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中国企業の分析を起点に、企業と従業員が共に成長できる組織のあり方を探る
多角的な視点から企業が発展するための仕組みづくりを検討
なぜ大企業による不祥事は繰り返されるのか、なぜ日本企業で働く外国人材の離職率は高いのか。こうした現代企業が直面する課題の背景には、企業統治の仕組みや組織文化、従業員のモチベーション、経営陣へのインセンティブといった、複雑に絡み合った要因が存在する。ビジネスマネジメント学群の董光哲教授は、「経営資源の国際移転」、「(経営陣への)インセンティブ」、「(従業員の)モチベーション」という3つの視点から中国企業を中心に分析し、グローバル化が進む現代社会において企業と従業員が共に成長できる組織のあり方を追求している。
「私の研究テーマは大きく3つに分けることができます。まずは経営資源の国際移転についての研究です。各国は、労働力や資金、設備、情報といった多様な経営資源を有しています。グローバル化が進む近年、その経営資源が国外にどのように移転されているのかを探ることが私の研究の大きな目的です。次に、上場企業の企業統治のあり方、そして経営陣へのインセンティブについての研究を行っています。本来、経営者には、企業や株主、ステークホルダーのために健全な経営をすることが求められています。しかし、個人的な名誉や利益のために、それが損なわれてしまうことがあります。そうした状況を防ぐために、どのような企業統治やインセンティブの仕組みを取り入れるべきなのかを研究しています。最後に、従業員のモチベーションに関する研究です。企業が発展していくためには、従業員のモチベーションを高めることが不可欠です。そこで、組織と従業員のモチベーションの関係を明らかにするための研究に取り組んでいます」
社外取締役による監視が経営陣の不祥事を防ぐ一つの手段
社会的な環境や経済の発展状況、制度、法律など、各国はそれぞれに異なる事情を抱えており、当然ながら企業経営にもその事情が色濃く反映されている。例えば、日本やアメリカと比較すると、中国企業は特定の株主の持株比率が強い傾向にあり、経営の意思決定において圧倒的な影響力を持っていることが多いと指摘されている。しかし、異なる特徴を有しているからといって、中国企業の分析が他の国の経営システムを検討するうえでまったく役に立たないということはない。特に董教授の主要研究である「インセンティブ」と「モチベーション」の2つは相互に深く関係しており、日本企業に対しても大きな示唆をもたらすテーマであるといえる。
「大企業による不祥事は、あらゆる国で起こっています。こうした不祥事の背景に共通しているのは、自分の利益だけを追求しようと考える経営陣の独裁です。不祥事が相次ぐ企業では、従業員がモチベーションを感じることが難しくなります。それを防ぐために重要となるのが経営陣の動きを監視する独立したシステムであり、日本を含め世界では社外取締役を設置する動きが進められています。しかし日本企業の場合は、権力を持っている人に対して『NO』と言いにくい雰囲気があり、経営陣の意向を推測しながら物事を進めていくという慣例がいまだに残されています。社外取締役が経営陣に『NO』を突きつけると、次からは外されてしまうかもしれないというリスクも存在しているのです。社外取締役が自分の立場を守るために意見を言わないということになれば、監視機能が果たせず新たな不祥事が生じてしまう可能性があります。このような問題を解決するのは自由に意見ができる組織文化と、経営者がそれに耳を傾ける姿勢です」
企業の成長と経営陣の利益が一致する「株式によるインセンティブ」
2021年、董教授は『中国上場企業の「株式によるインセンティブ」に関する考察』という論文を発表した。この論文では、法制度の構築とその整備に伴って「株式によるインセンティブ」が普及してきた中国企業の歴史が詳細に分析されている。
1999年5月に武漢にある上場企業3社が経営者に対する「株式によるインセンティブ」を導入した。経営層に対する「株式によるインセンティブ」の導入は1990年代から中国の実務界と学術界で議論されていたが、当時はまだ法制度などが未整備の段階。そんな状況下で、一部の株式会社は自社の需要によって試行錯誤をしながら、独自の「株式によるインセンティブ」モデルを構築したのだという。これを契機に複数の企業が「株式によるインセンティブ」を導入し始めたが、ストックオプションやパフォーマンスシェア、パフォーマンスユニット、補助金付きの株式購入など、さまざまな手法が乱立する模索段階だった。
2000年代後半になって関連法律が整備される段階に入ると、「株式によるインセンティブ」を導入する上場企業が次第に増えるようになった。同時に、専門的な規定がなされたことで、模索段階に乱立していたモデルは「ストックオプション」と「譲渡制限株」の2つに集約されていくこととなる。その後も政策面と法律面で明確な指針が打ち出されたことにより、2006年1月1日から2017年12月31日までに「株式によるインセンティブ」計画を導入した非金融類上場企業は、1,000社余りに達していたという。
「『株式によるインセンティブ』を簡単に言えば、企業の成長に伴って株を保有する経営陣もメリットを享受できるという仕組みです。やはり、経営陣が自由に利益を操作できる仕組みでは、企業は不祥事の温床になってしまいます。だからこそ、ステークホルダーも含めて、全体がプラスになるような施策を打っていく必要があります。企業の成長と経営陣の利益が一致するような仕組みづくりが、日本においても求められていると考えています」
優秀な人材が集まっても、モチベーションがなければ会社は成長できない
グローバル時代のビジネスは、各国の事情を理解しておくことが大前提になる
論文を通じて中国企業の株式所有構造や独立取締役の重要性を日本に発信してきた董教授。「株式によるインセンティブ」の一例を見ても、中国企業の企業統治のあり方を学ぶことは、日本企業の今後を考えるうえでも重要な示唆をもたらすことは間違いない。しかし董教授は、あくまで個別の国の内情を明らかにすることに重点を置いているという。その背景にあるのは、ある国の事例についての研究が、単にローカルモデルや反面教師を見つけるものに留まってはならないという考えだ。それぞれの国の事情を理解しておくことは、グローバル時代のビジネスにおいて大前提になるからである。
「繰り返しになりますが、各国の企業のあり方は法律や文化によって違っています。それが良いか悪いかという議論は別にして、お互いのことを理解しているという大前提がなければ、世界と対等にビジネスを続けていくことは難しいでしょう。日本企業と中国企業の相互理解に貢献することが、私の研究のひとつの役割なのではないかと考えています」
人間の根源的な欲求を解き明かすことが研究の面白さに
企業が自国の文化やルールに従って経営されているように、企業の従業員が何に対してモチベーションを感じるのかも組織や個人によって異なっている。しかし、「優秀な人材が集まっても、モチベーションがなければ会社は成長できない」という点はすべての企業において共通していると董教授は語る。人間が何を追求し、どこに満足感を感じるのか。こうした根源的な問いに向き合うことが、従業員のモチベーションについて研究するやりがいになっているのだという。
「人間は必ずしも経済的、金銭的な面だけにモチベーションを感じるわけではなく、みんなに尊敬されたい、自分を成長させたい、成果を認められたいといった欲求を満たすために仕事に取り組んでいます。そして、こうした欲望が企業を成長させる大きな力になるのです。経営陣やリーダーは、従業員のモチベーションを考慮したうえで組織を動かさなくてはなりません。例えば、部下を信頼して権限を渡す、新しいアイデアに耳を傾ける、といった風通しのいい環境をつくることが大切になります。しかし、多くの従業員を抱える大企業では、個別のモチベーションを把握することが非常に難しいことも確かです。だからといって諦めてしまうのではなく、誰もが理想的な働き方を実現できる社会に向け、私も研究を通じて貢献したいと考えています」
外国人材が日本企業でやりがいを持って働き続けるために
外国人材の高い離職率の要因を明らかにしたい
董教授の最新の興味は、外国人が日本企業で働き続けるための施策を検討することにある。少子高齢化に伴う労働力不足が進む日本社会にとって、外国人材の活用は避けて通ることのできない重要課題。しかし、日本の組織風土に馴染むことのできない外国人材が多いと言われている。
「希望を持って日本で働き始めたにも関わらず、組織に適応できずに辞めてしまう外国人材が増えています。そうした状況が続けば、日本企業にとっても決してプラスにはなりません。今後は外国人労働者を対象とした大規模なアンケートを実施し、それに基づいて企業へのヒアリングを行う予定です。こうした研究を通じ、外国人材が離職してしまう要因はどこにあるのか、そして、それをどのように解決すればよいのかについて、研究を進めていきたいと思います」
日本文化を浸透させるための教育が喫緊の課題
董教授は「経営資源の国際移転」について研究する中で、設備や技術といった“ハード面”が比較的容易に移転できるのに対し、考え方や習慣、理念といった“ソフト面”は浸透しにくいということを実感したという。グローバル化に伴って労働力は流動的になりつつあるが、日本独自の企業文化や“暗黙のルール”を外国人材が受け入れることは非常に難しい。それが離職率の高さにつながるひとつの要因なのではないかと仮定している。
「外国人材にとって時間がかかるのは、言語と文化の習得です。特に日本企業の場合、自分の意見を言わないと『何も考えていない人』と見なされる中国やアメリカと異なり、自己主張を控えて“空気を読む”ことが美徳とされる傾向にあります。こうした文化の違いについても、どちらかが正しいということは決してありません。しかし、日本人には当然のことが外国人材には難しく、それが離職の一因になっているという可能性は非常に高いと予想できます。そんな中で外国人材を広く受け入れるためには、責任を持って日本語教育や文化教育に取り組むことが必要だと考えています」
経営陣による不祥事をなくすため、企業の成長と個人の利益が直結する仕組みを導入する。企業の成長を実現するため、従業員のモチベーションを高める。外国人材の離職を食い止めるため、日本語や日本文化を知る機会を提供する。相手の立場を理解したうえでお互いにとってプラスとなる方法を考えていくという点において、董教授の研究に対するスタンスは一貫している。
「多くの外国人が日本企業に馴染み、やりがいを感じながら楽しく働く。それが私の実現したい社会です。もちろん文化の違いはありますが、中国企業について研究してきたこれまでの成果も大いに役立てられるでしょう。そうした取り組みが、従業員の働きやすさを向上させることのみならず、企業自体の発展にもつながっていくと信じています」
教員紹介
Profile
董 光哲教授
Guangzhe Dong
2006年、桜美林大学国際学研究科博士課程修了 学術博士(Ph.D)。2026年、東北大学経済学研究科経済経営学専攻 博士後期課程修了 博士(経営学)。明治学院大学経済学部国際経営学科専任講師、江戸川大学社会学部経営社会学科教授などを経て、2018年より桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授、2023年より現職に至る。主な著書に『経営資源の国際移転』(2007年、文眞堂)、『中国の上場会社と大株主の影響力—構造と実態—』(2017年、文眞堂)、『観光・レジャーによるアジアの地域振興』(共著、2021年、芦書房)など。
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