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小さな声に耳を傾け、その現実を
より多くの人々に伝えていきたい
ドキュメンタリー映画を製作し、全国の劇場で上映
「社会的に立場が弱いとされる人たちの『小さな声』に耳を傾けたい。映像と音声で記録することは、コンテンツの始まりでもあります」
そう話すのは、ビジネスマネジメント学群の大墻敦教授だ。NHKで番組制作に従事した経歴を持ち、現在はドキュメンタリー映画を自主製作するなど、映像作家としても活動している。
2018年に製作した『春画と日本人』は、春画に対する日本社会の逆風と、その価値を守る戦いに挑んだ人たちを描いた記録映画だ。全国30以上の劇場で上映されたほか、アメリカの学会「アジア研究協会 The Association for Asian Studies (AAS). 」で英語版が上映され、シカゴ大学日本学部では講義にも使われた。さらに、横浜大空襲をテーマにした映画『スズさん〜昭和の家事と家族の物語〜』や、美術館に密着した映画『わたしたちの国立西洋美術館』といったドキュメンタリー作品は、全国40以上の劇場で上映されてきた。
現在は、日米地位協定をテーマにした映像を製作中だという。日米地位協定は、日米安全保障条約に基づき、在日米軍の施設・区域の使用と地位について規定した協定だ。
「横田、厚木、普天間、嘉手納など各地に米軍基地がありますが、さまざまな課題をまとめて映画のような形にしようと、継続的に取材し、編集しています」
難病や障害を持つ方々も、よりよく生きる社会のために
大墻教授は一般財団法人健やか親子支援協会と連携・協働し、ボランティア活動としての映像製作も行っている。これまでレックリングハウゼン病患児のドキュメンタリー映像『ユノちゃん物語』や、障害の有無を超えたインクルーシブ教育を実践する『茨城県の認定こども園ぶどうの木 竜ケ崎幼稚園の紹介動画』を制作してきた。
「NHK時代、福祉に関する番組に携わったこともありますので、障害を持たれた方々がよりよく生きる社会であるべきだと考えています。しかし、私自身は保育ができたり、障害者教育ができたり、障害者の方をお手伝いできるわけではありません。動画を通して悩みや情報をより多くの人々に伝えることで、社会貢献していければと思っています」
弱者の声に耳を傾けるということを、学生にも経験してほしい
桜美林大学の大墻ゼミナールでは、社会の出来事を映像と音声で記録する活動を続けている。学生たちが当事者からの言葉を記録し、動画の製作を経験できる実践の場となっている。
2024年には、ポトキ・ラプスキー症候群という希少難病の子どもに関する動画を公開。ポトキ・ラプスキー症候群患者の会代表・南里健太さんの子育て経験談と、東京女子医科大学病院ゲノム診療科・山本俊至教授との対談をもとに構成したものだ。2025年には、「東京空襲犠牲者の名前を読み上げ、心に刻む集い2025」に参加。さらに発起人であり、東京大空襲の被災者である河合節子さんを授業に招き、当時の話を聞いて、その様子を撮影した。犠牲になられた方々は「約10万人」という大きな数字でくくられがちだが、その一人ひとりに名前があり、人生がある。その重みと向き合う機会にもなった。
「世の中に致し方なくある『小さな声』。学生たちには、そのような弱者の声に耳を傾けて記録するということを、少しでもいいから経験してほしいという気持ちがあります」
そこで起こっている現象を、
正確に記録し、残していく
映し取る。それが、私の役割なのかもしれない
大墻教授は経済学部出身だが、大学生の頃から社会学や哲学が好きだったという。そして、自分が考える「社会のあるべき姿」を、人を通して、または番組という形にして、多くの人に伝えてみたいという気持ちがあった。NHKに就職してからは『歴史秘話ヒストリア』『課外授業 ようこそ先輩』『阪神大震災から3年 人々はどのように歩み始めたのか』『二重被爆 ヒロシマ ナガサキを生き抜いた記録』『Brakeless~JR福知山線脱線事故~』『新・電子立国』など、ドキュメンタリーを中心に担当。福祉関係の番組も多く手掛けたほか、北海道の釧路放送局時代には漁師と共に漁船に乗り込んだという。いろいろな出会いや取材体験を重ね、知識が増えていくなかで「ドキュメンタリーがおもしろい」「社会の出来事を伝えるのが、私の役割なのかもしれない」と強く思うようになった。
Storyville, Brakeless: Why Trains Crash - BBC Four
ドキュメンタリーには客観的なもの、主観的なもの、さまざまなタイプがある。そのなかでも大墻教授は、メッセージを主張するというよりは、起こっている現象を正確に記録し、残すようなつくり方を好む。
「自分の言いたいことを伝えるためではなく、出来事をなるべくフラットに映し取ることを心がけています。日本で初めての春画展にまつわる映画『春画と日本人』の場合もそうです。この映画は、春画の展示に関して萎縮する空気が日本に残るなか、がんばって実現した方々のドキュメンタリーです。しかし、私自身が『そんな日本社会はおかしい』とか言うつもりはまったくないんです。ただ、そういう日本の社会が現実にあるということや、それを突破した人たちが考えていたことを、映し取る。それが私の役割なのかなと思っています」
観た人が考えてくださいというスタンス
映画『スズさん 〜昭和の家事と家族の物語〜』は、横浜大空襲と家事の記録を軸に、スズさんという一人の女性の人生を描いたものだ。この映画においても、たとえば女性の自立や男女差別の問題などについて主張したいわけではない。
「スズさんという一人のすばらしい女性が生きていたということを、自分なりにただ記録したい。なるべく色をつけたり、味付けしたりせずに、多くの人にご覧いただき、こんな人がこんな風に人生を生き抜いたということが伝わるものがいいと思っています。制作中の『日米地位協定』の映画では、日本各地にある米軍基地の周辺で、騒音被害に遭われている方や米兵に性暴力を受けた方にも取材しています。そのような声を届けるのは私の役割だと感じるのですが、だからといって『日米安保反対!』と言うつもりはなく、こういう現実があるということを映し取りたいというのが、一番のモチベーションになっています。結果的にはどの素材を、どの言葉を抜き出したかというところに作り手の人格が含まれますし、考えは映像・編集から染み出るのだけれども、私としては何かを言いたいわけではありません。むしろ『ご覧になった方々にお考えいただきたい』というスタンスです」
幼保連携型認定こども園「竜ケ崎幼稚園」のインクルーシブ教育
「『竜ケ崎幼稚園の紹介動画』の製作においても、障害のある子とない子が一緒に育つ環境がいいなとは思いましたけど、それを推進すべきだと拳を上げたり、そういったことに不熱心なところを攻撃するつもりは毛頭ありません。それよりは、この幼稚園でインクルーシブ教育をしている人たちがいて、喜びを得ているということを、ただ映し取りたいんです」
そもそも幼稚園や保育園での障害児入園拒否は、差別に該当する可能性がある。しかし、実際には園側の体制や人手不足の問題などで、入園を断られるケースも存在する。
「障害のある子どもを受け入れたら、苦労はあるかもしれないけれど、こんな喜びやいいこともあるかもしれない。どこかの園の関係者の方が動画を見て、そう感じていただけたらいいなと思います。あるいは、あちこちで断られて困っている保護者がいたら、こんな園長さんがいる施設を探し直してみてはどうですか、とか。ナレーションで語りかけませんけど、そんな気持ちで作っています」
ドキュメンタリーの条件とは、
そしてプロフェッショナルとは
誰が見ても「それは現実にある」と認められること
「ドキュメンタリー」を辞書で引くと、「記録に基づいて」「虚構を加えずに」といった言葉が書いてある。だからといって、単に「撮ればいい」のかといえば、そんなことはない。
「ドキュメンタリーの定義はいろいろありますが、基本的には、ある事実を監督の視点・考え方で記録し、ひとつの物語にしたものといえます。そして、その物語がいわば“現実”として、概ね多くの人に受け入れられるというのがドキュメンタリーだと思います」
人が大事に思っている情報や言葉を預かる仕事
ドキュメンタリーとインスタグラムは、「撮る」「記録する」という意味では共通点があるといえる。しかし、インスタグラムは主に「自己表現やコミュニケーション」のためのもので、ドキュメンタリーは「他者の小さな声に耳を傾ける」ためのものと考えると、両者には本質的な違いがある。
「ドキュメンタリーに限らず、バラエティでも、どんなジャンルでも、動画コンテンツを作る仕事は、人が大事に思っている情報や言葉を預かる仕事だということです。大学の授業でも学生には、『人から聞いた言葉を大切に扱いましょう』と、よく言っています。その人がわざわざ人生の貴重な時間を提供してくれて、何か大事なことを喋ってくれて、それを受け取り伝える。仕事には、そのような心が求められます。そして、その人から受け取った言葉を、多くの人に伝わる形にするための技術も持っていなければなりません。それが、プロフェッショナルであるということです。
アーカイブの利活用に関する研究活動
大墻教授は映像作家としての活動以外にも、「資料映像利活用」に関する研究活動を行っている。NHK放送文化研究所と協力して、イギリスの公共放送BBCやアメリカの公共放送PBSなど、世界各国の放送局が所有する番組の利活用について調査し、研究論文化(※)している。その内容は、「各国の具体的な取り組み」「日本との違い」「イギリスの著作権法」「公共放送の存在意義」をはじめ、多岐にわたる。
「NHKも民放も含めてなのですが、日本では放送局が作った番組をしまい込んでおくケースが多く、貸したり売ったりという活動が活発ではありません。つまり、死蔵されているわけです。それがもったいなくて、なんとかしたいというのが活動の目的です。どうすれば、少しでも安く、いろんな人が使ったり見たりできるようになるのか。外国の例を見ながら研究しています」
先人が体験した出来事や創り出した物事は、社会や文化の継承に重要な役割を持つ。それらをどのように保存し、未来にわたって自由に活用可能な形で提供できるか。
「資料映像を文化資源として利活用する上での諸課題について、問題意識を持って、継続して調べていきたいと思っています」
※https://www.nhk.or.jp/bunken/d/research/oversea/BUNA0000010750070006/
教員紹介
Profile
大墻 敦教授
Atsushi Ogaki
1963年、千葉県育ち。一橋大学 経済学部 卒業。日本放送協会(NHK)ディレクター、プロデューサー、NHK放送文化研究所 研究主幹、桜美林大学 総合研究機構 教授を経て、2021年より現職。教育、研究、映像制作の3本柱で活動している。映像作家として数々の作品を製作し、監督第1作の文化記録映画「春画と日本人」は2018年度キネマ旬報ベストテン文化映画第7位。受賞歴はほかにも、Peabody Awards 2014(ピーボディ賞)、第74回毎日映画コンクール ドキュメンタリー部門 ノミネート(2019年)など多数。
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