メインコンテンツ
普段当たり前に使っている電車やバスなどの
公共交通システムをより効率的に設計するには?
「社会的想像力」が欠如している
想像してみよう——。毎日使っている通勤電車が突然廃止になったらどうなるだろうか? 鉄道会社に交渉しても再開が期待できない。それならば行政に頼るしかない。しかし、地方自治体にも税金で公共交通機関を維持する財源がない……。さてどうするか? マイカーで移動するしかない。そうなると子どもや高齢者はどうなるのか? 他人事ではない。これは、全国各地で、現在進行形で起こっていることなのだ。
「私は社会的想像力の欠如と呼んでいます。地方鉄道の赤字路線は、なんの未来の展望もなく走り続けていますが、いつか限界がくる。そのときどうするのか? 実際に年間の赤字額を提示して、存続を住民に選択させるような事例もJR北海道などで出てきています」

そう語るのは、ビジネス・マネジメント学群の戸崎肇教授だ。専門は、「交通政策」。鉄道やバスなどの公共交通機関、さらにそれを支える道路や駅、空港などの社会インフラをどのように設計すべきかを考える研究分野だ。近年は、自動運転バスや電動スクーター、さらにドローン、空飛ぶ車など、さまざまな新しい移動サービスを既存の交通システムにどう組み込むかも重要な研究テーマになっている。経済学や財政学、さらに観光政策なども関わる学際的な研究分野だという。
「交通政策のさまざまなテーマのなかで私が注目しているのが、『公共交通の再生』です。超高齢社会を迎えた日本では、公共交通の課題が山積しています。山間部や島しょ部などの過疎地域では人口減少による人手不足や財政難によって公共交通機関の運営が成り立たないケースも見受けられます。そこで現在はオンデマンドバス、ゴルフカートのようなマイクロモビリティなど、新たな移動サービスを試験的に導入する地域も増えています」
公共交通の重要性に対する
社会の理解がないことが根本的な問題
地方における公共交通の課題は、一律ではないのが難しいところだと戸崎教授は指摘する。公共交通がアクセスできない、いわゆる「交通空白地帯」の問題もその地域の地形、人口動態、住民の年齢構成などによって解決方法は変わってくる。例えば、マイカーがベストな場合もあれば、乗り合いバスが合理的な場合もある。「AIを導入して、自動運転技術ですべてを解決とはいかないのが日本の現実」と戸崎教授。さまざまな地域の公共交通の再生事業に携わってきた当事者の言葉は重い。
「根本的な問題は、公共交通を支えるための適正料金に対する社会の理解がないことなのです。昨日まで300円だったバス料金が500円になると『高い!』と叫ぶばかりで、どうすればいいかという想像力は欠如している。今後は、住民の公共交通に対する関心を高め、その重要性を自覚させる政策が必要です。その一例として、滋賀県が提唱する交通税に注目しています。これはバスや鉄道などの地域交通を維持するために住民税に上乗せする形で徴税するものです。住民の理解が得られれば、公共交通を維持する新たなソリューションになるでしょう」
ほかにも、公共交通再生の取り組みとして、みちのりホールディングスの事例なども挙げてくれた。これは、企業再生を手掛ける経営共創基盤が出資する交通事業支援会社で、課題を抱える地域のバス運営会社などを統合し、経営の徹底的な合理化と中小零細規模では不可能なDXへの投資を進めている。すでに福島交通や茨城交通などを傘下に収め東北、関東での広域連携が実現しつつある。新たな交通サービスによって、需要を発掘し、公共交通を再生できれば、大きなイノベーションとなるだろう。こうした全国各地の公共交通に関する動きをウォッチすることも戸崎教授の重要な研究テーマなのだ。
公共交通機関に興味を持ったきっかけとは?
日本航空の地上職員として8年間の実務を経験
戸崎教授が「交通政策」に興味を持ったのは、大学卒業後、新卒で日本航空に入社したことがきっかけだ。学生時代に「オペレーション・ローリー」という帆船で世界を回る企画に参加したことがあり、そこで得た経験から「将来は世界を舞台に仕事をしたい」と考えたという。大学卒業後は航空会社で8年半の実務を経験する。ここで空港運営などの現場を見て、社会インフラとしての「乗り物」の重要性を意識するようになる。航空業界の現場に詳しいことから、現在も航空ビジネスや空港運営に関するコメントをメディアから求められる機会が多いという。
「入社して3年後くらいのときに母校である京都大学の恩師と話す機会があり、社会人大学院が新設されると聞かされ、視野を広げるために、仕事をしながら学ぶことにしました」
学部時代は、経済学部で財政学を専攻していたこともあり、社会人大学院でも経済学を専攻し、博士号を取得した。そして、経済学の専門知識と航空会社での経験を活かせる領域として、「交通政策」や「交通経済学」を専門的に研究する道を選んだ。
「公共交通の再生」に向けた政策を提言する
「墨田区地域公共交通活性化協議会」に参加
戸崎教授は現在、「公共交通の再生」をテーマにしたフィールドワークの一環として、東京都墨田区が運営する「墨田区地域公共交通活性化協議会」に座長として参加している。ここでは、地域の鉄道会社、バス会社、タクシー会社、自治会、商工会、障がい者団体と一緒に会議体を組織し、区内の鉄道、バス、シェアサイクル、舟運など公共交通機関の効率的な活用について話し合っている。
「例えば、区内循環バスの活用においては、東京スカイツリーを訪れるインバウンド旅行者を回遊させるルートの開発やAIを用いたオンデマンド運行など、試験的な取り組みを行ってきました。現在は、より日常的なニーズに寄り添う施策にフォーカスしているところです。地域の需要を取り込みながら、持続的に運用できるモデルを構築するのが目標です」

解決策のキーワードは「コミュニティの再生」
東京都墨田区だけでなく、全国各地の公共交通や地方空港の現場を取材する日々。現場を知ることで、公共交通の再生に向けた本質的な解決策が見えてくるという。そんな戸崎教授が掲げるキーワードが「コミュニティの再生」だ。日本人が昔から大切にしてきた「助け合い」の精神が、最終的に公共交通の課題を解決すると考えている。自らも参加する「墨田区内循環バス運行検討会」は、さまざまな立場のステークホルダーが集まる「助け合い」のモデルといえるのかもしれない。
「公共交通は重要なライフラインです。しかし、公共交通にかけられる予算もマンパワーも限られています。今後は、公共交通の維持に健康・福祉、観光、災害対策などの予算も組み合わせた政策が必要になるでしょう。縦割り行政を見直して、限られた予算をしっかりと公共交通の維持に充て、福祉や観光のサービスにも役立てていく。ITも補助ツールとして大いに活用すべきです。そして、地域の人々が助け合いながら、みんなで公共交通を維持していく方法を考える。こうしたまちづくりのグランドデザインを構想できるのも交通政策という研究の醍醐味だと思っています」
教員紹介
Profile

戸崎 肇教授
Hajime Tozaki
1963年、大阪府生まれ。京都大学経済学部卒業後、日本航空株式会社を経て、1995年7月、京都大学経済学研究科現代経済学専攻博士課程修了。帝京大学経済学部助教授、明治大学商学部教授、早稲田大学商学学術院商学研究科ビジネススクール教授などを経て、2019年より現職。国の審議会の委員を歴任するなど、広く公的・社会的活動も行う一方、テレビ・新聞・雑誌など、マスメディアでも積極的に発言している。専門は「交通政策」「航空政策」「観光政策」。
教員情報をみる