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航空会社での経験を胸に、安全安心を追究する
治療、診断、予防—航空機およびエンジンの安全管理で重要な3つの柱
航空学群の相原弘明准教授は、大学卒業後、日本航空に入社し、エンジン技術グループ長、グループ航空会社の整備部長、整備IT企画部長、整備監査部長を歴任してきた。日本航空で最も長く携わり注力してきた領域が、エンジン故障の原因調査とその対策立案。現在は、「航空機および装備品整備の仕組み」をはじめとする科目を担当している。
「航空機やエンジンの整備は、人の健康管理のようなものです。故障を修理する『治療』、定期的な検査を行う『健康診断』、そして予防的な整備や強化によって不具合を防ぐ『予防』の3つの側面からアプローチできます。これらに必要となる整備要目を設定し、必要な作業指示を出すのも欠かせない仕事です」
安全意識を揺さぶられた2つの航空事故
日本航空に入社して3年目のときには、相原准教授の安全意識を大きく変える出来事が起こった。それが1985年に起こった御巣鷹山の日航機墜落事故だ。二度とこの悲劇を繰り返さないために、自分たちには何ができるのか、深く考えさせられる出来事だったという。しかし、日航機墜落事故の20年後、DC-10のエンジンが離陸直後に破損する事故が起こってしまう。死者はいなかったものの、上空から落下した金属片による被害が確認された。
「当時、日本航空でエンジンの技術担当をしていた私は警察から事情聴取を受けました。我々は乗員乗客だけでなく地上で暮らす人々の命も考えなければならないと、責任の重大性を痛感したことを今も鮮明に覚えています。事故の後はDC-10という機体の退役を促し、より信頼性の高い機体の導入が進むことになりました」
徹底した整備で、安全と安心を両輪で実現
エンジンメーカーと連携しながら
航空業界の信頼性と安全性向上に貢献
エンジン整備の業務で信念としていたこと、それは事故を未然に防ぎ安心して搭乗できる状況を整えることで、ひとりでも多くのお客様に空の旅を楽しんでもらいたいという思いだ。
「航空機は安全でなくてはなりません。そのためメーカーが新技術を搭載し、航空会社や整備会社が細心の注意を払って整備を行っています。航空機の安全性を高めることは、乗客に安心してもらう意味でも重要です」
安全維持においては、エンジンメーカーとの連携も欠かせない。エンジンの不具合や緊急着陸のようなトラブルが生じた際には航空会社からメーカーへフィードバックを行い、再発防止に努めている。こうした地道な取り組みの一つひとつが、航空業界の信頼性と安全性向上につながっているのだ。
ヒューマンエラー対策も重要課題に
航空機の開発技術は、意外にも最新技術が搭載されているわけではい。製造された航空機は、20年以上にもわたって空を飛び続けることになる。つまり現在の航空機に実装されているのも、およそ20年以上前に安全性が実証された技術なのだ。
「安全性・信頼性重視の航空業界において、未知の技術によってトラブルが引き起こされる事態は回避せねばなりません。新技術が導入されるには、それが十分に実証され、信頼に足るものであることが大前提です。時間をかけて進化を遂げていく業界ともいえるでしょう」

テクノロジーの進歩とともに、その技術を扱う人間の能力も問われている。今後は論理的思考力や問題解決力を持つ人材育成とともに、ヒューマンエラー対策の重要性も高まっていくという。
「航空業界では長年にわたってヒューマンエラーが大きな課題とされており、その分、他業界と比べてもいち早く対策がなされてきた歴史があります。過去には、医療分野の人が、より進んでいる航空業界のヒューマンエラー対策を学んでいる時代もありました。今後もさらにヒューマンエラー対策が重要になることでしょう」
ジェットスター・ジャパンの立ち上げに参画
航空業界では、2000年代後半から、北米、欧州を中心にLCC(ローコストキャリア)が急速に普及した。その波はアジアにも押し寄せ、日本にも波及する。相原准教授は、2011年にJALグループ初のLCCであるジェットスター・ジャパンの立ち上げに、技術部長として参画。JALにいながら、フルサービスキャリアとはまったく違う航空会社を創造する瞬間に立ち会った。例えば、成田空港早朝6時発の便を運航することを提案され、「電車が走ってないからできない」と答えると、「できる方法を考えるのが仕事」と言われた。早朝6時便の運航を開始すると、次第に前日の終電で空港に来る利用者が増え、またこの便に合わせた深夜バスの運行なども始まり、乗客がみるみる集まるようになった。このとき、相原准教授はLCCという新たな思想が、社会を変革するのを目撃した。そして、前例のないことを「できない」と断じた自分を猛省したという。この一件は、「できない理由を探すのではなく、どうすればできるかを考える」「受け身にならず、自ら考えて行動することで道は拓ける」という相原准教授のモットーに大きな影響を与えている。
環境問題と思考力の重要性を
若い世代に伝えたい

航空業界から環境問題を考える
相原准教授が昨今強く関心を寄せているのが、環境問題だ。そのきっかけのひとつは、航空機の騒音問題だった。
「幼少期を伊丹空港の近くで過ごした私にとって騒音問題はずっと身近なものです。騒音は以前に比べて改善が進んでいますが、その後地球温暖化が問題となり、CO2排出量削減が大きな課題となっています。。化石燃料に代わるクリーンな動力源が実用化されるまでには、まだ相当の時間を要するでしょう。一方で、昨今はトウモロコシ、藻類、廃食油などを原料とするSAF(持続可能な航空燃料)も注目されています。将来はより地球に配慮した航空機の運航を実現できればと願っています」
テクノロジーの発達によって、現代社会では誰もが簡単に正解を得られるようになった。しかし、どんなに技術が進歩しても、人間の論理的思考力や問題解決能力の重要性は変わらないというのが相原准教授の持論だ。航空機整備の現場でもアナログからデジタルへの変革が進んでいる今、将来を担う若手世代の人材育成にも情熱を注いでいく。
「ただマニュアル通りに仕事をこなすのではなく、その意味を考え、ときには立ち止まり、適切な判断をくだす。安全性が何よりも重要な航空業界において、そんな人材を育成することが私の使命だと考えています」
教員紹介
Profile

相原 弘明准教授
Hiroaki Aihara
京都大学工学部卒業後、日本航空に入社。在籍中に整備本部の現業部門で一等航空整備士の資格を取得。主にエンジン技術・故障対策に携わり、エンジン技術グループ長、グループ航空会社の整備部長、整備IT企画部長、整備監査部長を歴任する。その後、2012年から3年半にわたりLCCの立ち上げに携わる。桜美林大学の非常勤講師を経て2020年9月より現職。
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