ち続けている谷教授。今後の目標は、実践的な教育を通じて「地に足のついた」地域活性化を担う人材を1人でも多く送り出すことだ。エリアデザイン研究室での蓄積を基盤に、さらなる挑戦を続けていく。
教員紹介
Profile

谷 光教授
Hikaru Tani
1961年生まれ。1985年、株式会社日本交通公社(現JTB)入社。35年間の勤務のうち、20年間は国内外の新規事業開発に従事し、PFI事業や指定管理者制度の黎明期から公共施設運営管理にも携わる。5社の社内ベンチャー企業を設立。2017年から2020年まで、JTB(Thailand)Limited President & CEOとしてタイで勤務した後、2020年4月より桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授に。エリアデザイン研究室を主宰し、地域活性化、インバウンドビジネス、まちづくりビジネス、観光とICT、旅行企画を専門とする。実務家教員として理論と実践を融合した教育を展開し、学生とともに地域社会の課題解決に取り組んでいる。
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