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環境会計学の手法を用いて
持続可能な未来に貢献する
従来の環境会計で
見落とされていた要素
企業の財務状況を定量的に把握し、業績を向上させるための手段として、会計学の知識はビジネスにおいて幅広く用いられてきた。一方で、企業は自社の利益を追求するだけでなく、環境問題の解決をはじめとする社会的責任を果たすことも重要である。そうした考えから、企業が環境保全にかけたコストと効果を定量的に測定する環境会計の仕組みが成立した。ビジネスマネジメント学群の篠原阿紀准教授は次のように語る。
「冷蔵庫で食品を腐らせてしまい、廃棄した経験は誰にでもあると思います。普段は何気なく捨てていますが、それを具体的な金額で提示されるとロスを減らそうという気持ちになりますよね。ロスを減らすということは、食品を有効に使うということであり、見方を変えれば、食費自体を減らすことにもつながります。実際のビジネス、とりわけ製造業では、各生産プロセスにおいてさまざまなロスが排出されています。例えば、加工の段階で部品を型抜きした際、外枠のパーツは廃棄されてしまう場合が多い。こうした生産段階のロスは、従来の環境会計では見落とされていた要素でした」
生産プロセスにおける
ロスに着目した手法を研究
そこで開発された新しい環境会計(環境管理会計)の手法が、マテリアルフローコスト会計(MFCA)だった。この手法を用いることで、生産プロセスのロスを定量的に数値化し、資源やエネルギーの無駄を可視化できるようになった。2000年代において、当時の経済産業省の後押しもあり、MFCAの新しい考え方は日本の企業でも盛んに取り上げられた。篠原准教授は現在、、このMFCAの手法を農業分野に応用する研究に取り組んでいる。
「生産プロセスにおけるロスを管理するという点は、農業にも応用できると考えました。農業は6次産業化が進んでいますから、農業生産から製品の加工・販売までの流れをMFCAで捉えることにより、フードロスの削減や、農業生産性の向上、ひいては生産者の所得の確保に貢献できるのではないかと考えています」

1冊の本がきっかけで
環境会計の道へ
環境×会計という分野の存在を知る
篠原准教授が環境会計学と出会ったのは、大学院に進んだ後のこと。学部生時代は環境や政策について広く学び、環境問題を経済の視点から解決に導く環境経済学の学びに興味を持ったのだという。しかし、環境経済学のゼミで学ぶうちに、次第に新しい道を模索したいと考えるようになった。
「経済成長と環境保全を両立させるためには、環境に対して一定の基準を設け、ルールに従って企業に課税や補助金を課すことが主な手段として考えられます。その一方で、当時の私は簿記の勉強を始めていたこともあり、会計という仕組みの中に環境の視点を組み込むことはできないのかと考えていました」
卒業論文のテーマを考えていたときに、大学の図書館に立ち寄り、篠原准教授は1冊の本を見つける。それが國部克彦先生が書かれた『環境会計』(新世社)という本だった。
「『環境会計』という本を見つけたときは、驚きました。環境と会計を組み合わせて研究されている研究者の方がいらっしゃる。そういった研究領域があることをそのとき初めて知ったからです。当時のゼミの教員だった天野明弘先生に大学院で環境会計を学びたいとご相談したところ、背中を押してくださったこと、そして神戸大学大学院経営学研究科に進学することが決まったとき、とても喜んでくださったことを今でも覚えています。今の私があるのは、天野先生と國部先生のおかげです」
多角化の進む農業分野で
MFCAの可能性を感じた
國部先生は、ドイツで開発されたMFCAを日本に普及させようと尽力した研究者として知られている。大学院で環境会計を学ぶなか、篠原准教授自身もMFCAに興味を持つようになった。しかし、MFCAに対して独自の研究の糸口を見つけることがなかなかできなかった。
「2000年代を通じて、約300社がMFCAを導入しました。しかし、2011年にMFCAがISO化されたことが一つのゴールになってしまったのか、経済産業省の支援がなくなった途端、MFCAの企業導入事例や研究論文が減っていきました。MFCAの普及を阻んでいた要因の一つがデータ収集・分析の煩雑さですが、IT化が進んだあとも、導入事例は増えていません」
そこで篠原准教授が着目したのが食品分野だった。フードロス(食品ロス)という言葉が一般的になり、「本来食べられるものを捨てている」という考え方が、MFCAの「本来使えるものを捨てている、それを金額と物量で見える化しよう」という考え方と親和性が高いのではないか、と感じたという。
徳之島のプロジェクトで
MFCA実装の手法を模索
徳之島の発展に向けて
会計学に何ができるのか
そこで、どうやってMFCAと食品分野・フードロスを結び付けていくか考えていたときに出会ったのが「徳之島」だった。学外から「徳之島の発展に向けてプロジェクトをやってほしい」という依頼があり、それが大きな転機になった。
「徳之島は鹿児島県に属する離島で、世界自然遺産にも登録されています。お話を聞いたとき、恥ずかしながら徳之島という島があることを知りませんでした。また、観光や航空といった領域の先生ならともかく、環境会計を研究している自分にできることはあるだろうか、と思いました」
徳之島の基幹産業は農業や製糖業であり、農業だけでなく、農作物の加工や飲食業を展開するなど、6次産業化に取り組む一方で、農作物の原価計算や経営分析についてはあまり実践されていない印象を受けた。
「最初は、農業でMFCAを導入したらどうなるのか、から始まりましたが、現在はさとうきびやじゃがいもの収支状況や原価計算、労働時間の把握など、自治体と連携しながらデータの収集・分析を行っています。」

現地の人々と触れ合う
実践的な会計学の研究
財務的な数値を取り扱う会計学は、同じ経営領域のマーケティングなどと比べると、実践的な学びが少ないというイメージを抱かれていると篠原准教授は語る。しかし、篠原准教授のゼミでは、大学のカフェテリア(学食)の売上・コストデータを分析し、学食の運営会社と改善策を検討したり、食品業界の中小企業の財務データの分析をもとに新たなメニュー開発を行ったりしている。そこに最近、農業における管理会計の活用可能性を検討するテーマが加わった。
「篠原ゼミでは、毎年徳之島を訪れて、製糖工場を見学したり、農作業を手伝ったり、農家の方にお話しを聞いたりしています。農業を体験しつつ、農業を会計で捉えることの意義や、数字の背後にある人々の想いや努力を想像してほしいと思っています。私自身も徳之島のプロジェクトに関わってから現地で学んだことも多く、それが研究のやりがいにつながっています」
また、徳之島に残った若者たちの手によって、現地で新しいビジネスを生み出していこうという気運も高まっている。そうした人々の助けになるべく、MFCAを農業で活用する手法について1冊の本にまとめることが篠原准教授の現在の目標だ。
「農業がビジネスとして持続できるよう、会計の分野から貢献したいと考えています。近い将来、MFCAの手法を用いて高い利益率を上げたというロールモデルのような農家が出てきてくれればうれしいですね」
教員紹介
Profile

篠原 阿紀准教授
Aki Shinohara
1977年、岡山県生まれ。2001年に関西学院大学総合政策学部を卒業した後、神戸大学大学院経営学研究科にて修士課程、博士課程を修了。2010年より神戸大学大学院経営学研究科で学術推進研究員、2012年からは桜美林大学ビジネスマネジメント学群ビジネスマネジメント学類にて講師を務める。2019年より現職。
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