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管制業務を経て、滑走路増設プロジェクトに挑戦
広島空港の近くで育ち、管制官としてキャリアをスタート
航空学群の谷口安弘特任准教授は、移転前の広島空港があった広島市西区で幼少期を過ごした。航空業界に飛び込んだのも、子どもの頃に見た飛行機に憧れたことがきっかけだった。
「当時は実家や学校の真上が飛行コースとなっていて、飛行機は自分にとって身近な存在でした。高校卒業後は迷わず航空保安大学校に入学。その後、東北地方南部から中国地方東部を管轄する東京航空交通管制部で航空管制官としてのキャリアをスタートしました」
東京航空交通管制部では、離発着する航空機のレーダー誘導や、空港から目的地までの経路・高度の管制承認をはじめとする航空管制業務に従事していた谷口特任准教授。管制官には空間把握能力が求められると語る。
「複数の航空機が交差する上空には、自動車でいう高速道路にあたる航空路が定められています。高度差を意識し正確に捉えながら航空機を安全に通過させるには、2次元で表示されるレーダー画面を頭の中で3次元に置き換えながら判断するといった、高度な空間把握能力が不可欠なのです」
羽田空港D滑走路の増設に尽力
東京航空交通管制部で13年ほど勤務した後は、福岡にある航空交通管理センターの立ち上げや、羽田空港で管制塔での業務及びターミナルレーダー管制業務を経験。その後、国交省で航空局管制課管制調査官として取り組んだのが、羽田空港D滑走路の増設だった。
「当時の羽田空港には、A、B、Cの3つの滑走路しかなく、首都圏の空港の発着能力の強化を目指した取り組みでした。滑走路が4本に増設されれば、その運用方式も変わります。そこで航空路や発着枠の策定に携わりました。滑走路の増設プロジェクトでは、近隣や航路下の住民の理解を得ると同時に、航空の現場で働く人々の利便性や快適性も担保する必要がありました。各所への調整には苦労しましたが、自分にとってかけがえのない経験になりました」

国内管制空域の再編で、航空路の容量拡大に期待
日本国内で離発着する航空機は、今後さらなる増加が見込まれている。そんななか注目を集めているのが、航空管制空域の再編事業だ。これまで日本の管制空域は、札幌、東京、神戸、福岡という4つの航空交通管制部によって縦割りで区分けされてきた。このように従来は垂直方向のみだった区分けを一定の高度を基準に上下にも区分けし、3管制部体制に移行する。2025年3月以降には、福岡管制部が高高度、神戸管制部が西日本の低高度、東京管制部が東日本の低高度の管制を担う予定だ。この上下分割による空域再編によって、航空路の容量拡大が期待されている。


技術革新が航空管制に変化をもたらす
GPSやデータリンクの登場で従来の課題を克服
航空管制の世界では、人工衛星を活用した新たな技術が導入されつつある。その1つがGPSの活用だ。現在、日本の航空管制では、衛星「みちびき」を使った高精度な測位が行われている。従来の航空機は地上施設からの誘導電波をもとに飛行していたが、GPSの活用によってより正確な位置情報をリアルタイムで取得することが可能になった。またレーダーの電波は、洋上空域まで届けるのには限界がある。洋上を含めた正確な測位の実現は、航空管制の安全性向上とスムーズな運航に大きく貢献しているという。
人工衛星の活用により、管制官とパイロット間のやり取りを文字情報のデータで行うデータリンクの導入も実現した。
「データリンクが登場する以前は、管制官とパイロットの通信は音声無線で行っていました。その際、太平洋などの洋上では、地上の通信とは異なるHF帯による通信が必要です。HF帯は特にノイズ音が生じやすく、音声が聞き取りにくいという課題がありました。そこで新たに採用されたのがデータリンクです。現在は、管制官とパイロット間での定型的なやり取りの多くがデータリンクで行われています」
聞き間違いや言い間違いのリスクを大幅に削減できるのは、データリンクのメリットだ。一方で少なからずデメリットもある。データリンクは、データ入力やその確認に時間を要する。管制官がデータ入力に気を取られて、各航空機への注意が疎かになる事態は避けねばならない。即時性を重視するなら、音声無線が適している場面もある。現在はそのときどきで適切な通信手段を使い分ける手法が採用されているという。
AIの発展とともに管制官の役割も変わっていく
人工知能の発展によって、将来的には航空機の運航判断や管制指示もAIが担うようになると谷口特任准教授は考える。管制官の役割も、システム全体を監視・監督するモニタリングへとシフトしていくと予測されるという。AIが航空機着陸の順序付けや経路設定を自動で行い、管制官がそれをチェックする未来は決して遠くはない。そんな航空管制の未来を担う管制官に求められるのは、柔軟に学び続ける姿勢だと谷口特任准教授は続ける。
「そもそも管制官は、柔軟にかつ意欲的に学ぶ姿勢が重要な職種です。というのも管制官としての勤務場所が変われば、滑走路等の空港施設や飛行方式及び経路、また空港周辺の地形やその地域の気象といった特性を新たに覚え直す必要があるためです。大学教育を通して、既存の枠組みにとらわれずに学び続ける管制官を輩出していきたいと考えています」

遅延対策に向けた運航の効率化でCO2削減に貢献
航空機の遅延対策が世界的な課題に
航空交通量の増加に伴い世界的に対策が急がれているのが、航空機の遅延対策だ。特に国土面積が限られている日本では、アメリカのように滑走路やターミナルビルを増設することはできない。いかに効率的なオペレーションを実現するかが、日本の航空業界の重要課題となっている。
「遅延解消のカギとなるのが、空港の地上面における時間配分の最適化、効率的な地上ハンドリング、そして着陸機の順番付けです。管制官として着陸機の誘導順序を正しく判断することは、空中待機やスポットの待機時間を減らすうえで不可欠です。離発着する航空機の順番を柔軟に変更したり、飛行ルートを細かく調整したり……。このような管制官の取り組みの積み重ねが、定時運航の実現につながっていくと信じています」
環境負荷の低減も重要なテーマ
運航の効率化による環境負荷の低減も、これからの航空管制に求められる重要なテーマだと谷口特任准教授は考えている。管制官の日々の業務でも、環境負荷の低減に貢献できるという。
「例えば、アイドリング状態で緩やかに降下できるよう誘導することで、燃料消費の抑制が可能です。また、遅延対策で離陸前の機体を誘導路に長時間待機させないようにすることも、CO2排出量の削減につながります。CO2排出量の削減目標は航空法にも盛り込まれており、環境問題は航空業界全体で取り組むテーマとなっています。将来は航空業界全体が環境問題を意識したうえで、安心かつ効率的な運航管理が実現されることを願っています」
教員紹介
Profile

谷口 安弘特任准教授
Yasuhiro Taniguchi
1979年に航空管制官として、羽田空港などの管制現場業務に従事した後、国交省航空局管制課管制調査官として羽田空港D滑走路や成田空港B滑走路の延伸後の運用方式・発着枠の策定などに携わる。2009年以降は熊本・那覇空港及び東京管制部で先任管制官として管理職業務を遂行。その後、中部空港長として伊勢志摩サミット時には各国首脳特別機の受け入れ対応をし、東京管制部長を最後に退官。民間のコンサルタント会社を経て2023年4月より現職。
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