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店頭で思わず手に取りたくなる
化粧品を開発するノウハウとは?
資生堂で33年間勤務し、商品開発などを手がける
資生堂の定番デオドラント商品「Ag+(エージープラス)※」。ドラッグストアの棚に並ぶ銀色のパッケージをハッキリとイメージできる人も多いだろう。シリーズで年間数千万本を販売するというこの大ヒットの商品およびブランド企画・戦略を手がけたのが、ビジネスマネジメント学群の宮本文幸教授だ。
専門は、プロダクト・アピアランス研究、および「見た目」評論。資生堂で33年間勤務し、売れる商品パッケージの開発に携わった後、現在はヒトとモノの「売れる見た目」づくりの研究に取り組んでいる。
「『Ag+』は資生堂に入社して15年目の2001年に手がけた商品でした。通常、こうした新製品は最低でも1年以上はかけて発売までの準備をするのですが、『Ag+』は5か月たらずで発売することが決り、テレビCMなしのまま店頭に並びました。そんな異例の展開ながら、口コミで評判を呼び、『Ag+』は各店のデオドラント商品棚でナンバー1を獲得するようになります。この動きを見て、そこに成功の方程式があるのではないかと考えました」
「Ag +」のヒットから「売れる見た目」の研究へ
きっかけは資生堂の研究所が10年かけて開発した新技術だった。それは、「銀イオンによる殺菌効果で汗のニオイを消すことができる」というもの。当時、銀イオンの消臭効果は知られていたもののそのままでは状態が不安定で、商品化は難しいと考えられていた。それを資生堂の研究者がゼオライトという物質で銀イオンを包み込むことで安定性や安全性の課題を克服し、商品化への道筋が示された。
研究所が開発した「銀ゼオライト」のデオドラント効果は絶大だった。脇の下にスプレーすれば、24時間ほぼ無菌状態に保つことができる。これは、シトラス、フローラルなどの香りを付加していく既存のパウダースプレー商品とはまったく違うコンセプトが必要だと宮本教授らは考えた。そこで出てきたのが「銀イオンの殺菌力による強力消臭スプレー」という商品コンセプトだった。

「商品名は銀イオンを表す化学記号『Ag +』としました。そして、香りの商品が並ぶ市場であえて『無香料』とし、殺菌効果を前面に出しました。さらに、銀イオンをイメージさせる銀色のボトルにパッケージして、店頭に並べたところ、テレビCMなしで大きな反響をいただきました。その後、皆さんもご存じのニオイ鑑定人の女性のCMが後追いする形でリリースされ、ヒットがさらに加速しました」
「殺菌デオドラント」という新たなカテゴリーを開拓した「Ag +」の成功は、宮本教授の人生においても大きな衝撃だった。CMなし、店頭に置くだけでの大ヒットは偶然か必然か……。この体験をきっかけに宮本教授は、過去の事例を調査し、ヒットの原因を探る「プロダクト・アピアランス研究」をスタートする。
商品のインサイト(内面)とアウトサイト(外見)を考える
研究のキーワードは、「インサイト思考」と「アウトサイト思考」。インサイトは商品の「内面」をつくるもので、アウトサイトは商品の「外見」をつくるものと考えていいだろう。

「『Ag+』は、消費者が自分でも気づかなかったインサイト、つまり『香りでごまかさずに汗のニオイを根本から消したい』という潜在ニーズを掘り起こしました。そして、それを見た目(視覚)から刺激したのが、これまでのデオドラント棚で異彩を放つ銀色のパッケージというアウトサイト(外見)だったのです。そこに『銀イオンによる殺菌消臭』という未知のストーリーが加わり、消費者が思わず使ってみたくなるというアクションを誘発したのです」

この結論に至る他社の事例も多数ある。そのひとつが、全米市場で1970年代にシェア40%を獲得したヘインズ社のストッキング『レッグス(L’eggs)』だ。卵型の容器に入った個性的なアウトサイトのこの商品は、「むいたゆで卵のようなつるつる美脚になりたい」というインサイトを刺激し、大ヒットにつながった。

また、宮本教授が手がけた資生堂の商品に小顔美容液『ロスタロット』がある。「魔法の壺」をコンセプトにした外見と「タロット(占い)」の入った商品名によって、「小顔効果で本来の美しさを引き出したい」というインサイトを媚薬的なイメージで刺激することに成功している。
「これらの事例では、商品コンセプトを外見のデザインで象徴的に表現するとともに、商品名や配合成分、商品の役割や機能といった商品説明などにも関連づけて表現する手法が共通して用いられています。これは私が『イメージ・モチーフ』と呼んでいるもので、プロダクト・アピアランス研究の重要な要素になります」

「Ag+」は銀イオンをイメージ・モチーフとして、コンセプト・商品名・パッケージデザインを設計した。その結果、店頭で目立つビジュアルが消費者の注意や興味を引き、話題化。検索数が増え、使った人の口コミが拡散され、パッケージのインパクトから記憶にも残りやすい商品となったのだ。
「イメージ・モチーフ」の理論を
他ジャンル商品や海外ユーザーにも応用
宮本教授は、自ら手がけた「Ag+」をはじめとする化粧品や女性の身だしなみに関わる商品などから導き出した「イメージ・モチーフ」の理論を飲料や家電製品にも応用する実証実験を行ってきた。さらに、日本人ユーザーだけでなく、中国人ユーザーに向けた実験も行い、その効果を検証している。

「化粧品を使ったイメージ・モチーフの実験の結果、中国人は日本人と比較して、よりオーソドックスな商品パッケージに興味を抱くことがわかりました。中国は日本と比較して、女性が日常的に化粧品を使ってきた歴史が浅く、変わったデザインを信頼しない傾向が見えました。こうした発見も実験をしたからこそわかることですね」
実証実験の成果は、「化粧品パッケージによる消費者効果の日中比較と要因分析—イメージ・モチーフの実証実験を通じて—」というタイトルで、2021年の『戦略経営ジャーナル』誌(国際戦略経営研究学会)で発表された。
また、2022年7月には、プロダクト・アピアランス研究の成果をまとめた著書『ゼロ・プロモーション・マーケティング: 売らないで大ヒット。商品が顧客を引きつける新手法』(同友館)をリリースし、近年はメディアへの出演も増えている。
資生堂のマーケターから
大学教員に転身した理由とは?
社会工学を専攻していた大学時代
マーケティングやブランド戦略のエキスパートである宮本教授は、大学時代からこの分野を学んでいたわけではない。学部時代は、「社会工学」を専攻し、社会経済計画というマクロ経済学の分野を専門的に学んでいた。卒業論文のテーマは、高齢化社会の予測に関するものだったという。
そんな宮本教授が新卒で入社した資生堂で配属になったのは、情報システム部。ここでFA(ファクトリーオートメーション)工場に導入するシステム開発の企画に携わっていた。商品開発の仕事を任されたのは、情報システム部や経営企画部で10年ほど修業を積んでからのこと。1995年から小顔美容液などの商品企画に携わり、2001年に「AG+」のマーケティングを任されることになる。
「資生堂には計33年間勤務し、そのうち約20年間、マーケティングの仕事を担当しました。商品開発にあたっては、マーケティングの基本の流れをひたすら繰り返してきました。まず、グループインタビューやアンケートを用いた定性・定量調査を行い、試作品をつくり、パッケージデザインを考案すると、これでユーザー調査を実施し、商品が完成するとCMや店頭でのプロモーションを企画します。資生堂のような会社で、20年間マーケティングの現場を見てきた経験は、研究者として大きな財産になっていると思います」
2018年3月に資生堂を退社し、翌4月から桜美林大学で研究をしながら学生を指導するという道を選んだ。その背景には、これまでの「イメージ・モチーフ」や「プロダクト・アピアランス研究」のノウハウを発展させ、モノだけでなくヒトにも応用できる「売れる見た目」研究を進めたいという思いがあった。

「プロダクト・アピアランス研究」の成果を
モノだけでなくヒトにも応用する
モノにもヒトにも通底する『売れる見た目』の本質に迫る
「大学で本格的に研究をスタートしてから、商品パッケージに対する擬人化心理について調べています。消費者は商品パッケージに対して、脳内で人の顔を見るときと同じような情報処理を行い、顔と同じような形で記憶に留めるということを無意識のうちに行っている可能性があるのです」
宮本教授は現在、化粧品のボトルやチューブ、口紅やアイライナーなどのスティック状容器、アイカラーやファンデーションなどさまざまな形態がある化粧品パッケージを消費者が実際にどのように顔に見立てているのかを実験で検証している。最近は、そこで得た知見をヒトの顔に応用し、「パーソナルブランディング」に役立てる方法を模索している。
「商品のインサイト・アウトサイトの考え方や商品パッケージの擬人化心理の研究成果は、すべてパーソナルブランディングにつながります。例えば、就職活動において、金融系企業で評価されやすい『見た目』とはどのようなものかを過去の顔データから割り出すこともできるでしょう。資生堂でのマーケターの経験と研究者としての知見を総動員して、モノにもヒトにも通底する『売れる見た目』の本質に迫りたいと考えています」
教員紹介
Profile

宮本 文幸教授
Fumiyuki Miyamoto
1962年、茨城県生まれ。筑波大学第三学群社会工学類卒業。新卒で資生堂に入社し、33年間勤務。そのうち約20年間、商品マーケティングやブランド戦略を担当し、殺菌デオドラント商品「AG+」などのヒット商品を手がける。2016年に愛知大学にて経営学の博士号を修得。2018年に転身し、現在は桜美林大学ビジネスマネジメント学群教授。実務経験に基づき、独自の「イメージ・モチーフ理論」を提唱している。著書に『ゼロ・プロモーション・マーケティング』(同友館)、『商品パッケージの消費者効果—化粧品におけるイメージ・モチーフ効果の実証研究—』(静岡学術出版)などがある。
※現在はファイントゥデイのブランド「エージーデオ24」として、2016年に「24時間、肌快適ケア」をコンセプトにリニューアル。汗のニオイだけでなく、加齢臭、さらには「ストレス臭」までケアできるデオドラントブランドに進化し幅広いランナップを展開しています。