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コックピット・ボイス・レコーダー(CVR)に
関する研究で航空機の安全運航に貢献
研究成果がCVRに関する国際規制の改正に貢献
航空機の事故が発生した際に、話題になるのがコックピット・ボイス・レコーダー(CVR)だ。これは、航空機の操縦室内の音声を自動的に録音する装置で、航空機の安全調査において非常に重要な役割を果たしている。しかし驚くことに、近年、航空事故や重大なインシデント(重大な事故には至らなかったが、事故につながる可能性があった事例)が発生した際にCVRの録音データが利用できなかったケースが増えているという。
「国際航空の安全性の向上」をテーマに研究を行うビジネスマネジメント学群のクックソン サイモン教授は、2014年から2024年に発生した92件の国際線に関するインシデントを分析し、CVRの録音データを取得できなかった原因を調査した。7年間に及ぶプロジェクトで、3本の学術論文を執筆し、国際学会で発表。最終的に、欧州連合は2021年に規制を改正し、新しい大型航空機には25時間CVRの搭載が義務付けられ、2024年には米国でも同様の規制が導入された。
「私が論文で明らかにしたのは、多くの事故調査において、CVRのデータがまったく使えなかったという驚くべき実態でした。原因の多くは、着陸後もCVRの電源を切らなかったことでデータが上書きされていたり、事故調査機関への通報が遅れたりすることでCVRの録音時間(通常は2時間)を超えてしまっていたことにあります。実際、私の調査対象の中では、多くのレポートに CVR に関する情報はまったく記載されておらず、一部のケースでは「事故に関連する録音はなかった」とだけ記載されていました。 このような記録の欠落は、事故の原因分析を困難にし、航空機の安全運航にCVRを役立てる機会を逃すことになります」
パイロット訓練の改善に注目
一般的なCVRの録音時間は2時間で、通常は航空機が飛行中ずっと上書きする形で録音が続けられる。つまり、直近の2時間の飛行記録のみが保持される。 問題は、安全に関わるインシデントが起きたときだ。その際、パイロットはCVRを止め、過去2時間分の録音データを分析に回す必要がある。しかし、問題発生以降の飛行時間が2時間を超えたり、あるいは着陸後にCVRの電源を切り忘れた場合、重要な録音データが上書きされてしまい、消えることになるのだ。
クックソン教授の研究で推奨されたように、最近は、CVRの録音時間を25時間に延長する機材が導入され始め、状況は改善されつつある。 それでも、「電源の切り忘れ」や「通報の遅れ」といった人為的な要因までは解決できていないという。そこで、クックソン教授は現在、パイロット訓練の改善に注目している。 技術の進化だけでなく、「人の行動」にも目を向けなければ、真の意味での安全性は確保できないのだ。
CVRとFDRを合わせて「フライトレコーダー」
コックピット・ボイス・レコーダー(CVR)以外にも航空機には記録用機器が搭載されている。それが、フライト・データ・レコーダー(FDR)だ。こちらは、機体の速度・高度・姿勢・操縦入力などの物理データを記録している。コックピット内の音声と音を録音するCVRと航空機の物理データを記録するFDRを合わせて、「フライトレコーダー」と呼ばれている。これは、航空機事故の際に回収される「ブラックボックス」を指す録音機器だ。
パイロット志望から日本での教員の道へ
パイロットを目指すも視力の問題で断念し、航空宇宙システム工学の修士号を取得
クックソン教授は現在、主にエアラインビジネス領域の科目を英語で学生たちに教えている。 出身は、イングランド南東部のコルチェスターという古都。イギリスで最も古い町のひとつで、2000年前のローマ帝国時代には、イングランドの首都だったという。母は語学の教員で、英語のほか、フランス語、スペイン語、ポルトガル語、ドイツ語を話すことができた。家族で海外旅行に出かける機会も多く、自然と異文化への関心が大きくなっていった。

「私はもともと航空機が大好きでした。人間は本来空を飛べない存在なのに、機械の力で空を飛ぶ——その奇跡のような現象に心を奪われたのです。そこで、大学では航空宇宙システム工学を学びました。そして、将来はパイロットになりたいと考えていたのですが……、視力が基準に達しておらず、諦めざるを得ませんでした。そこで、代わりに惹かれたのが『ヒューマンファクター(人間要因)』と呼ばれる航空の安全に関する研究分野でした。人と機械、人と人との間で生じる誤解や伝達ミスにフォーカスを当て、大学院の修士課程でこの分野の研究に取り組みました」
「いつか日本で暮らしてみたい」と思っていた
研究の傍ら、大学時代は、「卒業までに40か国訪れる」という目標を立て、ヨーロッパ、中東、カリブ、アジア、北アフリカなど、さまざまな地域を旅した。印象に残っているのは、1989年の冬に中国を3週間旅行したこと。1989年といえば、中国で天安門事件が起きた年で、欧米人はほとんどいなかったという。
日本にやってきたのは1991年。以前から黒澤明や伊丹十三の日本映画や、芥川龍之介や谷崎潤一郎などの小説が好きで、 「いつか日本で暮らしてみたい」と思っていたという。そこで、日本で働くことを決意し、英語教師として来日。1996年からは、横浜のYMCA English Schoolで英語を教えながら、ホームレス支援や家庭内暴力被害者支援のボランティア活動にも力を注いだ。
大学院でコーパス言語学を研究し、
TESOL(英語教授法)の修士号を取得
その後、2001年から桜美林大学外国語教育センターの非常勤講師になり、2003年からは専任講師に。同時に、日本にいながらイギリスのアストン大学大学院通信制課程で学び、2008年にTESOL(英語教授法)の修士号を取得した。
「アストン大学の大学院では、コーパス言語学を学びました。これは、大量の使用例(コーパス)を用いて、言語の特徴やパターンを科学的に分析する言語学の一分野です。データ分析の手法を用いて、言語のパターンを見つけるという研究は魅力的でしたが、次第に、個人間のコミュニケーションにおける問題を深く研究したいという気持ちが芽生えてきました。そこで、たどり着いたのがPilot-ATC Communication(パイロットと航空管制官間のコミュニケーション)の研究でした」
ATCとは、Air Traffic Controlのこと。ATC Phraseologyとは、航空機のパイロットと航空管制官の間で交わされる特別な英語のことを指す。航空機の安全運航に直結する重要なコミュニケーション手段であるATC Phraseologyは、ルールが厳密で、トラブルが起きたときには、臨機応変に話す力が求められる。文化的背景や言語習慣が異なる人々が関わる航空業界の仕事現場において、ATC Phraseologyが安全面で担う役割は大きい。そこで、クックソン教授は、Pilot-ATC Communicationの研究にも力を注いでいく。 ここで、もともと興味のあった航空業界と英語を教えるという仕事がつながることになる。
パイロット養成など計8冊の英語教材を執筆

同時期に、クックソン教授は、ビジネスマネジメント学群の講師となり、2006年から始まったパイロット養成コースの立ち上げに携わる。ここで、日本航空(JAL)や航空大学校などとの調整、海外の訓練機関との交渉、英語カリキュラムの作成など、多岐にわたる業務を担当する。そして、キャビンクルー養成コースのカリキュラムの作成や海外機関との交渉などにも携わっていき、2012年には同学群の准教授となる。
「教育の現場では、航空業界のリアルな課題を学生たちに伝えています。例えば、緊急事態が起きたときに、英語でどう対応すべきか……。こうした授業の実施を通して、 航空業界に特化した英語教材の必要性を感じるようになり、自ら教材も開発しました。これは、問題を発見し、報告し、対処するという流れでエアライン英語を学ぶもので、多くの日系航空会社でパイロット育成用教材として導入されています。」
この教材とは、『パイロットのためのICAO航空英語能力試験教本』、『パイロットのためのICAO航空英語能力試験ワークブック』(いずれも成山堂書店)のことで、桜美林大学航空学群のケリー・マイケル教授との共著となる。この教科書は、今も航空英語能力証明実地試験(ICAO航空英語試験)レベル4向け教材として、桜美林大学だけでなく、さまざまな教育現場で使われている。ほかにもクックソン教授は、パイロットや客室乗務員、地上職員向けに計8冊の教科書を執筆しており、日本だけでなく、アメリカ、ニュージーランド、ヨーロッパ、中東などで幅広く使用されているという。
自身のWebでもエアライン英語の情報を発信
英語教材の執筆だけでなく、現在は自身のWebサイトでも教員や航空会社・空港職員向けの英語教育を支援する情報を発信している。航空英語に関する情報や空港の写真などの資料も豊富に使った実用的な内容だけに、 現在も世界中から多くのアクセスがあるという。
AVIATION COMMUNICATION WEBSITE
https://www.aviationcommunicationwebsite.com
桜美林大学に教員として勤務しながら、2015年から国際基督教大学の大学院に通い社会言語学を専攻。2021年に博士号を取得している。博士論文のテーマは、文化的背景や言語習慣が異なるパイロットと航空管制官のコミュニケーション。 ここで過去の安全に関するインシデントなどを調べる過程で、冒頭に紹介したCVRのテーマに行き着いたという。
「伝える力」が航空ビジネスの安全を守る
航空安全教育に関する教材をさらに執筆する
今後の目標は、航空安全教育に関する教材やマニュアルをさらに執筆すること。そして、教育現場で日本の学生たちに伝えたいのは、「わからないことを、わからないと言う勇気」を持つことだという。日本人は英語による会話の中で少々わからないことがあっても黙って流しがちだが、エアラインビジネスの現場では、情報伝達のミスは大きな事故につながる可能性もある。クックソン教授は、ここに危機感を持っているという。
「日本の英語教育は正確さを重視するあまり、失敗を恐れる傾向がありますが、 航空の現場では、正直に『理解できなかった』と伝えることが、何より安全につながります。異文化の狭間で、命を預かる重要な言葉が交わされる。それがエアラインコミュニケーションの重要な役割です。その中で、私は『伝えること』の本質を、これからも追い続けていきたいと思っています」
教員紹介
Profile

クックソン サイモン教授
Cookson Simon
1967年、イギリス生まれ。1989年 サウサンプトン大学で航空宇宙システムエンジニアリング学士号取得。1990年 同大学院で航空宇宙システムエンジニアリング修士号取得。在学中から、1991年にヨーロッパ、中東、カリブ、アジア、北アフリカなどを旅して、1991年に英語教師として来日。2001年より桜美林大学 外国語教育センター 非常勤講師、2003年より同専任講師、2007年よりビジネスマネジメント学群 講師、2012年より同学群准教授、2022年より現職。桜美林大学で教員として勤務しながら、2008年にアストン大学大学院でTESOL(英語教授法)修士号取得。2021年に国際基督教大学大学院で社会言語学の博士号取得。現在は、「国際航空の安全性の向上」をテーマに幅広い研究を行っている。
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