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JALで培った業務最適化の視点
不動産業界での経験をもとに
航空業界へ
湯本到特任准教授は、1981年に新卒で入社した不動産会社でキャリアをスタートした。そのまま不動産業界で10年間の経験を積んだ後、航空業界へ転身。不動産で携わっていた渋谷のビル事業を離れて新たなキャリアを踏み出した。
「転職のきっかけは、偶然にも新聞で日本航空(JAL)の経験者採用の募集広告を見つけたことでした。当時JALは関連事業拡大を目指しており、その一環で行っていた不動産開発に親和性を感じ、転職を決意しました」
不動産開発に携われると意気込んで入社するも、実際に配属されたのは施設部だった。当時の施設部では羽田空港の沖合展開のプロジェクトを進めており、前職の不動産会社での経験を活かせると見込んでの人事配置だった。
羽田空港の沖合展開や空港の再開発における施設計画に貢献
羽田空港の沖合展開では、新国内線ターミナルビル(現・第1旅客ターミナルビル)の新設と、それに伴う旧ターミナルビルからの移転に従事。羽田は、JALにとっての基地空港でもあり、第1旅客ターミナルビルの新設に向けて、空港カウンターやラウンジといった旅客関連施設のみならず、運航・客室乗務員本部との調整や施設展開計画を手がけた。当時の経験は、その後に携わった香港新空港やクアラルンプール新空港への展開等でも大いに活かされた。
「空港には国内外さまざまな航空会社・事業者が入居します。そのため施設計画では、全社の事業戦略を受けて、それぞれの事業本部の意向を調整しながら、どのように自社施設を展開するかが重要です。この時、限られた予算内で事業環境を見据えた規模と配置を考えなければなりません。例えばカウンターはお客さまが交通機関からアクセスしやすい場所に、搭乗ゲートもできるだけ歩行距離が短くなる場所にするなど、利用者にとっての利便性・快適性を模索しました」
新規就航の支店開設や香港の新空港の移転業務に従事
その後は、全世界の市内・空港支店を統括する支店業務部という部署において、支店のヒト、モノ、カネを担当した。同時に、アジア地区支配人室兼務となり、アジア各国のとりまとめ役として、新規就航の支店開設や香港とクアラルンプールの新空港の移転などを担当。その後、念願だった海外支店総務マネージャーとしてジャカルタ支店に着任した。ジャカルタ市内・空港及びデンパサール空港(バリ島)を束ねる支店の、人事労務、予算管理、現地航空局や法務・税務当局など監督官庁との対外折衝や訴訟まで、支店運営全てを担う支店の総務マネージャーは、プレッシャーのある仕事であると同時に、支店長とともに中核を担うポジションでもある。
「支店業務部兼アジア地区支配人室、そして支店総務マネージャーに配属されてからは、各空港の事業計画をもとに、人材を適材適所に配置し、モノや金を適切に管理、運用する役割を担っていました。結果的に、経営資源を効率的に配分し活用するスキルを磨くことができました」
自動化によって進化を続ける“空港の裏側”
増加する航空需要への対応や利便性向上を目的に、これまで国内の複数の空港で再開発が行われてきたことは周知の事実である。同じく空港内で着実に進化を遂げてきたのが、各サービスや設備のオートメーション化だ。昨今はカウンターでの旅客の待ち時間短縮と、業務効率化に資する自動チェックイン機や、手荷物タグ発行機、自動手荷物預け機などが登場。また空港の地上誘導においても、トーイングトラクター(航空機牽引車)の自動運転に向けた試験運用が始まっている。
一方で、空港にはまだ効率化の余地が残されている。手荷物の仕分けは機械で行われているが、飛行機に搭載するコンテナに積み込むのは手作業で行われているのが現状だ。人手不足が深刻化する中、今後はオートメーション化を推進していく必要がある。
企業の全体最適化を図る「ロジスティックス論」
ロジスティックスで、サプライチェーン全体の最適化を図る
JALでの多岐にわたる業務を通して、ヒト、モノ、カネといった経営資源の最適配分を模索してきた湯本特任准教授。現在、桜美林大学で注力しているのが「ロジスティックス」という課目だ。
一般的にロジスティックスとは、必要なものを、必要なときに、必要な場所に、必要な量を届ける物流管理の仕組み全般を意味する。一方で、ロジスティックスの視点はどの業界や企業にも通じる重要な経営戦略でもある。
「私が考えるロジスティックスは、サプライチェーン全体の最適化を図る概念です。わかりやすく言えば、市場の動きに連動して調達、保管、顧客へ納品する。そしてまた顧客満足度を商品開発に循環し最適化すると同時に、そのプロセスにおけるESG経営課題(環境・社会・企業統治)への対応を含むマネジメントであり、企業の競争力に直結します。このような全体最適化の視点は、空港経営や空港での事業展開においても不可欠です」

二律背反の課題を克服してより良い事業展開を目指す
JAL在籍時代には、新規就航の支店開設や空港の移転や再開発に際し、航空局、空港会社、他の航空会社などとの社外交渉や、社内の予算管理部門や各本部などとの調整を行っていた。これらに際しては、情報を収集・整理し、綿密な事前準備を行ったうえで協議に臨む。このような段取りを考え実行することも、ロジスティックスの一部だ。
湯本特任准教授は、経営におけるロジスティックスの必要性を次のように語る。
「空港運営に限らず、ビジネスにおいては二律背反に思える課題が多々見受けられます。例えば、コストをかけずに顧客サービスを改善することは、一見難しく思われるかもしれません。しかし、物事は必ずしもトレードオフではないのです。全体最適の視点を取り入れることで、凝り固まった既存の枠組みから抜け出せると考えています」
ロジスティックスによる全体最適化のアプローチは、会社や組織に属するメンバーそれぞれが経営視点を持つことにつながる。企業発展のためには、経営視点であらゆる業務を自分ごととして捉えられる人材の育成も重要だ。
「ESG経営」が今後の航空産業発展のカギとなる

新たな局面を迎える航空業界に求められる姿勢とは?
ESG経営への関心がますます高まっている昨今、その波は航空業界にも押し寄せている。各企業が考慮すべき事項は以前にも増して複雑化、高度化している。今後は、株主や取引先といったステークホルダーとの関係のみならず、社会貢献や企業活動の透明性をも重視した企業経営が求められる。
「財務的な指標だけで企業が評価される時代は終わり、航空業界も新たな局面を迎えています。企業存続のためには、真に社会から必要とされるサービスを提供し続けていく姿勢が求められます」
持続可能な航空燃料の導入が直近の課題に
国土交通省は2030年までに、従来のジェット燃料に代わる持続可能な航空燃料「SAF(Sustainable Aviation Fuel)」の使用比率を10%とする目標を掲げている。しかし、日本ではSAFの原料確保の難しさや製造にかかるコストの問題などから、依然として導入が本格化していないのが現状だ。
「環境問題に取り組む航空業界において、SAFの導入促進は最優先課題です。一人ひとりの環境問題への意識向上とともに、供給される企業の皆さまの取り組みが大きな川のうねりとなっていくことが必要です。」
今後は安全保障に加え、環境問題への取り組みの重要性がさらに増していくことが予想される。航空業界を取り巻く環境が変化しつつある今、求められるのは長期的な展望で物事を分析し適切な判断を導ける人材だ。湯本特任准教授は実務経験で培った知見を教育現場で活かし、引き続き次世代を担う人材育成に取り組んでいく。
教員紹介
Profile

湯本 到准教授
Itaru Yumoto
1959年、長野県生まれ。早稲田大学理工学部卒業後、不動産会社に入社。10年間の勤務の後、日本航空株式会社に転職し30年間在籍。施設部にて羽田沖合展開、支店業務部兼アジア地区支配人室にて新規就航の支店開設や香港新空港などの移転を担当。ジャカルタ支店総務マネージャーを経た後、施設企画部長として新千歳、伊丹、福岡の再開発や空港民営化などに関わる。2021年より現職。
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